27.弘法だって筆を選びたい

 通り過ぎがてら魔族を斬り伏せつつ、戦場を進んでいく。様子を見る限り、魔法の効果は覿面てきめんのようだった。騎士によっては複数の魔族を相手にしても後れを取っていない。これならば、心置きなく魔王を目指せそうだ。

 そんな事を考えながら走っていたレックスの前に、雷をまとった親子が現れる。白い光が雷に混じっているところを見るに、ちゃんと二人にも魔法がかかっているようだ。


「コンスタンさん! エルザ先輩!」


「レックスか!? どうしてここにいる!?」


 同時に振り返った二人がレックスを見て大きく目を見開く。王の護衛を任せたものが最前線に出てきているのだ、驚くのも無理はない。


「色々と説明したいところですが、時間がありません!! 俺の魔法でみんながパワーアップしている間に、俺は魔王を倒しに行きます!! オリバー王も了承済みです!!」


「王が……!?」


「俺の魔法……なるほど。この白いモヤモヤはお前の仕業だったのか」


 レックスが早口でそうまくし立てると、合点がいった顔でエルザが頷いた。一方、コンスタンの方は何とも言えない表情をしている。オリバーの身を案じているのだろうが、もうここまでレックスは来てしまっているので今更引き返すことは出来ない。


「俺、行きます!! そっちは頼みました!!」


「ちょっと待……」


「わかった!! 後ろは任せろ!!」


 制止をかけようとしたコンスタンの言葉を遮り、エルザが力強く答える。感謝の意味を込めて頷くと、レックスは魔族の波へと飛び込んでいった。


「一人で行かすなど、自殺行為ではないのか!?」


「この力を見てください、父上」


 そう言いながら、エルザは持っていた剣を横なぎにする。先ほどまでは一、二体の魔族を怯ませるのがやっとの威力だったものが、十体以上の魔族を巻き込みながら軽々と吹き飛ばした。


「このような魔法は見たことがありません! これを全員に施したとなると、最早レックスの力は私達の想像を遥かに超えております! それならば、下手に力を貸して足手まといにならず、奴の力を信じるべきです!」


 周りの魔族を圧倒しながら告げられた娘の言葉に、コンスタンは何も言うことができない。少しの間迷った後、力強く剣を振りぬいた。


「エルザ! 周りの騎士達に伝えろ!! レックスが魔王を討つまで後方へと下がり、守りを固めるように!!」


「承知しました!!」


 そう答えるや否や、エルザは雷鳴を残してコンスタンの前から姿を消す。それを見届けたコンスタンは、魔族を蹴散らしながら後退を始めた。


「……頼むぞ。レックス」


 囁くように紡がれた声に願いを込める。この絶望にも似た状況に希望の光を差し込んだ男に、コンスタンは全てを託した。


 そんな総騎士団長の思いを知らぬまま、レックスは一心不乱に突き進んでいく。かなり敵陣の深いところまで来ていた。周りに味方はいない。目に映る全てをなぎ倒したところで何も問題はない。


「どけぇぇぇぇぇぇ!!」


 咆哮を上げながら、道をひらいていく。前線で戦っていた魔族に比べ、レックスの周りにいる魔族は手ごわい相手だった。だが、そんな事は彼には関係ない。勇者の力を引き継ぎ、聖属性魔法を使いこなすこの男を止められる者はこの世界に殆どいない。


「ちっ……!! どんだけ生み出してんだよ、あのバカは……!!」


 倒しても湧いて出てくる魔族に、レックスは思わず顔を歪める。進めど進めど姿が見えない魔王に、彼は焦りを感じていた。


「時間がねーって言うのによ……!!」


 自分に降りかかる攻撃を容易くかわし、反撃しつつ苛立ちをあらわにする。


 そう、時間がないのだ。


 騎士達全員を強化する魔法、"己がために強くなれオーバードライブ"に加え、自身を強化する"誰がために強くあれオーバーリミット"の並行使用。二つとも瞬間的に発動するものではなく、継続的に魔法を行使しなければならない。その消費魔力量は常人では三十秒と持たないほど。並外れた魔力量を兼ね備えるレックスですら、そう長くはもたない。


