11.じゃじゃ馬も親馬の前では大人しい

「…………というわけで、橋が完成してからは物資の流通が滞りなく進んでいるようです」


 目の前で豪奢ごうしゃな椅子に座っている偉そうな男と、その脇に控えている美少女に俺は近況報告をしていた。いや、偉そうっていうのは必要以上に威張っているっていう意味じゃなくて、偉く見えるってことで、そもそも前の男は王様なんだから本当に偉いわけで……言葉って難しいわ。


「……シンシア?」


「はい。商人の方達から特に不満の声は上がっておりません。彼らがうまくバランスを取ってこちらの品と、魔族の品を市場に流してくれているおかげだと思います。なにより、あの橋のおかげでコレット商会でなくても魔族と交易をすることができるようになったのは大きいです」


 話を振られた桃髪の美少女が答えると、オリバー・クレイモアが満足そうに軽く顎髭を撫でた。相変わらずこの人の威厳は半端ねぇな。前に立っているだけでめちゃくちゃ緊張する。外交大臣って職業上、人間のトップであるオリバー王とは月一くらいで顔合わせてるっていうのに全然慣れねぇよ。それにしても……。


「随分と国政が板についてきましたね、シンシア姫」


「からかわないでください。それにシンシア姫は止めてくださいっていつも言ってるでしょう?」


「こりゃ、失礼いたしました」


 少しだけ不機嫌そうな顔になった彼女を見て、俺はニヤリと笑みを浮かべた。彼女の名前はシンシア・クレイモア。俺の目の前で威圧感をバリバリに放っているおっさんの娘だ。要するに次期女王様ってわけ。ちなみに、彼女は、マリアさんとフローラさんと同じで俺とはマジックアカデミアの同級生だったんだ。……とはいえ、実際は殆ど絡んだことはないんだけど、そうはなっていない。


「とまぁ、魔族の方はこんな感じですけど、他に何かありますか?」


「他に……お父様?」


「うむ」


 俺の言葉に反応してシンシアさんが目配せすると、オリバー王が重々しく頷いた。


「交易の件は相分かった。……ところで、魔族領で何か変わったことは起きていないか?」


「変わったこと……ですか?」


 いつになく真剣な声色に、俺も居住まいを正す。変わったことねぇ……アルカはいつも通り可愛いし、魔族の幹部共は変わらずバカだし、その王はそれを超える大馬鹿野郎だし……変わったことと言えばセリスのお腹が日に日に大きくなっていることか? いやぁ、順調に育っているようでホッとするわ。つーか、そろそろ赤ちゃん用の家具とか買った方がいいよな? とはいえ、何が必要なのかまるで分からねぇし、困りもんだぞ、これ。レックスの母さんにでも聞いてみるかなー。


「……その表情を見るに、特に変わったことはないようだな」


 やべ。完全に王の御前であることを忘れてた。今は大臣の仕事に集中せねば。


「何もないのであればそれでいい」


「えーっと……こっちは何かあったんですか?」


 俺が尋ねると、シンシアさんとオリバー王は微妙な表情で顔を見合わせる。少しだけ沈黙が流れた後、オリバー王が静かに口を開いた。


「……いや、まだ何も起こっていないこの状況で協力関係の魔族に心配をかけるわけにはいかない」


「そう、ですか……」


「だが、何かあり次第、早急に相談させていただきたい。それは構わないか?」


 ……こういう所でこの人の器の広さを痛感させられる。王という立場にありながら、そのプライドに囚われず、人に頼ることができる。こりゃ紛れもない賢王ですわ。


「お任せください。その時は、我が王の尻をひっぱたいてでも参上いたします」


「それは心強い」


 楽しげに笑うオリバー王とシンシアさんに頭を下げ、俺は謁見の間を後にした。


 それにしても、魔族と人間が和平を結んでいるこの時代に王様が心配することなんて何かあるか? 魔物暴走スタンピードでも起きようとしてるとか? いやぁ、それならそうと言うだろうし、あの人が率いる騎士団がいれば大抵の魔物は殲滅せんめつできるだろうしな。


「おや、これは珍しい」


 そんな考え事をしながら城の中を歩いていたら、突然前から声をかけられた。顔を上げると、丁度俺が考えていた男が部下を引き連れてこちらに歩いてきているのが目に入った。その後ろから鋭い視線を向けてきている美女はとりあえず無視。


「コンスタンさん、ご無沙汰しております」


「はっはっは。君に丁寧な態度で接しられると、どうにもむずがゆいな」


 そう言って俺の前に立った壮年の男が手を伸ばしてきたので、俺はその手を握り返す。いやいやいや、騎士団の総騎士団長であるこの人に対してはいっつも丁寧な対応してるっつーの。確かに初対面は結構あれだったけど、その記憶はないはずだし。


「これから遠征にでも行くんですか? こんなに人を連れて……」


 握手しながらコンスタンさんの後ろにいる人達を覗き込んだ。その中の一人が獲物を前にした野獣のような目でこっちを見てきたので、俺は慌てて目を逸らした。相変わらずエルザ先輩は俺とやり合いたいようで困る。ただ、いつもは有無を言わさずに挑んでくるのに、今日は大人しいところを見ると、父親であるコンスタンさんがいる時は大人しい感じなのか?


