5.スキルとかRPG好きにはたまらない

 なんの前触れもなく四人の異世界転移者がこの世界へと降り立ってから一月近くがたった。当初は異世界の存在など認めることができなかった彼らも、これだけの時間を過ごせば、否が応にもこの世界が自分達が住んでいた世界ではないことを自覚する。

 彼らが転移してきた場所は禁足地と呼ばれる超危険地帯。ただの学生でしかなかった者達が生きていけるほど甘い土地ではない。だが、それは元の世界から何も変わらずに転移してきた場合に限る。


「うーん……」


 草原が広がる禁足地の一角にある森林地帯。そこに建てられたこの地に似つかわしくない一軒家の側でヘアピンをつけたショートカットの女の子が、青白く光り輝く鉱石を前にして腕を組みながら唸り声を上げていた。


「戻ったわ、紗季さき


 そんな彼女に声をかけたのは、木のかご一杯に山菜や果物を積んだ少女。腰まで伸びた艶のある髪が陽の光を反射してキラキラと煌めいている。


「おかえり、静流しずる! うわぁ! たくさんとってきたね!」


「えぇ。まだまだあったけど、採取しすぎると良くないって康介こうすけに言われたから」


 そう言いながら籠を地面に置くと、静流は適当な切り株に腰を下ろした。


「康介君……本当に博識だよね」


「えぇ、すごく助かってるわ。まさか彼の趣味にこんなところで助けられるなんて思ってもみなかった」


 静流はくすっと楽しげに笑うと、自分が摘んできた果実に手を伸ばす。


「私が食べられるものを集めてこれるのも、雨ざらしならずに済むよう家が建てられたのも康介が色々と教えてくれたおかげよね」


「えーっと……『スキル』だっけ? 私は未だによくわかっていないけど……」


「私もよ。自分が『賢者』のスキルを持っているって言われてもいまいちピンとこないわ。でも、こうやって物を手に取るだけで自然と頭に情報が入ってくるのよね。不思議」


 あらゆる知が凝縮ぎょうしゅくされた『賢者』のスキルを持つ彼女は触れるだけでその物質の鑑定を行うことができた。


「それで? 我らが『創作家』様は難しい顔でミスリルと睨めっこなんかしちゃって、今度は何を作ろうとしているのかしら?」


「え? あ、えっとね。この鉱石、魔力を帯びていてね。これを使えば便利な物ができそうかなーって」


「便利な物?」


「うん……例えば、シャワーみたいなもの?」


「なにそれ!? 本当!?」


「う、うん」


 もの凄い剣幕で詰め寄られた紗季が若干たじろぎながら頷く。この世界に来てからというもの、『賢者』として静流が使う浄化魔法により身体の汚れを落としてきた。だが、事実として清潔な身体になっているとはいえ、温かなお湯で身体を洗いたいというのが人情。特に女性となればその思いは強い。


「……でも、作ったところで何もせず無限にお湯が出てくるなんてことはできないみたい。魔法が使える静流や大和やまと君に魔力を供給してもらわないと」


「そんなのいくらでもやるわよ! 作って紗季! 一生のお願い!」


「わ、わかった」


 静流が両手を合わせ、全力で頭を下げてくる。まさかこれほどまでにお願いされるとは思っていなかった。だが、シャワーを浴びたいのは紗季も一緒。彼女はミスリルを手に乗せると、静かに目をつむった。そして、彼女の持つ『創作家』のスキルを発動させる。

 その瞬間、持っているミスリルの成分が事細かに彼女の頭へ投影された。どのように加工すればいいのか、他にどんな素材が必要なのか、彼女の頭の中に次々と浮かんできた。


「……うん。確か鉄の在庫もあったし、これなら何とか作れそう! 少し時間がかかっちゃうかもしれないけど」


「いくらでも待つわ! それに必要なものがあれば言ってちょうだい! すぐ取りに行くから!!」


「あ、ありがとうね、静流」


 鼻息を荒くする親友を見ながら紗季は引きつった笑みを浮かべる。でも、彼女がこんなに必死になるのも仕方がないこと。女の子はいつでも奇麗でいたいのだ。特に、好きな男の子が側にいるなら尚更。それは自分にも同じことが……。


「静流! 手を貸してくれ!」


 突然、女子二人ののほほんとした雰囲気をぶち壊すような声が響いた。同時に声のした方へと顔を向けた二人の目に飛び込んできたのは、顔立ちの整った男が血まみれになった親友を抱えている姿であった。


「康介君!?」


 変わり果てた姿になった友人を見て、紗季は口元に手を持っていきながら悲鳴に近い声を上げる。一方、静流は先ほどまでの気の抜けた表情から、一気に真剣なものへと変わり、素早く康介の方へと移動した。


「"生命の救済ライフリカバー"」


 康介の身体に優しく手を添え、魔法を唱える。静流の手からあふれ出した白い光が彼の身体を包んでいき、見る見るうちにその傷をふさいでいった。同時に、それまで死人のようだった康介の顔に生気が戻ってくる。


「とりあえず傷の手当はこれで済んだから、後はゆっくり休ませれば良くなるとは思うけど……なんでこんな無茶させたのよ!?」


「悪い……」


 眉を吊り上げ怒声を上げる静流に、大和やまとは素直に謝罪の言葉を述べる。それでも静流の怒りは収まらなかった。一歩間違えれば死んでいたかもしれない事実。いくら多様な魔法が使える静流でも、死者を蘇らせることはできない。


「『バトルマスター』のスキルを持つあなたは戦うことができても康介は違うのよ!? もっと気を配らないと──」


「静流さん……大和を責めないであげて……」


 そんな彼女の言葉を遮ったのは、先程まで生死の境をさまよっていた康介だった。彼は肩を貸してくれていた大和からゆっくり離れると、フラフラになりながらも自分の足で立つ。だが、すぐにバランスを崩した。


「康介君っ!!」


 紗季が慌てて駆け寄り、その身体を支える。


「ありがとう、紗季さん……」


「無理しちゃダメだよ! 傷は塞がっても流れた血が戻ったわけじゃないんだから」


「大丈夫……」


 康介は弱弱しく微笑むと心配そうに自分を見ている大和と静流の方へ顔を向けた。


「……大和の静止を振り切って僕が勝手に魔物の前へ飛び出したんだ。大和は悪くない」


「っ!? だ、だけど……!!」


「僕だけみんなの役に立っていないのが嫌で頑張ろうと思ったんだけど……やっぱり足を引っ張ってばかりだね……異世界に来ても僕は本当にダメな奴だ……」


「康介……」


 大和が悲痛な声を上げる。幼い頃からの親友として、大和は康介が抱える悩みを感じ取っていた。三人のスキルが判明する中、まだ彼のスキルはその片鱗すら見せない。本当にそんなものがあるのかと疑わしいレベルで。

 このまま放置しておけば彼は自分を責め続けることになる、そんな思いで大和は今回、自分の役目である魔物狩りに康介を誘ったのだった。まさか、こんな結果になるとは夢にも思っていなかったが。


「と、とにかく康介をベッドに運びましょう! 大和! 手を貸して!」


「わかった!」


 大和は康介の身体を背中に担ぐと、早足で自分達の家に運んでいく。親友の背に揺られながら朦朧もうろうとする意識の中で、康介はぼんやり考えていた。


 あぁ……力が欲しい、と。

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