新婚旅行の行きと帰りではまるでテンションが違う【ヘタレ×セリス】
カコーン……。
水を吐き出した竹筒が岩に当たり小気味いい音を響かせる。はぁー……癒されるなぁ……。確か、旅館の人は
「気持ちいいなぁ……」
俺はお湯の中でゆっくりと伸びをした。外で入るお風呂がこんなに気持ちいものだとは思わなかった。近くの活火山から湧き出ているお湯を利用した露天風呂。僅かに香る硫黄のにおいまでもが俺の身体を癒してくれているようだった。
「アルカも連れて来てやりたかったなぁ……」
俺は立ち昇る湯気を見ながらぼそりと呟く。今回、アルカはリーガル爺さんの所でお留守番だ。俺はいいって言ったんだけど、爺さんが「こういうのは二人で行くもんじゃよ」と気を遣ってくれたんだよな。……まぁ、結婚してから初めての旅行だ。二人っきりがいいなんて思わなくもない。
そう、俺はセリスと二人で山奥の秘湯へ新婚旅行に来ていた。
おいおい嫁を新婚旅行に誘えるなんて、ヘタレの分際で随分成長したじゃないか。とか思った奴、とりあえず表出ろ。俺だってやる時はやるんだよ。
え? 温泉だなんて洒落たところを選ぶとは思ってなかった? そうだよなぁ……デート場所に武器屋とか選んじまう男だもんなぁ……。うるせぇよ。
なんで新婚旅行で温泉に来たのか、そもそもなんで新婚旅行なんて思いついたのか、それは三日前の夜に
「そういや、お前ら新婚旅行に行かなくていいのか?」
「え?」
俺はグラスを口から離し、酒を飲むのを止めながら驚いた顔で隣にいるギーに目をやった。
「何驚いてんだよ。別に変な事を聞いたわけじゃねーだろ?」
ギーは少し呆れたように皿から焼き鳥を取ると、もぐもぐと
「おいギー。このヘタレ野郎がセリスを新婚旅行に誘えるわけがねぇだろうが」
「よし、その喧嘩かった。ぶっ飛ばしてやるよバカ猫」
「はっ! 痛いとこ突かれていきり立つんじゃねぇよ!」
ライガはロックグラスをぐいっと飲み干すと、凶暴そうな笑みを浮かべながら勢いよく立ち上がった。いい度胸だ。久しぶりに暴れてやるぜ。
「…………兄弟……ライガ…………落ち着け…………」
「おいおい。ここはブラックバーじゃないんだぞ? 店に迷惑になるじゃねぇか」
それまで静かに
「まったく……つっても、今のはライガが悪いってわけじゃねぇぞ? セリスを新婚旅行に連れて行ってやらないお前が悪い」
「むっ……」
俺はバツが悪いのを隠すためにグラスを口に当てる。悔しいけど、ギーの言ってることも一理ある。……まぁ、結婚した後すぐに人間と魔族の代表戦があったわけだし、うちの嫁が暴走するし、感動の大団円を迎えるしでそんな余裕はなかったんだけどな。こいつらはそんな事知らないし、忙しいを理由に妻をないがしろにするのは違うって話だ。
「というわけで、俺が恋のキューピッド役になってやるよ」
そう言いながら、ギーが紙切れを二枚取り出した。キューピッド? こいつは何を言っているんだ? 鏡を見てから出直してこい。
「ここは知る人ぞ知る名旅館だ。知り合いに無料券をもらったんだが、俺は仕事が忙しくて行けなくてね。お前ら二人で行って来いよ。……俺からもらった、ってのを口実にすればお前も誘いやすいだろ?」
俺の目の前に緑の肌をした天使がいる。幸福を呼ぶパンツ一丁のキューピッドが。俺が震える手で無料券を受け取ると、ギーがニヤリと笑いかけてきた。
「なんでも温泉が最高らしいぞ?……火照った女っていうのは色っぽいよな?」
…………やばい、想像しただけで鼻血が出そうになった。湯上りのセリスとか破壊力抜群すぎる。
「けっ……こんな根性なしを甘やかしても碌なことがねぇぞ?」
「やっぱりこいつは俺の手で去勢する」
「おもしれぇ! やってみやがれ!!」
「…………だから……落ち着けって言ってるだろ…………」
「たくっ……バカ二人には困りものだぜ」
再びいがみ合う俺とライガを止めるボーウィッド。そんな俺達を見て、ギーは呆れたように首を振った。
……とまぁ、こんなことがあったわけだ。
遠くで山鳥がさえずる声が聞こえる。平和すぎるんだよなぁ……こんなんじゃ、眠くなっても仕方ないだろ。温泉のおかげで身体がぽかぽか温かいし、隣の女湯に入っているセリスだって……。
ガバッ。
それまで夢現モードだった俺の意識が突然覚醒する。隣でセリスが温泉に入っているという事は恐らく何も身に纏ってはいないだろう。いや、間違いなく全裸だ。洋服のまま風呂に入るなど、断じて許されることではない。つまり……あのデカメロンが露わにされているという事だ。これはけしからん、まったくもってけしからんことですぞい!
