37.性属性魔法なんて考えた奴は土下座

 いやー、っべーわ。俺、やっべーわ。すげぇ力がみなぎってくるんだけど。今なら誰にも負ける気がしねーわ、まじで。

 つーか、生まれて初めて魔法陣なしで魔法を使ってみたけど、これ反則だよな? 魔力の消費量だけで威力が変わるってずるいって。複雑な魔法陣を重ねて描く必要がないとかお手軽すぎんだろ。こんな便利なもんをアルトリウスとかレックスとかは使っていたのか。くそが。


「聖属性魔法……? 魔法陣を必要としない魔法って事なのか……?」


 あの野郎がなんかブツブツ呟いている。あいつ、絶対『せい』属性の字、勘違いしてるだろ。いや、普通はそっちを思い浮かべるけどな。


「そんな例外的な魔法が存在するなんてね……しかも、それを君が使えるとは」


「あぁ、それに関しては俺も驚いている」


 普通に勇者専用魔法かと思ってた。まぁ、勇者なんて他人が勝手に決めるか、自称するかの曖昧な定義だし、俺は勇者の血をちょこっと継いでいる上にあいつの命をもらっているんだから、使えても別に不思議じゃねぇか。


「窮地に立たされた所でパワーアップ……おまけに髪まで金色に染まっちゃって……まるで主人公だね」


 奴が笑いながら奥歯をギリギリと噛みしめる。ん? 金色ってなんだ? って、なんか俺の髪が部分的に金髪になってんだけど!? 趣味悪っ!!


「認めないよ……認めない。……僕は絶対に君を認めないっ!!」


 奴の身体から凄まじい魔力が噴き出した。その手に現れたのは硬い稲光カラドボルグとかいう剣だ。うん、相変わらずやばそうな代物だな。だけど、今回は先輩がいるから問題なし。それよりも奴の魔力による強化っぷりが尋常じゃない。


「"絶倫無双アンイコールド"!!」


 というわけで、こちらも自分をフル強化。究極魔法アルテマ身体強化バーストなんていう難易度高い魔法陣とはおさらばさ。魔法名があれな感じなのは性属性魔法を使っている弊害へいがいってことで。


「僕の前から消え失せろぉぉぉぉぉ!!」


 咆哮を上げると同時に、カラドボルグを横に構え、風圧で地面をえぐりながら奴がこちらに突進してくる。そのスピードは肉弾戦に置いてトップクラスの実力を持つあのバカ猫以上。


 ガキンッ!!


 奴の剣と俺のアロンダイトが部屋の中央でぶつかった。流石はこいつが作ったっていう城だな。普通の建物なら今の衝撃で全壊しててもおかしくなかったぞ。


「カラドボルグを受け止めた!?」


「そっちの世界じゃ有名な剣だったけか? 悪いな。こいつもこっちの世界じゃ有名な剣なんだ」


 魔族の連中限定だけどな。人間領の奴らは絶対知らないと思う。


「……くっ!!」


 顔を歪めながらカラドボルグを引いた奴が流れるような連撃を仕掛けてくる。そうなんだよな。戦ったことがほとんどないって言ってたけど、剣術はちゃんとしてるんだよね。いや、ちゃんとしてるなんてレベルじゃねぇよ。体捌きも含めて超一流。スキルの力ってやつか。


「"巻きあがる吹雪フリーズストーム"!!」


 その上、剣を振りながら強力無比な魔法もバンバン撃ってくる。おかげでこちらは剣も魔法も大忙し。魔法に関しても、この世界でSランク冒険者と同等の腕前。噛ませ犬感が半端ないあの王宮魔法陣士じゃ敵わないだろうね、こりゃ。


 まぁ、Sランク冒険者程度じゃ俺には勝てないんだけどな。


「"赤マムシレッドスネーク"!!」


「ぐぅ……!!」


「"急所一突きエロジナスゾーン"!!」


「がはっ!!」


 四方八方から襲い来る赤く光る蛇を斬り伏せていた奴の隙をつき、魔力を込めたアロンダイトで奴の身体を突き立てると同時に、切っ先から極細の極光波を放つ。そのまま後方へ吹き飛び、壁に叩きつけられたあの野郎は、カラドボルグを地面に突き刺し、口から血を流しながらこちらを睨みつけてきた。


「み、とめない……認められる、わけがない……!!」


「ん?」


「努力で才能をくつがえすなんて……それを認めてしまったら、陰に徹してきた僕は……!!」


 憎しみすら感じる声色。でも、その感情は俺に向いているっていうよりも……。


「なるほど……受け入れたクチか、お前」


「っ!?」


 奴の顔からサーっと血の気が引いた。おうおう、随分とわかりやすい反応を見せてくれるじゃねぇか。


「なんでも出来る親友が近くにいるんだもんな。そいつの隣に立つんじゃなくて、後ろから見ている事を選んだわけだ」


「…………」


「まぁ、気持ちはわからんでもないか。本当、神様も酷なことするよな?」


 奴が真一文字に口を結ぶ。その唇はかすかに震えていた。そんな奴に、俺はニヤリと笑いかける。


「……お前、全力で何かをやった事ないだろ?」


「…………!!」


 奴の瞳が揺れた。それが俺の問いかけに対する答えだった。


「自分の全力と親友の全力を比べられたくねぇからな。まだ本気を出してない、っていう気休めの言い訳も使えなくなっちまうし」


「…………」


「努力をするのも怖いんだろ? 死ぬほど努力をした結果、あっさりと才能に一蹴されちまったら立ち直れそうにねぇわな」


 噛みしめ過ぎた奴の唇からツーッと血が流れる。何かを耐えるように震えていた身体を、奴は大きく息を吐き出すことで無理やりに落ち着かせた。


「…………やっぱり、同じ立場の男には隠していても分かってしまうんだね」


「まぁな。他人事じゃねぇし」


 そういう事を今まで一度も思ったことがない、と言ったら嘘になる。獣の血抜きの仕方も弓矢の使い方もそう、箸の持ち方だって覚えたのはレックスの方が断然早かったからな。それでも俺が卑屈ひくつにならずに済んだのは、村長達が俺とレックスを一切比較しないでいてくれたおかげだ。


