34.王の矜持

 戦闘開始直後からハデス率いる魔王軍にずっと苦境に立たされ続けていた人間軍であったが、この世界の魔族幹部連中の参戦により、形勢は一気に逆転した。相変わらず、無尽蔵とも思えるほどに魔王軍の兵士は湧いて出てきているが、質という点で人間勢が圧倒的に勝っている。

 超最前線とも呼べる場で暴れている二つの重戦車。ライガとギガントの猛攻をしのぎきるタンク役などおらず、ぐいぐいと前線を押し上げていった。

 そんな二人が漏らした敵を中間距離に陣取ったボーウィッドとギーが丁寧に処分していく。ライガ達が囲まれずにいるのは、この二人が冷静に敵をさばいている賜物たまものであった。

 そして、後方からは強力な水属性魔法によりフレデリカが援護射撃をしており、相手の魔法に対してはピエールが頑強な魔法障壁により、その全てを防いでいる。


 まさにつけいる隙も無い状態。魔王軍の者達はただがむしゃらに向かっていくことしかできずにいた。


 そして、そんな優秀過ぎる幹部達がかすむような獅子奮迅の大立ち回りを見せている男が一人。


「おらぁぁぁぁぁぁ!!」


 レックスが気合とともにボーウィッドから預かった剣を横なぎにする。それだけで周りにいる魔族達はいともたやすく消え去った。


「おいおい、やるじゃねぇか!! このバカ騒ぎが終わったら俺と勝負しやがれ!!」


「あんたとり合うのは骨が折れそうだ」


 アニマルフォーゼを解放し、猛虎の力でオーガ達をねじ伏せるライガに、レックスは苦笑いを向ける。そして、襲い掛かってくるゴブリン達をすぐさま返り討ちにした。


「……流石は兄弟の親友だな……」


「あぁ。噂に違わぬ化け物っぷりだぜ」


 そんな様を少し離れた場所で見ていたボーウィッドとギーが呟く。明らかにさっきまでとは実力が違う。恐らく、後顧の憂いが無くなった分、自分だけに全力を注げるからだろう。

 確かに、ライガもギガントも近距離戦闘においては、右に出る者などそうそういないほどの強者だ。だが、レックスの戦闘能力は彼らよりも頭一つ分くらい抜け出ていた。更に、それに加えて魔法陣を必要としないあの強力無比な魔法。あの男に対抗できるのはこの世界に片手で数える程度しかいないはずだ。


「……レックスが前だけに集中できるのは……アルカのおかげだろう……」


「あれ程の魔力を感じたらな。まったく……本当に恐ろしい親子だぜ」


 棍棒を振り回しながら、ギーが引きつったような笑みを浮かべる。ここに自分達が現れた少し後に感じた魔力の奔流ほんりゅう。レックスは驚いていたが、魔族の幹部達は誰の仕業が一瞬で理解した。こちらの方に着々と騎士達がやって来ているのを見るに、あちらはもう大丈夫に違いない。


「あんた達、しゃべってないでちゃんと掃除しなさい!」


 前線が押しあがったことにより、ギー達の所まで出てきていたフレデリカが顔をしかめる。


「……すまない……」


「いやぁ……俺達がさぼってても別に……なぁ?」


「なによ?」


「こいつらを討ち漏らしたところで騎士達もいるし……なにより、一番後ろには末恐ろしい掃除屋さんがいるだろ?」


 ギーが軽い口調で言うと、フレデリカは魔法陣を組成しながら微妙な表情を浮かべた。


「それはそうだけど……あんまりアルカに戦わせたくはないでしょ?」


「……そうだな。我らが可愛い娘っ子を殺戮マシーンにはしたくねーわな」


「……ならば……ここから先は誰も通さない覚悟で挑む……」


 ボーウィッドが刀を握る手に力を込める。それに呼応するように、フレデリカとギーが己の身体に魔力をたぎらせた。


「……くそっ! 数だけやたらいやがって鬱陶うっとうしいんだよ!!」


「結構倒してると思うべ。そろそろ終わんねぇがなぁ」


 苛立ちを隠すつもりもないライガに、草むしりをするように大槌を振るうギガントが暢気のんきな口調で言った。


「もうすぐ親玉が…………ほらな?」


 二人の間にいたレックスが、斬り倒した魔族の後ろにハデスの姿を見てニヤリと笑う。ライガもその姿を捉え、野獣のように荒々しい笑みを浮かべた。


「やっとお出ましか! その首、いただくぜ!!」


 コボルトやオーク達をなぎ倒しつつ、ライガがハデスの方へと一直線に向かっていく。その体躯が自分よりも大きいからといって、気にする素振りも怯む様子も一切ない。


「……やれやれ、またしてもここまで攻め込まれるとは……なんと脆弱ぜいじゃくな軍か。これは、康介様に報告して、魔王軍を強化していただく必要がありそうだな」


「うらぁ!! 喰らいやがれっ!!」


「役に立たないのなら、せめて我の盾となれ」


「なにっ!?」


 ハデスは面倒くさそうに近くにいたゴブリンを手で掴み、ライガに向けて投げ捨てた。目を見開いたライガはやむなくそのゴブリンに鋭利な爪を突き立てる。完全に勢いが殺されたライガを、ハデスはゴブリンもろとも殴りつけた。


