7.ガールズトークにボーイは不要
「皆さんお揃いで、何かあったのですか?」
泡騒動が落ち着いたところで、リビングに集まった三人にセリスが話しかけた。
「もうすぐ出産っていうじゃない? ちょっと様子を見に来ようって思ったのよ。ちょうど街に来ていたマリアとフローラを誘ってね」
「マリアさんとフローラさんがフローラルツリーに?」
セリスが顔を向けると、二人は笑いながら
「今日はブラックバーの仕事がお休みなのよ。だから、マリアを誘って服を買いに行ってたのよ。フローラルツリーの服はフレデリカさんを中心にセンスのいいウンディーネさん達が作ってるから可愛いのが多くってね!」
「うん! 元々買い物が終わったら顔を出そうって話してたから丁度よかったの! はい! これ、お土産! 最近王都で大人気のチーズタルトだよ!」
「ありがとうございます」
マリアが差し出した包みを笑顔で受け取ると、セリスは椅子から立ち上がろうとする。だが、フレデリカがそれに待ったをかけた。
「ちょっと! 大事な身体なんだからあんたは大人しくしてなさい! クロ! キッチン借りるわよ?」
フレデリカがマリアの持ってきた包みをセリスから取り上げ、アルカと一緒に部屋の隅で小さくなっているクロの方へと目を向ける。
「はい……ご自由にお使いください……」
まるで覇気のない口ぶりにフレデリカは大きくため息をついた。ちなみに泡に塗れた部屋の掃除はフローラが、洗濯の続きはマリアがやってくれたのだった。せっかく来てくれた友人に迷惑をかけた事も、クロの落ち込む原因となっていた。
「いつまで落ち込んでるのよ? あれはわざとやったわけじゃないんだからしょうがないじゃない」
「そうだよクロ君、アルカちゃん! 初めてのことなんだから失敗しちゃうこともあるよ!」
「男の子は家事なんてやったことないものね」
フレデリカに続き、クロ達を励ますマリアの隣でフローラが苦笑いを浮かべる。
「フローラの言うとおりよ。ここから挽回すればいいじゃない。というわけで、アルカ。お茶を入れる手伝いをしてくれるかしら?」
「……アルカが手伝ったらまた大変なことになっちゃうかもしれないの」
しょんぼりと肩を落としているアルカに、フレデリカが優しく笑いかけた。
「大丈夫よ。ちゃんと上手くできるように教えてあげるから。アルカにもきっとできる」
「……本当?」
「えぇ。私を信じなさい!」
「……わかった! お手伝いするの!」
いつものような笑顔を取り戻したアルカは元気よくキッチンへと走っていく。だが、度重なる失敗の連続で自己嫌悪の渦に呑まれているクロの表情は暗いままだった。
「まったく……いじいじしちゃってらしくない。いえ、クロらしいといえばクロらしいわね。あなたも偶の休みなんだから、少しくらい羽を伸ばしてきたらどう?」
「……いや、でも、俺はセリスの夕飯を……」
「ご飯なら私達が作るから。ほら、早く気晴らしに行ってきなさい! これからガールズトークをするんだから、男はさっさと退散するのよ!」
「……よろしくお願いします」
クロは元気のない声で答え、そそくさと転移の魔法陣でこの場から姿を消す。クロがいなくなったところで小さく息を吐いたフレデリカはセリスの方に軽く笑いかけた。
「セリスのために家のことを頑張ろうとするなんて可愛いところあるじゃない」
「そうですね。とても嬉しかったです」
照れたようにはにかむセリス。そんな彼女を見てフレデリカがその端正な顔を歪める。
「本当、幸せそうで腹が立つわね。そう思わないマリア?」
「そうかな? クロ君もセリスさんも幸せならいいと思うけど」
「……振る相手を間違えたようね。フローラ」
「嫉妬で気が狂いそうです」
晴々とした笑顔を見せるマリアとは対照的に、フローラは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「フレ
「今行くわ」
アルカの元気な声に答え、キッチンへと向かったフレデリカは手際よくお茶の準備をしていく。その途中、アルカに仕事を振り、彼女の自尊心を回復させることも忘れない。マリアの持ってきたチーズタルトを切り分け、人数分紅茶を用意したら、アルカと一緒にリビングへと戻った。
「掃除や洗濯、お茶の準備も含め、お客様なのに色々とご迷惑をかけてすいません」
「何言ってんのよ。これくらい大したことじゃないわ。むしろ、無理をしてお腹の子になにかしら影響が出る方が迷惑よ」
「そうだよ! セリスさんは自分の身体を一番に考えて!」
「セリスは無意識に無理しがちだもんね。ありがとう、アルカ」
ティーカップとタルトが乗ったお皿をアルカから受け取りながら、フローラがお礼を言う。失敗することなくフレデリカの手伝いをし、みんなの前に紅茶とチーズタルトを配り終えたことで完全に立ち直ったアルカは、満面の笑みでセリスの隣に腰を下ろした。
「紅茶がとてもいい香りですね」
「ノンカフェインだから妊婦でも安心よ」
「アルカがいれたの!」
「ふふっ。とても美味しいです」
セリスに褒められ、アルカは嬉しそうにはにかむ。そんな仲睦まじい二人を見ていたフローラが拗ねたようにテーブルの上に顔を乗せた。
