季節ものとか思い付きのSS置き場
2月14日に嬉々としてチョコレートをもらったか聞いてくる奴は右ストレートでぶっとばす
目を覚ますと、朝の陽ざしが俺の顔を照らしていた。ゆっくりと身体を起こし、隣に目をやる。どうやらセリスは先に起きているようだ。まったくもって頭が下がる。結婚してからというのも、俺が先に起きたことなんて一度もない。本当によくできた妻だ。自分には本当にもったいない。
俺はふっ、とニヒルに笑いながらベッドから降り、リビングへと向かう。セリスの姿は見当たらないが、洗濯でもしているのだろう。俺は気にせず浴室へと入っていった。
カランを回し、魔道具シャワーからお湯を出す。身だしなみは大切だ。人に会う時、ファーストインプレッションはどうしても視覚情報になってしまう。その際、身なりを良くしている方が好印象を与えることができるのは言うまでもない。『外交大臣』という職に就いている俺には尚更大切なファクターとなってくる。
しっかりと汚れを落とし、浴室から上がった俺は丁寧に歯を磨く。口はコミュニケーションの玄関だ。間違っても汚い状態でいるわけにはいかない。口臭などもってのほかだ。
ミントの匂いに満足しながら、空間魔法によりいつもの黒コートを取り出す。昨夜のうちにしっかりと皴を伸ばしておいたそれは、新品同様の奇麗さだった。よし、これで完璧だ。
俺は期待と僅かな緊張を胸に抱きつつ、浴室を後にし、リビングのテーブルに足を運ぶ。そこには美味しそうな朝食と、一枚の紙が置かれていた。
『今日は友人と会う予定があるので、朝食はアルカと二人で食べてください』
……うぉぉぉぉぃ!! なんで今日に限っていねぇんだよ!! せっかく朝シャンまでしておめかしたっていうのによ!? 普段だったら面倒くせぇから適当に歯を磨いて顔洗ってしまいだわ!! どうせ会うのはバカばっかりなんだから身なりなんてどうだっていいんだよ!!
語り口も頑張ってカッコよくしたのに全部無駄だったじゃねぇか!! ニヒルに笑うってなに!? やり方わからねぇから頬をヒクつかせただけだぞ!? 朝食はありがたいけどチョコくれよ!! チョコ!!
「…………パパ?」
両手で頭を抱えて
「あぁ、アルカおはよう」
「お、おはよう! ……は、はい! これ!」
少しだけ声を上擦らせながら差し出したのは奇麗に包装された小さな箱。俺は震える手でそれを受け取る。
「ま、まさかこれは……!?」
「チョコレートだよ!! マキちゃんに教わりながらパパのために一生懸命作ったの!!」
えへへ、とはにかむ天使を俺は目一杯抱きしめた。
そう、今日はバレンタインデー。女性が日頃の感謝や秘めたる思いをチョコレートにのせ男性に送る日。男によっては虫歯を心配する日であり、公開処刑の日でもある。ちなみに俺は後者の口だった。
だが、今年は違う! なんたって俺には嫁がいるんだからな! はっはっは! ……って、思ってたらこれだよ。でも、いいんだ。心優しき天使が俺の荒んだ心を救ってくれた。
「アルカはこれからどうするんだ?」
朝食を一緒に食べながら尋ねてみる。アルカの事だ、俺以外にもチョコレートを用意してそう。
「えーっとね……色んなところに行くの! たくさんチョコレートを作ったからそれを配るんだ!!」
やっぱりそうか。アルカのチョコレートをもらえる奴らめ……幸福死してしまえ。
「最初はメフィストの村に行く予定! ロニ君が一番チョコレートを欲しがってたから!」
