16.一般人が緑の肌をした化け物を見たら発狂するのは避けられない
まじで最悪だ。せっかくアルカとスキンシップを図っていたというのに、例の魔道具でいきなり呼びつけられた。俺の至福の時を邪魔したあの魔道具を許すことができない。そうだ、あれを開発した奴を亡き者にしよう。厨二病患者がいなくなることは、この国にとってもプラスに働くだろう。
そんなわけで不機嫌さ丸出しでやって来たのは人間領と魔族領を結ぶ大橋、サンライトブリッジ。うちの建設大臣が中心となって人間と魔族の共同作業により完成した橋だ。こいつのおかげで魔族と人間の交流が増える事間違いなしって事で、まさに希望の架け橋って呼ばれてるんだよな! いやー、うんまー、なんというか……大陸を二分しちゃって本当にすんませんでした。
そんな橋の上に転移してきた俺を待っていたのが巨人とヴァンパイヤだった。おっ、
「……なにやら外交大臣から禍々しいオーラを感じる。これは世界の終焉も近いという事か」
「クロ様ー! 待ってたんだなぁー!」
なんかよくわからない感じに手を顔の前に掲げているピエールの隣にいたギガントが、溢れんばかりの笑顔で俺に手を振ってきた。ちっ……命拾いしたな、ピエール。しょうもない理由で呼び出したんならマジで極刑に値したが、ギガントがいるって事はまともな理由だろう。
「よぉ、ギガント。お前が俺を呼ぶなんて珍しいな」
「んだ。ちょっと困ったことになったけろ。それでどうしてもクロ様の力をお借りしたかったんだぁ。忙しい身なのに申し訳ねぇ」
「外交大臣よ。
「気にすんなって。困ってる魔族がいるなら力を貸すのが俺の仕事でもあるんだからよ」
申し訳なさそうに身を縮こませるギガントの肩をポンポンっと叩いた。なんだろう、こんな風に頼まれたのは初めてだからだろうか。めっちゃ力になりたくなる。他の連中は召使の様に俺を呼んで、役目が終わったら、はいさようならだからな。くそが。
「とりあえず、何があったのか聞こうか?」
「えーっと……何から話せばいいんだべか……オラは説明とか苦手だからなぁ」
「それならば我輩も協力しよう」
「本当か!? それは助かるんだなぁ!」
俺とギガントの間に無理やりピエールが身体をねじ込んでくると、ギガントはホッとしたように笑った。申し訳ないんですけど、部外者は引っ込んでいてもらっていいですか?
「事の始まりは心優しき巨漢の天を衝くようないななきを耳にしたことだ。この地に降り注ぐ光明が暗雲に飲み込まれてしまったらしい」
「サンライトブリッジの照明魔道具の調子が悪くってなぁ。オラは魔道具の事はからっきしなんで、ピエールに見てもらおうと思ったんだぁ」
「月が満ちる時、我輩の力は闇をも手中に収めるほどに強まる。だが、天よりの雫はその力を綺麗に浄化してしまうのだ。天に抗う術を見出さなければ我々に未来はない」
「どうも雨に濡れたのがよくなかったらしいんだぁ。だから、ピエールが一つ一つ防水用に魔法陣を書き換えてくれていたんだべ」
「天に謀反を起こしていた我輩の耳に突然天使の歌声が聞こえてきた。眼下をいく清流の調べと調和したその歌はとても悲しく、天使とは相反する存在である我輩も思わず胸を打たれてしまったのだ。そこで我輩は盟友の力を借り、
「作業中になんか誰かの声が聞こえてきてなぁ。下を見たら人間が川でおぼれてたんだべ。慌ててオラとピエールが助け出して、アラモ砦に運びこんだってわけなんだべや」
えっ、まじでピエールの説明いらないんですけど? いらないどころか、イライラが募りまくるんですけど? もういいよね? 滅しちゃっていいよね? ジャッジメントしちゃっていいよね?
