33.激おこスティックファイナリアリティくろくろドリーム

 ん? あれ? いつの間にか寝ちまっていたのか、俺?


 多分、横になってるな。ふかふかの感触がするし、ここはベッドの上か? とりあえずまぶたを開けようとしてみたけど、全然開く気がしない。つーか、身体が全く動かないんだが。あれか? まーたあいつらと無理な飲みをしちまったパターンか? そして、この後はセリスのお説教が待っているとか? ……それならもう少し寝ておいた方がいいかもしれない。


 あー……それにしても、昨日の記憶がない。そもそも飲み会なんかしたっけな? 確か、アルカと幸せな時間を過ごしている最中に呼び出し喰らって、不機嫌さマックスでアラモ砦に行ったら見知らぬ人間が……。


 ガバッ!!


「いてぇ!!」


 意識が覚醒すると同時に全てを思い出した俺は勢いよく身体を起こした。それと同時に、激痛が身体を駆け巡る。


「クロムウェルさん!!」


「くそいてぇ……ん?」


 筋肉痛の最上級に苦しんでいた俺の名前を呼ぶ声が聞こえたので、そちらに目を向けると、サキが目に涙を溜めながら笑っていた。


「あぁ、サキ。無事だったか」


「無事って……私の心配より自分の心配をしてください!」


 なんか優しく声をかけたら怒られたんですけど。まじ泣きそう。


「えーっと……名前なんだったっけかな、あいつ…………そうだ、コウスケだ! あいつはどうした?」


「あっ……!」


 俺が質問すると、サキが申し訳なさそうな顔で視線を逸らす。そして、今何が起こっているのか、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……なるほど。俺が寝ている間にそんな事になってんのな」


 大体の事情を聞き終えた俺は頭を掻きながらため息を吐く。突如として現れた魔王軍を名乗る謎の軍団が人間達を滅ぼそうと暴れていて、そいつらから人間を守るために魔族の幹部達あいつらが出張った、と。謎の軍団って十中八九コウスケの野郎の仕業だろうな。目的何てさらさらわかんねぇけど。


「そうなると、こんな所でグースカ寝てる場合じゃねぇな。……"癒しの波動エクストラヒール"」


 俺の手から魔法陣が生まれ、そこから放たれる光が俺の身体を癒していく。よかった。ちょっと怖かったんだけど、魔法陣は使えるみたいだ。ってことは、あの反則じみた魔法は人物を対象とするものじゃなくて、エリアを対象とするもんなんだろうな。どっちにしろ、あいつの前じゃ魔法陣が使えなくなるのは目に見えているけど。くそが。


「王都の近くにある平原で戦ってるんだったよな? ちょっくら行って来るからサキはここで」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 そのまま転移魔法陣を組成しようとした俺を、サキが必死の面持ちで止めた。なんだよ? あんまり時間ないんだけど。


「あ、あの……! セリスさんが……セリスさんが……!!」


「あ? セリスがどうかしたのか?」


 そういや姿が見えねぇな。って、まさかお腹に子供がいるのに戦場になんて出向いてないよな? あいつはバカ猫みたいに戦いが好きってわけじゃないからそれはないか。いや、待てよ? うちにはライガと同じくらい血の気の多い天使エンジェルが……。


「セリスさんが康介君に連れ去られましたっ!!」


 ………………は?


 今なんて言った? コウスケがセリスを連れ去ったとか言わなかったか? つまり、あのクソ野郎が俺の宝を二つ、奪っていったって事か?


 ……なるほど。面白れぇ。


「ク、クロムウェルさん?」


 不安気な顔で覗き込んできたサキがヒッ、と小さく叫び声をあげながら後ずさった。悪いな、今は人様に見せられるような顔してねぇんだ。


「……奴のいる所まで案内してくれ」


「え? あ、はい……!!」


 全ての感情を押し殺した声でそう言うと、俺はさっさと救護室から出ていく。コウスケさんよぉ、俺のあおり方をよーくご存知じゃねぇか。首を洗って待ってろよ? 魔王軍指揮官を怒らせたこと、たっぷりと後悔させてやる。



 だだっ広い王の間に置かれた豪奢ごうしゃな玉座に康介は一人、静かに腰を下ろしていた。立派なシャンデリアに赤い絨毯じゅうたん、そびえ立つ太い柱の数々。王が鎮座する場所としてはまさにテンプレートと呼べる造り。本から得た知識を元に康介が造り上げたものなのでそうなるのも当然だった。


「…………」


 玉座の肘掛けに腕を乗せ、頬杖をつく康介の頭の中で回っているのはセリスに言われた言葉。


 ──輝かしい太陽から目を背け、陰に隠れながらひがむだけで何もしてこなかった


 まさかほとんど面識のない魔族に、自分の核心をつかれるとは。親友の隼人は生まれもっての天才だ、自分が何をしたところで敵うわけがない。悪いのは自分じゃない、隼人に才を与え、自分には何もくれなかった神様が悪いのだ。そう思うことで、これまで自分を守ってきた。


 ──新しいスキルおもちゃを手に入れ、それをみんなに見せびらかしたくてあちらこちらに出向いてみたけど、誰も見てくれないからいじけて癇癪かんしゃくを起こす


 まったくもってその通りだった。ずっと引け目を感じていた親友からスキルを奪ったことで、ある種の達成感を抱いた自分がとった行動は、思い通りにならないこの世界をめちゃくちゃにする事。やっている事は子供の癇癪と何ら変わらない。自分で自分が嫌になる。


 ──本当、どうしようもないくらい幼い坊やですね、あなたは


 ドンッ!!


 乱暴にひじ掛けを殴りつける。それは痛いところをつかれたセリスに対するものか、はたまた愚かな行いを続ける自分に対してか。それは、康介自身よくわからなかった。


 ギーッ……。


 王の間にある両開きの壮麗そうれいな扉が重苦しい音を立てながら開く。ゆっくりと息を吐き出し、気を鎮めると、康介は扉の方に目を向けた。


「……やぁ。こんな所まで来たんだね」


 扉の前に立つ夜を思わせる黒いコートを着た男に親し気な口調で声をかける。一度会ったことがあるはずなのに、初めて会うような感覚。そう思わせるほど、クロムウェル・シューマンの放つ気が以前とはまるで違っていた。

 康介はクロを見据えながら緩慢な動きで立ち上がり、脇に置いていたものに手を伸ばす。そして、闇を取り払うような純白の外套を優雅に羽織った。


「とはいえ、君を招待した覚えはないな。どうしてここへ?」


「……決まってんだろ?」


 静かな声でクロが答える。だが、滲み出る怒りを隠すことができない。


「てめぇをぶちのめして、大事なもんを取り返すためだよ!!」


 咆哮ほうこうにも似た声でそう言うと、クロは勢いよく地面を蹴り、余裕の笑みを携える康介へと向かっていった。

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