9.一から育てるよりも、誰かが育てたものを奪う方が楽

 異世界に飛ばされてきてから早三ヵ月。依然としてこちらの世界で禁足地と呼ばれる場所に留まったままではあるが、大和やまとを中心とする団結力で、ここの生活にほぼほぼ順応していた。もっとも、未だこの世界の者に接触したことがないため、ここが、誰も近寄らない危険な場所であることを彼らは知る由もない。今日も今日とて、自分達が生き残るために凶暴な魔物と命の駆け引きを行っていた。


「ちっ! 剣が折れちまった! 紗季! 頼む!」


 その端正な顔立ちを歪め、魔物の堅い皮膚に折られた剣を投げ捨てながら、大和は腕につけたリングに魔力を流しつつ大声で呼びかけた。


『ま、任せて! ”クラフト:ブレード”!!』


 リングからの返答を聞いた大和は敵をけん制しつつ、奇妙な三角錐の建物に近づいていく。すると、短い髪につけた子猫のヘアピンが特徴的な少女が、その三角錐の建物からスッと顔を出した。


「大和君!」


「さーんきゅ。また折れるかもしれないから、シェルターの中で何本か作っといてくれ!」


 紗季の所まで下がってきた大和は、彼女から剣を受け取ると、再び魔物の群れへと飛び込んでいく。その中心では、紗季とは対照的に長い髪を身体から溢れる魔力でなびかせた美少女が立っていた。


らちが明かないから一気に決めるわよ。最上級の魔法を詠唱するから援護をお願い」


「うわ、最上級かよ! こりゃ、魔物が可哀想だな、おい」


「軽口叩かない」


 自分に襲い掛かる魔物達を切り伏せている大和に、静流がぴしゃりと言い放つ。そして、目を閉じながら自分の魔法が影響を及ぼすターゲットを頭の中で描き始めた。当然、その間も魔物が待ってくれるわけもない。だが、一切無駄のない動きで、大和が魔物の牙から静流を護っていた。'バトルマスター'のスキルを有しており、相手の動きを全身で感じとる大和に攻撃を当てるのは至難の業。強力な魔物が蔓延はびこる禁足地とはいえ、そんな彼を傷つけられる魔物など一握りしかいなかった。

 とはいえ、一対一サシの勝負に特化しているスキルであるため、乱戦になると、殲滅に時間がかかってしまう。自分がやられることはないにしろ、守るべきものがいる以上、こういった場合は静流に任せるのがベストだ。ここに来た当初に比べ遥かに練度が高まった’賢者’のスキルにより、静流はより繊細な魔法のコントロールが可能になっていた。周りにいる魔物達をすべて飲み込みつつ、自分達四人には被害を出さないという離れ業も、時間をかければ今の彼女にとって無理難題にはならない。


 そんな二人のやり取りなど、全く知らない紗季はシェルターの窓からゆっくりと顔をのぞかせて魔物を見ていた。


「大丈夫かなぁ……?」


「大丈夫だよ。材料を使った紗季さんのクラフトはそう簡単には壊れない、って立証済みだからね。ちょっとやそっとじゃ、このシェルターは落とされないよ」


 そんな不安げな紗季の声に答えたのは、少し長めでぼさぼさの髪をした少年だった。彼の方に向いた紗季は、困ったように笑いながら首を左右に振る。


「ううん、違うの康介君。私が心配だったのは外で戦っている二人の方だよ」


「……それこそ心配する必要ないと思う。あの二人の強さは紗季さんも知っているでしょ? 魔物如きに遅れは取らないよ」


 そう言いながら康介はいびつな笑顔を向けてきた。笑おうとしているのに、心の底から笑う事が出来ないから、形だけ取り繕おうとしている……そんな笑顔。以前、康介が魔物相手に無謀な突撃をした結果重傷を負い、静流の魔法と紗季の手厚い看護により何とか一命を取り留めて以来、彼の笑顔はずっとこんな感じだった。

 その理由は何となくわかっている。だが、それに関しては触れないでおこう、というのが大和と静流、そして紗季の共通認識だった。


「康介君がそう言ってくれると安心かな?」


 不器用な笑顔という表現にも満たない顔をしている康介に、紗季がとびっきりの笑顔を向ける。まさに太陽のようだ、という比喩がぴったりなその笑顔が自分だけに向けられている事実に心臓が高鳴った康介は、顔を逸らしながら眼鏡を直した。


「ほ、ほら。もう終わりそうだよ」


 照れていることを誤魔化すかのように、康介は窓の外を指差す。紗季がそちらに目を向けると、魔物達がひしめく中心で強烈な光が爆発し、周りにいる者達を一網打尽にしていった。