やべぇよやべぇよ。妄想したら風呂から上がれなくなってしまった。出れない理由を聡明な男子諸君であれば理解していただけるはず。
落ち着け俺……大丈夫だ、深呼吸しろ。この雄大な自然の一部であることを理解し、全てを解き放つのだ。そして、鎮まり給え。欲望に侵された汚らわしきバベルの塔よ、今はまだ荒れ狂う時ではないはずだ……!! お前が猛威を振るう時がいつか必ず…………!!
のぼせました。
脱衣所で無様に横たわる俺。すっぽんぽんだが、そんな事を気にしている余裕なんてない。
「くっ……これが色欲を司る悪魔の力なのか……」
ぐわんぐわんに揺れている世界を眺めながら、俺は悔しそうに呟いた。まさか離れててもここまでの影響力を及ぼしてくるとは……サキュバス、恐るべしっ!!
股間にタオルをかぶせたまま倒れること三十分、やっとの思いで復活した俺は旅館の人が用意してくれた服を手に取る。なんだこの服……えらく下が長いな。つーかズボンがねぇ。ここに腕を通して……なるほど、帯で締めればいいのか。そんでもって、これを上から羽織って、と。
なにこれ、めちゃくちゃ下腹部がスースーするんですけど。スカートとか履くとこんな感じなんだろうなぁ……全くもって落ち着かん。
まだ少しフラフラする足取りで浴場を後にする。かなりの長風呂になっちまったな……セリスの事待たせちまったかな。
…………あっ。
「随分と時間がかかりましたね。のぼせて倒れているんじゃないかと心配してしまいました」
「…………」
浴場のすぐそばに置かれたベンチの上、果たしてセリスはそこにいた。温泉で火照ったのか、僅かに頬を上気させ、少しだけ濡れた金髪が首筋に張り付いている。なんというか……艶めかしい。思わず見惚れてしまった。
「クロ様?」
「え? あっ、いや……待たせてごめんなさい。そして、ありがとうございます」
思わず敬語になって奇麗なお辞儀を披露する俺にセリスが目を丸くする。
「えっと……謝るのはわかりますが、お礼を言われる意味が……」
「気にするな。とりあえず部屋に戻ろう」
「はい………………クロ様?」
「なんだ?」
「なんでちょっと前かがみなんですか?」
「気にするな」
身体がくの字に曲がっている俺を不思議そうに見ながら、セリスが俺の後について来る。お願いだからその理由だけには気づかないでください。
部屋に戻ると、もう既に夕食が用意されていた。そのあまりの豪華さに俺達は思わず言葉を失う。
「これは……」
「すごいですね……!!」
机の上に並ぶ料理の数々……はっきり言ってこの中でちゃんとした料理名がわかるものなどない。ただ、魚を丸々一匹捌いた刺身も、旬な野菜をふんだんに使った鍋も、僅かに赤みが残るいい具合に焼けたステーキも、全てが美味しそうであることはわかる。
「と、とりあえず食べてみようぜ!」
「そうですね! 楽しみです!」
セリスと向かい合う形で座り、恐る恐る料理に手を……って、これどうやって食べるの? こういう高い店に来ると、お洒落過ぎて食べ方わかんねぇよ! この花何!? この草何!? どれが食べられるもんなんだよ!! と、とりあえず水を飲んで落ち着こう……。
「クロ様……それは手を洗うための水です」
セリスが可哀想な子を見るような目で俺を見つめる……やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。外食なんてブラックバーか適当な居酒屋しかいかないんや。
気を取り直して、まずはわかりやすいステーキから……美味い。こ、この刺身は……美味い。野菜も美味い。美味い美味い、どれもめちゃくちゃ美味い。美味すぎて美味いという言葉しか思いつかないくらい美味い。あれ? 美味いってなんだっけ?
