14.異世界からやって来たっていう奴もやばいけど、それを信じる奴も大概やばい

 王都マケドニアをひたすら北上していく騎士団一行。人間領の最北端にある魔族領との架け橋、その東側に位置する禁足地を目指してコンスタン率いる一群が突き進んでいた。


「あのぉ……先輩?」


「なんだ?」


 遠慮がちに話しかけてきたレックスに、前を歩いていたエルザが針のように鋭い視線を向ける。その迫力に一瞬押されたレックスであったが、ブンブンと顔を左右に振り、なんとか平静を保った。


「なんで俺がみんなの荷物を持たされてるんすか?」


「……その理由は私の口から説明しないといけないか?」


「いえ……結構です……」


 レックスは小さくため息を吐きつつ、肩を落として一団についていく。この遠征に出る時、サボっていた件について大目玉を喰らってからずっとこの調子だった。ある意味いつもの事なので、レックスにはエルザの中の嵐が通り過ぎるのを静かに待つことしか出来ない。


「それにしても、禁足地って割には静かっすね」


「あぁ。それは私も気になっていたところだ」


 禁足地に足を踏み入れてから絶えず周囲を警戒していたエルザが少し困惑した声で答えた。それもそのはず、ここが禁足地と呼ばれる所以ゆえんは魔物の遭遇率の高さとその質。初級冒険者はもってのほか、ベテランでも手を焼くような魔物がゴロゴロと出現するからである。

 だ、というのにここへやって来てから、まだ一度も魔物と遭遇していない。これは明らかに異常事態だと言える。


「父上、これは……」


「うむ。各自警戒を怠るな!!」


 エルザが声をかけると、先頭を歩いていたコンスタンが重々しく頷き、部隊に発破をかけた。再び緊張感を取り戻した騎士達が禁足地の森の中を進んでいったが、その後も魔物と接敵することはなかった。代わりに、自分の目を疑ってしまうようなものが目の前に現れた。


 それは城だった。しかも、自分達が仕える王が住まう城よりも遥かに立派で近代的な佇まい。


 なぜこのような城が禁足地にあるのか、そもそも誰が建てたのか。様々な疑問が頭の中で飛び交い、騎士達は呆然と城を見上げることしかできないでいた。


「──これはこれは、この世界の人間の方達かな?」


 おだやかな声でそう告げながら、彼らの前に舞い降りてきたのは雪のような純白のマントを羽織った男。想定外の出来事の連続に誰もが動くことができない中、ただ一人だけ金色の髪をした騎士だけが腰に差した剣を瞬時に引き抜き、隊の前に飛び出した。


「レ、レックス……!?」


「こちらはコンスタン総騎士団長が率いる王都騎士団だ。あんたは何者だ? ここで何をしている?」


 戸惑うエルザ先輩を無視して、レックスが硬質な声で尋ねる。白いマントを見る目には一切の油断はない。それどころか、普段の彼からは想像もできないくらいの緊張感が身体から漂っていた。

 そんなレックスを隅から隅まで観察していた白いマントの男は、口元に手を当て、小さく笑みを浮かべる。


「……そうか。君がこの物語の主人公か」


「……は?」


 白いマントの男の意味不明な発言にレックスは怪訝けげんな表情を浮かべた。それでも、隙を見せることは一切ない。悠然とこちらを見ている男が、自分はおろか、自分の親友すらも凌駕しかねない化け物であることを、レックスは肌で感じ取っていた。


「そんなに怯えることはないよ。僕に敵意はない……今のところはね」


「そう言われて『はい、そうですか』って剣を下ろせるほど、豪胆ごうたんじゃねーんだわ、俺は」


 剣を握る手に力を込める。完全に丸腰の相手に武器を構えるなど騎士としてあるまじき行為だとののしやからがいるかもしれないが、そんな事レックスには関係ない。重要なのは目の前にいる男が気を抜いていい相手ではないという事。


「顔立ちはすこぶる整っている、実力も申し分なさそう。まさに太陽のような男だね。……日陰者の僕には少しばかり眩し過ぎるかな?」


 レックスの殺気を目の当たりにしても、柔らかな物腰を変えることはない。その余裕ぶりを見て、自分の感覚が正しかった事を理解したレックスの額から一筋の汗が流れる。


「……レックス」


 睨み合いの様相を呈してきたところで、コンスタンがレックスを制するように片手を上げながら、静かに前へと踏み出した。


「コンスタンさん」


 首を左右に振り、何か言いたげなレックスを黙らせると、コンスタンは白いマントの男に話しかける。


「ここが一般の者は立ち入りが禁じられている禁足地である、という事はご存知か?」


「禁足地……あぁ、どうりで周りに人がいないわけだ。それで合点がいったよ。申し訳ないね、ここに来てから数ヶ月程度しか経っていないから、この世界の事に疎いんだ」


「この世界……?」


「その反応、もしかして転移者を見たのは初めてなのかな? いや、そもそも異世界転移という概念すらないのかもしれないね」


「転移者? 異世界転移?」


 コンスタンを含め騎士団の者達の頭に疑問符が浮かんだ。どうにも彼の言っていることが理解できない。かろうじてわかるのは、彼がまともな人間ではないという事だ。


「……つまり、あんたはこの世界じゃない別の世界からこの世界へとやって来たって言いたいのか?」


「レックス……貴様何を言って」


「そうだよ。流石は主人公、物分かりがよくて助かるね」


「えっ!?」


 突拍子もないレックスの言葉に呆れた表情を見せたエルザが、白いマントの男の言葉を聞いて驚愕に目を見開く。彼女だけではない、レックス以外の全ての騎士達が驚きの表情で男を見つめた。


