縁がなさ過ぎて3月14日が何の日かすっかり忘れていたけど、私は元気です

 物事には対応関係というものがつきものだと思うんだ。うん。


 太陽には月、夏には冬、男には女……正反対だったり、時には相当するものであったりするけど、それでも「何か」の事象にはまた別の「何か」が関連付けられていることが多い。


 さて、どうして急にこんな真面目な話をしているのかと言うと、俺はいま猛烈に悩んでいる事があるからにほかならない。


 バレンタインデー……女性が男性へと日頃の感謝や真心を込めて贈り物をする日。もっぱらチョコレートを贈ることが多いのだが、贈られた側が喜ぶものであれば別に問題ない。贈り物と共に自分の秘めたる思いをぶつけ、恋人関係になった人達も少なくない。

 そんな女性にとって一大イベントであるバレンタインデーにも、当然対応関係にあるイベントが存在する。そう、それこそが俺を悩ませる原因……全ての男を「お返し」という名のラビリンスに迷い込ませる悪しき風習……!!


「……なぁ? 俺にはお前の意味の分からない演説を聞いてる暇なんかないんだけど?」


 ギーが仕事机越しに呆れた顔で俺を見てきた。いやいやいや……話っていうのは順序が大事なんだよ、順序が。起承転結がしっかりしてないと要点が見えてこないし、それだと俺がここに来た理由がお前に伝わらないだろ? しっかりと俺の考えを把握してもらった上でギーには俺の相談に……。


「要するにあれだろ? ホワイトデーに何を返したらいいかわかんないって話だろ?」


 ……まぁ、端的に言ったらそうです。


 俺が口籠りながら近くにあった椅子に座ると、ギーはこれ見よがしにため息を吐いた。すげぇむかつく。すげぇむかつくんだけど、俺の知り合いで経験が一番豊富なのはこの緑の化け物なんだ。他の候補は脳筋に厨二に口下手……いや、ボーウィッドには相談してみたんだけどさ。心が籠っていれば何でも嬉しい、なんてカッコいいけど身もふたもないこと言われちまったからよ。仕方ないからこいつの所まで来たってわけだ。


「お前さぁ……かなりの数、チョコレートもらったんだろ? それなのにお返しで悩みまくってたらホワイトデーが終わっちまうぞ? つーか、当日に悩むことじゃねぇよ」


「うるせぇなぁ、わかってるよ。何も全員のお返しについて悩んでるわけじゃねぇんだ」


「へぇ? そうなのか?」


 ギーが仕事用の眼鏡をはずしながら、俺に好奇の目を向けてくる。当たり前だろうが。ちゃんと普通のチョコ……なんか、一部にはプロテインや精力剤が入っていた気がするが……には普通のお返しをしたっつーの。それこそ一週間くらいかけてゴブ衛門に教わりながらクッキー作ってやったよ。まぁ、プロには程遠いが、それなりに食べれるもんが作れたし、渡したみんなは喜んでくれたから、それに関しては満足してるんだ。普通のチョコをくれた人は、ね……。


