35.本音をぶちまけて地固まる

 朧気おぼろげな記憶を頼りに、康介のいる城まで何とか辿り着いた紗季は、連れてきたクロと別れ、一人城の地下牢を目指していた。だが、その道のりはかなり険しくなっている。城の至る所に康介が創り出したメイドが配置されており、見つかった場合、どういった事になるのか分からないため、紗季は時間をかけて進む事を余儀なくされた。構造など全くといっていいほど知らない城に四苦八苦する紗季。それでも慎重に行動したおかげか、無事に地下牢へと続く扉の前に辿り着く事ができた。

 極力音を立てずに地下牢の中へと侵入する。見知った石壁を見て、正しい場所に来た事を確認し、安心した紗季は抜き足差し足で地下牢を進んでいった。

 少しの間、誰もいない通路を歩いていくと、聞き慣れた声が紗季の耳を刺激する。ハッとした表情を浮かべた紗季は、声のする方へと走り出した。


静流しずるっ!!」


「紗季っ!?」


 まさかの人物の登場に静流が目を丸くする。そんな事はお構いなしで、紗季は鉄格子越しに静流の手を掴み、目を潤ませながら嬉しそうに笑った。


「助けに来たよ!!」


「助けに来たって……まあ、いいわ。とにかく、あなたが無事で良かった」


 紗季につられる形で、静流も笑顔になる。しばらく再会の喜びを分かち合っていた二人だったが、静流の向かいの牢にセリスがとらわれている事に気が付いた紗季は、慌てて駆け寄った。


「セリスさんっ!! 大丈夫でしたか!?」


「えぇ。ご心配には及びません。コウスケさんから、何かされたわけでもありませんし、ここで静流さんと楽しく会話をしていました」


「そ、そうですか!! 良かった……!!」


 紗季がホッと胸を撫で下ろす。万が一にもセリスのお腹に障るような事があれば、と不安に思っていたが、どうやらその心配はなかったようだ。


「それより、紗季さんがここへいらした、という事は……」


「あっ、はい! クロムウェルさんも一緒です!」


 一瞬、元気よく答えた紗季だったが、すぐにその表情を暗いものにする。


「ですが、セリスさんの言ったように伝えたら、すごい怒っていて……」


「大丈夫ですよ」


 うつむく紗季の言葉をさえぎるように、セリスが確信を持って言った。


「大丈夫です」


 勢いよく顔を上げた紗季に、セリスがもう一度柔和な声で伝える。それを聞いた紗季は、泣きそうな顔になった。


「それでは、私達もあの二人の所へ行きますか」


「はい!!」


「あー……そうしたいのは山々なんだけど、牢屋の鍵が開かないわ。それに……」


 そこで言葉を斬ると、静流は気まずそうな顔で隣の牢へと目を向ける。不思議に思いながら、静流の見た方へと視線を向けた紗季は、ギョッとした表情を浮かべた。


「は、隼人君!?」


 そこにいたのは見るからにやつれた隼人の姿。クラスの人気者だった彼の面影などまるでない。


「ど、どうしたの!?」


「……あぁ、紗季か。ここを出ることができたんだな」


 抑揚のない声で隼人が答えた。まるで魂の抜けた人形。いつだって前向きで、リーダーシップを発揮する普段の彼との違いに、驚かずにはいられない。だが、今はそんな事を気にしている場合ではなかった。


「ちょ、ちょっと待ってね!! 何とかしてここを開けるから!!」


「いいんだ。俺は」


「……えっ?」


 牢屋の扉に手をかけた紗季がきょとんとした顔で、隼人の顔を見つめる。


「俺はもう少しここで考え事をしたいんだ」


「っ!? 何を言ってるの!? 康介君が大変な事をしてるんだよ!? 早く止めないと!!」


「そこに俺が出ていく意味があるのか?」


「なっ……!?」


 こちらをまっすぐに見てきた隼人の目には一切の光が灯っていない。思わず絶句してしまった紗季だったが、唇をキッと横に結ぶと、ガシャガシャと鉄格子の扉を揺らし始めた。


「さ、紗季!?」


 鉄格子が邪魔をして上手く状況を察することができない静流であったが、眉を吊り上げる紗季の顔は見えているので、思わず名前を呼ぶ。だが、紗季は無言で鉄格子を揺らし続けた。


「お、おい。紗季……」


「逃げないでよっ!!」


 突然の奇行に動揺を隠せない隼人が声をかけると、紗季が大声で怒鳴り返す。彼女がそんな声を出したことなど、今まで一度もなかったせいか、隼人はビクッと肩を揺らした。


「一人だけ逃げないで! 康介君の親友なんでしょ!? だったら、一緒に彼を止めてよ!! 私や静流の言葉には耳を貸さなくても、あなたの言葉だったら聞いてくれるかもしれないでしょ!?」


