24.狙われている奴がいるなら、そいつを隔離した方が周りに被害が出ない

 街を守る様に建てられた城壁の外側に、王都が誇る精強な騎士達がずらりと並んでいた。その先頭に立つ総騎士団長のコンスタン・グリンウェルの前に、送り込んだ偵察部隊が息せき切って帰還してくる。


「……状況を」


「はっ! 敵軍と思われる影がここから三キロほど離れたところからこちらに向かって進軍しております!」


「相手の規模は?」


「敵はマケドニアを取り囲む様に配置されており、その数は千を超えているかと存じます!」


「せ、千……!?」


「それほどの大軍がいつの間に……!?」


 偵察部隊の男の報告を受け、騎士達の間に動揺が流れた。だが、コンスタンに焦った素振りはなく、冷静に話の続きを促す。


「敵の正体は?」


「そ、その事なのですが……!」


 てきぱきと報告をしていた男の歯切れが急に悪くなった。他の偵察部隊の者達も一様に微妙な表情を浮かべている。


「なんだ? 確認することができなかったのか?」


「い、いえ……その姿を捉えることはできたのですが……」


 言いにくそうな男の様子を見て、コンスタンにはある程度察しがついた。


「……魔族か」


「っ!? は、はい! その通りであります!!」


 偵察部隊の男がビシッと敬礼しながら答える。その瞬間、騎士達の中で衝撃が走った。


「ま、魔族とは話がついているって王が言っていなかったか……?」


「や、やっぱり考えが変わった、とか?」


 オロオロと狼狽うろたえだす騎士達。魔族の頼もしさと同時に、その強さも知っている彼らにとって、魔族が人間領に攻め込んでくるのは悪夢でしかなかった。


「父上、本当に魔族が?」


「儂がこの目で見たわけではないのではっきりとした事は言えん。だが、見間違えようもないだろう」


 後ろに立っていたエルザが不審に思いながら父親に尋ねてみると、コンスタンは特に迷うことなくあっさりと答える。


「ただし、我々がよく知る魔族かどうかはわからないがな」


「え?」


「ルシフェル殿は魔法に精通しているお方だ。そして、彼はマケドニアに来たことがある。もし、本気で我々を攻め落とすつもりならば、部下を連れてさっさと街の中に転移しているだろう」


「た、確かに……!!」


 コンスタンの冷静な分析に騎士達が納得した様子を見せる。恐らく、これはあの異世界から来たという少年の仕業だろう。どちらにせよ、自分達の取るべき道は一つだ。


「我々は王都騎士団。我々の使命は国を脅かす逆賊を討ち滅ぼす事。それでは進軍を開始する! 諸君、気合を入れておけよ!!」


「サー!!」


 コンスタンの号令に、騎士達が力強く答えた。そして、隊形を崩さずに敵を目指して一歩ずつ前進していく。そんな中、隊の後ろの方にいたレックスは思案気な表情を浮かべていた。


「これがあいつの用意した舞台ってわけか……。本当に何を考えているのかわからねーな」


「魔族と人間が争うことが普通だ、と彼は考えているようだからな。ご丁寧にその機会を与えてくれたのだろう」


「流石は異世界人。俺達とは考え方が……って、王様!?」


 自分の独り言に答えた人物を見てレックスは目を丸くする。その言葉に振り返った騎士達が、オリバーの姿を見て唖然とした表情を浮かべた。そんな彼らをオリバーはニコニコと笑いながら観察している。


「何事だ? これから決戦に赴くというのに…………なっ!?」


 ざわめいている後方部隊を不審に思ったため、様子を見に来たコンスタンがオリバーの存在に気づき、慌てて彼の下に駆け寄った。そして、困惑した顔でその場にひざまずく。レックスを含む他の騎士達も慌ててそれにならった。


「こ、これは国王陛下!! どうしてこのような場所に!?」


「私も同行しようと思ってな」


「…………は?」


 言葉の意味がまるで分からなかったコンスタンが目を点にしてオリバーの顔を見つめる。段々と理解が進んだコンスタンが硬い表情でこうべを垂れる。


「お言葉ですが陛下。戦う力を持たないあなたがいらしたところで、なんの戦力にもなりません。それを理解していない王ではないと存じますが?」


「はっきりと言ってくれる。だからこそ、この国の総騎士団長を任せられるのだが」


「ならばここは大人しく城へとお帰りになって」


「敵の狙いが国を滅ぼすことであるならば、私の首を取ることが目的である可能性が高い。それならば、城に籠っているよりも、騎士達と戦いの場に出る方が王都を守ることになるのではないか、と考えたのだ」


 コンスタンの言葉を遮るようにして言い放ったオリバーに、コンスタンは返答にきゅうした。確かに、敵がオリバーを狙って王都に乗り込めば、街に住む者達が襲われるのは間違いない。そうならないよう、全力で止めるつもりではいるが、自分達と戦闘を行うものと王都を攻めるものに部隊を分けられでもしたら、対応しきれない恐れもある。それならば、『王』という餌を目の前にぶら下げ、敵が自分達だけを標的にしてくれた方が、自分達も目の前の戦いに集中することができる。だが、王が治める国を守るために自分達が守るべき王を危険にさらすのは本末転倒ではないか?


 自分の前で苦悩の表情を浮かべる男を見て、オリバーは勇ましく笑った。


「それに、私は目に焼き付けなければならない」


 そして、自分に頭を下げている騎士達をゆっくりと見渡す。


「国のため、命を賭して戦う貴殿らの雄姿を。玉座にどっしりと腰を下ろし、全てが終わった後できらびやかな称賛の言葉を贈るだけのな王にはなりたくないのだ」


 コンスタンがバッと顔を上げた。オリバーが彼に力強く頷きかける。それを見たコンスタンは力が抜けたように笑うと、もう一度深々と頭を下げた。


わしが仕える王はとんでもなく困ったお人のようだ。……だからこそ、この身を捧げる価値がある」


 その場で立ち上がったコンスタンは振り返り、膝をついている騎士達に向き直る。


「これより我々は王とともに魔族を討伐しに参る!! おのが全力を持ってかかれ!! そして、王に見せつけてやるのだ!! 自身の国が誇る騎士団は無敵の軍勢であることを!!」


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 張り上げたコンスタンの声に負けないほどの怒号で騎士達は応えた。軽い興奮状態に高揚感。まさに、戦いに赴くのはベストなコンディションだといえる。そんな彼らを見て、オリバーは頼もし気に見つめる。


「……無茶しすぎですよ」


 再び進軍を開始した騎士団。その中でも後ろに控える王の護衛に選ばれたレックスがこっそりとオリバーに話しかけた。


「王様の事だから城の人達には内緒で来たんじゃないですか?」


「うむ。知られると確実に止められるのでな」


「そらそうでしょうよ」


 王の破天荒っぷりに思わずため息が出る。以前から普通の王ではないと思ってはいたが、ここまでだったとは。敵の眼前にその身をさらそうとは、無謀にも程がある。


「レックス・アルベール。シンシアからもコンスタンからもその実力は聞き及んでおる。頼りにしておるぞ?」


 そんなレックスの心中を察しているのかいないのか、オリバーは楽しそうに笑った。一瞬、ポカンとしたレックスだったが、小さく笑みを浮かべると仰々しく頭を下げる。


「……この身に代えようとも、魔族の手からこの国をお守りいたします」


 やっぱり、こういう大人になりたいよな。


 人々を惹きつける圧倒的なカリスマを持つ男を前に、レックスはそんな事を思っていた。

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