38.悪いことをしたらとりあえず頭を下げろ

 ゆっくりと目を開ける。ぼやけていた視界が次第にはっきりするにつれて見えてきたのは、ボロボロの身体でこちらを見下ろしている黒髪の男だった。まだ頭がぼーっとする。どうやら自分は地面に倒れているらしいので起き上がろうとするも、身体が全く動かない。不思議に思って視線を下に向けると、黒髪の男よりもズタボロになった自分の姿が目に入った。


「……どれくらい気を失っていたのかな?」


「五分くらいじゃねぇか?」


 あっさりした口調でクロが答える。金色のメッシュが入っていた髪は黒一色に戻っており、禍々しい気配を放っていた漆黒の剣はその手から消え失せていた。


「元の冴えない君に戻っちゃったんだね。あの剣も髪もダークヒーローみたいでかっこよかったのに」


「誰が冴えない男だ、こら」


 しかめっ面でこちらを睨んでくるクロを、コウスケは穏やかな気持ちで見ていた。


「……負けたんだね、僕は」


 確認するように呟く。生まれて初めて本気を出した。自分の全力を相手にぶつけた。その結果の敗北。もっとみじめでやるせない気持ちになると思っていたのに、思いのほか清々しい気分だった。


「まだ、終わってねぇだろ。倒すべき相手は目の前に立ってるぞ?」


 そう言いながら、クロは魔法陣を組成して、炎で出来た剣を作り上げる。未だに戦う気満々の彼を見て、康介は力なく笑った。


「もう終わりだよ。だって、僕は指一本すら動かせないんだもん」


 その上魔力は空っぽ。作り出したカラドボルグも真っ二つに折れて使い物にならなくなっている。これでは戦う事などできるわけもない。


「…………はぁ。お前なぁ」


 不機嫌そうな顔で頭をガシガシと掻いたクロが何かを言おうとした時、背後で何かが倒れる音がした。二人同時に音のした方へと顔を向けると、倒された王の間への扉を越えて、三人の少年少女がこちらに向かって走ってきているのが見える。


「康介っ!!」


「康介君っ!!」


「大丈夫っ!?」


 一目散に康介へと駆け寄った隼人達が矢継ぎ早に声をかけた。自分の身を案じる三人の姿に、康介は戸惑いを隠せない。


「み、みんな……どうして……?」


「どうしても何も、お前がバカやってるって聞いたから止めに来たんだよ。たくっ……だだっ広いお城を作りやがって。迷っちまったじゃねぇか」


 康介の問いに笑顔で答える隼人。だが、それは康介の求めている答えとは違う。彼が聞こうとしていたのは、どうしてひどい目に合わせた自分の事を心配などしているのか、という事だった。


「まぁ、とにかくだ……!」


 康介の無事を確認し、ホッと一息吐いた隼人は、炎の剣を携えるクロに向き直る。そして、そのまま膝をつき、勢いよく地面に頭をこすりつけた。


「このバカが暴走してすいませんでしたっ!!」


 突然の謝罪にクロが目をぱちくりさせる。地面に頭をつけているため、そんなクロの事が見えていない隼人は、身体を震わせながら必死に謝り続けた。


「本当に申し訳ありません!! 謝って済む問題じゃないって分かってるけど、謝ることもできないんであれば、話にならないと思うから!!」


「……私からも謝らせてください。うちの連れが大変ご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます」


「わ、私も!! ごめんなさい!!」


 それに続く形で、静流と紗季が深々と頭を下げる。そんな三人を見て、硬直している康介と何とも気まずそうな顔で頬をポリポリと掻いているクロ。この状況をどうやって変えればいいのか悩んでいると、隼人が静かに口を開いた。


「……こいつと一緒に、俺もけじめを取りますので、それで勘弁してください」


 その言葉にクロの眉がピクリと反応する。ゆっくりと上げた隼人の顔には覚悟の色がありありと見て取れた。


「隼人!?」


「隼人君!?」


 まさかの発言に、紗季と静流が驚きの声を上げる。そんな二人に、隼人は小さく笑いながら首を左右に振った。


「しゃーねぇだろ? こいつの不始末は俺にも責任がある。……だって、俺はこいつの親友だからよ」


「は、隼人……き、君は……」


 あまりの出来事に頭がまるでついていかない康介にニカッと笑いかけると、真剣な表情をクロに向ける。クロは無表情で隼人の顔をジッと見つめた。


「……その言葉の意味、わかってるのか? お前の親友は結構やらかしちまったからな。それ相応のむくいを受けることになるぞ?」


「俺はここにこいつを止めるために来た。そして、こいつがした事の責任を取るために来た。……腹は決まっています」


「そうか」


 淡白に返事をすると、クロは持っている炎の剣をゆっくり振り上げる。それを見た紗季と静流が叫び声に近い声を上げる。


「ちょ、ちょっと待って!! 責任の取り方は他にも……!!」


「ク、クロムウェルさん!! お、お願い……!!」


 だが、言葉の途中で隼人が二人を手で制した。恐る恐る目を向けると、隼人は無言だったが、その顔は口出しするな、と雄弁に語っている。


「けじめは俺が取ります。だから、この二人は見逃してやってください」


「……この世における最期の願いだ。聞かないわけにはいかねぇよな」


 クロの言葉を聞いた隼人は、安心した様に小さく笑った。クロも笑い返すと、天に掲げた剣を容赦なく降り下ろす。


 ガキンッ!!