「……本当に静流の魔法はすごい」


「あぁ。人智を超えた力っていうのはああいうのを言うんだろうね」


 映画の世界でしか見たことがない光景……いや、映画なんかよりもリアルで段違いの迫力。この世界に来てからは何度か目にしているとはいえ、その凄まじさに目を奪われ、言葉を失ってしまうのは仕方がない事だった。

 だから、紗季は気づかなかった。その神秘的ともいえる魔法の蹂躙じゅうりんさまを見る康介の目に、一切の光が灯っていない事を。


 魔物による脅威が去り、こちらに歩いてくる大和と静流の姿を見た二人は、急いでシェルターから出る。


「お疲れさま」


「おう! ……つっても、俺はほとんど何もしてないんだけどな。偉大なる賢者様が我々の命をお救いくださいました」


「もう……やめてよ」


 芝居がかった口調でお腹に手を添え頭を下げる大和に、静流は顔をしかめた。だが、口端が僅かに上がっているところから察するに、満更でもないのだろう。そんな二人に康介がぎこちない笑みを向ける。


「二人共凄かったよ! 私ももっと力になれればいいんだけど……」


「なーに言ってんだよ、紗季。お前のクラフトには戦闘時だってそれ以外だって助けられてるんだぞ?」


「大和の言う通りよ。紗季のおかげで雨ざらしにならずに済んでるんだから」


 少し落ち込んだ様子の紗季に康介が笑いかけると、静流が当然とばかりにその後に続いた。


「安心して、紗季さん。君はみんなの力になれてるよ。……本当の役立たずっていうのは僕みたいな奴の事をいうのさ」


 自嘲するように康介が笑う。そんな彼に顔を向けた大和は盛大にため息を吐いた。


「お前こそ何言ってんだ? 康介の持ってる知識に俺達がどれほど救われてきたと思ってんだよ。お前がいなかったら、俺達はスキルの事を碌に理解できず、あっという間に魔物の餌になっていたはずだ」


「そ、そうだよ! こっちの世界の生き方に詳しい康介君がいたから、今までやって来れたんだよ!」


「スキルの熟練度、なんてものも教えてくれたしね。おかげで私達はパワーアップをして、凶暴な魔物達にも臆することなく立ち向かえるようになったんだから。役立たずなんて言わないの」


 静流が厳しい顔をしながらグイっと康介に顔を寄せる。スキルが強くなる可能性を示唆したのは康介だった。元いた世界で読んだ小説に、スキルは使い続けることにより熟練度が上がるパターンがあったので、それをみんなに話したところ、この世界でも順当にスキルは強化されたのだった。そのおかげで、大和はありとあらゆる武器を達人並みに扱うことができるようになり、静流は強力無比な魔法を次々と習得していった。特に’創作家’のスキルを持つ紗季の強化が顕著であり、魔力を媒介にすれば素材なしでモノを創り出すことができるようになっていた。ただし、'賢者'のスキルを持つ静流とは違って、紗季の魔力量は多くないため、そんなに巨大なものや複雑なものは作れないが、それでも強力なことには変わりない。

 だからこそ、康介の心は締め付けられ続けていた。自分の親友が、友人が目に見えて成長しているというのに、自分は何も変わっていないから。


「……ありがとう。そう言ってもらえると、救われるよ」


 でも、溢れ出る劣等感や無力感に康介は懸命に蓋をする。大和も静流も紗季も小学生の頃からの幼馴染おさななじみ。自分のかけがえのない存在であることに違いはない。そんな人達に妬みひがみを向けるのは間違っている、と康介は無理やり自分に言い聞かせ続けてきた。

 負の感情をぶつけられるわけもない。どう考えても足手まといの自分をこれまで見捨てることなく、文句の一つも言ってこないどころか、対等に扱ってくれているのだ。これ以上、いい仲間がいるだろうか?


 だが、その気遣いが康介の中に極度のフラストレーションを溜めさせてしまっている事に、本人を含め誰一人として気づいていない。それは、些細ささいなきっかけで簡単に爆発するほどに、膨れ上がってしまっていた。


 その『きっかけ』とはどういうものなのか。


「当たり前だろ! お前はいつだって陰の立役者なんだからな! 自信を持てって!!」


 例えば、自分が以前から気にしていることを相手に言われること。


 ピクッと康介の頬が動いた。そんな彼の微妙な表情の変化に、三人は気づいていない。


「つーか、あれだな。そろそろこの世界の人間を探しに行ってもいいころじゃね?」


「言われてみればそうね。……この世界に人間がいれば、の話だけど」


「生きるのに必死で、他の人を探そうなんて考えもしなかったよ」


「まぁ、それはしょうがないだろ。まずは自分達が生き残ること、これが最優先だ。……で、ちょっと余裕が出てきたから、今度はこの世界を知ろうって感じだな」


「そうすれば私達の世界に帰る方法も分かるかもしれないわね。と、いうよりも、それをしないといつまでたっても帰り方が分からないって言った方がいいかしら? うちの頭脳ブレーンの意見も是非聞きたいわね」