「……要するに川でおぼれてた人間を助けたって話だろ? それのどこが問題なんだ?」
俺がそう問いかけると、二人が困ったように顔を見合わせた。
「うーん……その助けた人間っていうのがちょっと変わっていてなぁ……」
「言葉を並べるよりも
そう言うと、ピエールとギガントはアラモ砦の方へと歩いていく。いまいち要領を得ない俺だったが、とりあえず黙ってついて行くしかない。でも、アラモ砦の中へと入り、その人間が待っている部屋へと向かっている最中に、俺もその異変に気が付いた。
「えーっと……」
「今日は偶々ギーが砦にいてなぁ。その人間の相手をしてくれてるんだべ」
ギーが相手でこれか。確かにこれは困りものかもしれないな。なんたって凄まじい悲鳴が今歩いている通路にまで聞こえてきてんだから。
少しだけ早足で歩き、問題の部屋の前までたどり着いた。どうやら助けたのは女の子らしい。その子とギーが言い争う声が聞こえてくる。
「だーかーらー、別に取って食おうなんて思っちゃいねーよ」
「嘘よ! あなたトロールでしょ!?」
「いや、そうだけどよ」
「トロールは人間を食べるって康介君が言ってたもん! あんなことやこんなことを私にするつもりなんだ!」
「あんなことやこんなことって……」
扉を開けると、困り果てた緑の化け物と部屋の隅で庇うように自分の身体を抱きしめている女の子の姿があった。扉の音に反応した二人が同時にこちらへと目を向ける。俺と目があったギーはため息を吐きながら軽く両手を上に挙げ、女の子の方は俺を見た途端、必死の形相で俺の方にずり寄ってきた。
「人間!? あなた人間ですよね!? わ、私を助けて……って、きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の背後にいるギガントとピエールに気が付いた女の子が再び部屋の隅へと戻っていく。まじでこれどうなってんだ? ギーもギガントもピエールも……いや、ピエールは別として、この二人は人間の国でも顔が売れているはずだぞ? そもそも、魔族相手にこんな怯える人間なんて今の時代いないだろ。
「とりあえず、ピエールは照明魔道具の修理の続きをしといてくれ。ギガントは何か甘いものと温かい飲み物でも持ってきてやってくれねぇか?」
「ふっ、外交大臣の言う通りにしよう」
「わかったべ!!」
あの子が落ち着くまであまり人数が集まりすぎるのはよくないだろう。この場は俺とギーで何とかするしかない。
「あー……まずは名前を聞いてもいいか?」
なるべく優しい声で話しかける。女の子はギーの事をチラ見しながら恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「えっと、その……わ、私は
「フジオカサキ?」
「あっ、紗季で結構です。藤岡は苗字なので」
随分変わったな苗字だな。フジオカなんて聞いたこともない。
「俺の名前はクロムウェル・シューマン。あんたが言ったように俺は人間だ。だから、安心してくれ」
俺の言葉を聞いたサキがホッと安堵の息をついたのも束の間、凄い剣幕でこちらに詰め寄ってきた。
「クロムウェルさん! 逃げましょう!」
「ほへ?」
「トロールに巨人にヴァンパイヤ……こんな魔族が沢山いるところにいたら、命がいくつあっても足りませんよ! 今のうちに逃げましょう!」
そう言うや否や、サキは俺の手を握り走り出そうとする。いやいやいや、ちょっと待て。
「とりあえず落ち着け、サキ。ギガントもピエールもお前を襲ったりしない。もちろん、ここにいる変態ルックのトロールも、だ」
「変態ルックは余計だ、バカ」
本当のことだろうが。年頃の娘がお前を見たらサキみたいに取り乱してもおかしくないっての。
「襲わないって……魔族なのに?」
「おいおい、この嬢ちゃんはいつの時代の話をしてるんだ? 人間と魔族がいがみ合ってたのなんて大昔のことだろうが」
呆れた顔でギーがサキを見る。その件に関して俺はノーコメントで。
「そ、そうなんですか?」
「あぁ。川に落ちたショックで記憶が混同しているのかもしれねぇけど、今は人間と魔族が仲良しこよしの時代だ」
縋るような目を向けてくるサキに、俺は優しく答えてやった。
「人間と魔族が仲良し……」
サキは信じられないといった顔で俺の言葉を反芻する。この子は一体どういう教育を受けてきたんだ? もしかして魔族に恨みのある奴が、人里離れた山小屋でその恨みつらみを毎日この子に吹き込んだりしたのか?
「魔族をどういう風に聞いているのかは知らんが、こいつらはそんなに悪い奴らでもねぇぞ?」
「で、でも、魔族は人間の敵だって……!!」
バタンッ!!
サキの言葉を遮るように部屋の扉が開いた。
「クロ様! 持ってきただ!! あったけぇ紅茶と特製ヌガーだど!!」
おっ、ちょうどいいタイミングでギガントが戻ってきやがった。
「ほら、川さ落っこちて身体が冷えてるだべ? こいつを飲んでみるといい。少し生姜を混ぜたから身体の芯からポッカポカになるど!」
「え? あ、あの……」
「それにこれはオラが作ったヌガーだ! 蜂蜜たっぷりでとーっても甘いから幸せな気分になるべな!!」
「あ、ありがとう……」
おずおずと頭を下げ、ギガントからヌガーと紅茶を受け取る。そんなサキに俺は軽く笑いかけた。
「なっ? そんな悪い奴じゃねぇだろ?」
「は、はい」
サキがぎこちない笑みを浮かべる。まだ少し戸惑ってはいるが、それでも最初のころに見せていた警戒心は大分和らいだようだ。ヌガーを食べ終えるころには自分の身に何があったか話せるくらいにはなりそうだな。
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