「いや、大したことではない。気になる目撃情報が入ったので、我々騎士団が現地調査に行くところだ」


「目撃情報……」


「こういったことは結構な件数寄せられるのだが、大抵は杞憂に終わる。まぁ、我々の働きによって市民の不安が少しでも取り除かれるのであれば、騎士冥利に尽きるというものだ」


「なるほど。騎士団も大変ですね」


 俺が軽い口調で言うと、コンスタンさんは困ったような笑みを浮かべた。


「まぁでも、心配はなさそうですね。"雷神"と呼ばれるコンスタンさんと、その若さで"雷帝"と恐れられる娘さんがいるわけですから。ね、先輩?」


 からかい交じりの口調でエルザ先輩に告げると、先輩は苦々し気な表情を向けてくる。ふっ、いつも迷惑こうむってるからな。親の前で元気のないエルザ先輩をからかわない手はない。


「エルザ先輩は学校でも神童と謳われた天才ですからね! いやぁ、コンスタンさんも鼻が高いんじゃないですか?」


「クロムウェル・シューマン……!!」


「いやいや、まだまだ騎士団としての矜持も持ち合わせていないひよっこだよ」


 コンスタンさんが笑いながらエルザ先輩の頭をポンポンと叩いた。羞恥に染まる先輩の顔。やばい、なんか変な性癖に目覚めそう。


「そんなことないですよ。俺が城に来るたびに手合わせを願い出るほど、自己研鑽に余念がない人なんですから。騎士団の自覚は誰よりも強いと思いますよ?」


「手合わせ? エルザ、お前はいつもそんな事をしているのか?」


「あっ、いえ、その……」


 父親に詰め寄られ慌てふためく先輩。最高じゃねぇか。ご飯三杯くらいいけそう。


「まったく……我が娘ながらお恥ずかしい。ただ、気を悪くしないで欲しい。シューマン君の魔法陣の腕は騎士団どころか、この世界の誰もが認めるものなのでな。稽古をつけて欲しいと思うのは仕方がない事なんだ」


「ふぁっ!?」


「また騎士団の訓練に参加して、魔法陣の教官をして欲しいところだ」


 先輩をはずかしめていたら、いつの間にか自分が追い込まれていたの巻。やべぇよやべぇよ。


「そ、その話はまた後日! い、急いでいるのでこの辺で失礼します!」


「む、そうか。忙しい身なのに引きとめてしまって済まなかった」


「い、いえ! お構いなく!」


「ちょっと待て」


 逃げるようにこの場を後にしようとした俺に、エルザ先輩が声をかけてきた。ん? なんだ? 意趣返しか?


「なんすか?」


「レックスの姿を見なかったか?」


「レックス? 見てないですけど」


 予想外の質問に思わず反射で答えてしまった。


「そうか……いや、遠征メンバーにあいつも含まれているのだがな。姿が見えなくて困っていたのだ」


「あー……そういうこと」


 あいつ、またどっかでさぼってんのか。つーか、俺が城に来た時にあいつがさぼってなかったことなんて一度もねぇな。


「あいつのお目付け役も大変っすね。まっ、頑張ってください」


「ありがとう…………あっ、そうそう」


 今度こそ魔族領に帰ろうとした俺の背中に、再びエルザ先輩が話しかけてくる。たくっ……今度はなんだよ? 面倒くさそうに振り返った俺の顔に、端正な顔がギリギリまで近づいてくる。


「今日のお礼は今度たっぷりさせてもらう。戦闘では敵わないが、貴様に仕返しする方法などいくらでもあるのだからな」


 俺だけに聞こえる声で囁くと、エルザ先輩は最後にニヤッと笑い、コンスタンさん達と歩いていった。なるほどね……うん、やべぇわ。最近、マリアさんに誘われたのか、あの人も女子会に参加していてフレデリカやアルカ、それとなぜかマキと親睦があるんだよね。アルカはいいとしてフレデリカとマキが悪だくみに加担したら、俺のメンタルポイントがゼロになることは必至。まじで調子に乗るんじゃなかった。


 後悔の念に押しつぶされながら、魔族領に帰ろうとした俺だったが、ふと気になることがあったので、転移魔法は使わずに城の外へと歩いていった。

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