28.どこにいてもこいつらは変わらない

「それにしても数が多いな」


「あら、ギー。あなたのお仲間がいるわよ?」


 自分達を取り囲む魔族の量にうんざりした様子のギーにフレデリカがからかうような口調で話しかける。ギーがフレデリカの視線の先へと目を向けると、動物の毛皮を身体に巻いたトロールの姿があった。それを見たギーは盛大に顔をしかめる。


「全然似てねーだろ。俺の方が断然男前だっつーの」


「そうなの? 悪いけど、トロールなんて私にはどれも同じに……」


「ゲヒッ! 色っぽい女がいるじゃねぇか!! ありゃウンディーネか? グヘヘ……俺様がたっぷりと可愛がってゲヒャッ!?」


 フレデリカの肢体を鼻息を荒くしながら見ていたトロールだったが、言い終える前に巨大な水球に襲われ、どこかへと吹き飛んで行った。嫌悪感たっぷりの表情を浮かべているフレデリカが、いつの間にやら上げた腕を静かに下ろす。


「……ごめんなさい。私の勘違いだったみたいだわ」


「わかりゃいいんだよ」


 くっくっく、と楽し気に笑ったギーは自慢の棍棒をぶんぶんと振り回し始めた。


「くっ……!!」


「ど、どうしただ!?」


 突然、ピエールが胸を押さえてその場にひざまずくと、隣にいたギガントが慌てて、ピエールのそばに駆け寄った。


「胸の動悸が激しい……カオスの呪いが顕現けんげんしたやもしれん……」


「カ、カオスの呪い!? そりゃてぇへんだべ!」


 心配そうにピエールを見ていたのも束の間、勢いよく鼻息を噴射すると、ギガントは大槌を構え、敵の魔族とピエールの間に仁王立ちをした。


「誰もピエールを傷つけることは許さんど!! カオスの呪いにかかったピエールはオラが守る!!」


 全身からオーラをたぎらせるギガントを、ピエールが微妙な顔で見つめる。ただ単に敵が多くてビビっていた、なんてやる気満々の彼には言えるはずもなかった。


「……おい、いつまでぼーっとしてんだよ」


「え?」


 ライガに声をかけられ、やっとのことでレックスは我に返った。


「……かなり疲弊ひへいしているようだが……まだ戦えそうか……?」


「あ、あぁ。問題ない」


 ボーウィッドの問いかけに、ぎこちなくレックスが答える。マリアやフローラと違って、まったくと言っていい程魔族領に顔を出していないレックスには魔族とどう接していいのかわからなかった。


「なに緊張してんだ、おめぇ?」


 そんなレックスをライガが怪訝な顔でのぞき込む。ボーウィッドの方は何となくレックスの気持ちを察しているようだった。


「……まだ戦えるなら……これを貸そう……」


「あ、ありがとう」


 ボーウィッドが予備の剣をレックスに渡す。デュラハン印の剣だ、先ほどの大量生産のなまくらとは比較することすらおこがましい。


「……すげぇな、この剣」


 持っただけでわかる違いに、レックスの口から自然と言葉が出た。それを聞いたボーウィッドが嬉しそうに笑みを浮かべる。


「……そう言ってもらえると……職人冥利みょうりにつきるというものだ……」


 そう言いながら、ボーウィッドは自慢の愛刀を抜いた。そして、しっかりと敵を見据える。


「……これが終わったら一緒に酒でも飲もう……兄弟の親友は……俺の親友でもある……」


「っ……!!」


 まさかの発言に、レックスは言葉を失った。


「そういやあんまりてめぇと飲んだことはねぇな。……よっしゃ! こんなつまらねぇことさっさと終わらせて、飲み比べすっぞ、レックス!!」


 ライガの頭の中は、既に終わった後の酒の事で埋め尽くされている。敵の魔族のことなど、まるで眼中にない。そんなライガとボーウィッドを放心状態で見つめるレックス。

 レックスが魔族領に足を運ばなかったのも、クロからの飲みの誘いを断っていたのも、ひとえに魔族達に対して後ろめたさがあったから。その正体はわからない。でも、本当になんとなく、魔族の連中は自分の事を嫌悪していると思っていた。


 だが、そんなものは自分の被害妄想だった。


 勘違いで築いた心の壁をいとも容易く超えてきた二人を見て、レックスはそう確信する。


「……悪いな、ライガ」


 ボーウィッドから預かった剣を握り、コキコキと自分の首を鳴らすライガの隣に立ったレックスは楽し気な笑みを浮かべた。


「俺は酒つえーぞ?」


「けっ! そうこなくっちゃ面白くねぇよ! アベルの野郎みたいに口だけじゃねぇことを願うぜ!」


「あら! お酒が強いだなんて素敵じゃない? 私の周りにはぼんくらしかいなかったから嬉しいわ」


 いつの間にやら近づいてきていたフレデリカが人差し指でレックスのあごを撫でる。突然のことにどぎまぎしているレックスにギーがまじめな顔で耳打ちした。


「フレデリカ、セリス、そんでもってマリア。この三人には気を付けろ。マジで死ぬことになるぞ」


「……そんなに強いのか?」


「強いなんてもんじゃない。酒の化身だ」


 驚くほど深刻なトーンで言われ、レックスはごくりとつばを飲み込む。ギーもかなりの蟒蛇うわばみに見えるというのに、その男が忠告するとはその三人はどれほど強いというんだ。そして、その三人の中にマリアが入っていることが信じられない。


「……まぁ、それもこいつらを片付けてからの話だな」


 ギーは小さく笑いながらレックスの肩に腕をのせ、こちらを睨んでいる魔族達を見渡した。その言葉で魔族と戦っている事を思い出したレックスはある重大なことに気が付く。


「王様達がやばいっ!!」


 ライガ達の登場ですっかり頭から吹き飛んでいた。魔法によるバフの効果を受けられなくなった騎士達が苦戦しているかもしれないという事を。


「何人か王様の方に行ってくれないか!? 魔王を倒せても、王様がやられたら元も子もない!!」


 助けに来てもらっておきながら厚かましい頼みであることはレックスも重々承知の上である。だが、恥や外聞をかなぐり捨ててでも、守らなければならないものがあった。


「そう慌てなさんなって、色男さんよ」


 隠しきれない焦りを見せるレックスとは対照的に、至極落ち着いた様子でギーが答える。


「俺達もバカじゃねぇよ。戦における敗北の条件くらい、俺だって知ってるっつーんだよ」


「……オリバー王の事は心配するな……お前は前だけ見てればいい……」


 筋肉を膨張させながら凶暴な笑みを浮かべるライガに続き、ボーウィッドがしっかりと前を見据えつつ、刀を構えた。


「心配するなって、どういう……」


「言葉通りの意味よ」


 いまいち理解できていないレックスにフレデリカが茶目っ気たっぷりにウインクをする。


「あっちにはね、魔王様と、とびっきり可愛くてとびっきり不機嫌な私達の娘がいるから大丈夫。この世界で最も安全な場所なんだから」


「魔王と……娘?」


 前者はともかくとして後者には疑問符を浮かべるレックスだったが、フレデリカは何も答えず、魅力的な笑顔をこちらに向けてくるだけだった。

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