俺達が世界の在り方を変えるまで
1. 厳かな式典でふざけたくなるのは悪ガキの性
「……であるからして、此度の戦いでは……」
普段の
「ふぁーあ……」
気の抜けるような声が聞こえたので隣に目を向けると、トロールのギーが隠そうともせずに大きく伸びをしている。俺が必死に噛み殺してんのに堂々と欠伸してんじゃねぇよ。くそが。
「式典なんて言うからどんなもんか楽しみにしてたけど、こりゃ退屈この上ないな」
「……そう言うな……俺はこういう格調高い感じも……嫌いじゃないぞ……?」
「なーにが格調高い、だ。ギーの言う通りだぜ。このままじゃ退屈過ぎて死んじまうぞ。わざわざ
後ろに座っているデュラハン族のボーウィッドがいつも通り渋い低音ボイスでギーを
そう。ライガの言う通り、俺と三人の魔族は人間界の城にお邪魔している。
いや、お邪魔してるって言っても別に潜入してるとかじゃないよ? 正式に招かれ……たわけじゃないけど、自由参加の式典だからどうせなら行ってみようぜって事になり、今観覧席でぶーたれてるってわけだ。
え? 何の式典かって? そりゃ……。
「つーか、いつになったら勇者様は現れんだ?」
ギーが座席から身を乗り出して下の様子を窺う。王都騎士団の鎧を着ている連中がずらりと整列しているが、お目当ての人物は見つからないみたいだ。
「けっ! あの野郎を冷やかすためだけに来たっていうのによ! 肝心のレックスが出てこないんじゃ話にならねぇじゃねぇか!」
「……もう少しで出てくるだろう……あいつの勲章親授式だからな……」
「三ヶ月も前の戦いの栄誉だけどな」
ギーがからかうような口調で言った。そうなんだよなぁ……異世界の連中が帰っていったのはもうそんな前なんだよね。今更偽魔王を倒した功績を讃えられてもレックスも困るだろうよ。
「人間ってのはどうしてこう、行動に移すのが遅いのかねぇ。外交大臣さんよぉ?」
「知るか。俺に聞くな」
「お前も人間だろ? ……ギリギリで」
「ギリギリってなんだよ! 紛う事なき人間だろうが!!」
俺が声を大にして言うと、三人が何とも言えない表情でこちらを見てくる。え? なんで?
「……俺は人間だよな?」
困った時の常識人。我らがボーウィッドなら的確な答えをくれるはず。そんな淡い期待を胸に抱きつつ視線を向けると、スッとボーウィッドは顔を横に向けた。え? 兄弟? 嘘でしょ?
「……という事で、我らの国を身を挺して守った英雄に登場していただこう」
「おっ、どうでもいい話をしている内に主役のご登場だ」
「どうでもよくねぇよ」
涼しい顔で手摺に肘を乗せたギーに俺はジト目を向ける。そろそろはっきりさせとかなければいけないようだ。確かに、俺は魔族の一員だって自負しているけど、それはあくまで心の問題。身体はか弱い人間のモノなのだ。
「おらっ! てめぇの親友だろ!? しっかり見てやれよ!」
「ってぇな! わかってんよ!」
ライガが後ろから俺の後頭部を掴んで無理やり前を向かせてきた。たくっ……『クロムウェルは正真正銘人間説』は一旦保留だ。とりあえず今は、これだけ待たされてやっと始まったメインイベントに集中しねぇと。
それまで玉座に座っていた人間の王、オリバー・クレイモアがゆっくりと立ち上がる。それだけで謁見の間が緊張感に満たされた。相変わらずの威圧感だな、おい。フェルなんてそんな感じで立ち上がっても誰も反応しねぇぞ、多分。
オリバー王はジッと周りを見渡すと静かにその口を開いた。
「レックス・アルベール」
「はい」
名前を呼ばれた金髪の男が素早く王の前に出ていき、その場で
「……なんか緊張してね? あいつ」
ぼーっと親授式を見ていたギーがポツリと呟いた。あーそれな。うん、それは俺もちょっと思った。
「図太すぎる神経持ってるあの野郎がか?」
「いや、ギーの言う通りだと思うぜ? ……あいつが緊張してるとこなんて久しぶりに見たけど」
「……親友の兄弟がそう言うんなら……緊張しているんだろう…………これだけ注目を浴びれば……流石のレックスも緊張するんだな……」
ボーウィッドが腕を組みながら二、三度頷く。うーん……そんな玉だったかなぁ? あいつが緊張するのってマジギレしているアンヌさんを前にした時だけだと思った。そん時は俺もガクブルの極みで何にも覚えてないけど。
「……いやぁ? こりゃ違う事に緊張してるな、あいつ」
じーっとレックスの様子を観察していたギーがニヤリと笑みを浮かべた。
「違う事ってなんだよ?」
「いずれ分かるだろうよ。……式が進めば、な」
意味深な発言をしたギーは、何かを期待している目で式の方へ視線を戻す。ふむ……昔はレックスの事なら嫌になるくらい考えている事が分かったっていうのになぁ。最近は他の奴の方がレックスに詳しいまであるぞ。聞いた話じゃ
俺は頬杖をつきながらぼーっと式を見つめる。今はオリバー王がレックスにお褒めの言葉を宣い、
「この国を守った英雄に大きな拍手をっ!」
式典の司会役をこなす大臣の言葉で、謁見の間は拍手の渦に飲み込まれた。適当に手を叩いている俺の横で、ギーがわくわくしながら何かを待っている。こいつは何を期待してんだ?
「以上で勲章親授式を終了とする」
「……終わり? ふざけんじゃねぇぞ!」
「ゴア・サバンナからはるばるやって来たっていうのによ! 王様がレックスのバカの首によくわからんも首飾りを吊るして終わりかよっ!! 納得できるか!!」
「よくわからん首飾りってお前……!!」
大勲位翡翠章だぞ!? そのへんのネックレスと一緒にすんじゃねぇ!! 不敬罪で独房行きになりたいのかっ!? ……魔族に不敬罪って適用されんのか?
どぎまぎしている俺の横でライガは手摺から身を乗り出し、階下のレックスに向けて大声を上げる。
「おいこらレックス! てめぇのために来てやってんだ! なんか面白い事でもしてみやがれ!!」
「なっ……む、無茶ぶりすんじゃねぇ!! できるわけねーだろうが!!」
「何言ってんだーレックス。お客さんを盛り上げるのも英雄の役目だぞー」
レックスが必死に吠えるが、知らん顔してギーがライガの後に続く。なるほど……ギーはこれを待っていて、レックスはこれを警戒してたのか。確かに、こういうテンプレートに倣ったおくゆかしい式典で
でも、
「おーいレックス。ガキの頃やってたあの最高に笑えるダンス見せてくれよー」
「っ!? ク、クロムウェル……!!」
「……兄弟……お前もなのか……」
レックスの悔しそうな顔とか、それだけでご飯三杯いけるわ。ボーウィッドから非難じみた視線を向けられているのは辛いけど、今はあいつをからかう事に全力を注ぎたい。
「おら! もっと面白い事してみろよ! なんなら俺様が舞台に降りてやろうか?」
「いいねぇ。古来じゃ虎と人間が戯れるって催しもあったみたいだし、適度に盛り上がるんじゃねーか?」
「いけーレックスー。俺の親友だろー? 歴史に名を残せってー」
「…………やれやれ…………」
囃し立てる悪ガキ三名。顔を赤くしながら羞恥に耐える英雄。
悪目立ちのいいお手本となったところで、厳かになるはずだった式典は終わりを迎えた。
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