17.魔族は見かけによらない

 ギガントのナイスアシストにより、ようやく落ち着きを取り戻したサキから、これまでのいきさつを聞くことができた。彼女が話し終えるまで黙って聞いていた俺達であったが、終わった瞬間、俺とギーは互いの顔を見合わせる。


「……なぁ?」


「あぁ、俺もそう思う」


 何とも言えない顔を向けてきたギーに、俺は重々しく頷いた。なんて可哀想な子なんだ。よほど恐ろしい目にあったのだろう。でなければ、こんな支離滅裂な話をするわけがない。あぁ、おいたわしい。


「……私の話、全然信じていませんね?」


 紅茶で喉を潤したサキが俺とギーにジト目を向けてくる。いや、信じるも何も、この子は早くシルフ達に見せた方がいいかもしれない。頭によく聞く薬なんてあいつら作れたっけ?


「はー……サキは違う世界の人間なんだなぁ。どうりで他の人間とは少し匂いが違うわけだ。すげえんだな!」


 ギガントだけはサキの話を真に受けたらしい。おいおい、ギガント。お前、高価な壺とかすぐに買っちまうタイプだろ? よくないぞ?


「ギガントさんは私の話を信じてくれたんですね! それに比べてこの二人は……!!」


「いやいや、俺達だって信じてるよ! なぁ、ギー君?」


「その通りだよ、クロ君! なんだっけ? トウキョウから来たんだっけか? 遠路はるばるようこそお越しくださいました! ……って、トウキョウって遠いのか?」


「川に流されてここに来れるくらいなんだから、歩いて一時間くらいはかかるんじゃねぇの? 知らんけど」


「東京から川に流されてきたわけじゃありませんっ!!」


 完全に適当な会話をしている俺達にサキが怒声をあげた。ギーの悪ふざけに乗っかったら怒られたんだけど。


「さっき説明しましたよね!? 気が付いたらこの世界に来ていて、助けを探しに森の中を歩いていたら川に落ちてしまったって! もう! 真面目に話を聞いてくださいよ!! あっ、ギガントさん。ありがとうございます」


 俺とギーには眉を吊り上げていたサキだったが、紅茶を注いでくれたギガントには素晴らしい笑顔を向ける。差別反対。


「サキの世界はどんな感じの世界なんだぁ? ここと似てるのか?」


「うーんと……こことは大分違いますよ。こんなに緑豊かじゃないし、建物とかもっとたくさん建てられています! 道路もきっちり整備されていますしね!」


 興味津々と言った顔で質問したギガントに、サキが明るく答えた。いや、ギガントさんや。人がいいのは知っていますが、真に受けすぎでっせあんさん。


「違いはそれくらいなんだべか?」


「いえいえ! 一番違うところは魔物も魔族も魔法もない、って事でしょうか! そういうのは私の世界ではフィクションの世界にしか存在しません」


「へー! 魔物もオラ達みたいな魔族もいねぇだか!?」


「魔法が存在しない世界ねぇ……」


 いつの間にかサキの話を聞いていたギーがぼそりと呟いた。ギーさんギーさん? まさかあなたまで、こんな絵空事を信じる気になったとか言いませんよね?


「魔法がないんじゃ、さぞ不便な世界だろうな」


「そんなことありませんよ! むしろこっちの世界よりも豊かな暮らしをしていると言えます! 危険な目に合う事なんて殆どありませんし、お腹がすけば二十四時間空いているコンビ……お店だってあります」


「火や水なんかはどうすんだよ? 魔法はないんだろ?」


「水は蛇口をひねれば出てきます! ちゃんと生活排水と飲み水は分かれていて、いつでも新鮮な水を飲むことができるんです! 火だってガスコンロを使えばすぐに起こせます! 最近では火を起こさなくても料理ができるようになっているんですよ?」


「火を起こさないで料理を?」


「こっちの世界とは違い、私達の世界はどんな家にも電気が通っているので、電子レンジを使えば一瞬でモノを温めたり、冷蔵庫に入れればモノを凍らせたり、はたまた電話を使えば遠くの人と会話したりすることができるんです!」


 あらあら、想像力豊かなお嬢さんだ事。その能力を生かして小説家にでもなってみればいいんじゃないかな? なぁ、ギーさん?


「……こりゃひょっとするかもしれねーな」


 ギーさん?


「このお嬢さん、まじで別の世界から来たのかもしれねーわ」


「おいおい……お前まで何言いだしてんだよ?」


 純粋なギガントはともかくとして、性悪トロールがこんな与太話を信じるなんてありえないだろ。


「話が具体的過ぎるんだよ。しかも、それでいて夢がない。おまけに作り話にしては違和感がなさすぎる」


「いや、でもよぉ……」


「それなら別の世界から来たって方が信じられるってもんだ。それならサキが俺達を見て取り乱した理由もすっきりする。多分、こいつの世界では俺達魔族は物語の中でしか生きられない悪者なんだろうよ」


「そ、そうなんです!!」


 ギーの言葉に、サキが大きな声で同意する。予想外に大きかったせいで注目を浴びたサキは、顔を赤らめながら俯いた。


「あっ、でも、魔族が悪者だっていう固定観念はなくなりました。少なくともこの世界の魔族さん達は、って話ですけどね」


「おっ、じゃあ俺の言葉を信じてくれたってわけか!」


「はい。クロムウェルさんが言ったようにギーさんもギガントさんも悪い人じゃありません。だって、人間であるあなたが私の話を信じてくれないのに、魔族のお二人はちゃんと信じてくれましたからね。むしろ、魔族さん達の方がいい人な感じまでします」


 心なしか冷ややかな視線を向けられているのは気のせいでしょうか?


「知らなかったのか、サキ? この世界では人間なんかより魔族の方が義理堅いし、あったかいんだぜ?」


「ここの世界の人に会ったことがあるわけじゃないですけど、そうかもしれませんね! ギーさんもギガントさんもとても優しいですし!」


 なんか仲良くなってるんですけど? あれ? おかしくない? 最初の頃、魔族にめちゃくちゃ怯えてたよね? それで俺に縋りついてきたっていうのに、今は縋りつくどころか若干距離を感じてるんですが。


「で、話は戻るけど、サキは助けを探してたんだよな? 何があったのか聞いてもいいか?」


「オラ達でよければ力になるど?」


「ギーさん……ギカントさん……!!」


 サキの目にうっすらと浮かぶ涙。ここに魔族と人間の友情が誕生した。


「お、俺も当然力を貸すぜ!!」


「はぁ……ありがとうございます」


 あれ? サキちゃん急にドライアイになった? 零れ落ちそうだった大粒の涙が一瞬にして蒸発したんですけど。やっぱりドライアイの人は対応までドライになっちゃうんだよねー……泣きそう。


「何があったかと聞かれると、色々なことがあったと答えるしかないんですけど……とにかく、私が助けを探していた理由は、ある人の目を覚まさせて欲しいんです!!」


 なるほど……変な妄想癖のある自分の目を覚まさせて欲しい、と。何てことは頭をよぎっても決して言ってはならない。絶対零度のアイビームを食らう事間違いなし。


「なんともまぁ、曖昧な依頼だなこりゃ。でも、安心しなサキ。魔族の幹部の一人であるクロヘタレは何を隠そうパシリ大臣なんだからよ。お前の頼みも聞いてくれるって」


「パシリ大臣?」


「おいこら、はっ倒すぞ」


 お前は俺の事をそんな風に呼んでいたのか。絶対に許さねぇ。つーか『クロ』のルビおかしいだろ。


「間違ってるだよ、ギー。クロ様は何でも大臣だべや」


 おーい、ギガントー! 君も間違えているからねー! 俺は外交大臣だからねー!


「ヘタレで何でも屋なパシリ大臣様! 私の友達の……康介こうすけ君の目を覚まさせるのを手伝ってください!!」


 いや、コウスケ君って誰やねん。凄い真剣な顔で誠心誠意頼んでいるようだけど、前半部分マジで馬鹿にしてるだろ?

 それでも、必死さだけは伝わってくる。余程大切なんだろうな、そのコウスケってやつ。俺は頭をかきむしりながら盛大にため息を吐いた。


「……しゃあねーなぁ。手伝ってやるよ」


「本当ですか!?」


「流石はヘタレパシリ大臣」


「おいギー、お願いだから一発殴らせてくれ」


 喜ぶサキの隣でにやついている緑の化け物を駆除する権利を誰か僕に下さい。


「じゃあそのコウスケって奴の事を詳しく──」


 ズドーン!!


 俺がサキに確認しようとした時、アラモ砦に強い振動が広がった。その瞬間、俺とギー、そしてギガントの表情が変わる。


「……魔物か?」


「それにしては衝撃がでかすぎねーか?」


「肌がピリピリするべや」


「え? なに? どうしたの?」


 一人だけ状況を把握できていないサキは置いておいて、俺はギーに目配せして外の様子を見に行かせようとした。だが、その必要はすぐになくなる。


 壊さんばかりの勢いで開かれた扉。そこにはギーの付き人であろう、オークが慌てふためいている姿があった。自然と四人の視線がそのオークに集中する。


「ほ、報告します!! 得体の知れない人間がアラモ砦を急襲!! 現在、魔法大臣であられるピエール様が応戦しております!!」


 急襲とは穏やかじゃねぇな。そもそもこんな平和な時代に魔族の砦を襲うバカなんていたのか。つーか、ピエールは大丈夫か? あいつは肉体的には戦闘向きだけど、内面的には戦闘に全く向かないだろ。これは助太刀に行った方がいいか? いや、めんどいな。ピエールが守ってくれてんなら心配いらねぇだろ。あいつなら敵は倒せないけど、敵にも倒されないだろうしな。


「……その襲撃者の目的はわかるか?」


「はい!!」


 ギーの質問にはきはきした声で答えると、オークはビシッと背筋を伸ばした。 


「その人間の目的は一つ!! 『クロムウェル・シューマンを出せ』と申しております!!」


 ご指名誠にありがとうございます。くそが。

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