「俺が悩んでるのは、チョコじゃないモノをくれた奴には何を返したらわかんないってことだよ」


「なに? そんな奴がいるのか?」


 少しだけ驚いた顔でギーが身を乗り出してくる。


「いるんだよ……ちょっと特殊な贈り物をしてきた女がさ」


「ほぉ……それはマリアか? それともフレデリカか?」


「セリスだ」


「……セリスが?」


 ギーがいぶかしげな表情を俺に向けてきた。うん、その気持ちわかるぞ。セリスみたいな女は変化球で勝負してこないって普通なら思うよな。俺もそう思ってた。


「セリスが特殊な贈り物をねぇ……で? 何をもらったんだ?」


「それは……ョ…………たじ……んだ」


「あぁ? 聞こえねぇよ」


「だから! チョコ……コー……グした……しんだ」


「いやいや、もごもご言っても聞きとれねぇって。別に恥ずかしいことでもないだろうが。はっきり言えって」


 立ち上がって限界までこちらに耳を寄せてきたギーを見て、俺は観念した様に口を開く。


「……チョコを全身にコーティングした自分自身だ」


「ブッ!!」


 俺の言葉を聞いたギーが目の前で盛大に吹き出した。ふざけんな。めちゃくちゃ唾が飛んできたじゃねぇか。くそが。


 ギーは深く椅子に腰をかけながら、自分の顎を撫でる。


「あのお堅くて初心うぶなセリスがねぇ……酒でも飲んでたのか?」


「いや……バレンタインの知識があんまりなかったから、街の奴から色々と教えてもらったらしい」


「…………納得」


 ギーが苦笑いを浮かべながら机に肘をついた。セリスが話を聞きに行ったのは自分が住んでいたチャーミルの街。人間との交易を行っている所ではあるが、メインは欲望を満たし快楽を与える……ようは大人のお店がたくさんある街なんだよ。そんなところにバレンタインの知識を求めたら、全身チョコまみれになっても別におかしくはないってことだ。


「それで悩んでるのか」


「あぁ……釣り合うお返しが全く思いつかねぇ」


 いや、実は一つだけ案はある。だけど、それをすれば人間としての尊厳をすべて失うことになるのは間違いない。


「……やめとけ。チョコにまみれたお前の姿なんか誰も見たくねぇよ」


「失敬な! 俺は水飴に飛び込むつもりだったんだよ!」


 ホワイトデーのお返しはクッキーか飴が定石だろうが! クッキーに包まれるのは無理だから、水飴でやるんだよ!!


「まぁ、落ち着けクロ。やられたことを少し変えただけでやり返すなんて芸がねーだろ?」


 むっ……確かに一理ある。オリジナリティが足りない。


「セリスが好きな事ってなんだよ?」


「好きな事?」


「あるだろ? 動物とか花とかよ」


 うーん……急にそんなこと言われても……。今いるデリシアの街の一つであるミートタウンに行ったときに動物とたわむれるセリスは見たが、特別好きって感じはしなかったな。フレデリカに頼まれて染色用の花を集めている時も普通だったし……あいつが喜ぶのってどんな時だろう?


「…………あ」


「思いついたのか?」


「そういや、セリスは奇麗な景色を見るのが好きだな」


 夕日に染まる風景や満天の星がきらめく夜空。そういうのを見る時、いつも子供みたいに目を輝かせていたっけか。


「なら話は早い。いいか?」


 そう切り出すと、ギーはベラベラと話し始めた。俺は一言一句聞き漏らさないように、時にはメモを取りながらその言葉を脳に刻み込む。……なるほど、確かにこれは中々に良さそうだ。流石はギー。パンツ一丁の変態野郎だが、こういう時は本当に頼りになる奴だぜ!



 夕食後、アルカとお風呂に入った俺はしばらく二人でじゃれ合っていたが、もうおねむの時間だったので、アルカをベッドに寝かし、リビングへと戻ってきた。そんな俺にセリスが温かいお茶を入れてくれる。


「何か甘いものでもつまみますか?」


「い、いや! だ、大丈夫だ!」


「……? そうですか……」


 挙動不審になりながら答えた俺に首を傾げながら、セリスは自分の入れたお茶を静かにすすった。落ち着け、俺……別に緊張することなんてないだろ? 何度もリハーサルしたはずだ。絶対に上手くいく。


「セ、セリス!」


「はい?」


 若干声が上擦っちまった。いや、まだ誤差の範囲だ。ここで用意した台詞をゆっくり言えばいい。


「外、二人、行きませんか?」


 ぎこちない笑みとぎこちない動作でセリスを外に誘う。って、カタコトォォォォォ!! そして、敬語ぉぉぉぉぉぉ!! セリスがめちゃくちゃ怪訝けげんな顔でこっちを見てんじゃねぇか!!


「……なにか企んでいますか?」


 セリスがジッと俺の目を見つめてくる。や、やめろ!! こいつは俺の頭の中を読むことができるエスパー嫁なのだ!! このタイミングで読まれたら計画が台無しになっちまう!!


