分別を科学する

いありきうらか

分別を科学する

僕はごみの分別のバイトをしていた。

高校を中退し、それ以降2年家に引きこもっていた僕にとっては、初めての社会である。

バイトの面接に15連敗中だった、粗大ごみの僕を拾ってくれた。

母親は仕事が見つかったことを喜んでいた。

仕事を見つけただけで、粗大ごみから資源ごみにランクアップしたような感覚だった。


働いてみると、世間は知らないことばかりで、まともに本も読んだことがなく、知識のない僕には、あらゆることが新鮮だった。

「先輩、これは何ごみですか」

「あー、それは資源ごみだな、こっちの袋に入れてくれ」

先輩の川辺さんは僕よりも2歳年下ではあるが、3年この仕事をしている、とのことだった。

「先輩、これは何ごみですか」

「ん、それは昨日も言ったけど、燃えないごみだな、まあややこしいけどな」

「じゃあこっちですね」

「いや、それは俺がもらうわ、使えるんだよこれ」

仕事覚えの悪い僕に対しても、優しく分別のやり方を教えてくれる。

入りたての僕が最初に覚えたのは、磁石が燃えないごみで、磁気の入ったカードは燃えるごみで良いことだ。

度々川辺さんはごみに紛れる磁石を集めていた。

後々使い道を理解したが、仕事を覚えるのに必死だった僕は、磁石を何に使っているのか考えもしなかった。

僕の話を聞いて、母親は、優しく笑顔で頷いていた。


入って3か月の間では、家庭内のごみだけを担当していたが、次第に分別するものが増えてきた。

「算数が捨てられてるんですけど、これ何ごみなんですかね」

「お前はどっちだと思う?」

「燃えないごみですかね」

「違うんだよ、実は燃えるんだ」

「へえ、国語は燃えないごみだったのに」

「ややこしいよな、本当」

算数が燃えやすい素材でできているとは、ここで働かなければわからなかったことだ。


雨が降り出した。川辺さんは舌打ちをする。雨が降ると焼却炉が使えないからだ。

確かに、今日は燃えるごみがかなり多いため、焼却炉が使えないと明日のノルマが厳しくなってしまう。

「ちょっと抜ける」

そう言って川辺さんはごみが集められた倉庫から抜け出し、どこかへ行ってしまった。


しばらくすると、川辺さんは黒い塊を両手で抱えながら、戻ってきた。

「それどうしたんですか?」

「ああ、これ雨雲だよ、回収してきたんだ」

そう言うと、川辺さんは雨雲を燃えるゴミに放り投げた。

そういえば、空は晴れ渡っている、いつからか焼却炉も動き出していた。

この日僕は、雨雲はひとつにまとめると黒いことを学んだ。

「すごいですね、3年も働くと天気も分別できるんですね」

「雨雲が燃えるごみってわかったか?」

「わかりませんでした、あれだけ大きいと粗大ごみなのかなと」

「まあ、台風となると面倒だから粗大ごみに捨てちまうときもあるな」

「あ、粗大ごみでもいいんですね」

「あんま良くないんだけどな、燃やせるものなら燃やしたほうがそりゃいいよな」

「今度僕に教えてください、台風の回収の仕方」

「まあ、あと2年くらい後だな、ちょっとだけ教えてやるよ」

教わったことを母親に話したら、母親は僕から目をそらしてうん、うんと頷いてくれた。


順調に働き続けて、5年目を迎えた。

川辺さんから教わった、磁石を使ったごみの回収が僕は好きだった。

あの時驚いた雨雲の回収も、今となっては簡単な作業だ。

手に持った棒状の磁石、空にN極を向けると、雨雲が徐々に寄ってくる。

燃えないごみの中でも純度の高い磁石は、燃えるごみを引き寄せる力があると聞いている。

詳しくは勉強のわからない僕には理解できなかった。

磁石をくるくる回し、集まったそれをわたあめの要領で固めていく。

しばらく回すと、黒い塊になる。あとはこれを焼却炉に入れるだけだ。

「お前もずいぶん上手になったな」

「はい、台風くらいなら簡単に回収できるようになりました」

川辺さんは川辺さんでスキルが上がっており、こないだは地震を回収したらしい。

S極を振動に合わせて地面に接触させるだけでいい、と聞いてはいるが、まったく僕にはうまくできなかった。

「今度、津波でもやってみたらいいんじゃないか」

「んー、まだできる自信ないんですよね、調子いいときと悪いときの差があって」

「台風できるんだろ?じゃあ大丈夫だよ」

確かにその次の週に津波を回収することができた。

津波が迫るギリギリまでN極で引き寄せて、僕にぶつかる寸前にS極を向ける。

大縄跳びを回す要領で、動きが緩くなった波を一気にまとめあげる。

緑色の塊となった津波を見て、青色を想像していたな、と感じた。

最近、母親は僕の職場の話に相槌を打ってくれなくなった。


バイトを始めて10年を経過したとき、技術の発展により、人間や感情も分別できるようになった。

スポーツ選手は燃えるごみ、政治家は燃えないごみ、ホームレスは粗大ごみ。

感動は燃えるごみ、悲しみは燃えないごみ、痛みは粗大ごみ。

僕がバイトを始めたときに比べると、かなり分別は細かくなっていた。


ある日、職場で川辺さんが倒れてしまった。

職場の皆で呼びかけたが、川辺さんの意識は戻らなかった。

僕には病気を回収するだけの能力はまだなかったのだ。

川辺さんは、病気を回収できるのに、自分の病気は回収できなかったようだ。

空となった川辺さんが、ずるっ、ずるっと僕の方に近づいてきた。

僕のポケットに入れている磁石のN極に吸い寄せられていたのだ。

そうか、川辺さんは燃えるごみになってしまったんだ。

人生で母親よりもお世話になったと感じている恩人を僕は焼却炉に捨てた。


この話を母親にした夜、僕は母親に包丁で刺された。

「どうしてこうなってしまったの」

泣きながらそう呟く母親の言葉を理解できなかった。

僕は失いつつある意識のなか、ポケットに手を伸ばした。

どうにか、あの集めた磁石で傷や痛みを回収できれば。

しかし、ポケットから出てきたのは糸くずだった。

そのとき、僕は粗大ごみのままだったことを悟った。

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