31.見た目はエロエロ中身は清純、その名も名探偵セリス!

「……そういう方なのですね。コウスケさんは」


 紗季の話を黙って聞いていたセリスが静かに口を開く。自分の想像していた人物像と大きくかけ離れた康介のエピソードに内心驚きつつも、紗季が彼を必死にかばおうとする気持ちには納得がいった。


「それは好きになっちゃいますね」


「えぇっ!?」


 予想外の発言に素っ頓狂な声をあげた紗季が顔を向けると、セリスが茶目っ気たっぷりに笑っていた。好きだと直接聞いたわけではないが、康介の話をする紗季の顔を見れば、どこぞのヘタレ以外は誰でも気づくだろう。


「……ピンチに颯爽さっそうと現れる王子様とか憧れちゃうんです。単純ですよね、私って」


「そんなことないですよ? 私だって同じですから」


 そう言って、セリスは柔和な笑みを浮かべながらベッドで眠るクロへと視線を向ける。ドラゴンやリヴァイアサン、火山に悪徳勇者といった脅威から、いつも守ってもらっていた。その度に、自分の心はクロに惹きつけられていったのだ。


「でも、それだと少し妙ですねぇ……」


 セリスが口元に手を添え、思案にふける。康介が紗季の話していた通りの人物であれば、こんな騒動を引き起こすはずがない。紗季の知らない本当の康介がいた? 内に秘めていた残忍性が異世界に来たことで解放されてしまったのか? だが、そうなると説明がつかないことがある。


「コウスケさんはどうしてスキルを奪わなかったのでしょうか?」


「え?」


 意味のわからない発言に、紗季はポカンとした顔でセリスを見つめる。


「彼のスキルはそういうスキルだったんですよね? ですが、彼はこの世界に来てすぐにサキさん達のスキルを奪おうとはしなかった」


「そ、それは……友達だから、ですかね?」


「コウスケさんのスキルは他人のスキルを奪って強くなるもの。でも、彼はスキルを奪わなかった……サキさんの話では彼が魔物と戦い、生死の境をさ迷ったこともありましたよね?」


「は、はい……」


 少しおどおどしながら紗季が肯定した。スキルに関して正確な仕組みが分からない以上何とも言えないが、現段階で康介がスキルを奪わなかった理由としてセリスが考えられるのは二つ。

 一つ目はスキルの価値を高めたかったから。どうやら、スキルというものは練度を上げることができるらしい。それならば他の者が練度をしっかり上げたところで、そのスキルを奪うのが効率的なのは間違いない。

 二つ目はスキルを奪うことで、奪われた者達が弱体化するのを嫌ったから。現に、目の前にいる紗季は戦う力を全く有していない。紗季達がこの世界で降り立ったのは魔物が蔓延はびこる場所。そんな危険な場所に力を持たない人間がいれば、どうなるかなど火を見るより明らか。

 どちらの考えが正しいのかはわからない。そもそも、他の理由でスキルを奪わなかったのかもしれない。だが、後者であれば紗季の話していた康介の人物像と通ずるところがある。


 それでも、結局のところ彼はスキルを奪った。もしかしたら、そうするに至った理由が何かあるのかもしれない。


「彼がスキルを奪った時の事を伺ってもいいですか? どんな状況だったのかとか、どんな会話をしたのかとか」


「どんな状況? うーん……あの時はたくさんの魔物に襲われていました。それで、魔物の相手を隼人君と静流がしてくれて、私と康介君はシェルターに避難していたんです」


「ハヤトさんとシズルさんのスキルは戦闘で光るものでしたね」


「そうです。その後、魔物を倒した二人が私達の所に戻って来て、他愛のない会話をしていたら突然康介君が隼人君と静流のスキルを奪った……そんな流れだったと思います」


「その会話の内容って覚えていたりしますか?」


「えーっと……隼人君と静流の活躍を見て落ち込んでいた康介君を、私達が褒めていたような……康介君の知識に救われたとか、康介君がいたからやって来れたとか……後は、隼人君が康介君の事を『陰の立役者だ』って言ってた気が……」


「陰の立役者?」


「おしゃべりはその辺にしておいてもらおうか」


 セリスと紗季が同時に顔を向けると、白装束に身を包んだ康介が不機嫌な面持ちで立っていた。紗季は驚きのあまり口に手を当てたまま硬直し、セリスは顔から笑みを消し、スッと目を細める。


