32.人間、誰かと話をしたいもの
牢屋に閉じ込められてからどれだけの時が過ぎただろうか。一週間程度しか経っていないようにも、一年以上ここにいるようにも思える。太陽が確認できない以上、一日中人工的な照明で照らされているこの場にいたら、時間の感覚が狂ってしまうのも仕方がない事だった。
キーッ……。
城へと続く扉が開く音にも慣れっこだった。いつものように感情のない人形が食事を運んできたのだろう。何の疑いもなくそう思っていた静流の耳に届いたのは二人分の足音だった。
「まさか……!!」
ベッドから身体を起こし、慌てて鉄格子へと近づく。あのからくりメイド以外にこんな場所へ来るのは一人しか考えられない。その人物にこれまで溜め込んだ
「あれ? 誰?」
思わず漏れた言葉。それが聞こえたのか、メイドの後についていたセリスが顔を向け、微笑を浮かべる。
「うわぁ……美人……」
「お初にお目にかかります。私は」
「こちらへ」
挨拶の途中だというのに一切構わず、メイドが部屋を手で示した。何か言おうとしたセリスであったが、メイドの顔を見てため息を吐くと、大人しく部屋へと入っていく。それを確認したメイドは、さっさと城へと戻っていった。
「まったく……愛想のないメイドさんですね。マキさんの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいです」
「えーっと……あなたの事を聞いてもいいかしら?」
突然地下牢に現れた金色の髪をした超ド級の美女。おまけに妊娠している模様。静流の頭を混乱させるには十分な案件であった。
「あっ、すみません。自己紹介の途中でしたね。私はセリスと申します。魔族の幹部をしていたこともありました。今はお爺様にそのお役目を
「魔族!?」
静流の目が一気に鋭くなる。そういう反応になることはある程度予想がついていたので、セリスが笑みを崩すことはない。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ? シズルさん達の世界で知られている魔族と私達は少し違うみたいなので」
「そ、そうなの? ……って、なんで私の名前を!?」
「サキさんから色々聞いていますから」
「紗季から!? えっ、ちょっと待って! 全然意味が分からない!!」
驚きの連発で頭がパニック状態になる静流を見て、セリスは安心させるようににっこりと笑った。それだけで身体の中を清涼な風が吹き抜けたように落ち着きを取り戻す。
「……なるほど。確かに私が知識として持っている魔族とは違うみたいね」
「はい。おそらく聞かれると思いますので先に答えておきますと、サキさんは無事です。今は私達の領地で保護しておりますので心配なさらないでください」
「ありがとう。これで悩みの種が一つ消えたわ」
静流は淡白に答えた。紗季がここを離れてからずっと彼女の安否を気にしていた静流にとって、セリスの言葉はありがたいものには違いない。ただ、それは本当にこの世界の魔族に害がない場合の話だ。現状、セリスの話を鵜呑みにするのはリスクが高すぎる。
「それで、そちらの抜け殻のようになっている方がハヤトさんですね」
「えぇ、そうよ。隼人は……」
「親友の気持ちも察することができなかった事に意気消沈している、ですか?」
目を見開く静流を、セリスは穏やかな顔で見つめていた。
「……言いましたよね? サキさんから色々聞いたって」
「……そんなことまで聞いてるって事は、あの子はあなたを信用したって事ね」
身体に溜まった老廃物を絞り出すように、静流は深々とため息を吐く。
「だったら私も信用しないわけにはいかないじゃない」
「いいんですか? もしかしたら魔族は悪い種族かもしれませんよ?」
「自分でそれを言う? ……いいのよ。私は私の親友を信じているから」
セリスに負けないくらい可憐な笑顔を向けてくる静流。そんな彼女を見て、セリスも少しだけ頬が緩む。
「それで? あなたはなんでこんな所にいるの?」
「さぁ……女の子が誰でも抱く夢を叶えるため、ですかね?」
「ふふっ、なにそれ」
セリスの言っている意味はよく分からなかったが、静流は楽しげに笑った。ここに囚われてから会話らしい会話をしてこなかった彼女は、他人と話しができるというだけでも楽しいのだろう。そんな事を想像しながらセリスは少しだけ顔を真面目なものにする。
「それと、思い通りに事が進まなくて
「坊や? あの人?」
疑問符で埋め尽くされる静流を見てくすっと笑うと、セリスは何も言わずに遠くを見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます