15.勇者が魔王を倒す展開こそ王道中の王道

 罪を犯したものへの断罪、誉れある功績に対しての賛美、魔族との会合。様々な催しが執り行われる厳粛な謁見の間が、今は何とも言えない雰囲気に包まれていた。遠征に出た騎士団の一行が、空を飛ぶ不思議な岩に乗って王都に帰還したのであればそれも無理もない。そんな超常現象を自らの力で引き起こした張本人はゆっくりと前に出ると、興味深げな視線を向けている王にこうべを垂れる。


「お初にお目にかかります。僕はこことは違う世界からやって来た康介と申します」


「話は聞いておる。俄かに信じがたい話ではあるが、それは真の事なのか?」


「はい」


 何の迷いもなく肯定する康介を見て、オリバー王は思案するかのように髭を撫でた。


「お父様……私にはとても信じられません」


 そばに立っていたシンシアが懐疑的な目を向けつつ、自分の父親に告げる。そんな彼女を見て、康介はくすっと笑った。


「……なにか?」


「いや、あまりにもテンプレートなお姫様だったから、なんだか嬉しくなってしまって」


 少しだけ不機嫌な顔になったシンシアに、康介は楽しそうな口調で言う。


「花も恥じらうほどに美しいお姫様……そんなあなたが一介の騎士に恋心を抱いている、なんて展開とか大好物ですね」


「なっ……!!」


 顔を真っ赤にさせたシンシアの視線が謁見の間の隅で康介を注視しているレックスの方へと向いた。それに気が付いた康介はますます笑みを深める。


「お約束はしっかりと守られているようですね」


「そんな……!! 私は別に……!!」


「シンシア」


 オリバーが康介の手のひらの上で完璧に踊らされている娘の名前を静かに呼ぶ。その声でハッとした表情を浮かべたシンシアは、キッと康介の顔を睨みつけながら口を真一文字に結んだ。


「この者の言葉が真実かどうかを論ずるのは時間の無駄だ。大事なのは他の世界から来たことが本当であった場合、どうやってこの世界に来たのか。そして、異世界の客人がどうして自分からこの場に来たのか。それが最も重要な事項だ」


 威厳に満ち溢れた声でそう告げたオリバー王を、康介が意外そうな顔で見つめる。


「……なるほど。ここの王様は出来るタイプの方なのか。まぁ、ファンタジーの王様っていうのは信じられないくらい無能か、驚くほど有能だって相場が決まってるか」


「それは褒められている、と受け取っていいのかな?」


「あっ、すいません。つい思っていることが口に出てしまいました」


 頭を掻きながら慌てて頭を下げる。その反応が年相応の少年のものだったので、オリバーは少しだけ違和感を覚えた。コホンッと気を取り直すように一つ咳を吐くと、康介は再び作り物のような笑みを顔に張り付ける。


「オリバー王の疑問にお答えいたしましょう。とはいっても、前者の疑問には答えることはできません。なぜなら僕自身もどうやってこの世界に来たのか知りませんから」


「それではここへ来た理由は教えてくれるのか?」


「ええ。いくつか理由はありますが、一番はこの世界の事を僕がまだ良く知らないからです」


「ほう……それならば街を見る方が色々と情報を得ることができるのではないか?」


「確かにそうかもしれません。ですが、ここは異世界。僕達とは違う文化の人達が生きているのは必然。そんな街で迂闊うかつに情報収集なんかして危険な目に合いたくはないですからね。まずは安全を確認するのが第一。そして、それは国を治める王を見るのが一番ってことです」


 何かの台本を読んでいるかのようにスラスラと答える康介を見て、またしてもオリバーは違和感を覚えた。だが、その正体がなんなのか上手く言葉では説明することができない。


「でも、これではっきりしました。あなたのような素晴らしい王が治める国であれば不用意に暴力を振るうような者はいないでしょう。これで僕も、心おきなくスキルの吟味ぎんみができるというものです」


「スキル?」


 耳慣れない言葉に、オリバーは眉をひそめる。そんな彼の顔を見て康介も訝しげな表情を浮かべた。


「……スキルですよ? 当然ありますよね? この世界には」


「すまない。そちらの世界の言葉なのだろうが、生憎心当たりがない」


「なっ……!!」


 予想外の言葉に、康介は大きく目を見開いた。この王は口から出まかせを言っているのではないか、と一瞬疑った彼だったが、嘘をつく意味もない上に王様が真実を言っているのはその様子から明らかだった。この世界にあるであろう優秀なスキルをかき集める、という計画がおじゃんになり、康介は内心で舌打ちをする。