「幸せオーラが濃すぎて辛いわ。あーあ、あたしもアルカみたいに可愛い子供が欲しい」
「その前に相手を見つけないとね?」
「……それは言わない約束ですよ、フレデリカさん」
フローラはぶすっ面をフレデリカに向けつつ、チーズタルトにフォークを刺す。
「とはいえ、私達も人のこと言えないわよね、マリア?」
「あははは……」
フレデリカに話を振られ、マリアが困ったように笑った。二人の思い人が自分の夫であることを知っているセリスは何とも微妙な表情を浮かべる。
「レックスさんとはどうなんですか?」
なんとか明るい話題にしようと、セリスがフローラに尋ねてみた。だが、それが逆効果であったことは、セリスに聞かれた瞬間どんよりとした空気を纏い始めたフローラを見れば何も言われなくても理解してしまう。
「……レックスとは最近全然会ってないわ……騎士団の仕事が忙しいみたいね……ははは……」
「そ、そうなのですね」
「それに、レックスの事を考えている余裕がないのよ。……どっかのバカ兄が少し目を離すとトラブルを起こすから」
フローラがため息を吐きつつ、紅茶をすする。彼女の兄アベル・ブルゴーニュは彼女と同じブラックバーで働く店員なのだが、かなりイケイケなタイプだった。そのルックスと得意の口説き文句で派手に夜遊びをしているらしい。
「アベルさんはジッとしていられないタイプだもんね」
「ゴブ太さん達の目を盗んで、毎日のようにチャーミルに行ってるわ。……あたしはゴブ太さんから転移魔法を教わって、兄さんが羽目を外し過ぎないように目を光らせている毎日よ」
「……なんかすみません」
「セリスの街の事だけど、別にセリスが悪いわけじゃないでしょ。悪いのは女性にだらしないうちのバカ兄よ。まったく……魔法も使えないのに、どうやってチャーミルまで行ってるんだか」
申し訳なさそうな顔をしているセリスにフローラが笑いながら言った。なぜか、魔力回路を抜かれているアベルが、かなり距離のあるチャーミルへ毎日行ける事が不思議でならない。
「あたしが恋人を見つけるためには、まず兄さんを落ち着かせることが先決だわ。誰かいい人いないかしら?」
「エルザ先輩とかどうかな? しっかりしてるし、お似合いだと思うけど」
ポンっと手を打ちながらマリアが言ったが、フローラは首を左右に振る。
「駄目ね。エルザ先輩は兄さんが一番苦手なタイプよ。女性に鼻が利くあの人は絶対に近づこうとしない。エルザ先輩が兄さんを調教してくれれば一番ベストなんだけどねぇ……」
「調教って……まぁ、アベルの場合はその表現が正しいかもしれないわね。人っていうより獣だから」
「獣っていうより、ケダモノですよ。本当に見境ないですからね」
「あら? その割には私は口説かれたことないわよ?」
「私もないかな」
「そういえばそうね……」
フレデリカとマリアの答えに、フローラは口に手を当てながら悩み始めた。フレデリカとマリアはタイプは違えど、文句なしの美女。そんな二人をアベルが口説いている姿は見たことがない。
「セリスも口説かれたことないわよね?」
「えーっと……まぁ、はい」
セリスが曖昧な笑みを浮かべる。正確にはアベルがチャーミルを攻めて来た時にばっちり口説かれているのだが、その記憶があるのはクロと自分だけなので、微妙な反応になってしまったのだ。
「……アルカは年齢的に対象外だからわかるんだけど、あなた達三人を口説かない理由がなぁ……」
「ほへ?」
嬉しそうにチーズタルトを頬張っていたアルカだったが、突然自分の名前が出てきたため、首を傾げながらフローラの方を見た。そんな彼女の頭に、フローラが微笑みながら手を伸ばす。
「アルカも注意しないとダメよ? 将来、絶対美人になるんだから変な男に捕まらないようにしないとね」
「うーん……よくわからないの」
「くすっ。まぁ、アルカに変な男が寄りついたら、こわーいお父さんが黙ってないから大丈夫ね」
クロの親ばかっぷりは魔族領で有名な話である。そして、そのクロは怒らせてはいけない男だという事も魔族達の共通認識になっていた。それを知っててなお、アルカにちょっかいをかけようとするのは救いようのないバカか、どうしようもないバカくらいだろう。
「やっぱりわからないなぁ……三人ともこんなに美人なのに」
「アベルの事だからどうせしょうもない理由でしょ」
「確かに……バカ兄の頭の中なんて考えるだけ無駄ですよね」
紅茶にミルクを入れながらフレデリカが言うと、フローラは納得したようにうんうんと頷く。そして、不意にセリスに向き直った。
「そんなことよりセリス! 妊娠してる時の話を聞かせて!」
「あっ! それ私も聞きたい! やっぱり
興味津々と言った感じでマリアがそれに続く。唐突に話を振られて目を白黒とさせたセリスだったが、柔和に笑いながら口を開いた。
「……そうですねぇ。悪阻は最初の方がかなりきつかったですね。今は大分落ち着いてはいるんですけど……」
記憶をたどりながらセリスがゆったりと話していく。まだまだガールズトークは続いていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます