2.「パシリ」と「何でも屋」は紙一重

 精霊族が住まうフローラルツリー、その周辺の森で四人のシルフの少女が未曽有みぞうの危機に陥っていた。

 薬の調合を生業なりわいとする彼女達にとって薬草は必要不可欠であり、その在庫が尽きれば何もできなくなってしまうといっても過言ではない。そうなった場合、普段であれば狩猟・採集要員である獣人族に至急依頼するのであるが、今回無くなった薬草は比較的街に近いところで群生するため、自分達の手で採りに行こうという話になったのだ。その結果が今の状況を招いてしまった。

 シルフ達は瓜二つ……いや、瓜四つの顔を一様に強張らせ、四人で背中合わせになりながら周りを見る。そこは大きな豚鼻から荒い息をフシューフシューと出している豚のような魔物達で埋め尽くされていた。


「ど、どうしよう……!!」


 四つ子の長女であるララが妹達を庇うように腕を回しながら、それでも心底怯え切った声を上げる。その隣にいたリリが摘み取った薬草をギュッと身体に抱いた。


「まさか……ピギーバンキーの住処だったなんて……」


「お肉で出てきたら食べてやるのに、生きてるピギーなんて相手に出来るわけないよ……」


 いつもは能天気にしゃべるルルも、自分達を取り囲むピギーバンキー達を見て弱気な声を上げる。


「くっ!! 武士道とは死ぬことと見つけたり!! ……でござる」


 末っ子の蓮十郎は腰に差していたペーパーナイフ大の刀を取り出し、震える手で構えた。だが、そんな虚勢はピギーバンキー達に通用しない。全く怯む様子もなく、ジリジリとシルフ達との距離を詰めていく。

 ここで一つ確認しておこう。ピギーバンキーという魔物は出会ったら最後、ドラゴンやベヒーモスに匹敵する超危険生物……なんてことはもちろんない。普通の豚よりも小柄な体型、気性は荒いが鋭い爪も尖った牙も持ち合わせていない。人間が脅威に感じることはほとんどなく、畑を荒らすピギーバンキーを農家が持っているくわでため息交じりに退治できるほどである。

 そんな、冒険者ギルドの依頼にも上がらない弱い魔物であっても、戦い方を知らないシルフ達が同じとは言えない。そもそも人間にとっては小型の魔物だとしても、手のひらサイズの彼女達には別だ。自分達よりも大きい魔物を前にすれば、恐怖におののくのも無理はないだろう。


「い、一か八か逃げてみる……?」


「駄目です……足が竦んでいう事をききません……」


「うちも怖くて動けないよー……」


「恥ずかしながら、それがしも金縛りを受けてしまったようでござる」


「ははは……実は僕もなんだよね……」


 ララが乾いた笑みを浮かべる。そんな話をしている間にもピギーバンキー達は近づいてきていた。より一層身を寄せ合う四つ子達。自分達に害をなす魔物はもう目前まで迫ってきている。もはや打つ手などない。自分達の運命を悟りつつ、それでも現実を直視できない小さな風の精霊達は固くその目を閉じた。


「──"直火叉焼フルレンジバースト"」


 四つ子の耳に魔法の詠唱が飛び込んでくる。次の瞬間には激しい熱風に身体は包まれ、何かが焼けたような香ばしいにおいが鼻腔を貫いた。ララは恐る恐る目を開けてみる。その目に飛び込んでたのは文字通りの火の海だった。


「……ちっ。豚の魔物だったから思わず焼いちまったわ。今後、森の中での魔法は考えて撃たねぇと二度手間になっちまうな」


 そう言いながらこんな状況にしでかした張本人は、いつものように面倒くさげな面持ちで魔法陣を組成し、水属性魔法を無詠唱で発動する。呆気に取られた様子で火が鎮火していくのを見ていた四つ子は、我に返ると仏頂面で放水作業をしている黒コートの男に飛びついた。


「うおっ!? な、なんだ!?」


「うわぁぁぁぁん!! 怖かったよぉぉぉ!!」


「流石は私のクロ様……また惚れ直してしまいました……!!」


「クロ大臣やるー!!」


「拙者、一生クロ殿について行くでござる!!」


 思い思いの言葉と共に身体に引っ付いてくるシルフ達にクロは顔を顰める。


「えぇい! 鬱陶しいわ!!」


 乱暴な口調で言いながら無理やりシルフ達を吹き飛ばす……と思いきや、強い言葉の調子とは裏腹に、クロは一人ずつ優しく引きはがしていった。三人は割とすんなりはがせたのだが、リリだけは吸盤でくっ付いているのではないか、と疑いたくなるほどに取れる気配がなかった。必死に身体を引っ張り、やっとの思いでリリと離れ、消火作業も終えたクロが四つ子に向き直る。


