26.「気にするな」と誰かに言われても、気にしないわけにはいかない時もある

 戦塵せんじんが高く立ち昇り、そこかしこで怒号が飛び交っている。普段は平和で長閑のどかな平原地帯が、今や荒々しい戦場と化していた。


「はぁぁぁ!!」


「ぬんっ!!」


 銀の鎧に身を包んだ騎士達が、勇猛果敢に魔族へと斬りかかる。殆どの相手が自分よりも体躯が大きいというのに、一歩も退くことはない。


 その中でも鬼神の如き活躍を見せるのは言わずと知れた雷親子。


「"痺れる大波サンダーウェーブ"!!」


かみなりまとい!!」


 '雷神'の名に恥じない広範囲、高威力の雷属性魔法で魔族を震え上がらせている父に、グリンウェル家秘伝の魔法により、強化された身体で縦横無尽に戦場を駆け抜ける'雷帝'の名を冠した娘。


「遅いっ!!」


 エルザは魔族の間を縫うように移動しながら、敵を攻撃していく。騎士団の中でも若手に当たる彼女だが、その活躍はもはやベテランの騎士顔負けのものだった。


「残念ながらその程度の力では儂に届かん」


 トロールが振り下ろしてきた武骨な棍棒を愛剣で真っ二つに割り、そのままその持ち主を斬り伏せる。倒れるトロールには目もくれず、すぐさま近づいてきているオーク達に視線を移し、容赦なく剣を振るった。


 奮戦する騎士達。一見すると、人間達が戦いを有利に進めている。


 だが、実際は劣勢を強いられていた。


 その理由としてまず第一に挙げられるのが、魔族と人間の基礎身体能力の差である。筋肉も皮膚の強度も魔族の方が数段上だ。おまけに五感も人間に比べ、圧倒的に優れている。魔法による強化も武器もなしの戦いであれば、確実に魔族が勝利するだろう。

 次に、魔族達が使う魔法である。異世界転移者の康介から生み出された彼らはこの世界のルールにのっとらない。つまり、魔法を放つ時に魔法陣を組成する必要がないのだ。命をやり取りを行っている極限状態において、この差は人間達に重くのしかかってくる。


 そして、何よりも大きい理由は人数差だ。


 個々の力が劣っているのであれば、量に頼るしかない。人海戦術は人間の得意とするところであった。にもかかわらず、この戦場においてそれを行うことができないでいた。それもそのはず、敵の数が自分達と同等、若しくはそれ以上なのだ。その戦術を取りたくても取ることができない。


 自力でも数でも劣っている状況。即座に崩れないだけ善戦していると言っていいだろう。


 だが、それだけだ。このままでは魔族に押し負けるのは時間の問題。それを一番強く感じていたのは護衛として王の側に控えているレックスだった。


「……こりゃ、何とかしないとマジでやばいな」


 オリバーの前に立ち、何体かの魔族をあしらいながら呟く。既にオリバーの下まで魔族が迫ってきているのだ。戦いが始まってそんなに時間がたっていないというのに、もはや一刻の猶予もない。


「どうする……!! 考えろ……!!」


 魔族の凶刃を防ぎながら、レックスは必死に考えを巡らせる。このまま戦い続けても人間達が勝利する未来は万に一つもない。それほどにこの戦場におけるパワーバランスは大きく傾いていた。

 唯一、光明を見出すとすれば、他の魔族達を無視して魔王を討伐すること。頭を失った集団は烏合の衆となり果て、人数差や個々の力の差をくつがえすことができるかもしれない。いや、それでできなければ人類に滅ぶ以外の道はない。


「でも、そんなのは……!!」


 総騎士団長のコンスタンが一番承知しているはず。騎士団のトップを張る男は伊達ではない。実力はもちろん、経験も勘も自分を含めそこいらの騎士達とは比べられるはずもない。だが、それを実行するには至れない。彼が魔王を討つために一人敵陣へと突っ込んでいけば、後方が手薄となってしまうからだ。今この状況でそんなことになれば、なし崩し的に人間側が瓦解がかいしてしまう。

 かくいうレックスもそれが理由で動くことが出来ずにいた。王の護衛にレックスを置いたのは、コンスタンが王の身を気にせず戦うため。レックスの実力を知るコンスタンだからこそ、彼を護衛につければ心置きなく目の前の敵に集中することができる。それが分かってしまう以上、レックスが王のそばを離れるわけにはいかなかった。


「くそっ!!」


 魔族を斬り飛ばしながら、思わず舌打ちをするレックス。本音を言えば、今すぐにでもあの康介とかいう異世界人をぶちのめしに行きたいというのに、その男が作りだした魔族にすら手を焼いている始末。どうしても苛立ちはつのってしまう。


「レックス・アルベール」


 そんな彼の名前をオリバーが静かに呼んだ。レックスは周囲をけん制しつつ、オリバーのそばににじり寄る。


「お呼びですか?」


「私の事なら気にしなくてよいぞ」


「え?」


 一瞬、魔族がいるのも忘れて、レックスは間の抜けた顔をオリバーに見せた。が、すぐにオリバーから視線を外し、渋い顔で剣を構える。


「……おっしゃっている意味がよくわかりませんが?」


「私はおとりになるつもりではあったが、荷物にはなりたくないのだ」


 威厳に満ちた声で告げられた言葉を聞いたレックスはギリリ、と奥歯を噛んだ。自分の事など放っておいて戦いに行け、とオリバーが本気で言っていることなどレックスには分かっている。自分達の王はこういう男なのだ。だからこそ、レックス自身もオリバー王を護りたいと切に願うのだ。

 はっきり言って、コンスタンやエルザ、そのほか騎士団の中でもかなり腕が立つ者達以外は魔族と渡り合えていない。オリバーの護衛に関しても、レックスがいるからこそ、彼は無傷でいられている。レックスがいなくなれば十秒と待たずして、オリバーの首はさらされることになるだろう。

 一体どうすればいいのだろうか。魔族と互角に戦える者がいれば、ここを離れ、魔王を討ちに出られる。だが、互角に戦える者は皆、最前線に出張っているのだ。結局、レックスはここを離れることができない。ここにいる騎士達だけで王の護衛をさせるには荷が重すぎる。


 ……それならば、魔族と対等に戦えるようにすればいいのではないか?


 頭の中に光が差す。この力を、自分の親友に勝つために得たこの力を使えば、それも可能なのではないだろうか? 試したことはないが、試す価値はある。


「……"己がために強くなれオーバードライブ"」


 レックスが小さい声で詠唱した。魔法陣など組成せずに発動された魔法は瞬く間に戦場へと広がる。


「な、なんだ!?」


「身体から光が……!!」


 騎士達の身体に現れる異変。白いもやのようなものが騎士達の身をおおい、光を放ち始めた。だが、発光するだけの効果では断じてない。


「おりゃぁぁぁ!!」


「な、なんだと!?」


 パワーもスピードも全員が飛躍的に上昇している。それも、魔族を圧倒するほどに。

 魔法が上手くいったことにホッと胸をなでおろしたレックスは、くるりと反転し、驚いているオリバーに向き直った。


「オリバー王。申し訳ありませんが、少しだけこの場を離れさせていただきます」


「この魔法は……まさか伝説の勇者と同じ力か!?」


 魔法陣を使わない魔法……そんなものを扱えたのは古い文献を漁ってもこの世でただ一人しかいない。永きにわたり、いがみ合っていた人間と魔族を和解させたといわれている、勇者アルトリウス・ペンドラゴンその人。


「あー、なんかその人の血を引いてるみたいですね。よく知りませんけど。この魔法は魔法陣の練習をしていたらいつの間にか使えるようになってました」


「お、お主という奴は……」


 とんでもない事をサラッと言ってのけるレックスにオリバーは言葉を失う。彼がアルトリウスの生まれた地とされるハックルベルの村出身であることは知っていた。だが、まさか幻とされる聖属性魔法を使えるまでに色濃く血を継いでいるとは。


 いや、今は驚いている場合ではない。突如として現れた救世主に人類の未来を託すしかない。


「……勇者レックスよ。その奇跡の力を、我ら人類を救うために使ってはくれないか?」


 突然、改まった態度を見せるオリバーに面食らったレックスであったが、その真剣な顔を見て、自分も表情を引き締め、頭を下げた。


「この力で人類が救われるのであれば、喜んで」


「頼むぞ。人間の力を奴らに見せつけてやってくれ」


「……仰せのままにっ!!」


 力強くそう答えると同時に地面を蹴っていく、レックス。そのまま戦いの渦の中へと飛び込み、敵味方入り乱れている戦場を駆け抜けていった。

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