4.生命占いで運勢の良い画数の名前をつけても嫁いだら意味なくない?
夕食後、俺達はいつになく真剣な面持ちでリビングのテーブルを取り囲んでいた。俺は両肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せつつ、集まった面々に目を向ける。目をキラキラ輝かせている天使に少し楽し気に笑っている嫁、そして、運動神経ゼロで頭の中がお花畑な給仕だ。
「いや、なんでまだお前がいるんだよ」
「やだなー大臣様。私は妊娠なさっているセリス様の付き人ですよ? お休みになるまではしっかりお世話する義務があります!!」
それっぽいこと言ってんじゃねぇよ。マキの目的が目の前に出されたセリスお手製のデザートだってことはバレバレなんだよ。
「ふふ。いつもありがとうございます。この程度のお礼しかできませんが、よければ召し上がってください」
「いえいえこの程度だなんて! 料理上手のセリス様が作ってくださった極上のスイーツを堪能できるだけで十分です!!」
マキの思惑を察しながらもセリスが笑いながら言うと、幸せそうな顔でマキはビシッと敬礼をした。たくっ……調子のいい奴め。セリスはマキを甘やかしすぎる節があるんだよな。
ちなみに、朝昼晩のご飯はセリスが身重の身体だってことで城で用意してくれるんだけど、当然マキが作ったものではない。つーか、この給仕は料理を作らせれば火事を起こし、洗濯をすれば周囲を水浸しにし、掃除をすれば物を壊すというある意味ハイスペックな無能メイド。どうして魔王が住まう城に雇われたのか謎でしょうがない。
「ちっ……賑やかし担当がいるのが気に入らねぇが、まぁいい」
「賑やかし担当とは失礼な!! みんなのアイドルマキちゃんですよ!?」
抗議の声を上げるマキを完全にシカトし、俺は再度全員の顔を見渡した。そして、ワクワクしているアルカを横目に見ながら厳かに口を開く。
「…………チキチキ!! 第一回!! 子供の名前は何にしようか選手権!!」
「わー!! パチパチ!!」
「盛り上がっていくよー!!」
「……なんですか、選手権って」
俺の声に合わせて嬉しそうに手を叩くアルカとノリノリのマキとは対照的に、セリスは呆れ顔でこっちを見ていた。
「っていうか、第一回ってことはまだ一度も子供の名前について話し合ってないんですか?」
「あぁ。そうだが?」
少し意外そうなマキに、俺はさも当然とばかりに言い放つ。子供が出来たっていう事実だけで舞い上がっちゃってその事をすっかり忘れていたんだよ。臨月を迎えて「あっ、子供の名前決めてねぇ。やべぇよやべぇよ」って、今日シルフ達を助けているときに思ったんだよ。悪いか。
「と、いうわけで……いい名前を思いついた人! 挙手!!」
「はいっ!!」
天井に届きそうなほど勢いよく手を挙げたのは我が最愛の娘。これはどんな名前が飛び出したとしても採用待ったなし。
「では、アルカ君! 発表したまえ!!」
「うーんとね……産まれてくる子はアルカの弟さんか妹さんになるの!!」
「うんうん」
俺は小さく笑いながら相槌を打った。これは自分と似た名前でも考えてきたのかな?
「だから、赤ちゃんのお名前はアルカツーがいいと思います!!」
どんな名前でも採用するといったな? あれは嘘だ。
「ア、アルカツーかぁ……い、いい名前じゃん! ア、アルカの妹か弟だってすぐにわかるね、うん!」
マキが若干顔を引きつらせながら言うと、アルカははにかむように笑った。その顔は
「ア、アルカ? 中々、ユーモアに富んでていいんだけど、ちょこっとアルカに似通いすぎてるかなー? もう少し変化があると嬉しかったりなんかしちゃったりして……」
「えーっと……じゃあ、アルカ二号機っ!!」
すげぇロボ感出たな、おい。
「……ごめんなーアルカ。遠回しに言いすぎて伝わらなかったかなー? 父さんはアルカの方を変えて欲しいんだー」
「アルカの方を? うーん……」
腕を組んで頭を悩ませるアルカ。控えめに言って女神も裸足で逃げ出すレベルの可愛らしさ。そうだよ、正直に言えばわかってくれる子なんだよ。何を俺はバカみたいに悩んでいたんだ。アルカの出してくれた子供の名前で「アルカ」の部分を変えてくれさえすれば「ツー」だの「二号機」だの、訳のわからん言葉がおしりにつくことなんてないんだ。
何かを思いついたのか、アルカの顔にぱぁっと笑顔が咲くと、ポンっと手をついた。よしよし、これでまともな名前が……。
「じゃあ、今日からアルカの名前はアルカ初号機なのっ!!」
アルカの方を変えてってそういう意味じゃねぇよ!! 自分の名前を変えるとかファンタジスタ過ぎんだろ!! ってか、初号機って何っ!? なんでそんな言葉をアルカが知ってんだよ!! しかも、満面の笑みを向けて来てるからコメントしづれぇよ!! くそ……一体どんな顔して答えればいいのかわかんねぇ……。
「……笑えばいいと思いますよ?」
マジでぶっ殺すぞ、マキ。
「とても素敵な名前ですね。アルカらしくていいと思います。それでは候補に入れておきましょう」
「うん! こうほ!!」
セリスが優しく言うと、アルカは満足そうに頷き、前に置いてあるケーキに手を伸ばした。流石はセリス。アルカを褒めつつも、候補とすることで選ばないという選択肢を俺達に与えてくれた。嫁になっても優秀過ぎる。
「じゃあ、次は俺の番だぜ! ちゃんと男の子の場合と女の子の場合を考えてきた!!」
「おっ! 偉いじゃないですかー! まぁ、大臣様の名前にはあまり期待できませんが、とりあえず教えて下さい」
フォークで自分の分のケーキを突っつきながらマキが言った。こいつ……マジで魔法陣叩き込んだろうか。まぁいい。度肝を抜いてやる。
「発表します! ……男の子だったら
「うわぁ……古臭っ……」
マキがドン引きした顔で俺を見てくる。はぁ!? 古臭くねぇだろうが!! これだから無能なメイドは困る!! なぁ、セリス?
