3.妊婦にカフェインと生モノは厳禁
やぁやぁ。魔族が困っていると聞くと、いてもたってもいられなくなってすぐに駆けつけちゃうみんなのヒーロー、クロさんだよ! 実際は魔族じゃなくて人間だけど、心は魔族! 同じ種族のピンチを救うことが僕の生きがいなんだ!
なわけねぇだろうが。そんな殊勝な男じゃねぇんだよ、俺は。
いや、魔族が大事だっていうのは間違ってねぇよ? だから、あいつらが困ってたら助けに行くってのは別にいいんだよ……本当に困ってたらな? 魔物退治に材料収集、運搬係に暇つぶしの相手まで幅広くこなしてるからね? あいつらは俺を便利屋か何かと勘違いしてるだろ、まじで。
本当はそんなの鼻くそほじってシカトしてやりたいところなんだけどさ、そういうわけにもいかねぇんだわ。……こいつのせいでな。
俺は元凶であるショタ顔魔王様に不機嫌な顔を向ける。
「ノルマはちゃんとこなしたぞ。これでもうあがっていいだろ?」
「今日も仕事が早いねぇー! 流石は何でも大臣!」
「ふざけんな。俺は外交大臣だ」
俺が睨みつけてもフェルはニコニコと笑うばかり。暖簾に腕押し、
魔族外交大臣。人間との交渉事や話し合いの場を任された役職。魔族領に七つある大臣職の一つ。人間である俺にはピッタリな役回りってわけだ。そんな立派な仕事をしておきながら、なんで『何でも大臣』なんて呼ばれるようになったのか。
まぁ、別に大した理由があったわけじゃない。ぶっちゃけ人間と交渉することなんてそんなにないんだよ。それこそ月に一回、多くて一週間に一回くらい。当然、俺の仕事も全然ないってことになる。それを我らが魔王様がお許しになるはずもなかった。
『クロには外交の仕事以外に、他の魔族をサポートする仕事もやってもらおう!』
まさに鶴の一声ってやつだ。具体的には他の大臣が困ってるときに、俺が手助けするって感じ。それだけ聞けば大したことがなさそうだけど、それは普通の大臣が相手の場合だ。
まぁでも、わざわざ街を訪れでもしない限り、面倒な仕事を押し付けられることもないだろう、って高をくくってたんだけどさ。魔法大臣であるあの厨二病患者が厄介な魔道具を作りやがってよ……。
「随分と引っ張りだこみたいじゃない?」
「……こいつのせいだろうが」
これ以上ないくらい顔を
こいつの効果は簡単に言っちまうと、クロ呼び出し魔道具だ。各街の大臣達だけが持っているスイッチを押すと、俺が今手に持ってるこの魔道具が音を鳴らしながら光り輝くのさ。その光の色で誰が俺を呼んでいるのか判断して、そいつの所に俺が行くって流れになったんだ。それがまじで厄介。
最初の頃はひっきりなしに鳴りやがってよ。まぁ、仕事だからって仕方なく行ってみたらこれが酷いのなんのって……。
ピエールは「神命が下った。今こそ貴殿に終焉を聞かせる」とか何とかわけのわからん事言って、新しく思いついた糞みたいな魔道具の効果をベラベラ話してきたし、ライガは「身体がなまるから相手をしろ」ってダル絡みしてきたし、ギーに至っては「机に肘ついたら間違って押しちまったわ、わりぃ」って笑ってやがった。あん時はリアルに殺意湧いたわ。
流石にやってらんねぇってなって回数に制限を設けてやっとこさ落ちついて来たってわけだ。まぁでも、結局呼ばれても雑用じみた事をやらされているだけなんだけどな。
「……とりあえず、やることはやったんだ。家に帰っても誰も文句は言わねぇよな?」
「そうだね。ちゃんと僕の所にも報告に来たし……うん! お疲れ様!」
フェルの言葉を聞いて思わず口角が上がる。早く家に帰れることが嬉しいんだからしょうがない。そんな俺を見て、フェルは優しげな笑みを浮かべた。
