12.サボるなら屋根の上が鉄板

 城門を出て中庭に来た俺は周りを見回し、人がいないことを確認したうえで魔法陣を組成する。


「"無重力状態ゼロ・グラヴィティ"」


 唱えるのは十八番おはこの重力属性魔法。これを使えば俺は自由自在に空を飛ぶことができる。ネヴァーランドにだって行けるのだ! ネヴァーランドってどこ?


 さーってと、俺の勘が正しければどうせこの辺に……いたいた。


「サボり魔はっけーん。早速エルザ先輩に報告しねぇとな」


「……それだけは勘弁しろよ、クロムウェル」


 城の一番上に位置する屋根で寝そべっていたレックス・アルベールが、俺の方に顔を向けることなく答えた。俺は屋根に着地すると、レックスの隣に腰を落とす。


「お前いっつもさぼってんな。あれか? 他の連中のレベルが自分と比べて低いからやってらんねぇってやつか? かー! これだから天才ってやつは!」


「何一人で盛り上がってんだよ」


「じゃないとそんな頻繁にサボったりしないだろ。こりゃお前の好感度ダダ下がりだな」


「好感度って誰の?」


「俺のだよ」


「そりゃ……大歓迎だな」


 けっ! 相変わらずひねた野郎だ。


「それに、別にそんな理由でサボってるわけじゃねーよ」


「じゃあなんで俺が来るたびにサボってんだよ?」


「そもそもサボってねー。決められた鍛錬内容をいち早く終わらせて休んでいるだけだ」


「さいですか」


 やはりこいつの好感度が下がるのは避けられないようだ。ここにいる理由がまじイケすかねぇ。


「お前だって似たような理由で学校の実習サボってただろうが」


「ばーか。一緒にすんじゃねぇよ。俺が学校の実習をサボっていたのは、魔法陣のクオリティが低すぎてやる気にならなかったからだ」


「……お前の方がよっぽど好感度下げそうだな」


「ほっとけ」


 世間の評価なんて俺には関係ねぇんだよ。俺は俺が信じる道を突き進むだけだ! ……でもまぁ、良いに越したことはないんだけどな。っていうか嫌わないでください。お願いします、何でもしますから。


「今日もあれか? いつものやつか?」


「あぁ。魔族が悪いことを企んでいないかっていう報告だ」


「オリバー王は魔族を心底信頼してるってのに?」


「……あの人は人が良すぎるんだよ」


 レックスにならって俺も屋根の上で横になる。まぁ、人が良いって言うなら魔族の連中の方だけどな。いや、魔が良いって言えばいいのか? どっちにしろ、人間側がちょっかいかけてこない限り、今の平和は保たれそうだけどよ。


「当分、勇者アルトリウスが築いた平和は続きそうだな」


 俺の考えを読んだかのようにレックスが言った。勇者アルトリウスが築いた平和、か……。魔族と人間が手を取り合った理由はそういう風になってるんだったな。あいつがこの世界からいなくなってから、あいつの願いが叶うなんてさ。俺の嫁に感謝しろよ、相棒。


「エルザ先輩が探してたぞ? それにコンスタンさんも。流石に総騎士団長が探してるってなれば、お前もこんな所でダラダラしてられないだろ?」


「そいつは弱ったな。さっさと戻らねーと」


 言葉とは裏腹に全く動く気がないレックス。なんだこいつ、五月病にでもかかっているのか? 新入社員じゃあるまいし。


「遠征先に何か不満でもあるのか?」


 俺の言葉を聞いて、初めてレックスがこちらに顔を向けた。図星か。


「……別に不満ってわけじゃねーよ。ただ、何となく気が乗らなくてよ」


「良くない事が起きる前触れってやつか。お前のそういう勘はやたらと当たるからなぁ」


 こいつはそういうところがあんだよ。小説とかで主人公が『嫌な予感がする』とか言うと、大体嫌なことが起こるだろ? こいつも同じ能力を持ってるんだよな。主人公補正ってやつ。