「はぁ……美味しいですねぇ……確かここで働いている板前さんはデリシアから引き抜かれた方らしいですよ?」
美食の街から引き抜かれた……だと……? そんなの美味いに決まってるだろふざけんな。
「アルカにも食べさせてやりたかったなぁ……」
「そうですね。きっと大喜びしますよ」
その笑顔を見ながらこの料理を食べる、そんな幸せなことが許されるのだろうか。いっその事、今からでも転移して連れて来れば……。
そこまで考えた俺だったが、ふと気になったことがあり、幸せそうにお肉を頬張るセリスをちらりと見た。
「あー……セリスはアルカも一緒に連れてきたかったか?」
「え? ……そうですねぇ。アルカがいたら楽しいでしょうね」
少しだけ意外そうな表情を浮かべたセリスは箸をおき、お茶で口をすすぐ。そして、頬を赤らめながら照れ臭そうにはにかんだ。
「ですが、今日はクロ様を独り占めしたい気分なんです」
「っ!?」
「……だめですか?」
上目づかいで告げられた言葉になすすべもなく敗北する俺。と、とりあえずご飯をかっ喰らってこの何とも言えない甘酸っぱい気持ちを紛らわすしかねぇ! つーか、さっきまであんなに美味かったのに、最早味なんか感じねぇよ!
照れ隠しのため一心不乱に食べ始めた俺を見て、セリスはくすっと笑うと、嬉しそうに自分も食事を再開した。
食事を終えた俺達は女将さんの勧めで近くの高台まで散歩に行くことにした。なんでも、そこから見える景色がすげぇ綺麗らしい。俺はあんまりそういうのは興味ないんだけど、セリスが行きたそうだったからな。それに、夕飯はかなり量があったんで少し歩くくらいが丁度いい。
気持ち程度に舗装された山道を二人で歩いていく。もうとっくに日は沈んでしまっているので、辺りはかなり薄暗くなっている。そもそも、ここは山奥だ。街に置かれているような魔導光具なんてあるはずもない。
「ごほんっ!」
咳払いの反動を利用して俺はセリスの手を握った。なんという自然な動作。魔法陣を組むよりスムーズだったのは火を見るより明らか。
「……くすっ」
セリスが小さく笑いながら俺の手を握り返してきた。めちゃくちゃ気恥ずかしいが、気づかないフリを決め込む。あーあれだ。今になって温泉でのぼせたのが効いてきたわ。顔が火照って仕方ねぇ。
「……それ、似合ってるな」
無言でいることがあまりにも気まずかったため、適当な話題をふってみる。
「それ?」
「服のことだよ」
セリスが小首を傾げてきたので、俺は早口でそう言った。今更ながら服を褒めたのは失敗だったかもしれない。照れくささがうなぎ上りに上がっていく。
「あぁ、
「……そういう名前なのか」
そういえば女将さんがそんな単語を言っていた気がする。確か、フローラさん達の地元で作られたんだっけか。
「同じような服で着物というものがアーティクルでありましたね。こちらの方が格段に着るのが楽でしたが」
そういえばどことなく似ているような。でも、あの時のセリスは尋常じゃなく可愛かったせいであまり記憶が定かじゃない。
「……ありがとうございます」
嬉しそうにセリスがぽつりと呟く。忘れていた。こいつはスプーンも真っ青になるほどのエスパー女だった。つまり、俺の頭の中などお見通しということだ、はっはっは……やべぇよやべぇよ。
なんとなくギクシャクしたまま歩いていると、ひらけた丘に出た。
「わぁ……!!」
セリスが目を輝かせながら、感嘆の息を漏らす。これは……想像していたよりも凄い。はっきり言って山の景色なんか夜だと見えねぇだろ、とか思ってたけど、そんな事はなかった。夜だから見えるんだ、この満天の星空が。
星なんてどこでだって見たことがある。だけど、こんなにも手が届きそうなところに星が輝いているのは生まれて初めて見た。
「よかった……この景色をセリスと一緒に見ることができて……」