「よっぽど心配なんだね」
「……うるせぇ」
俺が一刻も早く家に帰りたい理由をこいつは知っているからすげぇ気恥ずかしい。でも、今は恥ずかしさなんかよりも重要なことがある。
「つーわけで緊急時以外呼ぶんじゃねぇぞ? 緊急時でも呼ぶんじゃねぇぞ?」
「はいはい。ちゃんと面倒見てあげるんだよ?」
「わーってるよ」
渋い表情になりながら、素早く転移の魔法陣を組み上げる。俺の住んでいる場所はここ魔王城の中庭にあるんだから歩いて向かえばいいんだけど、今は一分一秒が惜しい。すぐにでも家に帰りたいんだよ、俺は。
転移魔法を発動させ、フェルの私室からオンボロ小屋の前までやって来た俺は間髪入れずに家の扉を開ける。
「あっ! パパだ! おかえりなさい!!」
それと同時にリビングにいたアルカが俺の胸へと飛び込んできた。俺は頬を緩めながら、天使の身体を優しく包み込む。
「アルカ、ただいま。いい子にしてたか?」
「うん!」
満面の笑みを向けている愛娘を見ていると、俺も自然と笑顔になってしまうから不思議だ。急いで家に帰ってきた理由はアルカに会うためではないが、そんな事は関係ない。アルカとのスキンシップは全てにおいて優先されるのだ! ……いや、前までは自信を持ってそう言えたけど、もしかしたらそれと同等に優先されることが、これから先もたらされるかもしれない。
「──おかえりなさい」
そう。こいつの手によって。
俺は優しくアルカを地面におろし、声のした方へゆっくりと歩いていく。そして、ソファに座って柔和な笑みを浮かべている自分の妻の大きくなったお腹にそっと手を置いた。
「ただいま、セリス。……無理してないか?」
「はい。少しでも動こうとするとアルカに怒られてしまうので、こうして静かに本を読んでいました」
「ママはジッとしてないとダメなの!」
俺の隣に来たアルカがぷくっと頬を少し膨らませると、すぐに笑顔になってセリスのお腹をさする。
「ママにはアルカの弟さんか妹さんを元気に産んでもらうの! 動いたりしたら絶対ダメ!」
「そうだな。アルカの言う通りだ」
「ふふ……わかりました。二人ともありがとうございます」
僅かに頬を染め上げながら、嬉しそうにはにかむセリス。俺はアルカの頭を撫でながら、そんなセリスに笑いかけた。
セリスのお腹に新たな命が宿ってから十ヶ月、そろそろ俺の大事なものがまた一つ増えそうだ。
俺は今ここにある大事なものを見ながら、そんな事を考えていた。
「…………あのぉ、
……なんか変な声が聞こえたような気がしたけど、気のせいだろう。家に入った時に台所で洗い物をしている何かが見えたような気がしたけど、見間違いに違いない。なんたってここは俺の家だ。部外者など、ましてや家事が苦手でどんくさい
それにこの空気を考えてみろ? 俺とセリスとアルカ。三人の微笑ましくも温かいやり取りで奇麗に話がまとま……。
「あーぁ。なんか三人の幸せっぷりを見てると、本当寂しくなってきますよ。あたしも恋人が欲しいよー!! あっ! 大臣様、誰か紹介してくださいよー! なんかいいように使われて色々な街に行ってるじゃないですかー! 一人くらいマキちゃんにぴったりな男の人いるでしょー? お金持ちで、優しくて、ハンサムな魔族! 大臣様と違って自然と女性に気遣いとかできてー、おしゃれなレストランとか連れてってくれてー、そのまま高級な宿に二人で……きゃー! そんなことされたら断れなくなっちゃう! どうしよう!」
まじで、空気読めって。
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