8.ボーイズトークにガールは禁制
逃げるように家を出た俺は心に負った傷を癒すべく、適当に街を移動し、暇そうな奴を捕まえていく。とは言っても、集まる奴らはいつもとなんも変わらん。ダンディ鎧に、へそがひん曲がった緑の化け物、それと暑苦しいネコ科のバカだ。そして、この
「……野郎ばっかで今日は随分とむさ苦しい感じだな、おい」
注文を取りに来たアベルが俺達を見ながら呆れた様子で言った。
「うるせぇな。偶には男の友情を確かめ合うのも必要なんだよ」
「こっちは無理やり付き合わされてるんだけどな」
ギーがメニューを見ながら非難じみた視線を向けてくる。別にいいだろうが。普段は何でも大臣としてお前らの
「とにかく酒だ! 酒もってこい!」
「へいへい。いつもの感じでいいんだろ?」
「……それで頼む」
いつものように酒をせかすライガにアベルが適当に返事をすると、ボーウィッドが低音ボイスでそれに答える。
「料理は……まぁ、まかせるわ。この店なら何が出てきても大体美味いだろ」
ギーがアベルの方を見ながらメニューを閉じた。ギーの言う通りだな。ゴブ太達の料理でまずかった事なんて、これまで一度もない。任せときゃ問題ないって話だ。
「……で? 急に飲みに誘ってくるだなんて、なんかあったのか?」
注文を取り終えたアベルが去っていくのを横目で見送りながら、ギーが尋ねてきた。うーん……俺が声をかけたものの、こいつらに今日あったことなんて話したくねぇ。ライガとか絶対バカにしてくるだろうし。
「どうせセリスと喧嘩でもしたんだろ。くだらねぇ」
「喧嘩なんかしてねぇよ」
「じゃあなんなんだよ?」
喧嘩腰に問いかけてくるライガに言い返そうとするが、言葉が出てこない。『家事の手伝いをしたら全部失敗したので、すごすごと家から逃げてきた』っていうのを、カッコいい感じに説明できる人、急募。
「……喧嘩してないなら……セリスを放って……ここで飲んでいてもいいのか……?」
ボーウィッドが至極まっとうなことを言ってきた。正論過ぎて返す言葉もございません。
「偶には家の手伝いでもしてやったらどうなんだよ? 出産間近なんだろ?」
「いや、うん……まぁ……そうなんだけどさ……」
言葉を濁す俺を見て、ギーは何かに勘付いたらしく、ニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほどな。家事やったら全然うまくいかなくて、居たたまれなくなったから家を出たってところか。ても、一人でぷらぷらするのも嫌だから俺達に声をかけてきた感じだろ?」
うーん、ギー君。九十点。家を出た理由がフレデリカに言われたからっていうのが抜けてるのでマイナス五点。上半身裸で相変わらず変態ルックだからマイナス五点。
「想像以上に情けない理由だな、おい」
「なんだと! バカ虎だって家事なんて出来ねぇだろうが!」
「舐めんな! 俺は独りで暮らしてんだぞ? 必要最低限の家事ぐらいできて当然だ!」
なん……だと……? 俺はこの単細胞バカよりも劣ってるっていうのか? ……そんなこと認めねぇ、認めたくねぇ!
呆然自失になりながら、他の二人に目を向ける。ギーは絶対家事とかできるだろ。ボーウィッドもいわずもがなだ。つまり、この場で家事がまるで出来ないのは俺だけという事になる。嘘だろ?
