俺がまた一つ宝物を手にするまで

1.立ち入り禁止と言われると何となく立ち入ってみたくなるのが人の業

 人間界にはその立ち入りを禁じられた未開の地が存在する。


 緩い起伏が連なり、永遠と草原が続いている。軽やかな風が大地を撫で、そこに根付く草を踊らせていた。日の光を目一杯浴びた丘は気持ちよさそうに大きく伸びをしている。まさにピクニックには持って来いの場所といっても差支えないほどに、のどかな風景が広がっていた。


 禁足地。それは決して足を踏み入れてはいけない場所。


 こんなにも心穏やかな場所がどうしてそのように呼ばれているのか。神がおわす地、というわけでは断じてない。


 いるのは魔物。それも、超がつくほどに危険な生物達。


 キングベヒーモス、ケロべロス、グリフォン、ユニコーン……幻獣とも呼ばれている彼等が日夜、自分達の領土を守るため争い続けている試練の地。一般人はおろか、屈強な冒険者でもこの場に逗留するのは至難の業だった。


 そんな、よほどの物好きでも近寄ろうとしない禁則地に、四人の男女の姿があった。どこからやって来たのかもわからない。まるで、地面から生えてきたかのように忽然とその場に現れた。だが、その表情を見る限りどうやら本人達もどうやってここへ来たのかわかっていないようだ。四人が四人、目の前に広がる景色を見て呆然と立ち尽くしている。


「……なんだよ、これ……」


 顔立ちが整っている男がぽつりと声を漏らした。誰かに問いかける、というよりも思っていることがそのまま口から出てしまった、というようだった。その言葉を聞いたロングストレートの美少女が不安そうな顔で、その男に視線を向ける。


大和やまと……ここはどこなの?」


「わからねぇ……俺達は今の今まで学校にいたはずだ」


 そう言いながら大和と呼ばれた男が振り返る。そこには先程声をかけてきた少女の他に、少し小柄でショートヘアに可愛らしいヘアピンをつけている少女と眼鏡をかけた地味目な少年の姿があった。


「ここにいるのは静流しずる紗季さき、それに康介こうすけか……」


「え? え? ちょっと、どうなってるの? 本当に訳が分からないんだけど!」


 今置かれている状況にまったく頭が追いついていなかったのがようやく働き始めたのか、短髪の少女があわあわと周りを見渡す。


「紗季、とりあえず落ち着け。こういう時は慌てるのが一番やばい」


「あっ……うん……ごめん」


 大和に窘められ、申し訳なさそうに紗季が肩を落とす。その隣にいた静流がポケットから四角い何かを取り出し、ため息を吐いた。


「だめね……スマホも圏外だわ。どう見ても電波が通っているようには見えないか」


「そうなると人がいる所まで徒歩で行かなきゃならねぇか」


「人がいる所までって大和君……こんな場所に人なんているの?」


 紗季がおずおずと大和に尋ねかけた。彼女の言う通り、見渡す限り草原が広がっている。人の気配どころか、人工物すら見当たらない。


「そうは言ってもここにボケっと突っ立てるわけにはいかないだろ? なんでこんな所に来ちまったかわからないけど、ここが地球である限り」


「地球じゃないかもしれないよ?」


 それまで一言も発しなかった眼鏡の少年がそっと口を開いた。三人の視線がその男に集中する。


「これはきっと異世界転移だよ。僕達は異世界に来てしまったんだ」


「……何言ってんだ、康介」


「だってそうでしょ? こんな景色、地球で見たことある? そもそも学校にいた僕達が突然こんな場所にいること自体おかしいんだ。何かの力が働いて転移してきたとしか思えない」


「……やめろ」


「僕達は選ばれた勇者なんだ。おそらくこの世界になんらかの脅威が迫っていて、僕達はそれを救わなくちゃ」


「やめろ!!」


 怒声を上げながら大和が康介の胸ぐらをつかんで手繰り寄せた。


「混乱させるようなこと言うなよ! みんなパニック状態なんだぞ!? お前の意味の分からない話を聞いてたら、こっちがどうにかなっちまいそうなんだよ!!」


「っ!? 意味の分からない事なんかじゃない!! 僕は冷静に状況を分析しながら可能性を示唆しただけだ!!」


「それがさっきの話か? ふざけんな!! お前がいつも見ているような漫画やアニメの世界じゃないんだぞ!?」


「二人ともやめて!!」


「そうだよ! 大和君も康介君も落ち着いて!!」


 静流と紗季が二人の間に割って入る。大和は康介の胸ぐらから手を離すと、バツが悪そうに頬を掻いた。


「……悪い、康介。気が立ってた」


「いや、いいんだ。僕も突拍子のないことを言いすぎたね。ごめん」


「お前が謝る事ねーよ。親友の言葉に耳を傾けられなくなってた俺が悪いんだ」


 そう言うと、大和は思いっきり自分の頬を両手で叩きつける。


「……俺はまだここが地球だと思ってる。だけど、康介の言葉を否定する証拠もない。だから、ここが地球でも異世界でもいいように行動しよう」


 大和は三人の顔を見ながらゆっくりと息を吐き出し、康介にニヤリと笑いかけた。


「異世界転移ってのがよくわからないからな。ちゃんと俺達に分かるように教えてくれよな、先生」


「ま、まかせてよ!」


 元気よく返事をした康介に大和が拳を向ける。一瞬、ポカンとした表情を浮かべた康介であったが、慌ててそれに自分の拳をぶつけた。


「よっしゃ! そうと決まれば早速」


「大和! あ、あれ!!」


 康介から教えを乞おうとした矢先、静流に肩をバシバシと叩かれ、大和は面倒くさそうに彼女の指さす方へと視線を向ける。そこには見たこともない生物が数匹、猛然とこちらに駆け寄ってくる姿があった。


「やばい!! 逃げろ!!」


「や、やっぱりここは異世界だぁぁぁぁ!!」


「きゃぁぁぁぁ!!」


「こっち来ないでぇぇぇぇぇ!!」


 悲鳴を上げながら全力で走り出す。そんな中、康介だけは少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。


 突如としてこの世界にやって来た四人の異世界人。これからどんな未来が待ち受けているのか、彼らは知る由もなかった。

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