「がっ!!」


「ライガッ!!」


 自分と同じように殴り飛ばされたライガを、なんとかレックスが空中でキャッチする。そのまま着地すると、ライガはレックスの腕から抜け、殴られた腹部を手で押さえながら憤怒ふんぬの形相でハデスを睨みつけた。


「てめぇ……部下を……!!」


「何をいかることがある? 王を守るのがこいつらの使命だろう?」


 怒りをあらわにしているライガに、ハデスは涼し気な顔で告げる。そんなハデスに、ギガントが大槌を振り上げながら向かっていった。


「仲間を大切にしねぇ奴はオラが許さねぇど!!」


「"闇の手足ダークスクイッド"」


 こちらに走ってくるギガントをつまらなさそうに見ながら、ハデスが魔法を唱える。すると、彼の背中から無数の黒い触手がとび出し、周りの魔族達を掴むと、ギガントの進行を防ぐように漂わせ始めた。


「そら。そいつらを倒さねば我の所まで来ることは叶わぬぞ?」


「い、いくら敵でも縛られている奴に手を出すなんてオラにはできねぇだ!」


 戸惑うギガントを見て、ハデスはこれ見よがしにため息を吐く。


「仮にも魔族ともあろう者が敵に情けをかけようとは……まったくもって嘆かわしい。康介様がこの世界を破壊しようとするお気持ちもわかるというもの」


「ぐ、ぐげぇ!!」


 ハデスは呆れた顔で掴んだ魔族をフレイルのように使ってギガントへとぶつけた。迎撃することもできないギガントは防御し続けていたが、たまらず吹き飛ばされてしまう。


「やめろ!! てめぇの部下だろうが!! 道具みたいに扱うんじゃねぇよ!!」


 怒りに身を任せ、突進しようとしたライガだったが、それも触手に捕まれた魔族達に阻まれてしまった。


「貴様もそんな甘いことを言うのだな。はぁ……この世界の魔王の底が知れるというもの。低能な王に仕えなければならない事に憐みすら覚える」


「て、てめぇ……!!」


「いいか? 部下というものは王を守るために存在しているのだ。王のために生き、王のために死んでいく事こそが、こやつらの本懐ほんかい。"栄養搾取エナジードレイン"」


 ハデスが魔法を唱えるとまるで生きているかのように触手がドクドクと波打ち始める。それと同時に、掴まれていた魔族達がみるみるうちに干からびていった。


「なっ……!!」


「こうやって我に力を捧げ、朽ちていくこともまた、こやつらの宿願という事だな」


 用済みになった魔族達を投げ捨て、触手を消す。先ほどと比べ、倍以上に巨大化したハデスが自分の力を確かめるかのように拳を握ったり開いたりしながら、少しだけ身体に力を込める。それだけで、地響きが鳴り、空気が震えた。


「なるほど。ゴミ屑も集めれば多少は役に立つという事だな」


「てめぇ……絶対に許さねぇ!!」


 血管がはち切れそうなほどに激昂したライガがなりふり構わず、突っ込もうとする。だが、その肩を何者かが抑えた。


「誰だ……っ!?」


 勢いよく振り返ったライガの全身が総毛だつ。ギガントもライガの肩を掴む美少年を見て、大量の冷や汗を流し出した。


「ここはオレがやる。下がれ」


「ルシ……フェル……?」


「下がれ」


 決して大きくはないが、有無を言わさぬ口調。暴れん坊のライガが大人しく退いた。それほどまでに、ルシフェルの身体からは静かな怒気がほとばしっている。


「興味深い話が聞こえてな、思わずしゃしゃり出てきてしまった。……確か、部下というものは王を守るために存在している、だったか?」


「……貴様、何者だ?」


 自分よりも遥かに小柄な男がゆっくりとこちらに向かって来るの見て、ハデスは眉をひそめた。小柄な男は冷たく笑いながら大仰に両腕を開く。


オレはルシフェル。低能な魔王というやつだ」


「あぁ、貴様がこの世界の魔を統べる者か」


 ハデスが心底バカにしたように鼻で笑った。ルシフェルの表情は薄く笑ったまま変わらない。


「一つ聞きたいことがあるのだが、この低能な魔王に是非とも教えてくれないか?」


「ん? 低能な割には随分と殊勝しゅしょうではないか。いいだろう、冥途の土産に何でも答えてやるぞ」


 上機嫌に笑うハデス。ルシフェルも口角を上げるが、その瞳の奥は絶対零度の氷世界だった。


「王のために戦う部下をゴミのように扱う事が、王としての矜持きょうじなのか?」


「違うな。ゴミのような部下だったからこそ、我のかてとしてやることで、ましな存在へと昇華させてやったのだ。それに、そもそも根底が間違っておる。部下は王に尽くすもの、王のためというのはすべからく自分のためになるのだ」