「え?」
思わず零れた言葉にセリスが反応する。やべぇ、なんかぽろっと本音が出ちまった。ここは言い訳してなんとか誤魔化さないと。
「い、いやあれだ……! こ、こんな奇麗な景色を惚れた女と見れたら、だ、誰だって嬉しいだろうが……!!」
「~~~~っ!!」
こんなにも暗いというのにはっきりとわかるくらい顔を赤くしたセリスが顔を俯けた。言い訳しようとしたら赤裸々に自分の本心を語ってしまったの巻。俺も炎のように熱くなった顔を横へとむける。
「…………私も」
なんとも言えない沈黙が俺達を包んでいたが、セリスが小さい声でそれを破った。
「私も、あなたと一緒にここへ来れてよかった。……愛する人と、美しい光景を一緒に見るのは幸せなことですから」
そう言いながらギュッと腕を組み、俺に身を寄せてきた。俺の腕がセリスの体温と柔らかな感触に包まれる。もうあかん……頭に血が上りすぎて倒れるかもしれん。
「そ、そろそろ冷えてきたから戻るか?」
「そ、そうですね」
互いに顔を見ずに上擦った声で言った。正直、そのあと宿に戻るまでのことなんて覚えていない。結構な山道だったはずなのに、気づいたら宿にたどり着き、いつのまにか部屋の前にいた。ふぅ……やっと落ち着いて来たぜ。セリスがぴったりと俺にくっついているからまだドキドキしているけど、それも随分慣れてきた。いやー……一時は恥ずかしくて死にそうだったけど、なんとか冷静になってから部屋に戻ることができた。
ホッと安堵の息を吐きつつ、部屋の扉を開けて中へ……………………え?
ピシッと音を立てて石化する俺。ちなみに隣にいるセリスも同様。
先程まであった机や座椅子やらは奇麗に片付けられており、部屋の中心には一つだけ布団が敷かれていた。……なぜかハートの形をしたピンクの可愛らしい布団が。
いや、ミスマッチにもほどがあるだろ!! 驚きの合わなさだよ!! 宿全体は古風でお淑やかな雰囲気を醸し出しているのに、なんで布団だけこんな感じなんだよ!! 絶対この布団はチャーミルから取り寄せただろうが!!
「えーっと……か、変わった布団だな」
「か、変わってますね」
努めて平静な口調で話す俺達。ゼンマイ仕掛けの人形のようにカクカクと部屋に入っていく。そういや部屋に来る前に女将さんとすれ違ったけど、なぜかサムズアップされたな。それはこういう意味だったのか。
「……とりあえず歯磨きするか」
「……そうですね」
二人並んで歯を磨き始めた。もちろん無言で。だが、そんなものは五分弱で終わってしまう。
口を漱いだ俺達はもう一度布団に目をやる。布団だけじゃなく、この部屋全体がピンクに見えてきた。いや、よくよく見たら照明魔道具もピンクのものに変わってる。老舗旅館はサービスに一切の手を抜かない。くそが。
「……寝るか」
「……はい」
極力感情を消し去った声でそう言うと、俺達は布団の中に入った。肌触りがめちゃくちゃいいのがまた腹立つ。いやでも、こんだけ寝心地が良ければすぐに寝れる……わけねぇだろうが。
今の俺は仰向けではなく横向きに寝ている。当然、セリスに背を向けて。……うん、言いたいことはわかるが、ちょっと話を聞いて欲しい。意味の分からん形を掛け布団がしているという事で、仰向けに寝てしまったら足がとび出してしまうんだよ。だから、こうやって横に寝れば意外とスペースが空いて、セリスも俺も布団の中に身体がおさまるのだ。そう、これは不可抗力。決して深い意味は……。
───このヘタレ野郎がセリスを新婚旅行に誘えるわけがねぇだろうが。
いつかの飲み屋でのライガの言葉が不意に俺の頭に浮かんだ。おほほほほほほい!! バカ虎の分際で言ってくれるじゃねぇか!! 誰がヘタレだって? いいだろう!! 俺がヘタレじゃないという所を見せてやるよ!!