ロニ……アルカの幼馴染か。父親として娘に悪い虫がつかないか気になるところだが、ロニに関してはあそこまで清々しくフラれたから逆に応援したくなる。
「パパは?」
「ん? 俺はボーウィッドに呼ばれているからアイアンブラッドに行くよ」
「そうなんだ! ボーおじさんにもチョコレート作ったからアルカも後で渡しに行くの!」
満面の笑みを浮かべながらアルカはオムレツを頬張った。うんうん。兄弟も喜ぶだろう。
「後はギーおじさんにライガおじさん……あとお爺ちゃんにも渡して……」
指を折りながら懸命に数を数える娘を見て思わず頬がほころぶ。人気者のアルカは大変だな。でも、変な男が近づいてきたら言うんだぞ? この世から存在を抹消するから(ニッコリ)。
楽しい朝食を終えた俺はアルカに別れを告げ、デュラハン族が暮らすアイアンブラッドへとやって来た。特に用事もないのでまっすぐにボーウィッドの家へと向かう。
「ん? 外で待っていてくれたのか。って、アニーさんも?」
「……おはよう……兄弟…………」
「……おはようございます……大臣様……」
家の前に立っていた白銀の鎧と黄色い鎧のデュラハンが揃って挨拶をしてきた。いや、ボーウィッドがいるのはわかるんだけど、まさかその奥さんのアニーさんもいるとは思わなかった。
「……わざわざ呼び出してすまない……」
「いや、別に気にすることじゃねぇよ。俺と兄弟の仲だろ?」
「……そう言ってくれると助かる……」
ボーウィッドは小さく笑うと、隣に立つアニーさんの方に顔を向ける。
「……実は用事があるのは俺じゃなくてな……アニーの方なんだ……」
「へっ? アニーさん?」
更に意外なことに用があるのはアニーさんらしい。俺なんかしたっけ?
俺がきょとんとしているとアニーさんは一歩前に出て、可愛らしい包みを俺に差し出してくる。
「……いつも夫がお世話になっているので……よかったらこれをもらってください……」
「ふぁっ!?」
思わず変な声が出た。そして、そのまま硬直する。そんな俺を見て、アニーさんは不安そうに首を傾げた。
「……お気に召しませんでした……?」
「……はっ!! い、いや!! 突然の事だったので驚いてしまっただけです!! ありがたく頂戴します!!」
なぜか敬語になりつつ、背筋を伸ばしてチョコを頂いた。なんてできた奥さんなんや……。どっかの旦那をほったらかして友達と遊びに行っている金髪悪魔に見習わしてやりたい。
「……忙しい身なのにすまないな……」
「忙しい? 全然! 今日の俺は暇で暇で仕方がないぜ!」
俺がそう言うと、なぜかボーウィッドが意外そうな表情を浮かべる。そして、すぐにニヒルに笑った。ニヒルに笑うっていうのはこうやってやるんだよクロムウェル。
「……他の街に行ってみろ……兄弟を待っている者がたくさんいるはずだ……」
「俺を待ってる奴?」
俺が眉を
獣人族、ゴアサバンナにて……。
「あっ、クロ君だ。丁度良かった! 会いに行こうと思ってたんだ」
「クククク、クロ様!!」
「ん? マリアさんとシェスカか」
転移するや否やマリアさんとシェスカがこちらに駆け寄ってきた。
「これどうぞ!」
「わ、わわわ、私も!」
「っ!? あ、ありがとう……!!」
まさかのチョコ二つゲット。俺様たじたじ。
「感謝の気持ちとプロテインがたくさん詰まってるから美味しく食べてね!」
……マリアさんや? 感謝の気持ちはいいとして、どうしてチョコレートにプロテインを入れるんだい?