「と、とりあえず一緒に来てくれ!!」


「え? ちょ、ちょっと……!!」


 突然腕を掴まれ目を白黒させているセリスを無視して、俺は転移魔法を発動した。


 やって来たのは魔族領でも三本の指に入る高さの山の上。山の名前は忘れた。

 こここそ、ギーに教わった、見上げればすぐ側にある様に空が目に映り、眼下には素晴らしい景色が広がる屈指の絶景ポイント! 数多の女をものにしてきたトロールが連れて来れば絶対に女が落ちると断言していた! そんな場所に、俺はセリスと二人で来たってわけだ! 確かにここなら星を間近に見れて、息を呑むような景色を一望することができるだろう!!


…………そのぉ……お日様の光があって、空が曇ってさえいなければ。


「えーっと……クロ様? ここはどこですか? 暗くて何も見えないんですが」


 そうなんです。びっくりするくらい暗いんです。月が隠されているせいもあって、隣にいるセリスの顔すらぼんやりとしか見えないんです。ちゃんと天気を調べておけよ俺ぇぇぇぇぇぇぇ!!


 がっくりと肩を落とす俺を見て、セリスはクスッと笑った。


「……ここから素敵な景色を見せてくれようとしたのですか?」


 思わずバッと顔を上げてセリスの顔を見る。はっきりとは見えないが、柔和な笑みを浮かべているようだった。はぁ……思いっきり失敗しちまったし、隠す必要もねぇか。


「……ホワイトデーのお返しでさ、セリスに奇麗な景色を見せてやりたかったんだよ。そういうの好きだろ?」


「……そういう事だったのですね。どうりで、帰って来てからずっとソワソワしていたわけです」


 そうだよ。今頃、セリスは感動して泣いてる想定だったんだよ。それを早く見たくて、ソワソワうずうずしてたんだよ。くそが。


 意気消沈する俺の胸に、後ろに手を組みながらセリスがコツンっと頭を当てた。


「その気持ちだけで十分ですよ。ありがとうございます」


 セリスの温かい声が俺の身体を包み込む。くぅ……セリスの優しさが身に染みるぜ。なのに、俺と来たら全然ダメダメじゃねぇか。愛する女のために躍起やっきになって、してやった事が真っ暗な未開の地にご案内ってか? 情けないにもほどがあるっつーの。所詮しょせん俺は魔法陣しか取り柄のない……。


 ……………………魔法陣?


 いいアイデアを閃いた俺はセリスの肩を掴み、百八十度反転させる。そして、その華奢きゃしゃな身体を後ろから抱きしめた。


「ク、クロ様?」


「じっとしてろ」


 突然の事に戸惑いを隠せないセリスに言い放つと、俺は魔法陣を組成した。作り上げる属性は火と地。それを重力属性魔法により重ね合わせ、厚い雲が張られた空へとつ。


「“夜空を駆ける星シューティングスター”」


「…………!!」


 俺の魔法陣から放たれた無数の小さな岩石は炎を纏い、暗い夜空へ飛び出していった。それはまるで流れ星のように黒いキャンバスに光の軌跡を描いていく。


「……それと、これもあるんだ」


 咳ばらいを混ぜながら、呆けたように見惚れていたセリスに声をかけた。ギーに言われたんだ。景色を見せるだけじゃ、お返ししたことにはならねぇって。

 俺はセリスをこちらに向かせると、その耳にクレセントムーンのイヤリングをつける。こいつを買いにアーティクルまで行ってきたからな。あのお姉の店員のお墨付きをもらった逸品だ。


「クロ様……」


「あ、あれだ! 女性の好みとかよくわからなかったからさ! あんまり気に入らねぇかもしれないけど、結構悩んで選んだやつだから……」


 俺の言葉は途中でセリスの唇にさえぎられた。少しだけ背伸びをしているその身体を、俺は優しく抱き寄せる。ゆっくりと唇を離したセリスは、目を潤ませながら優しく微笑んだ。


「……一生大切にします」


「……あぁ、そうしてくれると嬉しいな」


 その一言だけでセリスがどれだけ喜んでくれたのかわかる。俺は充足感に満たされながら、セリスと一緒にこの幻想的な流星をずっと静かに眺めていた。

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