「そうだね! 康介君、どう思う?」


 期待に満ちた眼差しで紗季が康介を見た。だが、彼は時間が停止してしまったかのように動かない。


「…………康介君?」


 もう一度名前を呼んでも、全く反応を見せない康介に、紗季はなんとなく不安を覚えた。大和と静流も、今まで見たことのない康介の様子に、互いに顔を見合わせる。


「なぁ、どうしたんだ康す」


「本当はね、最初から知ってたんだ」


 声をかけてきた大和を無視して、唐突に康介が話し始める。


「これを使えば僕は確実に強くなれる……でも、そうすると、君達との関係にヒビが入ってしまう。だからこそ、僕はこれまでずっと耐え忍んできたんだ」


「康介?」


 最初から知っていた? これを使えば強くなる? 康介の話していることが全く理解できず、三人はきょとんとした顔で彼を見ていた。


「みんなが無事であればそれでいい、みんなが傷つかなければそれでいい。僕が我慢するだけで、異世界という未知の世界でも順風満帆にやっていける、そんな風に思ってた……でも、だめだ。こんな僕にもちっぽけな自尊心がある。くだらない願望だってある。これ以上、舞台裏で誰かの陰になんてなりたくないんだよ。僕だって、舞台にあがって脚光を浴びたいんだ……!!」


「お、おい……急に何を言い出してんだ、お前?」


 薄い笑みを浮かべながら自分の思いの丈を暴露し始めた康介に、大和が顔を引きつらせながら話しかける。その瞬間、康介は右手を大和に、左手を静流に向けた。


「"蒐集ロブ"」


「っ!?」


 一瞬大きく目を見開いた二人は、糸が切れたか人形のように、その場に倒れ伏す。何が起こったのか理解できない紗季は康介と倒れている二人へ交互に目をやった。


「え!? 大和君!? 静流!? ちょっと待ってどういう事!? 二人はどうしちゃったの!? なんで急に……!!」


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ、紗季さん。二人はスキルを失って気絶しているだけだからね」


「スキルを……失う……?」


 倒れている二人に駆け寄った紗季は、康介の言っている意味が分からず、ポカンとした表情を浮かべて彼を見た。だが、康介の方は何かの感触を楽しむかのように、愉悦に満ちた顔をしながら手を開いたり閉じたりしていた。


「なるほどなるほど……この二つは本当に素晴らしいスキルだね。確かに、これなら魔物相手にあそこまで大立ち回りが出来たのも頷ける」


「康介君……?」


「'バトルマスター'は思った通り、武器の扱い方に長けるだけじゃなく、身体能力も飛躍的に上昇するんだね。……これはもう必要ないな」


 自分の顔から黒縁眼鏡をはずし、躊躇ためらいなく握り潰した。それを見た紗季の肩がビクッと跳ね、康介は彼女がそこにいることを思い出す。


「ん? あぁ、ごめんごめん。思わず自分の世界に入っちゃった。予想以上に便利な能力だったもので」


「二人は……どうなっちゃったの……?」


 掠れた声で紗季が尋ねると、嬉しそうな顔で康介は説明をし始めた。


「僕の'スキル蒐集家コレクター'の力によって二人のスキルを収集したのさ。とは言っても、ただ集めただけじゃない。収集したスキルはちゃんと使うこともできるんだ……こんな風にね」


 そう言って康介が指をパチンと鳴らすと、紗季の眼前で巨大な火柱が立ち昇る。これはスキルの練度が上がったおかげで静流が会得した無詠唱魔法なるもの。思わず紗季はその場で後ずさりをした。


「いい具合に熟練度を上げてくれたから、手に入れたそばからこれは強力なスキルだね。そういう意味じゃ、スキルを奪うタイミングとしてはベストだったかもしれないな。…………ねぇ? 紗季さんもそう思わない?」


 そう言って、康介は紗季に笑いかける。向けられた笑みは、最近では見たことのない晴れやかなものだった。にもかかわらず、紗季の背中には冷たいものが流れた。なぜなら、その顔からは言葉では言い表すことのできない狂気を感じたからである。


「というわけで、紗季さんのスキルも僕がもらうね」


 とても優しい声音で康介が告げる。それが更に紗季の恐怖心を掻き立てた。


「い、いや……やめて……!!」


「大丈夫、すぐに終わるよ。痛みとかも全然ないはずだから」


「お願い……いつもの優しい康介君に……!!」


「"蒐集ロブ"」


 紗季が言い終わらない内に無慈悲に告げられた言葉。それを耳にした瞬間、紗季の視界は真っ暗になった。

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