「……だったら教えてくれないかな? どうして君は彼の後について行くんじゃなくて、並び立とうと思ったの? 圧倒的な才能を持つ神に愛された男に」


 どうして? そんなの決まってるだろ?


「あいつの勝ち誇った顔ばっか見るなんて、なんかしゃくだろうが」


「…………は?」


「ただでさえイケメンなんだぞ? 悔しがる顔の一つでも見てやんねぇと俺の気が収まらないっつーの。どうせ、お前の親友とやらもイケメンなんだろ?」


 俺はそんなに出来た人間じゃねぇんだよ。イケメンが成功する様を、指を咥えて見てるなんて性に合わねぇ。その整ったお顔で吠え面かかせてやりたいんだよ。性格悪すぎだろ、俺。まぁ、魔王軍指揮官だったんだからしゃーねぇか。


「…………はっ。なんだ……似ていると思っていたけど、僕と君は全然違うんだね」


「そりゃそうだろ。俺はお前じゃねぇしな」


 何を当たり前なことを言ってんだ、こいつは。育ってきた環境が違うんだから違って当然だろうが。


「僕も君みたいに考えられたら……君みたいな強さがあればよかったのに」


「あ?」


「そうすれば、知らない間にこんなにも劣等感を抱えずに済んだかもしれない。隼人に勝つために、がむしゃらになれたかもしれない。そうすれば、自分の事を少しは好きになれたかもしれない。……全部仮定の話だけどね」


 カッチーン。


「……"超絶技巧テクニシャン"」


 魔法を唱えながら本気で地面を殴りつける。そのまま奴の魔法に干渉し、魔法陣否定派アンチマジックサークルを解除した。


「い、一体何を……?」


「何、くだらねぇことうだうだ言ってんだ?」


「え?」


 ゆっくりと立ち上がりながら激怒している俺を見て、奴が目を丸くしている。今のはかなり頭に来た。


「そうやってお前は誰かをうらやんで終わりか? もう手遅れだから何もしねぇってのか? ふざけんじゃねぇ!!」


 俺とこいつは違う。だけど、確かに境遇は似ている。だからこそ、こいつが今まで通りに戻ろうとしていることが分かった。それが何より気に入らねぇ。


「陰に徹してきただぁ? 嘘つくなっ!! だったら、この世界に来てからもずっと陰に徹してろよ!! 他の奴からスキルを奪って表舞台に立とうなんて考えてんじゃねぇよ!!」


 ここに来るまでの道すがらサキから話は聞いてんだ。こいつがどんな奴だったのかも、こいつが何をしでかしたのかもな。


「そいつが本心なんだろ!? 陰で終わるのなんて真っ平御免なんだろ!? 親友の野郎に一泡吹かしてやりたいんだろ!?」


「ぐっ……!!」


「仲間を裏切ってまで手に入れた力だろうが!! この程度なのか!? 陰にも徹しきれない、主役にもなれない、そんな中途半端な野郎じゃこれっぽっちってか!?」


「うぅぅ……!!」


「俺は魔王軍指揮官のクロだぞ!? 倒してみろよ!! てめぇの世界じゃ魔族は悪役なんだろうが!! 今までずっと陰に隠れていた異世界の勇者が、いきってる悪党を全力でぶちのめしてみろやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺の声に負けない絶叫を上げた奴の身体から間欠泉のように魔力が噴出した。こいつはすげぇな。強烈な魔力を肌で感じたことはあったけど、まさか目で見える程の濃密な魔力に出会えるとはな……俺も限界まで引き出すしかねぇ。

 ありったけの魔力を込めて魔法陣を組み上げる。性属性魔法は確かに便利なんだけど、やっぱり俺にはこいつしかねぇからな。魔法陣を重ねる数は五つ、性属性魔法を練り込んだ特別バージョン。それを二つ。


 ははっ……究極魔法陣アルテマを二つとは我ながら無茶してると思うぜ。ただ、目の前の男には俺が積み上げてきた物を全てぶつけてやらないと気が済まねぇんだ。


 今にも崩れそうな魔法陣を気合で押しとどめ、アロンダイトにまとわせる。流石の魔剣も無茶振り×2は相当きついみたいだ。はち切れんばかりに震えて、俺の手の中で暴れまくってやがる。もってくれよ、相棒。


「来いよっ!! 異世界転移者たる実力を、この俺に見せてみろぉぉぉぉ!!」


「あぁぁぁぁぁぁ!! クロムウェル・シューマァァァァァァァァァァン!!」


 もはや俺を倒すことしか頭にないあの野郎が、嫌になるほどの魔力を注ぎ込んだカラドボルグを振りかざし、こっちに向かって来る。俺はアロンダイトを両手でしっかりと握り、全身に力を込めると、掛け値なしの全力を異世界の勇者目掛けて叩き込んだ。

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