ほとんど勢いに任せて振り返る俺。そして、奇麗なダークブルーの目がこちらをジッと見つめていたことに気が付き、そのまま硬直。……いや、ここで止まっていたらいつもの俺だ。今日こそはヘタレの名を返上してやる!!
ぎこちない動作でセリスの後頭部に手を当て、ゆっくりと引き寄せる。そして、そのまま唇を重ねた。
「んっ……」
セリスのあえぐ声が耳をくすぐる。俺は静かに唇を離すと布団の中で移動し、セリスの上に跨るような姿勢になった。
「クロ様……」
セリスが僅かに頬を紅潮させながら甘い声を出す。俺はもう一度その唇を塞ぎ、セリスの浴衣に手をかけた……。
ズドォーン!!
「へあっ!?」
「きゃっ!!」
突然鳴り響いた凄まじい音に俺とセリスは驚き、布団から飛び出る。そちらに目を向けると、なぜだかわからないが部屋を隔てる壁が崩れ落ちていた。
「いてててて……おい、ライガ! お前が無理するから壁が壊れちまったじゃねぇか!」
「はぁ!? てめぇとルシフェルが二人で楽しんでるから悪いんだろうが!!」
「ライガがじゃんけんで負けたんでしょ! 順番こって約束だったじゃん!!」
壁の残骸に埋もれながら醜く争う声が聞こえる。なぜだろう、とても聞き覚えのある声だ。そして、ピンクの淫猥な光に照らし出された姿もどこか見覚えがある。
「…………やぁ。ルシフェル君にギー君、それにライガ君じゃないか?」
俺が晴れやかな笑みを浮かべながら、柔和な笑みを囚人達に向ける。その瞬間、揉めていた三人の動きがピタリと止まった。
「……あっ、セリスとクロじゃーん! こんな所で会うなんて奇遇だね!」
「お前らもここに来てたのか! いやーここはいい宿だよなー」
「筋トレ後の温泉も悪くねぇな」
なるほど。ボーウィッドはいないみたいだな。流石は兄弟だ。多分、この緑の化け物と猫の害獣に誘われたけど、断ったんだろう。それならば、心おきなくやれるってもんだ。
「三人とも、遺言は残してきたか?」
穏やかな声とともに、魔法陣を展開する。今まで生きてきてこんなに速く魔法陣を組成できたことはねぇな。
「えっ、ちょ……!!」
「ばか! それはやばいって!」
「ちょ、ちょっとした冗談だろうがっ!!」
部屋になどおさまるはずもない巨大な魔法陣を見て、三人が慌てふためく。さて、お祈りも済んだだろう。そろそろ世を乱す……いや、夜を乱す病原体にはこの世からおさらばしてもらおうか。
「…………クロ様」
それまで黙って成り行きを見ていたセリスが静かに口を開く。三人が希望に満ちた表情でセリスに顔を向けた。くっ……いくらこいつらがゴミ屑以下だとしても、セリスに「旅館に迷惑がかかります」って言われちまったらどうすることもできねぇ。
感情のない目で三人を見ていたセリスが緩慢な動きで、俺の方に向き直り、誰もが見惚れてしまうような笑みを浮かべた。
「手加減などしたら、承知しませんからね」
「イエス、マム」
希望から絶望に変わる三人の表情。セリスの許可が出ちまったんなら、俺は後顧の憂いもなく魔法を唱えることができるってもんだ。
「……このぉボケナス共がぁぁぁぁ!! 消え失せろぉぉぉ!! "
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」」」
凄まじい光の波動に吹き飛ばされる三人の馬鹿達。悪が栄える時代などない。いつ
俺は半壊した旅館を見つつ、セリスに笑いかけた。
「さぁ、女将さんに土下座しに行こう」
「はい。謝罪と弁償、それに慰謝料もですね。ですが、今回はやむを得ない事情があったので致し方ありません」
「だな」
俺達は清々しい気持ちで部屋を出ると、ギガントにもお願いしないとな、などと話しながら女将さんのいる部屋へと向かった。
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