20.異世界転移者は大体チート
自分のすぐ下で倒れている男を、康介は黙って見つめていた。その腹部からは大量の血がとめどなく溢れ出しており、素人目にも危険な状態であることがわかる。
「……苦しい思いをさせてしまったね。今楽にしてあげるよ」
康介はゆっくりとカラドボルグを振り上げる。これで過去の自分と完璧に決別することができるはずだ。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
「おりゃぁぁぁぁぁぁ!!」
耳を
「ギー!!」
「わかってる!! だが、なんでか知らねぇけど転移魔法が使えないんだよ!!」
のほほんとした雰囲気は微塵も感じさせない焦り声でギガントが言うと、ギーが盛大に舌打ちをしながらクロの身体を担ぎ上げる。
「おい! クロ! 冗談にしては笑えないぞ!?」
まるで糸の切れた操り人形のようにだらりとしているクロに、ギーは必死の形相で話しかけるが、反応は一切なし。流れ出ている血の量的にも、早急に応急処置を施さねば最悪のケースも考えられる。
「……助けるの? 彼は人間だよ?」
そんな二人の様子を無表情で見つめていた康介が静かに口を開いた。一瞬、鋭い視線を向けたギーだったが、優先順位を考え、自分の感情を抑えつける。
「ギガント! とにかく俺はこいつを砦まで運ぶ!! それまで時間を稼いでくれ!!」
「了解だ!!」
フンッ、と力強く鼻息を噴射したギガントは両手で大槌を握り、康介を攻撃し始めた。それを確認したギーはアラモ砦に向かって全力で走り始める。
「くそっ! 一体どうなってやがんだ!? 転移魔法どころか
悪態をつきながら走るギーの横を、なにか巨大なものが滑っていった。突然の事に驚いたギーだったが、その正体を知って驚きはさらに色濃いものとなる。
「おいおい、嘘だろ……!!」
吹き飛んできたのは巨人族の長、ギガントその人だった。咄嗟にギーが振り返ると、康介がゆっくりと歩みを進めていた。
「逃がしはしないよ。人間の裏切り者は僕の手で始末させてもらう」
あの細身の身体のどこにギガントを吹き飛ばす力があるというのか。そんな事を考える暇も与えてはくれない康介は、スッと手を前に伸ばした。
「"
その瞬間、無数の炎弾がギーの視界を埋めつくす。幻想的ともいえるその光景は、彼から思考力を奪い去った。
バババババババ……!!
襲いくる魔弾からギーを見えない壁が守る。その一瞬で我に返ったギーが魔法障壁を張った張本人に目を向けた。
「ピ、ピエール!」
「何をしている!? さっさと外交大臣を砦に連れて行け!!」
普段よりも更に一層顔面を蒼白とさせたピエールが怒声を上げる。
「魔力の壁……なるほど。魔法陣を使ってはいないから"
自分の魔法を止められたことに多少の驚きを見せた康介であったが、瞬時に状況を見極め、魔法の手を止めた。そして、間髪入れずにカラドボルグを構え、前に出た。
「ギー様!」
「っ!? ナイスタイミングだ、お前ら! クロを砦に運べ!!」
ピエールに遅れる形でやって来た部下にクロを渡すと、向かって来る康介に対して構えを取った。
「いつまで寝てんだ、ギガント! 迎撃するぞ!!」
「すまねぇべ! ちょっと油断しただ!」
「気を付けるがいい!! ここは既に奴の術中、魔法陣の鼓動が全く感じられぬ!」
ヴァンパイヤとして魔法に精通しているピエールが康介の魔法の正体にいち早く気づき、二人に助言する。
「何!? ……どうりでクロがやられるわけだ」
「魔法陣が使えねぇと、
「こうなったら力でゴリ押しするしかねぇだろ! ピエール! お前は下がって魔法に備えてくれ! ギガントと俺で何とか奴を止めるぞ!!」
愛用の棍棒を目前まで迫っていた康介目掛けて振り下ろす。それに合わせる形でギガントも大槌を振りぬいた。
「残念だけど、そんな鈍重な攻撃では僕を捉えることはできない」