 ギュッと目を閉じた紗季と静流の耳に金属がぶつかり合う音が聞こえた。恐る恐る目を開けると、康介が折れた剣で炎の剣を受け止めている。


「こ、康す……!!」


「僕の親友は傷つけさせない」


 予想外の展開に困惑しながらも名前を呼ぼうとした隼人を遮るように康介は言った。いつ倒れてもおかしくないほどの重傷を抱え、息も絶え絶えの彼だったが、その瞳は熱く燃え上がっている。それを見たクロがニヤリと笑みを浮かべる。


「指一本動かすこともできないんじゃなかったのか?」


「…………あっ」


 クロに指摘され、康介の口から気の抜けるような声が漏れた。それを聞いて、呆れたように笑う。


「簡単に自分の限界を決めるんじゃねぇよ。……天下の魔王軍指揮官とり合えたんだぞ? 自分が思っている以上にお前はやれる奴なんだよ、コウスケ」


「っ!?」


 康介が大きく目を見開いた。クロは笑いながら炎の剣を消滅させる。


 その瞬間、四人の身体から光の粒子が漂い始めた。


「え!? なに!?」


「一体何が起こってんだ!?」


「まさか……クロムウェル君!?」


「俺じゃねぇよ!」


 紗季がバッと顔を向けると、クロは慌ててぶんぶんと左右に顔を振って否定する。不可思議な現象を前に、クロを含めた四人があわあわしている中、康介は一人自分の手を見つめていた。


「……お役御免って事だろうね」


「は?」


 小さい声で呟いた康介に、四人の視線が集中する。


「僕達じゃ、この世界に呼び出した目的が達成できないって、どっかの誰かさんが判断したんだと思う」


「え? え?」


「どういう事よ? どっかの誰かさんって誰よ?」


「それは僕にもわからないな」


「はぁ!?」


 まるで意味の分からないことを言ったくせに、肩をすくめて笑う康介に、静流が眉を吊り上げた。その間も、光の粒子は増えていき、康介達の身体が段々と透け始める。


「お、おい! 俺達透けてるぞ!!」


「え? きゃー! 私達消えちゃうの!?」


「ちょっと、隼人! どうにかしなさいよ!!」


「…………クロムウェル・シューマン」


 パニック状態の三人とは裏腹に、冷静な口調で康介がクロの名前を呼んだ。三人と同様、何が起こっているのか分からないクロは狼狽ろうばいしながら康介の方を見る。


「色々と迷惑かけてごめん。隼人が言った通り、謝って済むことじゃないと思うけど……本当にごめんなさい」


 肩を震わせて謝る康介を見て、クロは小さく息を吐いた。


「……まぁ、お前の事もぶっとばしたしな。別に気にする事はねぇよ」


「ふふっ……君らしいね。……お詫びのしるしにこれを渡しておくよ」


 そう言って、康介は懐から手のひらに収まる細長い物体をクロに投げ渡す。その先端にはボタンのようなものがついていた。


「これは?」


「どうしようもない状況になった時に、そのボタンを押すといい」


「どうしようもない状況ってお前……」


 そんな事、起きっこねぇだろ。そう言おうとしたクロだったが、康介の表情を見て言葉を止める。


「ここに来てから、ずっと頭の中で『この世界を壊せ』って誰かに言われている気がした。僕の気のせいかもしれないけど……もし、僕達をここに呼んだ誰かがこの世界の破滅を願っているのだとしたら……」


 それ以上は言わなかった。だが、クロには康介の言わんとしていることが十二分に伝わった。


「……異世界からの贈り物、ありがたく頂戴するぜ」


「……有効に活用してね」


 康介が笑いかける。それは彼が本来持つ優しさと温かさに満ち溢れたものだった。


「サキ!!」


 康介からもらった物を大切に空間魔法へとしまったクロは、ほとんど消えかけている紗季に声をかける。


「約束通り、お前の大切な野郎の目を覚ませてやったぜ」


 一瞬、驚いた表情を見せた紗季だったが、目から一筋の涙を伝わせながら、満面の笑みをクロへと向けた。


「──ありがとう! ヘタレで何でも屋なパシリ大臣様!」


 クロの目の前で光の粒子が天へと昇っていく。そこには異世界からの客人の姿は、もうなかった。


「……変なあだ名、覚えてんじゃねぇよ」


 フッ、と小さく笑うと、クロはポケットに手を突っ込みながら、踵を返して歩き始める。その先には金色の髪をした美女が柔和な笑みを浮かべながら静かにたたずんでいた。


「終わったようですね」


「あぁ。……本当、はた迷惑な連中だったな」


「そうですね。でも、もう少しお話をしてみたかったかも」


「けっ…………だな」


 楽しそうに笑うセリスの隣で僅かに口角を上げるクロ。そのままセリスの腕を取ると、転移の魔法陣を組み上げ、もう訪れることはないであろう虚構の城を後にした。

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