 非力な紗季が、それでも懸命に扉を開けようとする。だが、牢屋の扉は無骨な金属音を奏でるだけで、一向に開く気配はなかった。


「私達の関係はハリボテなんかじゃない!! 都合の良い時だけ一緒にいるなんて嫌だ!! 誰かが間違ってることをしてるなら、見て見ぬふりをするんじゃなくて、全力で止めるのが私達でしょ!?」


 それでも紗季は扉を揺らし続ける。皮がむけ、血が流れようとも、その手を離すことはない。


「私は大好きな康介君を止めたいっ!! 三人で必死に止めれば、きっと康介君は思い直してくれるって信じてるっ!! だって、隼人君は康介君の親友……!!」


「俺にはあいつの親友でいる資格なんてないっ!!」


 隼人が力任せに両手で鉄格子を掴んだ。紗季の動きがピタリと止まる。


「俺はあいつの親友じゃいられないんだ……!! だって、そうだろ!? 俺はあいつの悩みを何一つわかってやれなかったっ!!」


 隼人の叫びが地下牢に反響した。震える手で鉄格子を掴んだまま下を向いている彼を見て、紗季は言葉を失う。


「あいつの事を誰よりも理解しているつもりでいたっ!! なのに、ふたを開けてみりゃ、何にも分かってなかったっ!! 何が親友だ!! 結局俺は、あいつの表面だけ見て理解したつもりになって、親友面しんゆうづらしてただけたんだよっ!!」


「隼人君……」


「隼人……」


 紗季も静流も、彼の名前を呼ぶだけで精一杯だった。付き合いが長いからこそ隼人の苦悩が痛いほど伝わってくるため、かける言葉が見つからない。


「──何を言っているんですか、あなたは」


 心底呆れた声が聞こえ、隼人はバッと顔を上げた。


「あなたはコウスケさんじゃないんですから、分からなくて当然でしょう?」


 そこにいたのは自分と同じように牢に囚われている美しい女性。一瞬、思考が固まった隼人だったが、頭をブンブンと振り、鉄格子から出る勢いでセリスに食って掛かった。


「確かに俺はあいつじゃない! だけど、ガキの頃からずっと一緒にいたんだ!! 互いに相手の事を全てわかるのが当然だろ!?」


「それこそおこがましいというものです。あなたは神様か何かですか? 相手の事を全て理解しているのが親友ならば、この世界にもあなたの世界にも親友同士の者なんていないでしょうね」


「ぐっ……!!」


 険しい顔でセリスに睨まれ、思わず怯んでしまう隼人。そんな彼に、セリスは慈愛に満ちた笑みを向けた。


「分からないからこそ、誰よりも理解しようとする……それが親友なんじゃないですか? 少なくとも、私の知っている人はそうしていますよ?」


「あっ……」


 隼人の口から小さな声が漏れる。分からないなら理解しようとする、なんと簡単な事だろうか。そんな単純なことに気づかず、自分はこんな場所でウジウジしていたとは。


「……今ならまだ間に合うと思います。あなたはどうしたいんですか?」


「っ!? 俺は……!!」


 目に力が戻った隼人に、セリスが笑いながら頷く。隼人も頷き返し、先程の紗季と同様、鉄格子の扉を揺らし始めた。


「悪かった、紗季! 俺がどうかしてた!! さっさとこんな場所おさらばして、俺の親友を一発ぶん殴ってやんねぇとな!!」


「は、隼人君!!」


 隼人の復活に涙を流しながら、紗季も一緒になって扉を揺らす。そんな彼女の肩を、トントンと誰かが優しく叩いた。


「え? って、セリスさんっ!?」


「ハヤトさんもシズルさんも、少し扉から離れてください」


 いつの間にやら紗季の背後に立っていたセリスが魔力球を出現させる。それを鋭利な刃物の形にすると、いともたやすく二人を閉じ込めていた鉄格子が斬り倒された。


「うわぁ……流石セリスさん……」


「さぁ、行きましょうか」


 憧憬の眼差しを向けてくる紗季にセリスが笑顔で返す。おずおずと牢屋から出てきた隼人が、なんとも言えない顔でセリスの前に立った。


「えーっと……色々とありがとう。あなたは?」


「申し遅れました。私はセリスと申します」


「あっ……隼人です」


 なんとも魅力的な笑みを向けられ、隼人は顔を真っ赤にさせながら頬を掻く。同じく牢屋から出てきた静流が不機嫌そうに隼人の耳を引っ張った。


「いてててててて!!」


「助かったわ、セリス。本当にありがとう。あんたはデレデレしている場合じゃないでしょ? ほら、さっさと行くわよ」


「わかってるよ! 紗季、行くぞ!!」


「うん!!」


 勢いよく走り出した隼人達。そんな三人の後ろ姿を見てクスッと笑ったセリスは、ゆっくりとその後を追って行った。

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