「そんな部下を守るのは王にあらず、と?」


「当然だな。生き物は頭が無くなれば生きてはいけまい。これも同じだ。魔王である我が死ねば、魔王軍自体が死ぬことになる。そうならぬよう部下が命を投げ出し、我を守ることはあれど、我が危険を冒し、部下を守ることなどあってはならない」


「……なるほどな。よくわかった」


 もうこれ以上はいい、と言わんばかりに軽く手を挙げながら、ルシフェルが小さな声で答える。


「ふむ。まことの王が何たるか理解できたか?」


「あぁ。……王として貴様と語を交えるのは時間の無駄だ、という事がな」


 そうルシフェルが冷たく言い放つと、ハデスはスッと目を細めた。


「なにやら世迷い事が聞こえたような気がしたのだが、我の聞き違いか?」


「貴様の耳にどう聞こえたのかなど、オレにわかるわけないだろ。ただ、オレは貴様と話すのは時間の無駄だ、と言ったんだ」


「……どうやら低能というよりも無能だったらしい。死ななければわからないようだな」


 ハデスが魔力を練り上げる。その規模はまさに桁違い。人一人が放つ魔力量を遥かに凌駕していた。


「我に感謝するんだな。痛みを感じる暇もなく、あの世へと送ってやろう」


御託ごたくはいい。さっさとこい」


 人差し指をクイっと動かし、挑発するルシフェルを見て、ハデスのこめかみに青筋が立つ。怒りに顔を歪めながら、ハデスは練り上げた魔力を全て自分の右腕へと注ぎ込んだ。その様をルシフェルは黙って見つめている。


「あまりの強大さに声も出せなくなったか! この力こそ、真の魔王たる所以ゆえんよ!!」


 巨人族よりもさらに巨大な身体から繰り出される必殺の拳。溢れ出る魔力により、嵐のような風が巻き起こる中、ルシフェルは静かに魔法陣を構築していく。重ねていく数は四つ……ではなく五つ。最上級魔法陣クアドラプルを越えた究極魔法陣アルテマ。この世界でたった一人しか使えないであろう技術を、自分の右腕に刻み込んだ。


「死ね、無能な魔王よ!! 我に楯突いたことをあの世で後悔するがいい!!」


「……ふん」


 自分目掛けて振り下ろされる破壊の権化を見据えながら、ルシフェルは拳を力強く握りしめ、引き絞る様に後ろへと運ぶ。


「──部下も守れん小物が、粋がるなよ」


 そして、ハデスの拳に向けて全力で放った。


 パァン!!


 鼓膜が割れんばかりの打撃音とともに、はじけ飛ぶハデスの右腕。そのまま後ろに倒れ込み、何が起こったのかわからない様子のハデスを無視し、ルシフェルはあらぬ方向に曲がった自分の腕を見てため息を吐いた。


「……いやいや。身体の一部だけしか使ってないのに、この反動とか半端ないでしょ。これを普通に使ってるクロってやっぱりおかしいよね」


「う、嘘だ……!! これは何かの間違いだ……!!」


 自分の右腕が奇麗さっぱりなくなっているのを見て、動揺するハデス。そんな彼を退屈そうに一瞥したルシフェルは、あっさりと背を向けて歩き出す。


「……まだだ! まだ我は死んでいない! 我には自己再生能力があるのだ!! 完全に消滅されない限り、我は復活し続ける!! 残念だったな、魔王ルシフェルよ!! 先ほどの攻撃が貴様が持つ最高の技なのだろうが、あれでは腕を落とせても我は倒せない!! 我は不滅!! 我は不死なりっ!!」


「へー、そうなんだ」


 ハデスの言葉を聞いても、ルシフェルは歩みを止めない。残った左腕でルシフェルを指さしながら狂ったように笑っていたハデスの目に、小さな影が映り込んだ。


「じゃあ、後始末はよろしくね。勇者君」


「あぁ、任せろ。さんよ」


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ハデスの絶叫が戦場に木霊こだまする。そんな彼の頭上から、ありったけの魔力を込めた一撃をレックスが無慈悲に振り下ろした。

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