手練れの魔族でも肝を冷やすような幹部二人の攻撃を、康介は顔色一つ変えずに躱していく。そのまま流れるようにギーの肩を斬りつけ、ギガントを蹴り飛ばした。
「まさかあの巨体をただの
自分の所まで飛んできたギガントを受け止めつつ、ピエールが驚愕の表情を浮かべる。肩から血が流れるのも
「がっ……!!」
「魔族は地面に
うめき声をあげるギーから視線を外し、ギガント達の方へと素早く移動すると、大きくカラドボルグを後ろに引いた。
「
バチバチッと雷鳴を轟かし、雷を纏った強烈な突きが二人に炸裂する。咄嗟に大槌で防ごうとしたギガントであったが、受け切ることは叶わず、ピエールもろともアラモ砦まで吹き飛ばされた。
「……魔族のくせに、どうしてそんな必死になって人間を
砦の瓦礫に埋もれ、土埃の中に倒れる二人を見ながら、呆れた口調で康介が呟く。ふぅ、と一つ息を吐き、頭を切り替えると、本来のターゲットに向かって歩き始めた。そんな彼の前にギーが連れてきたオーク達がクロを守る様に立ちふさがる。
「どいてくれる? 今日は君達に用はないんだ」
「……命に代えてもクロ様をお守りするのが我らの使命!」
「これ以上はしがみついてでも通しはしない!」
自分達よりも格上の幹部達を軽く退けた相手を前に、オーク達は一歩も退こうとはしない。それが康介の神経を逆なでする。
「意味が分からない。そんな死にかけの人間を守って、魔族の君達に何の得が」
「それはお前がクロを知らねーから言えることだな!!」
背後からギーが襲い掛かる。それに気が付いていた康介は小さくため息を吐くと、最低限の動きで棍棒を避け、ギーの身体に容赦なく回し蹴りを叩き込んだ。
「……彼の事は誰よりも良く知っているよ。太陽を友に持った憐れな男だ。決してスポットライトを浴びることのない物語の
康介は周りを見渡しながら、ギリッと奥歯を噛みしめる。彼の目に映る者達の顔にはクロへの強い信頼感、そして、なんとしてでも彼を助けるという強い意志がありありと現れていた。その繋がりが気に入らない。まったくもって気に入らない。
「なのにどうしてその男を救おうとするんだ!? そんな何の価値もない日陰者をっ!!」
怒りに顔を歪めた康介が声を荒げて魔族達に問う。だが、彼らは何も答えず、ただひたすら機会をうかがっていた。
「……"
囁くような声で言うと、康介を中心に凄まじい突風が巻き起こる。為す術もなく飛ばされたギーが慌てて目を向けると、守っていたオーク達はいなくなり、無様に横たわるクロに冷たい視線を向けている康介の姿があった。
「やっぱり、息の根を止めなきゃならないようだ。そうしないと、この苛立ちは収まりそうにない」
「ク、クロ……!!」
懸命に呼びかけるも、クロが動く気配はない。そんな彼の上でカラドボルグが怪しく煌めく。
「今度こそ本当にお別れだ。……さようなら、クロムウェル・シューマン」
「やめろぉぉぉ!!」
軋む体を無理やり起こし、ギーがクロの下へと駆け寄ろうとした。だが、ギーの到着を待つことなく、決別の刃が無慈悲に振り下ろされた。
「──やめて! 康介君!!」
クロの首の上数ミリの所で、カラドボルグがピタッと止まる。油の切れた機械のようにぎこちなく顔を向けた康介は、声の主を確認し、大きく目を見開いた。
「さ、紗季さん……!?」
「どうして!? どうしてこんなひどい事を!?」
周りの惨状を見渡しながらアラモ砦の入口で叫び声をあげる紗季。そんな彼女を康介は呆然と見つめていた。
「ここの魔族の人達はみんないい人だよ! 康介君が言ってた魔族とは違う!」
「…………」
「それに康介君が今斬ろうとしていたのは私達と同じ人間だよ!? なんで命を奪うような真似を……!!」
「紗季さん」
紗季の言葉を遮るように、康介が彼女の名前を呼ぶ。
「……ごめんね」
消え入りそうな声でそう告げると、康介は彼女から視線を逸らし、逃げるように空へと飛び立っていった。
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