「紗季さん……そこにいるのは魔族だよ? 気を許しちゃいけない相手だっていうのは分かるよね?」


「康介君……どうして……?」


「君を迎えに来たんだ。……それともう一つ、やり残した仕事があってね」


 まだ思考がおいつかない紗季にさらっと答えると、康介はベッドで眠るクロに視線を向け、その近くで腰を下ろしているセリスに目を留める。


「……身重の身体にもかかわらずこんな場所にいるという事は、どういう関係か聞かなくても大体察しが付く」


「お初にお目にかかります。クロムウェル・シューマンが妻、セリスと申します」


 その声に、紗季の背筋がぞくりとした。先ほどまで自分と仲良く話していたものとはまるで違う。抑揚の一切ないそれは、極寒の地を思わせるかのように冷え切っていた。


「くっくっく……やはりね」


 突然、康介は自分の顔を手で覆い、笑い始める。何がおかしいのかわからず、おろおろしている紗季とは対照的に、セリスはジッと康介の様子を窺っていた。


「本当、どんなマジックを使ったのか、お聞かせ願いたいところだよ。レックス・アルベールという太陽の傍に生まれ、誰かの陰として一生を終えるはずだった男があんなにもみんなからしたわれ、こんなにも美人な奥さんをもらっているのだからさ」


「……誰かの陰として一生を終える? あぁ、そういうことですか」


 すべてに合点がいったセリスが呆れたように呟くと、ゆっくりとその場で立ち上がる。そして、悪魔のような冷たい笑みをたずさえながら、康介に向き直った。


「どうして異世界人であるあなたが魔族私達と敵対するような行動を取るのか、それがずっと不思議だったのですが今やっとわかりました。……あなたは脚光を浴びたかっただけなんですよね?」


「……なに?」


 康介の顔から表情が消える。だが、そんな事はお構いなしに、笑みを深めながらセリスは話を続けた。


「この世界に来て強力なスキルを手にしたあなたでしたが、その使用をずっと押しとどめていた。その理由は友人を想っての事でしょう。あなたの力はまるでシーソーの様に自分が強くなれば相手が弱くなってしまう。こんな魔物がひしめく世界でそんな事をしてしまえば、殺したも同然ですからね」


 セリスの言葉を聞いても、康介の表情は全く変わらない。そこだけ時間が止まってしまったかの如く微動だにしないまま、セリスを凝視している。


「ですが、その自制心という名のダムも決壊してしまった。……親友から陰で頑張っていることを褒められたせいで」


 康介の眉がピクっと跳ねた。それを見たセリスは『陰の立役者』という言葉がトリガーであったことを確信する。


「感情のままに友人達のスキルを奪ったあなたは、今度はその手にした力を使ってみたいと思った。地味な裏方作業ではなく、自分も舞台の上に立ってみたいと思ったんじゃないですか?」


 セリスが問いかけるも、康介は口を真一文字に結んで答えようとはしない。その反応が『是』と言っているようなものだった。


「突然人智を越えた力を手に入れれば行使したくなるもの、男の子なら猶更なおさらですか。残念ながら、魔族と人間が仲良く暮らしているこの世界では力を見せびらかす場はなかった。それならば、と魔族と敵対することで自らその場を設けようとしたんですね。……その過程で出会ってしまったのがクロムウェル・シューマン」


 これまで能面のようだった康介の顔にゆがみが出てくる。だが、そんな事はセリスの知ったことではない。


「自分と同じ境遇でありながら、自分とはまるで違う人生を歩んでいるクロ様にあなたは心を乱された。そして、どうしても許すことが出来なかった。だから、わざわざこんな所までとどめを刺しに来たんですよね?」


「…………めろ」


「輝かしい太陽から目を背け、陰に隠れながらひがむだけで何もしてこなかった自分とは対照的に、同じ立場でありながら太陽をも食らう勢いで必死に自分を高めてきた男を認めたくなかった。認めてしまえば、自分の努力不足を突き付けられる事になってしまうから」


「やめろ……」


「まぁ、要するにあなたの行動は子供と同じですね。新しいスキルおもちゃを手に入れ、それをみんなに見せびらかしたくてあちらこちらに出向いてみたけど、誰も見てくれないからいじけて癇癪かんしゃくを起こす」


