21.賢いだけじゃ賢王にはなれない

 王都マケドニアにある城の謁見の間はかつてないほどの緊張感に包まれていた。再び現れた異世界からの来訪者、その純白だった装いが真っ赤に染まっているというのもあるが、一番の理由は彼がこの国の王であるオリバー・クレイモアにした発言のせいである。


「……聞き違いではあるまいな。貴殿があのクロムウェル・シューマンをほふった、と」


「えぇ。まぁ、まだ息はあったようですが、それも時間の問題だと思いますよ」


 重々しい言い方のオリバーとは対照的に、康介は軽快な口調で答えた。


「今日はあの綺麗なお姫様はおられないんですね」


「シンシアは公務で城を離れている。……その返り血は彼のものなのか?」


「あっ、すいません。王の御前に参上するには相応しくない恰好でしたね」


 苦笑いをしながら指をパチンと鳴らすと、血で汚れた白装束が一瞬にして新品同様の綺麗なモノへと変わる。自分達が最強だと信じた男が、素性も知れない男に倒された、という事実に騒然となる場。


「あの外交大臣を……!?」


「し、信じられん……!!」


 この場にいる誰もが動揺を隠さずにいる中、康介から一度も視線を外していないレックスに、エルザが眉をひそめて話しかける。


「お前はどう思う? あの男がそんな簡単にやられる玉か?」


 その強さを痛いほど知っているエルザには、あの男がクロを倒したとは考えにくかった。おそらく、レックスも同じ気持ちだろうと思い、尋ねてみたのだが、その答えは彼女の予想していたものとは少し違った。


「調べればすぐにわかることを嘘吐く意味もないっすよね。多分、あいつは本当にクロムウェルを倒したんだと思いますよ?」


「まさか……!?」


 意外にも軽い口調で言ったレックスに、エルザが驚愕の表情を向ける。レックスの方は彼女に目を向けることなく、康介に鋭い視線を送り続けていた。


「絶好の機会ですね、オリバー王」


 思案にふけっていたオリバーに、康介が楽しげな様子で笑いかける。


「……機会、というのは?」


「魔族を滅ぼして、人間がこの世界を統一することですよ」


 さも当然とばかりに言ってのける康介を見るオリバーの目が僅かに細まった。だが、当の本人はその事に気が付いていない。


「世界最強とうたわれていた男は倒しました。後は魔王と、それに付き従う魔族の連中だけ。魔王の実力は分かりませんが、まぁ、僕も力を貸すのでなんとかなるでしょう」


 この世界に生きる者が魔法陣を使う以上、それを無効化することのできる自分に敵はいない。クロムウェル・シューマンとの戦いでそれを証明した康介には絶対的な自信があった。


「見たところ、この国の騎士団は精強な者達が揃っているようなので、問題なく悪を討つことができるでしょう」


 康介は謁見の間に集まっている騎士達をゆっくりと見回す。そして、自分を射抜くように見つめている金髪の男で視線を止め、にっこりと笑みを浮かべた。


「君の陰は僕が倒してしまった。悪いね」


「……あいつは俺の陰じゃねーよ」


「ふぅん」


 どうでもよさそうに答えると、康介は再び視線をオリバーに戻す。真剣な顔でなにやら考え事をしている様子。恐らく、魔族を滅した後の事を考えているのだろう。流石は異世界の優秀なタイプの王だ、と康介は心の中でほくそ笑んだ。

 静寂が康介以外の者達に重くのしかかる。どのような判断を王が下そうとも、自分達はそれに従う事しかできないのだが、今回に関しては式典の名前を決めるなどという軽いものではない。国の命運さえ揺るがしかねないこの状況で、騎士達は固唾をのんで王の言葉を待っていた。


「…………ふぅ」


 静寂を打ち破るかのように、オリバーが深い深い息を吐く。


「考えはまとまりましたか? オリバー王」


「まとまるも何も、初めから答えは出ておる。後は覚悟を決めるだけだった」


「そんなに心配しなくても、この世界から魔族がいなくなるだけで大して変わりませんよ」


 むしろ、民衆が魔族に怯えて暮らす必要がなくなり、人々の暮らしが豊かになること間違いなし。魔族の領土がそっくりそのまま自分達の領土となり、国力は増大する。人口も増えていき、それにともない技術力も向上するだろう。良い事ずくしだというのに、この王は何の覚悟を決める必要があったのだろうか。