「最近は家事ができる男の方が多いんだよ。覚えておきな、パシリ大臣」
「そうなのか……って、誰がパシリ大臣だっ!?」
「ほら、酒だぞ。ありがたく受け取れ」
俺が睨みつけるも素知らぬ顔でアベルが酒を机に並べていく。いち早く手を伸ばしたライガに続き、ギーもボーウィッドも俺も酒を手に取った。
「……おい、アベル。てめぇは飲まねぇのかよ?」
そのまま下がろうとするアベルにライガが訝し気な表情を向ける。振り返ったアベルは俺達も同じ事を言いたそうな顔をしていることに気が付き、小さく肩を竦めた。
「今日はダメなんだよ。フローラが休みだから手が足りてねーんだ」
「どうりでフローラの姿が見えないと思ったら休みだったのか。あいつの泣き上戸っぷりを久しぶりに見たかったんだけどな」
ニヤニヤと笑いながらギーが酒に口をつける。そういえばフローラさんは酒を飲むとめちゃ泣くんだっけか。セリスやフレデリカとはまた違った面倒くさい酔い方するんだよなぁ。マリアさんを見習えっつーの……あまりに酔わな過ぎて、時々怖くなるけど。
「つーわけで、もう少し店が落ち着いたらしょうがないから相手してやるよ」
「けっ! 飲み勝負から逃げるために上手い言い訳を考えやがったなぁ?」
「言ってろ! 後で吠え面かかせてやるよ!」
いやー止めとけって。そう言っていつもお前は店の外でダウンしてるじゃねぇか。このバカ虎は半端なく酒が強いからな。と、いいつつ、アベルを潰したバカ虎も三人の
「それにしても、お前が父親になんのか……って、あれか。アルカがいるから今更か」
「まぁな。……でも、赤ん坊の面倒は見たことないから、ちょっと緊張するわ」
「本格的な子育ては初体験ってわけだな。だから、慣れない家事手伝いなんかして失敗したのか」
くっくっく、とギーが楽しげに笑う。ぐっ……言っていることが正しいだけに何も言い返せん。
「赤ん坊の世話は大変だぞ? いや、赤ん坊だけじゃねーな。子供がみんなアルカみたいにいい子ばかりじゃねーからな。特に今回はお前の血が半分混ざってんだから、確実にひねくれた子供になるだろうな」
「馬鹿野郎! んなわけあるか! 俺の子供だぞ!? アルカに負けず劣らず、純粋・純真・純情な子に決まってんだろ!」
「……兄弟の赤ん坊……楽しみだな……」
「流石、兄弟! 生まれたらすぐに紹介するぜ! あぁ、ついでにお前らにも会わせてやるよ。ばっちぃから絶対に触らせないけどな」
「大丈夫だ。お前が見てない所で触りまくるから」
「赤ん坊、か……」
この緑の変態には会わせない方がいいかもしれない。ってか、あれ? なんかバカ虎が神妙な顔してんだけど、どした?
「なに
「うるせぇな……関係ねぇだろ」
俺が話しかけるも、ライガはぶっきらぼうに答えるだけ。いつもの事っちゃいつもの事だけど、なんとなくいつもと感じが違う。
ヤケクソ気味にグラスを空にしたライガに、ギーがからかうような視線を向けた。
「……当ててやろうか?」
「あぁ?」
「クロの赤ん坊に嫌われないか不安なんだろ?」
「っ!?」
ライガが大きく目を見開く。その様子だけで、答えを聞かなくてもギーの言っている事が正しいとわかった。ギーは然して気にした様子もなく、自分の持っているワイングラスを優雅に揺らしている。
「まぁ、気持ちはわからないでもないがな。別に心配することもねーだろ」
「……てめぇは不安じゃねぇのかよ? 俺もお前も、ボーウィッドだってガキを泣かすには十分な見た目してるだろうが」
いつになく力のない声でライガが言った。こいつ、そんな事悩んでたのか。なんつーか……らしくなくてむずむずする。
「俺は別に不安じゃねーな」
「……なんでだよ」
「だって、このバカの子供だぞ? 見た目で判断するような子じゃないだろ」
その言葉に、一瞬呆気にとられたライガだったがすぐに豪快に笑い始めた。ボーウィッドもお猪口を傾けながら小さく笑みを浮かべる。
「ふん……ちがいねぇな。つまんねぇことで悩んじまった」
「……兄弟の子だ……俺達ともすぐに打ち解けられるだろう……」
やべぇ……なんかすげぇ照れくさい。こいつらがこんな風に言ってくれるのはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、素直にそれを言えるような間柄じゃねぇっての。
「つーわけで、クロ! 責任取ってこいつを一気飲みしろ!!」
ドンッとライガが酒樽をテーブルの上に置いた。そうだな、流石にこれは責任を……。
「って、何の責任だよ!! つーか一気飲みの量じゃねえだろ! これ! 普通に死ぬぞ!?」
「はぁ!? これくらい余裕だろうが!?」
「そうだな。余裕だな」
「お前ら魔族と一緒にすんじゃねぇ!! 人間がこの量を飲めるわけねぇだろ!!」
悪ノリしてきたギーをビシッと指さしながら吠える。こちとらガサツな魔族と違って、デリケートな身体をしてんだ!! 人間様はちょっと大き目なジョッキで軽く一気して、盛り上がるくらいがちょうどいいんだよ!!
「でも、マリアはいつも鼻歌交じりで飲み干してるぞ?」
彼女はアルコールモンスターなので人間ではありません。
「子供が生まれたらこんな馬鹿みたいな飲み方できなくなっちまうかもしれないんだぞ? いいのか?」
「ぐっ……!!」
そう言われると、ちょっと迷ってしまう自分がいる。
「……今日は無礼講だ……兄弟……俺も付き合うぞ……!!」
ボ、ボーウィッドまで乗り気なのか……。いつの間にやら俺と同じ酒樽を脇に抱えていた。
「俺らもやるからよ。諦めろ」
「そうだ! 漢らしく腹を括れ!!」
当然の様に酒樽を持っているギーとライガ。この雰囲気で
その後、俺はアベルと二人仲良くブラックバーの外で夜空を見上げながらぶっ倒れていましたとさ。くそが。
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