「やめろ……!!」


「自分と同じ陰に隠れるべき存在であるクロムウェル・シューマンが表舞台に立っている事が気に入らなくて、嫌々と駄々をこねている。……本当、どうしようもないくらい幼い坊やですね、あなたは」


「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 絶叫と共に康介の身体からアラモ砦を震わすほどの魔力がほとばしる。セリスの話に聞き入っていた紗季は、我に返ると同時に、彼の放つプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。一方、セリスはつまらなさそうに康介を見つめているだけ。


「やる気ならお相手いたしますが?」


 セリスの周りに魔力で出来た球がいくつか浮遊し始める。興奮状態にありつつも、康介の中に眠る'賢者'のスキルがこの魔力球はやばい、と冷静に告げていた。身体の隅々へと普段よりも激しく血を送り出している心臓をなんとか落ち着かせると、第六感がかつてないほどの警鐘を鳴らしている悪魔の前に立つ。


「二人共やめてっ!!」


 そんな二人の間に目に涙を浮かべながら紗季が飛び込んできた。康介の注意が一瞬そちらに向く。その隙をついて、セリスは紗季の手首を掴んで後ろに回り込み、魔力球の一つを鎌の形に変え、紗季の喉元にあてがった。


「セ、セリスさん!?」


 紗季が目を丸くして背中にいるセリスに目をやる。だが、セリスはこちらを見ようともしなかった。


「……どういうつもりだ?」


 腹の奥底に響くような声で康介が問いかける。獲物を前にした猛禽類もうきんるいのように鋭い視線を受けても、セリスは薄く笑っていた。


「どうもこうもありません。あなたが思い描く魔族というのはこういう感じではないのですか?」


「そうだね。卑怯で、残忍で、腹の奥では何を考えているのかわからない、そういう連中だ」


 吐き捨てるように言った康介をセリスが楽し気に見つめる。


「要求はなに?」


「……随分と素直なんですね。別に彼女を見捨てて私とそこに寝ている男を殺してもいいんですよ?」


「要求は?」


 挑発するような物言いに康介は僅かに語調を荒げた。セリスは紗季を人質にとりながら、その様をジッと見つめる。


「……私の要求は一つです。私をあなたの城まで招待してください」


「なに?」


 セリスの要求を聞いた康介が眉をひそめた。


「もちろん、クロ様に手を出さず、大人しく城に戻るという条件付きですけど」


「……目的がわからない。どうして僕の城に?」


「その理由をお話しする義理はないのですが、そうですねぇ……」


 少しだけ悩むそぶりを見せたセリスは、穏やかな笑みを康介に向ける。


「自分のピンチに颯爽と現れる王子様に、女の子なら誰でも憧れを抱くからですかね」


 その言葉にハッと息を呑んだ紗季が勢いよく振りむくと、セリスが少しだけ口角を上げた。


「……益々意味が分からないね」


「殿方には分からないかもしれませんね。……あぁ、それと本気のクロ様と戦えますよ?」


「なに?」


 更に鋭さを増す康介に対し、セリスは微笑を浮かべたまま。


「打ちのめしたいんじゃないんですか? 自分と似た立場のこの人を」


「…………」


 真意を見抜くようにまっすぐとこちらを見てくる康介の目を、セリスは真正面から見返す。しばらく黙って睨み合っていた後、康介は諦めたように息を吐いた。


「わかった。その条件を飲もう……ただし」


 そして、先程よりも更に濃厚な魔力をセリスにぶつける。


「紗季さんに傷一つでも付けたら、お腹に子供がいようと容赦はしない」


「……肝に銘じておきます」


 背を向けて歩き出した康介の後を追おうとするセリス。紗季の隣を通り抜けようとする際、彼女にだけ聞こえる声で囁いた。


「……怖がらせてごめんなさい。でも、あなたの王子様はまだ後戻りができそうですね」


「え?」


「それと、クロ様が目を覚ましたら、私は無理やり連れて行かれた、と伝えてください。よろしくお願いします」


 面食らう紗季にセリスがウインクをする。そのまま何も言うことができないでいる紗季を置いて、セリスは康介とともに救護室を後にした。

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