 そんな事を思っていた康介の顔を、オリバーは静かに見つめる。そして、王たる威厳を放ちつつ、玉座から立ち上がった。


「コウスケ殿。申し訳ないが、我々は貴殿を敵とみなす」


「…………は?」


 ニコニコと機嫌よく笑っていた康介の顔が、そのままの形で固まる。オリバーの言葉の意味を一ミリも理解することができない。自分が異世界人だから、彼の言葉が分からなくなってしまったのだろうか?

 完全に思考停止状態に陥った康介とは裏腹に、王の言葉を聞いた騎士達は即座に剣を抜いた。それを見て、少しずつ王の言ったことを理解し始める。


「えーっと……間違っていたらすみません。僕の事を敵だなんて言ってませんよね?」


「そのように言ったつもりだが?」


 王の答えにポカンとした表情を見せた康介だったが、すぐに周りの騎士達に目をやった。誰も彼も敵意に満ちた目でこちらを見ており、構えた剣からは気迫を感じられる。


「……意味が分かりません。僕が一体何をしたって言うんですか?」


「我らの盟友である魔族にあだなした。それ以上の理由は必要ない」


 きっぱりと言い放つオリバーに、康介は顔を歪めて舌打ちをする。


「盟友って相手は魔族ですよ?」


「彼らとは友好関係を築いている、と前に言ったはずだ」


「……そういえば言ってましたね。あれ、本気だったんですか」


 康介がバカにしたように笑う。まさか、一国の王までもが魔族と『仲良しこよし』しているとは……腹の底では何を企んでいるのかわからない連中だというのに、呆れを通り越して最早笑うしかなかった。


「そもそもあだなすって……まだそんなに大したことはしていませんよ?」


「魔族の幹部に手をかけたであろう? それも、よりにもよってクロムウェル・シューマンに」


「あんな魔法陣を扱うことしか能のない屑を殺したところで、別に何も──」


 常軌を逸した気配を感じた康介が言葉の途中でバッと振り返ると、そこにはエルザに両肩を掴まれているレックスの姿があった。その瞳孔は完全に見開かれている。


「……地味な親友を馬鹿にされて激高するなんて、まさに主人公……ん?」


 ここで康介はあることに気が付いた。自分の言葉に反応して、レックスが怒気をあらわにするのは分かる。彼は物語の主人公キャラ。親友を卑下され、怒り、そして、人気を集めていくのはお決まりのパターン。だが、彼だけじゃなかった。なぜだかわからないが、自分はここにいる殆どの者から怒りの感情をぶつけられている。


「コウスケ殿、一つ忠告しておこう」


 戸惑いを隠せない康介に、オリバーは穏やかな声で話しかけた。


「クロムウェル・シューマンは人望が厚い故、嘲弄ちょうろうするような発言は控えた方が身のためであるぞ?」


「人望が……厚い?」


 自分と同じで主役を引き立たせるためだけに生まれた存在であるあいつが? そんな事、あるわけがない。あってはならない。


「……賢王だと思っていたけど、とんでもない愚王だったわけだね」


「友を裏切り、強き者に媚びることが賢いという事であるならば、私はいくらでも愚かになろう」


「……もういいよ」


 この世界は自分の知っているファンタジーの世界じゃない。


 この世界は自分の好きなシチュエーションが来ない。


 この世界は自分の求める展開にならない。


 だったら、自分の好きなようにこの世界を作り変えてやればいいじゃないか。


「……少しだけ準備に時間がかかりそうだから、それまで君達に猶予をあげる」


 王の命令により、自分を捕まえようと動き出した騎士達に告げる。あの日陰者を慕うボンクラ共にはちょうどいい趣向を思いついた。


「舞台は整えてあげるね。最高の役回りを期待しているよ」


 冷ややかな笑いを浮かべながらそれだけ言い残し、真っ先に攻撃を仕掛けてきたレックスの剣が触れる寸前で、康介は謁見の間から姿を消した。

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