「こうなりゃ、賭けに出るしかねぇ!!」


 既に膨大な魔力を放出し続けているレックスが、更に魔力を練り上げる。そして、膝を折り地面に手をつくと、その魔力を一気に解放した。


聖光爆雷陣せいこうばくらいじん!!」


 レックスを中心に、凄まじい光の爆発が巻き起こる。魔法を撃ち終えた彼の周りには一切のものが消え失せていた。


 そして、探し求めていた者の姿を捉える。


 その瞬間、レックスは光と化した。誰の目にも映らない速度で魔王まで迫ると、その力を右手に持つ剣へと収束させる。


「これで終わりだっ!! "極光斬きょっこうざん"!!」


 思わず見とれてしまうような光の刃が、魔王目掛けて振り下ろされた。まさに、レックスの全身全霊をかけた渾身の一撃。


 その一撃は魔王の身体に届く直前で粉々に砕け散った。


「なっ……!?」


 信じられない光景に、目を見開くレックス。そんな彼の身体を鷲掴みにした魔王ハデスはニヤリと笑みを浮かべた。


「素晴らしい攻撃だった。まさか人間の中にこれほどまでの力を持った勇者が潜んでいたとは。……が、貴様の強さに武器がついてこられなかったようだな」


 レックスの持っていた剣は一般の騎士に配られるような何の特徴もない鋼の剣。伝説の勇者の魔法に耐えるにはいささか以上に無理があった。


「今のであれば、あるいは私を倒すこともできただろう。……だが、気を落とすことはない」


 ほぼほぼ力を使い果たし、自分の手の中で睨みつけるだけしかできないレックスを見たハデスはますます笑みを深める。そして、掴んでいた手を離すと、容赦なくレックスの身体に拳を叩きつけた。


「がっ……!!」


「もう一度、魔族の猛攻を切り抜け、私の下に来るがいい……そんな力が残っていればの話だがな」


 高笑いするハデスの声が一気に離れていく。血を吐きながら殴り飛ばされたレックスが投げ捨てられたゴミのように転がったのは、コンスタンと別れた場所だった。


「初めからやり直し、ってか……」


 飛びそうになる意識を必死につなぎ止め、レックスは折れた剣を杖にして何とか立ち上がる。だが、そこには敵の姿しかなかった。味方にも自分にもかけていた魔法は消え去り、まさに絶望的な状況。


「武器もねぇ、体力もねぇ、魔力もねぇ……おまけに周りは四面楚歌。ははっ……こりゃ、まじでやばいな……」


 ここまで絶望が過ぎると、逆に笑えてくる。


「こういう時、あいつはどうするんだろうな……」


 じりじりとにじり寄ってくる魔族を見ながら、レックスはそんな事を考えていた。人間の身でありながら、この世界で最強とうたわれる自分の親友。クロムウェル・シューマンであれば、危機的というのも生易しいこんな状況で何を思うのだろうか。恐らく『やべぇよ、やべぇよ』と言いながらも、決して諦めることはしないだろう。


「だったら俺も……諦めるわけにはいかねぇ……!!」


 残り少ない魔力を死に物狂いでひねり出す。真っ先にすべきは味方の強化。自分の魔法がなくなった今、魔族に蹂躙されていてもおかしくはない。


「あっ……」


 レックスの口から気の抜けた声が漏れる。魔力の使用過多により、彼の意識が一瞬飛んだ。その好機を敵が逃すわけがない。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 振り下ろされる死の一撃。咄嗟に折れた剣を構えようするが、反応速度が著しく低下しているため、腕を上げるに至らなかった。最早、この攻撃を防ぐ術はない。


 ドゴォンッ!!


 レックスに金棒を叩きつけようとしていたオーガが、空から降ってきた大柄の男の拳により、地面にめり込んだ。喧騒に包まれていた戦場に僅かな静寂が訪れる。そんな中、オーガを打ちのめした男が鋭い視線を魔族達に向ける。


「……次に地面でおねんねしたい奴はどいつだ?」


 野獣のように荒々しい声。突如として現れた筋骨隆々な男を、レックスは真っ白な頭でぼーっと見つめていた。


「……なんとか間に合ったようだな……」


「お行儀の悪い子達がいるみたいね」


「魔族で行儀の良い奴なんていねーだろ」


 筋骨隆々な男の次に空から降りてきたのは白銀の甲冑に青肌の美女と短パン一丁のトロール。


「流石はピエールだぁ。ばっちりみんなを転移させられたなぁ」


「戦場こそ我輩の生きる道。死者の産声がとどろくこの地こそ、我輩の求めた場所」


 それに続く形で、優しそうな巨人と、微かに身体が震えている吸血鬼も姿を現した。


 突然現れた得体の知れない者達に、魔王軍の者達は動揺を隠すことができない。同様にまったく理解の追い付いていないレックスを横に置き、棍棒を肩に担いだトロールが不敵な笑みを浮かべる。


「さて……どこぞの魔族さん達よぉ。どっちが本当の魔族か、白黒はっきりつけさせてもらおうか?」


 圧倒的な存在感を放つ六人の魔族。


 旧魔王軍の幹部が、その身体に戦意をみなぎらせ、この戦いの場に降り立った。

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