「遠征地はどこなんだよ?」


「誰もが行きたがらない所だ。禁足地って呼ばれてるところ」


「禁足地?」


「あぁ。当然、お前も知ってるだろ?」


「知ってるも何も……」


 一回足を運んでるからなー俺。アルカとセリスを連れての厨二病患者の依頼でキングベヒーモスの角を取りにな。


「なんでも、その禁足地で人影を見たっていう通報があったんだ」


「人影ねぇ……」


 あそこは人が住めるような環境じゃねぇぞ? キングベヒーモスもそうだけど、禁足地は魔物の巣窟だろ。好き好んで行くような奴は珍獣ハンターぐらいだぞ。


「その通報した奴が珍獣ハンターだったみたいだけどな。通報の後、騎士団の連中にこってり絞られていたみたいだけど。禁足地は一般人立ち入り禁止の区域だからな」


 おい。ナチュラルに人の頭の中を読んでんじゃねぇよ。そういうのは身重の嫁だけで十分だっての。つーか、俺の頭の中って可視化でもされてんのか?


「その男の話じゃ、禁足地にいたのは若い奴だったそうだ。それも、マジックアカデミアに通っている学生くらいの、な」


「……そうなると、珍獣ハンターの線は薄そうだな」


「そうだな。両親が珍獣ハンターってくらいの生粋じゃねーと、その年で珍獣ハンターは考えにくいな」


 禁足地に学生の目撃情報とはな。そりゃ、総騎士団長も乗り出すわけだ。まぁ、俺ら魔族には関係なさそうだな。って、俺は魔族じゃねぇよ。


「さて、と……こんな所で駄々こねてんのもそろそろ限界だろうな」


「こわーいお姉さんが舌なめずりしながらお前の事を待ってるぞ?」


「そいつは……本当に恐ろしいな」


 よっ、という掛け声とともに起き上がると、ポケットに手を突っ込みながらレックスは俺に顔を向けた。


「お前もこんな所で時間潰してていい身分じゃねーだろ? 魔族の大臣さんよ」


「うるせぇ。お前こそ、市民のためにきりきり働けっての」


 俺もその場で立ち上がり、ニヤリと意地の悪い笑みをレックスに向ける。


「それでマリアさんにカッコいいとこ見せてやれって」


「なっ!?」


 レックスが唖然とした表情で俺の方を見た。こいつのこういう顔、マジで大好物。


「酔っぱらったフローラさんが口を滑らせたんだ。お前がマリアさんに惚れてる、ってな」


「フ、フローラが!?」


「安心しろって。そん時、マリアさんはいなかったから」


 マリアさんがいなかったからこそ、大変だったってのもあるんだけどな。あの時のフローラさんの荒れっぷりはひどかった。勘の鋭いアベルがさっさとトンずらしたせいで、俺とボーウィッドとギーが面倒見ることになったんだからよ。


「つーか、そういうことは俺に教えておけよな」


「……お前だから言わなかったんだよ」


 力なく笑いながら言ったセリフ。何となくレックスらしくないような気がした。


「偶にはお前も飲み会に参加しろって」


「飲み会ね……まぁ、気が向いたらな」


 レックスとは無駄に付き合いが長いからわかる。こういう態度の時は気が向くことなんて絶対にない。なんだってこいつは俺達の飲み会に参加しねぇんだろうな。毎回誘ってるのに何かと理由をつけて断りやがる。なんか後ろめたいことでもあるのか?


「おいレックス、なんで」


「じゃあな、俺は行くぞ。土産話、楽しみにしとけ」


「……厄介ごとは回すなよ?」


「それは保証できねーな」


 最後にニッといつものイケメンスマイルを浮かべたレックスは、そのまま屋根の上から飛び降りていった。まったく……是が非でも参加したくない理由は話さないみたいだ。こうなったら次は無理やりにでも引っ張っていくしかねぇみたいだな。

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