第2話 第一異世界人との出会い
今自分が生きていられるのも、いつもお世話になっているソーイングセットのおかげである。針が大きくなった原理はわからないが自分を守ってくれたのかと思うとソーイングセットにそっと触れて感謝を伝えた。
無事に生きてる事に喜びソーイングセットを撫でていると、また茂みが音を立てた。
今また何か来ても力が抜けて何も出来る気がしない紬。
涙目になって茂みを見て警戒していると、そこに現れたのは、見慣れない服を着た長身の男だった。
180センチは余裕でありそうな長身で漆黒の少しパサついた髪に見たことのない吸い込まれそうな紫の切れ長の瞳。身近にはいないような整った顔立ちをしていた。服はゲームに出てくるような冒険者の格好でマントも羽織っている。
思わず呆けて見ていると目が合った。
「今ここに手負いのレッドウルフが来なかったか?」
男は回りを見回して茂みから出てきた。
背中には大剣を抱えファンタジーの世界から飛び出してきたような存在に聞かれた質問がすぐ頭に入ってこなかった。
「レッドウルフ…?」
そう聞かれてさっき倒したのがレッドウルフだと思い当たり、サーッと血の気が引く。
「もしかして飼い犬でしたか!?」
「んなわけあるか!取り逃がしたのを探してたんだ。とどめを刺さないと何するかわからないからな」
すぐさま突っ込まれ、ホッと息を吐く。人様のペットに手を掛けたわけじゃなくて安心する。
「あぁ、なら良かった。それならたぶん、それです」
そう言ってレッドウルフがいたところに落ちていた宝石を指差す。
「急に襲ってきて恐くて…本当、やられなくて良かったです」
「は?…お嬢ちゃんがやったのか?」
「たぶん…ですね」
目を瞑って針を突き出したら弾けるように消えたのだ。自分が仕留めたという自覚はない。
「なんだそりゃ」
はっきりしない紬に気を緩めて男が笑った。笑うと切れ長の鋭い瞳もとても優しくなって親しみやすい印象になる。
「そういや、お嬢ちゃんは見かけない格好をしてるが、どこから来たんだ?」
男は落ちている宝石を拾いながら視線を紬に向けたまま尋ねてくる。
「え~っと、ここ日本じゃないですよね?」
「ニホン?知らねぇ地名だな」
「やっぱり!?」
スライムや見たことのない生き物がいた事で予想してたとはいえ、予想通りの答えが返ってくると紬はガックリうなだれてしまう。
「もしかしてあんた、迷い人か?」
「迷い人?」
「あぁ、たまにこの土地じゃない服を着て、この世界の事を全く知らない、別の世界からやってくる奴がいるんだが、そういう奴らを迷い人っていうんだ。ここはフェアリア王国その西側にあるラグド樹海だ。聞いた事あるか?」
本当に知らない世界に来てしまったと愕然としながら首を振る。
男は宝石を拾い終わると紬に視線を合わせるようにしゃがんでくれる。
「そういや、あんた名前は?」
「織重 紬です。」
「オリ…?」
「あ!紬です。」
ここでは外国のように名字は後にきたりするのではないかと思い名前を伝える。
「ツムギね。俺はランス・クリスタリアだ。ランスでいい。ほら、これはツムギの物だ。これを売ればいい金になる」
そう言って渡してくれたのはレッドウルフだった宝石だ。
「私がもらっていいんですか?」
手の平に乗せてくれた宝石とランスを交互に見ながら尋ねる。宝石は赤くてキラキラしている。
「ツムギがレッドウルフをやっつけたんだろ。当然の報酬だ。それにこの国の金なんか持ってないんじゃないか?金がないと困るだろ?」
「あ…そうですね…じゃあ、ありがたくもらっておきます」
宝石を受け取ってバッグに入ってた小さめの巾着に入れる。
「あと、その言葉遣い直せ。どうも敬語遣われると肩が凝る」
そう言ってランスは肩を回す。ランスの方が年上のようだが紬に気を遣わせないように言ってくれているのがわかりランスの優しさを感じて心が温かくなる。
「ふふっ、じゃあ、これもお言葉に甘えて」
やっと紬の笑顔が少し見れてランスもホッとする。
「よし!じゃあ、町に換金に行くか!」
勢い良く立ち上がり紬に手を差し出してくれる。
「…一緒に行ってくれるの?」
ランスの提案に驚き、差し出された手とランスの顔を交互に見る。
「だって、ここに置いていったって野垂れ死ぬだけだろ?」
「確かに…そう言われるとそうなんだけど」
「なんだ?レッドウルフを飼い慣らしてみたくなったか?」
「そんなわけない!うん……ありがとう」
紬をちゃかしながらも放置せず、心配してくれるランスにお礼を言う。
「…でも、腰が抜けちゃって足に力入らないから、後少し待ってくれる…かな」
紬は自分の現状が情けなくなって語尾を小さな声で言いながらもそっぽを向いてお願いした。
「……あはははははっ」
まさか、一人でレッドウルフを倒した紬が腰を抜かしてるとは思わずランスは笑ってしまう。
「う~っ、だってあんな生き物に会ったのなんて生涯初めてなんだから」
余計に恥ずかしくなっていると体がふわっと持ち上げられた。
「えっ?えぇっ!?」
「早く言えば、こうして連れて行ってやるのに」
紬の今の状況はランスの片腕に抱かれていて目線が急に高くなり、背の高いランスを見下ろしている状態である。いつもの自分の目線の高さより随分高い位置である。
紬は太っているわけではないが、人一人を抱えるのにそれなりに大変だろうに、そんな事は微塵も感じさせず片腕だけで紬を抱えていた。
「おまえ、ちゃんと食べてるのか?」
「たっ、食べてるよ!ランスが筋肉ムキムキなだけだよ」
急に抱きかかえられて混乱しながらもバランスを取ろうとランスの頭を視界を遮らないように抱える。
「なんだそりゃ」
紬の返事がまた可笑しかったのか、また笑いながらランスはゆっくり歩き始めた。
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