「わ、私のは精力増強に効果のある薬草をたらふく入れました!」
お前も入れるもん間違ってんだろ。食べどころがわかんねぇよ。
二人に感謝しつつ、次の場所へ。
精霊族、フローラルツリーにて……。
「クロじゃない! 待ってたわ! はい、チョコレート♡」
「おっ! サンキューな」
「愛情たっぷり詰め込んだから美味しく……」
「クロ様ぁぁぁぁぁぁ♡」
早速フレデリカからチョコをもらえたと思ったら、猛スピードで小さな何かが俺の胸に飛び込んできた。
「リ、リリ!?」
「私が丹精込めて作ったチョコレート受け取ってください!」
そう言ってリリが渡してきたのは自分を模したチョコレート。この上なく食べにくい。
「……ちょっとリリ? 私がクロと話している所でしょ?」
「あれ? フレデリカ様いたのですか? 職務に戻られた方がいいのでは?」
バチバチと火花を散らす二人。少し遅れてやって来たララ達からもチョコを受け取り、俺は逃げるようにこの場を後にした。
巨人族、ジャイアンにて……。
「おぉ、クロではないか! チョコレートを寄こすのじゃ!」
「“
「ふんぎゃっ!」
俺は間髪入れず、魔女の風貌をしているロリババアに魔法を放つ。
「いきなり何するんじゃ!?」
「それはこっちのセリフだ。なんでお前にチョコレートをやらねばならん。むしろ寄こせ」
「固いこと言いっこなしじゃ! たくさんもらっておるのじゃろう?」
フライヤがニヤニヤしながら俺を肘で小突いてくる。すげぇ鬱陶しい。
「お前さんがチョコレートをもらえるなんて奇跡はもう二度と起こらないじゃろうから、少しはその恩恵にあやかりたいのじゃ!」
「“
「ふんぎゃっ!」
地面で転げまわっているフライヤを捨て置き、俺はさっさと転移していった。
そんなわけで魔王城の中庭に戻ってきました。いやぁ……めちゃくちゃチョコレートもらったわ。知り合いもそうなんだけど、話したこともない魔族からも大量にもらっちまった。まじかよ。バレンタイン、最高じゃねぇか! 今まではこんな日を生み出した奴に呪詛を送っていたというのに、今日は感謝しかねぇ! あざーすっ!!
……って、一番もらいたい女からもらってないんだけどね。
俺はため息を吐きつつ、オンボロ小屋へと歩いていく。いっその事、もらったチョコレートをこれみよがしに机の上に置いといてやろうか。……嫉妬に狂ったサキュバスに何をされるか分かったもんじゃないからやめておこう。
そんな事を考えながら小屋の扉を開ける。その瞬間、俺の鼻に襲い掛かる濃密な甘ったるい香り。
な、なんだこれ!? 気持ち悪くなりそうなくらいに甘い匂いが充満してるんだけど!?
慌てて窓を全開にするも、まったく効果なし。俺は匂いの発生源にであると思われる浴室に目を向ける。一歩一歩近づくたびに匂いが強くなっているのでほぼ間違いないだろう。浴室の前まで来た俺は恐る恐るドアノブに手を伸ばし、息を止めて勢いよく戸を開けた。
「…………はっ?」
「ク、クロ様!?」
お風呂に入っていたセリスが俺の姿に驚きながら腕で自分の身体を隠す。だが、そんなものは目に入らない。俺が釘付けになっていたのは浴槽に満たされている液体だった。
お湯では断じてない。透明さなど皆無だ。茶色い液体は信じられないくらいドロドロしている。
つまり、チョコレートだ。
「えっ? 何してんの?」
「いえ……あの……その……!!」
俺が素のトーンで問いかけると、セリスは顔を真っ赤にしながらブクブクとチョコレートに
「きょ、今日はバレンタインという事で……!!」
「うん」
「お恥ずかしながら、そういったイベントとは縁がなかったもので……!!」
「うん」
「そこでどうすればいいのか朝のうちにチャーミルの街へ行き、聞いて来たんです……!!」
…………あっ(察し)。
「そしたら『バレンタインは全身にチョコレートを塗りたくって、愛する男性に自分を捧げる日』だって……」
セリスの声が尻すぼみになっていく。なるほど……色を司るサキュバスらしい発想だ。そして、それを鵜呑みにするうちの嫁は本当にポンコツなのかもしれない。顔の半分がチョコレートに
シェスカ、喜べ。お前のチョコレート、食べ時があったみたいだ。
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