そんな感じで目を向けると、セリスは微妙な表情を浮かべていた。
「……確か、ミートタウンの牛に同じような名前をつけていませんでしたっけ?」
「何を言ってんだ!! 牛につけたのは花子で今回は幸子だ!!」
「大して違いがわかりません」
なん……だと……? あまりにもきっぱり言い切られ、意気消沈する俺。
「もぐもぐ……その名前は流石にないですよねぇ……もぐもぐ」
「牛と似た名前というのが……あまり気が乗らないですね」
むしゃむしゃとケーキを食べているマキとセリスから非難の声が上がる。なんだよなんだよ!! 俺が一生懸命考えた名前を否定しやがって!!
「そんなに言うんなら次はセリスが名前出してみろよ!!」
「私ですか?」
「あー! セリス様はセンス良さそうだから是非とも聞きたいですー!」
安心した顔でマキが紅茶の入ったカップを手に取った。確かに……こいつは何でも卒なくこなすパーフェクトウーマン。なんか普通にいい感じの名前を言いそうで腹立つ。
「そうですねぇ……実は私も考えていたんです」
そう言うと、セリスは思いを託すように胸の前に手を持っていきながら目を
「女の子なら可愛らしい感じがいいと思ったので、ドメスティック・ゲイザーという名前を考えました」
「ブーーーーーーーーーーー!!」
その瞬間、マキが盛大に紅茶を吹き出す。
「マキちゃん!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「げほっげほっ!! ……す、すいません……紅茶が変なところに入ってしまったみたいで……!!」
セリスが慌てて声をかけると、マキが口元を拭きながら答えた。いや、真正面に座っていた俺に紅茶が全部かかっているんですが、こっちの心配はしない感じですかそうですか。
ってか、ちょっと待て。俺の聞き違いじゃなかったら、今ドメスティック・ゲイザーとか言ってなかったかこいつ? え? まじ? しかも、女の子の名前?
「えーっと……確認なんだけど、それは女の子の名前でいいんだよな? 男じゃなくて?」
「え? あ、はい。別に男の子でもいいと思うのですが、ちょっと可愛すぎるかなって」
照れたように笑うセリス。おいおい、まじか。可愛いの概念が俺の中で崩壊する。恐る恐る顔を横に向けると、マキが全く同じ顔で俺の事を見ていた。よかった……俺の感覚は間違っていなかったようだ。
「……ちなみに、男の子だったら?」
なるべく無表情で聞いてみる。怖いもの見たさってあるだろ? まさにそれだよ。
「男の子ですか……男の子だったら強い子に育ってもらいたいので、タイガー・ザ・ストロングなんてどうでしょう?」
「わー! 強そう!」
「タイガー・ザ……」
「ストロング……」
無邪気にはしゃぐアルカの脇で、俺とマキが唖然とした声でセリスの出した名前を交互に復唱する。確かに強そうだ……うん。それ以上の感想はない。そんなもの抱いてはいけない。
「……な、なるほどな! じゃ、じゃあ、マキの意見を聞いて第一回は締めにしようか!」
「そ、そうですね!」
アイコンタクトでセリスの名前には触れないことを決めた俺達はさっさと話題を転換する。
「ふっふっふ! 実はあたしも考えてきているんです! とっておきの名前をね!」
「おっ! マキの名前なんて採用するわけないけど、一応聞いてやるよ!」
基本的に何をやってもダメダメなマキが考えた名前なんてたかが知れてるっての。おまけに空気が読めないからなーこいつは。セリスまではいかないにしろ、センスのない名前を出して、呆れることになるんだろうなーおい。
「クロ大臣様とセリス様の名前からあやかってクリスなんてどうですか? 男の子にも女の子にも使えるから、めっちゃいいと思うんですけど!」
……普通にいい名前出してんじゃねぇよ。空気読め。
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