第8話 有効な能力

 夜は暗く、いつものように暖かいベッドもない。ベッドばかりか屋根も壁さえもない。アウトドアの経験もないし、ここには見たこともない魔物もいる。

 紬は急に不安になってきた。


 さっきまでランスの作ってくれたおいしいご飯と誕生日祝いの花火で心が温まったばかりなのに暗い森が不安を掻き立ててくる。


「紬?どうした?」


 結界の外を見て静かになった紬を心配したランスが顔を覗き込んでくる。


「……ううん。何でもない」


 心配かけちゃいけないと、強がって平気な素振りをする。


「……そうか。明日も動き回るから早く休むぞ。外で寝るのは初めてか?」


 ランスに不安を見透かされたのか頭を撫でてくれる。


(私の事、何歳と思ってるのかな?子供と思ってるんだろうなぁ)


 日本人はただでさえ、外国の人から見たら若く見えるらしいから、ランスも紬を実年齢より幼いと思ってるだろう事が予想できる。


「うん。外で寝るのは初めて」


「じゃあ、下に布を敷いて寝ても固いから明日の朝は体が痛いと思ってたらいいぞ」


「その心構えは嫌だな~。……そうだ!」


 ある事を思いつき、カバンの中に手を突っ込む。


「ん〜…あった!」


 紬がカバンから取り出したのは座布団。冬にお尻が冷たいからと作っていた物の一つだ。


「クッションか?枕にでも…」


 紬が出した物を使う用途を当ててみたランスの前で見る見る間に座布団が大きくなる。


 直径3メートル✕3メートルの大きなベッドへの変身である。焚き火とは逆を向いて試したのは幸いだった。


「これなら体が痛くなる心配いらないでしょ」


 ビックリして口を開けたままのランスににっこり笑って見せる。自分の作ったリスのサイズが大きくなっていたり、針が大きくなったのを思うと他の物もサイズを変えられるのではと思い至ったのだ。想像通りサイズが大きくなり満足な紬。


「何これ何これ!」


 突然出てきたベッドに焚き火の番をしていたロッドが喜々として寄ってくる。


「ベッド?野外なのにどこから?え?紬の能力?すごいすごい!えーい!」


 魔法好きなロッドは興奮が収まらず、そのままベッドにダイブする。


  ボンッ!!ベタッ!!


「「「!?」」」


 一瞬何が起きたかわからなかった。飛び込んだロッドがベッドに触れた瞬間ベッドが元の大きさの座布団に戻り、そのままロッドは地面に激突してしまったのだ。


「なっ何で!?ロッド、大丈夫?」


 慌てて駆け寄ると顔を強打して赤くしてるロッドがじっとりとした目で見てくる。


「わざとじゃないよ!まさか小さくなるなんて…」


元の大きさに戻った座布団を紬が手に取ると


  ボンッ!!


またベッドの大きさに戻ったのだ。


「えぇ〜!?」


 近くにいたロッドもベッドの上に乗れている。ベッドが元の大きさに戻ったのはロッドのせいではないようだ。では、なぜ大きさが変わったのか、しばらく3人で検証した結果、紬は大きさを自由に変えられる能力をやはり持っていた。そして、それは紬の体が触れていたり、願っている間である。

 他の人が触ると元の大きさに戻るのだ。ただ、他の人が触っていても紬の体も触れていたら大きさは願ったままの大きさである事がわかった。


「嫌だ。土の硬い上でなんて眠りたくない。このベッドの上じゃなきゃ僕は寝れない!」


 紬が乗っているベッドにしがみつき、ロッドが泣き叫ぶ。


「バカ!紬に迷惑だろ!お前はいつも地べたでも朝までぐっすり寝てるだろうが!」


 ベッドにしがみつくロッドを引き剥がそうとランスがロッドを掴む。


「い〜や〜だ〜!紬と一緒に寝る!」


「このアホ!」


 ランスとロッドのやり取りについ笑ってしまう紬。


「いいよ。私が乗ってないとベッドじゃなくなるし、広いからみんなで寝れるよ」


「本当に!?わ~い!やったぁ!魔法のベッドで寝れる〜!」


 紬の言葉にランスは難しい顔をしたが、ロッドは大喜びである。


「わかってるのか?俺達は今日会ったばっかりだぞ。そんな簡単に一緒に寝ていいなんて言うな!悪い大人だっているんだからな!」


「でも私が触ってないとベッドにならないし、私だけベッドに寝るなんて心苦しいし。それにランス達は私にどうこうしようなんて考えてないでしょ?」


「当たり前だ!」


「なら大丈夫だよ」


 と疑いもないキラキラした目で見られてランスは黙り込む。


「……もっとベッドを大きくして離れて寝る。じゃなければ許さない」


「えぇ〜なんだよケチ。いいよ、それでも。仕方がないな~」


「この減らず口が!このまま地べたで寝たっていいんだぞ!」


「何を言う!野宿なのにベッドで寝れる幸運を手放すなんてバカなのかい?」


「バカはおまえだ!」


 そのままドタバタとベッドの上で暴れる二人。夜が不安だった気持ちもどこかに消えて賑やかに夜が更けていった。

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