「そんな荒唐無稽こうとうむけいな話を鵜呑みにしろ、と?」


「信じる信じないはあなた達の自由だ。僕は事実を述べているだけなんだから」


 懐疑的な声で言ったコンスタンに、白いマントの男はさらりと答えた。あまりにもあっさりと言われてしまい、コンスタンはうなり声をあげながら思わず閉口する。


「ここからは僕が異世界から来たって事を信じた前提で話を進めるけど、僕はこの世界の事を全然知らない。そして、あなた達は先ほど王都騎士団と名乗った。つまり、この世界には王都があり、そこには国を治める王がいるって認識でいいのかな?」


「……その通りだ。王都マケドニアにオリバー・クレイモア王がおられる」


「そう。なら王様と会わせてもらえないかな?」


「なに?」


 友達に会うような気安さで王に会いたいという白いマントの男の発言に、コンスタンは眉を吊り上げた。


「貴殿のような得体のしれない者が王に謁見できると、本気でお思いか?」


「君達が会わせてくれないなら別にそれでもかまわない。僕が勝手に会いに行くだけだよ。そうなると、いつ大切な王の前に僕が現れるかってずっとハラハラすることになる。それだったら、大人しく僕を王の前に通して、しっかりと監視した方がいいんじゃない?」


 なんという暴論。部下達がいきり立つ気配を背中で感じつつ、コンスタンは冷静に思考を巡らせる。目の前の男の力は全くの未知数。長年、戦いの場に身を置いてきた自分ですら感じとることができないでいた。それが、本当に大した力を持ち合わせていないためか、巨大すぎる力を前に感覚がマヒしてしまっているのか判断がつかない。


 それならば、そういう嗅覚がずば抜けて高い者の意見を仰ぐべきだ。


「レックス、お前はどう考える?」


「王様に会わせたほうがいいと思います」


 コンスタンの問いかけに間髪入れずにレックスが答えた。信じられないといった顔をしているエルザとは対照的に、コンスタンに驚いた様子はない。


「その理由は?」


「自分は別の世界からやってきた、と言っている人物を見つけた場合、騎士団として王に報告するのが義務です。そして、その報告を聞いた我が王は会いたいと確実に言うからです」


「なるほど」


 賢王として有名なオリバー・クレイモアであるが、好奇心の強い王としても有名であった。そんな彼に『異世界からやってきた男を捕らえた』等と報告すれば、独房にまで足を運びかねない。だが、それではない。それが事実なのは認めるが、コンスタンが待ち望んでいる答えはそれではない。


「それに……」


「それに?」


  騎士団の頂点に立つ男から射抜くような視線を受け、レックスは大きくため息を吐いた。


「──この男を敵に回すには相当の覚悟が必要です」


 口調自体は世間話をするような軽いもの。だが、その言葉の重みはレックスの実力を知っている騎士団の者達を震撼させるには十分なものであった。


「……話はついたみたいだね」


 成り行きを見守っていた白いマントの男が笑いながら指をパチンと鳴らすと、さも当然とばかりに自分と騎士団のいる地面だけが何の抵抗もなく宙に浮かび上がる。


「な、なに!?」


「魔法陣もなしでこれほどの魔法を!?」


 慌てふためく面々を楽し気に見つめながら、白いマントの男はコンスタンに声をかけた。


「僕の名前は黒沼康介。あぁ、こういう世界じゃ馴染みがないかな? 康介って呼んで欲しい。ここまで徒歩で来たところを見ると、君達は空を飛べないんだろう? 方角さえ教えてくれれば、僕が送るよ」


「あ、あぁ……」


 自分の目で見た光景が信じられず、心ここにあらずといった様子のコンスタンを見てくすりと笑うと、康介はただ一人自分を睨みつけている男の方へと歩を進める。


「ねぇ、主人公くん。君の名前は?」


「……レックス。レックス・アルベールだ」


「レックス、ね」


 浮かび上がった岩を指で操作しながら、何かを噛みしめるようにレックスの名前を反芻はんすうした康介は、ゆっくりと歩きつつ後ろへと流れていく景色を楽しんでいた。そして……。


「僕はね、レックス。君みたいな主人公キャラが……」


 無邪気な笑顔を主人公へと向ける。


「大っ嫌いなんだ」

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