「……魔法はありますよね? 魔物がいるような世界なんですから」


「あぁ、魔法はある。シンシア」


「はい」


 オリバーの声に答えたシンシアが風属性の初歩的な魔法陣を組成した。


「"そよ風吐息ブリーズブレス"」


 彼女が詠唱した瞬間、魔法陣から生み出された風が謁見の間を吹き抜けていく。その様をじっくり観察していた康介は、無意識に自分の顎へと手を伸ばした。


「魔法陣から魔法を作り出すパターンか……それならば」


 スキルを奪って最強になる、という目論見が崩れた康介であったが、名案を思い付き一人ほくそ笑む。高性能なスキルを三つも手に入れたとはいえ、この世界で通用するのか多少不安ではあったが、この手ならばこの世界で最強になることも十分可能だろう。


「興味深いものを見せていただき、ありがとうございます。最後に一つだけよろしいですか?」


「答えられることであれば答えよう」


「この国の敵は誰ですか?」


 まさかの発言に、謁見の間にいる者達がざわついた。だが、オリバーは眉一つ動かさずに落ち着いた様子で康介を見据えている。


「この国に敵などいない」


「冗談でしょ? 世界を征服しようとしている魔王とかいないんですか?」


「魔王ならいる。だが、彼らとは友好関係を築いているのだ」


「魔王と友好関係……」


 康介の顔が苦々しいものへと変わった。異世界ファンタジーをこよなく愛する彼であったが、テンプレートな主人公が活躍するタイプのものと、魔族が味方になるタイプのものが反吐が出るほど嫌いであった。


「……やはり、その魔王というのがこの世界で一番強いんですか?」


「それはどうであろうな。確かに彼も実力者であるが、ある意味実力は未知数。その強さが明るみになっている分、世界最強は魔族の幹部を推す者が多いやもしれんな」


「魔族の幹部?」


「うむ。その者の名はクロムウェル・シューマン。人間の身でありながら、魔族の幹部として働いておる」


「人間が魔族に?」


「そうだ。そして、彼は我が娘の同級生でもあり、そこにいるレックス・アルベールの幼馴染でもある」


「え!?」


 バッと勢いよく振り向いた康介とレックスの視線が交差する。この世界で最も力を持つ者が魔王ではなく人間。しかも、自分が主人公だと思っていた男の幼馴染だったとは。


「……世界最強とは恐れ入りますね。何を持って最強とおっしゃるんですか?」


「彼の魔法陣を見れば貴殿も納得する。その組成スピード、質、プレッシャー、どれをとっても彼に比肩する者はいまい」


 我が子を自慢するが如くオリバーが語る。一国の王にここまで言わせる男。恐らく自分の課せられた運命から抗うため、血のにじむような努力をしたのだろう。


「……これはこれで面白い展開かな」


 自分と同じ、近くに太陽を持っている男。クロムウェル・シューマン。俄然その男に興味が湧いた康介は新しいおもちゃを見つけたかのように楽し気な笑みを浮かべた。


「色々な話を聞かせていただき、ありがとうございました。少しやる事が出来たのでこの辺で失礼させていただきます」


「右も左もわからぬ状態では不安であろう。もし、希望するのであれば何人か騎士を案内につけるが?」


「それには及びません」


 オリバーの申し出をきっぱりと断った康介は恭しく頭を下げ、クルリときびすを返す。監視の目的で言い出したことではあったが、こうもあっさりと断られてしまえば、これ以上無理強いをすることもできない。


「……コウスケ殿。差し支えなければそのやる事とというのを教えていただけると嬉しいのだが」


 せめて彼がこれからやろうとしている事だけでも、という思いで尋ねたオリバーに康介は無邪気な笑顔を向けた。


「世界をあるべき姿に戻すだけですよ」


 その言葉の意味を理解できた者はこの場に一人もいない。それを承知の上で言った康介は困惑している者達を残して鼻歌を歌いながら謁見の間を後にしていった。

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