廃部寸前の手芸部員は異世界で愛されます
kanata
第1話 部室を出たらそこは…
高校2年生の春、去年までは人数も多くて賑やかだった手芸部の部室。机には、ミシンやアイロン、布や毛糸が並べられている。
今は一人で広々というより寂しい空間になってしまった。
10人いた部員も、私以外みんな卒業生でこの学校から去っていった。
部員が私一人だったから先輩達は卒業ギリギリまでこの部室によく遊びにきてくれていた。
残された私一人の極小手芸部。
部活存続の危機。
去年から特に力を入れて募集しているが誰も見向きもしない。
これはなんとしても新入部員を確保しなくてはと気合をい込める。
今まで作り上げたステキな作品をかき集め、部員勧誘の為に気合いを入れているのは今日が誕生日で17歳になったばかりの高校2年生、織重紬(おりしげ つむぎ)。
肩より少し長いストレートの髪。前髪の左側だけ、レースとビーズで作ったヘアピンで留めている以外のお洒落は特にしてない、平凡な女子高生だ。
小さい頃から祖母に縫い物や編み物などいろいろ教わり、自分の手でいろんな物を作り上げていくのが楽しくて時間があれば小物や服など作ってきた。
高校に入ってすぐ手芸部に迷うことなく入部したが、現在存続の危機に襲われている。
今日は部員勧誘日で部活説明会の後に自由に見て回れる時間が組まれている。
その時に今出来上がっている作品を見てもらって“かわいい作品を私も作ってみたい”と思わせれたら勝ちだ!
自信作でもある手のひらサイズの犬やウサギ、ペガサスや小鳥のぬいぐるみ、季節外れだけどマフラーや簡単に作れそうなワンピースなどを手作りの肩かけバッグに押し込んだ。
部員勧誘をしても、もしも人が寄って来なくて寂しい時の為に現実逃避できるソーイングセットも持って部室を出た。
そして一歩、進み出たそこは、見知った廊下ではなかった。
部室から出ただけなのに、そこは鬱蒼と緑生い茂る森の中だった。踏み締める感触が廊下のそれとは違っていた。
「えっ…?」
一瞬、思考が停止し、周りを見渡す。外に出た覚えもないのに森の中にいる。小鳥が囀り森の匂いが紬を包み込む。
紬はハッとして後ろを振り返る。
部室の扉の枠の向こうに見知った部室が見えている。
しかし、戻ろうと足を踏み出した途端、 すーっと扉は消えていってしまった。学校が目の前から跡形もなく消え去ってしまったのだ。
「うそ……」
紬は呆然としながらも、辺りを見回す。どこを見ても木々しかない。
深い森の中、今は昼間だろうが薄暗い。
知らない場所で一人立ち尽くし、どうすればいいのか混乱してきたところで…
ガサガサッ
近くの茂みが音を立てた。
息をのんで茂みを見ていると、ゲームで出てくるようなスライムがいた。半透明でサッカーボールくらいの大きさの物体が1匹出てきた。
「スライム!?え?何のゲーム!?…ここ…ゲームの中じゃない…よね?」
自分のセリフに疑問を抱いて混乱し、スライムから後ずさる。スライムは紬を見つけて威嚇してくるように見えた。
「とりあえずやっつけた方がいいかな?って私、武器なんて持ってないし」
慌てて周りを見回しても木はたくさん生えてるのに武器になりそうな枝なんて落ちていない。
「私が持ってる物で武器になりそうなのって、針くらいしか持ってないけど、あんなサイズじゃ飲み込まれて終わりだよね」
そんな風に頭を抱えて嘆いた時、急に肩掛けバッグが開きソーイングセットから針が一本出てきた。
「いやいや、この小さいのじゃ無理…」
と、呆れてる間に針はレイピアのように細長く、先の尖った剣の大きさになった。
「えええぇぇ!?いやいや…えっ!?私に…戦えって事!?」
糸を通す穴の部分が針の剣を持つのにちょうど良さそうではある。
覚悟を決めて針の剣を握り締めた。剣は見た目の大きさより重さを感じさせず、少ない日の光を反射して煌めいて見える。
武器なんて持った事ないので手が震える。
どうにか針の剣をスライムに向けたとたん…
ぐしゃっ
スライムが踏み潰された。
そこに新たに現れたのは大型の犬よりさらに一回りは大きい赤い狼、レッドウルフが牙を怒らせ紬を睨みつけていた。
紬はもちろんレッドウルフなんて知らないが、兄がしていたゲームを脇で見ていて似たような敵を見たことがあった。
その時は序盤に出てくる弱そうな敵だったが目の前にいるレッドウルフは牙を剥き出しにし殺意が籠もった瞳で睨みつけてくる。
レッドウルフはよく見ると所々負傷し弱っているようだが、紬に対して容赦なく襲ってきそうな勢いである。毛を逆立てて唸り、前傾姿勢を取っている。
弱味を見せるとすぐ襲ってきそうで声も上げられず、逃げる事もできない。
このまま襲ってきた場合の対処法を思考が停止しそうな頭で必死に考える。
この大きな針の剣はフェンシングにも似ていると思った。フェンシングはテレビでの試合を見た事があるくらいでしかない。刀のように刃がなく、先が尖ってるだけなのでフェンシングのように突くのが良さそうだ。
そう、布を縫っていく時に針を突き刺すようにしていけば良い。紬にとって布を縫っていくのは日常茶飯事。
「そう、これはただの針!あれは…狼の形をしたぬいぐるみ!」
自分を誤魔化すのも無理があるが、そう思い込まないと、さっきから震える手が針の剣を落としそうだった。
「さぁ、来なさい!」
紬は自分を奮い立たせる為にも叫んだ。
針の剣を構え、紬に向かって飛び出してきたレッドウルフに目を瞑りながらも剣を突き出す。
パァァァン
想像してた音とは全く違う音が響き渡る。 まるで風船が割れた時の音だ。
驚きにパッと目を開けると目の前に迫ってきていたレッドウルフは掻き消したようにいなくなっていた。
代わりにレッドウルフがいた所に宝石のような物がいくつか落ちている。
「…やっつけた?」
ホッと一安心すると針の剣は見る見るうちに元の大きさに戻り、ソーイングセットの中に戻っていった。
紬は力が抜けてその場にへたり込んだ。
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