「とりあえず怪我はないか?」


「ないよ! クロ大臣のおかげで命拾いしちゃったよ! 本当にありがとうございました!!」


 ララの言葉に合わせて、四つ子が同時に頭を下げた。クロは気恥ずかしさを誤魔化すように頭をポリポリと掻く。


「……礼ならお前らのボスに言えって。俺に様子を見にいって欲しいって依頼したのはフレデリカなんだからな」


「えっ? ……そっか。どうりでタイミングがいいと思ったけど、フレデリカ様がクロ大臣を派遣してくれたのか」


「そういう事だ。まぁ、間に合ってよかったよ」


 クロはそう言いながら周りを見渡した。こんがり焼けたピギーバンキー達はものの見事にローストポークと化していた。


「……つーかさ、お前ら羽もあるし、転移魔法も使えるんだからさっさと逃げろよ」


「そんなの無理だよ! ねー!?」


 クロが呆れたように言うと、ララは必死の形相で妹達に目を向ける。


「怖くて魔法陣なんてとてもとても……」


「魔物を前にすると羽があること忘れちゃうんだよねー!」


「逃げて汚名を着せられるぐらいならば、戦って死を選ぶのでござる!」


「……そうですか」


 クロは盛大にため息を吐きつつ、諦め顔で肩を竦めた。


「で? 薬草は集められたのか?」


「もうばっちり! これでしばらくは困らなくてすむよ!」


「そうか。じゃあ、俺はもう行くぞ」


 会話の途中で転移魔法陣を組み始めたクロに、四つ子達が慌てて声をかける。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 助けてもらったお礼もまだしてないし!」


「そうですよ! 家に寄ってってください! お背中流しますから!」


「また襲われたらどうすんのー!?」


「拙者に修行をつけてくれる約束はどうなったでござるか!?」


「お礼はいらんし、一緒にお風呂も入らん。襲われる前にさっさと帰れ。そんな約束しとらん」


 有無を言わさない調子でクロはテキパキ答えていった。思わず口を噤んだシルフ達に軽く笑いかける。


「悪いな。今はちょっと忙しいんだ。また時間ができたら顔出すよ。じゃあな」


 少し早口でそう告げると、クロはそそくさと転移魔法でこの場を後にした。


 ところ変わって、デリシアのベジタブルタウン。広大な農地で作られる作物により、魔族領の食生活を支えているこの地は、特に魔物から狙われることが多い。魔族を兵糧攻めにしようというわけではもちろんなく、単純に新鮮な野菜が目的で群がってくるのだ。

 今日も作物を狙う不届き者が襲撃してきたため、農作業を任されているゴブリン達はてんやわんやの様子であった。魔人族の中でも戦闘能力が低いとされるゴブリンでは、いくら魔法陣を習得したからと言って限界がある。自分達の力量を遥かに超える強大な敵を前にした彼らには助けを呼ぶほかに手段が──。


「"水蒸気爆発スチームエクスプロージョン"」


 転移魔法によりやってきたクロは魔物を爆散させ、唖然としているゴブリン達に構うことなく、何も言わずにとっとと帰っていった。


 次なる場所は獣人族の狩場。生産に必要な素材を集めることが仕事である彼らは──。


「"全てを打ち消す重力グラヴィティバニッシュ"」


 ……常闇を好むヴァンパイヤ族の──。


「"七つの大罪セブンブリッジ"」


 ………………はい。


 魔族のピンチに颯爽と現れ、素早く対処していく黒コートに身を包んだ者の名はクロムウェル・シューマン。

 悪魔族の美女を妻に娶り、魔族の少女を養子に迎えた男。魔族領に居を構えており、人間との交渉を任されている魔族の外交大臣。

 だが、魔族の者達は彼を外交大臣とは呼ばない。どんな苦境であろうと自分達を助けてくれる彼の事を敬意と親愛の念を込めて『パシr……何でも大臣』と呼んでいる。そのことを知らない彼は今日も魔族の抱える問題をスピード解決していくのであった。


 パシリクロが脇目も振らず迅速に仕事を終わらせるのは、一秒でも早くあのオンボロ小屋に帰りたいがためだった。その理由を知らない魔族は誰一人としていない。そのため、そわそわしながら帰っていくクロの背中を、魔族達はいつも生暖かい目で見つめているのであった。

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