微笑ましい過去

ドキドキと、陳腐な表現ではあるのだが心音が体に鳴っているのが気になってしまう。

意識をすると自分が壊れてしまいそうになり、なるべく心音に意識を向けない努力をする。


「なぁ、音」

「どした兄貴?」

「心臓の音って気になるとやばいよな」

「心臓の音……?うわっやべっ!気になって仕方なくなっちまったじゃねえかよ!」


視界にたまたま入った音を巻き添えにして苦しみを共通した。

これで苦しいのは俺だけではないという安心感が沸きあがり封筒を開く。




『ごめーんねっ。昨日葉子ちゃんが来るっていうの忘れちゃってた。

今度時間がある時に詳しい話をしよう!うん、それが良い。

今日はファミレスの新人教育があるから連絡出来ないよ。ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん

遠野巫女

追記、ごめん』




手紙を燃やしたくなった。

最後何これ?

病んでいるのか、ただメンヘラなのかわからないが、しばらく姉さんと口も訊きたくないと手紙を折りたたんだ。

もう知っている事葉子に話してもらおうと思った。


「私もタツ兄とこっちの三つ子ちゃんと同じで引き取られたんだ。巫女さんからこっちで暮らせって言われたから私も家族だね。でも通っている中学を卒業するまではまだ向こうに居なくちゃいけないんだけど」


葉子の通っている学校はド田舎の中規模の中学に通っているらしい。

そこに母の両親――祖父と祖母の3人暮らしをしていたが数年前に祖父が亡くなったらしい。

こちらの祖父、祖母とは小さい頃に可愛がられた記憶もわずかながらある。

話が逸れてしまったが、中学卒業後に本格的にこちらで住む事になるらしい。

当然高校は俺の家周辺のどこかの学校に通う為受験日などもこちらに来るらしい。

というか冬休みの間、慣れとしてこちらに居つくらしい。

2日で家族4人も増えるとは、この広すぎる家も狭くなったものである。


「また一緒にタツ兄と暮らせるよ」

「ぶっちゃけお前との記憶ないわ」

「ひ、酷いよタツ兄!というか性格変わり過ぎじゃない!?」


葉子と再び会えたら。

考えなかった事など無いわけが無かった。

でも少しは遠慮とかもするもんだと思っていたが、実際は懐かしくなり意外と話せるものであった。

それに俺は大きく変わっても、彼女は相変わらず変わらないままだったので安心もする。


記憶ないと言ったばかりであるが、別に全部を忘れたわけではない。

他愛なく、微笑ましい記憶が何個かは浮かび上がってくる。



―――――



「タツにい、保育園のおうたで習ったんだけど、うさぎっておいしいの?」


おそらく国民歌謡の1つであるふるさとであろう。

うさぎ おいし かの山。

この歌詞の部分の『おいし』を『おいしい』とを聞き間違え疑問がる子供は少なくないだろう。

かくいう葉子もそんな間違いを素でしていたのであった。


「ぼくもこのあいだふしぎだと思ってお父さんに聞いてみたよ。外国だと食べるってさ。お父さんが『おうしゅう』に行った時に食べたって。でも牛肉の方がおいしーって言ってたよ」

「じゃあ、おいしくないんだね」

「うん。『うしは おいしい ぼくじょう』って歌の方がしくっりくるね」

「うしさんは山じゃなくてぼくじょうだもんね~」


うん、微笑ましいなー……?



―――――



「タツにい、びょーきなのぉ?」

「……ただの風邪だよ、ゲホ、ゲホッ」


ここ数年は風邪をこじらせた記憶はない(忘れてるだけかもしれないが)。

それも結構強い風邪をこじらせたという記憶になるとこの時ぐらいだったような気がする。

しかも咳がなかなか止まらなかったものであった。


「風邪なおしたい?」


俺は咳をしながら弱々しく1回頷いた。

すると葉子が「ならいいこと教えるよ~」と反応もろくに出来ない自分と対称にとても元気であった。


「えーとね、くちびるとくちびるをくっ付けるとなおるって~。ドラマで言ってたよ」


咳が止んだ瞬間に葉子の唇と、俺の唇がくっ付いく。

よくよく思い出すとこれキスじゃないか?


「なおんないね~」

「コホッ、ゲホッ、ゲホ」


次の日、葉子も風邪をひき、兄妹仲良く(?)保育園を休む事になるのであった。


うん、微笑ましい……か?



―――――



「この青の子いいよね」

「だな、青だな。でも赤も良いね」


確か女の子向けの変身アクションもの、今で言う魔法少女と分類されるアニメを2人で視聴していた。

ただ男の俺が見るのは恥ずかしく、ぼーっとしながら視界に入れるぐらいの流し見で詳しく見ていなかった。

一方、やはり幼少の女の子である葉子はわくわくと展開に目を光らせているのであった。



『キャアアアア!や、やめてよぉぉ。いやぁぁぁぁ』


美少女である悪者の涙を流しながらの命乞いと絶叫の最後のシーン。

声優の熱演も相まって少し恥ずかしくなってしまうのであった。

それから数分して番組が終わるのであった。


「ねえ、タツにい。こう『キャー』って大声で叫ばれるのってお父さんかお母さん居るとはずかしいよね?」

「なんとなくわかる。なんなんだろうな?」


今、この歳になると女の声の絶叫シーンが何故恥ずかしいのかはとてもわかる。

1人で見ていても周りを気にしてしまう程にだ。

だが、幼い2人にはそれがわからなかった。


「でもさ、ああいう風に叫ばれるとこーふんするよな」

「うーん。ようこわからない」


そういえばこんな歳からであっただろうか?

俺の泣き叫ばれる声を聴くと不思議と気持ちが昂るのは。

これがSとリ○○に目覚めるきっかけになったのは。


微笑ましさってなんだ?



―――――



思い出せた記憶は多分抹消された方が良かった気がするものだけであった。

いや、本当はもっと普通の兄妹である。

一緒にトークをしながらランニングなどあったものだ。


「ねえ葉子ちゃん」

「えーっと、星虹先輩でしたね」

「光でいいよ。あとは好きに呼んで」


「わかりました光さん」と先輩ではなくさん付けにして頷くと光が疑問があると質問を投げかけるみたいであった。

本当にこいつ距離感縮めるのうまいよな。

光の妹――花ちゃんは知り合いだから置いとくか。

星丸は1人っ子であるのだがこいつにも生き別れの妹が居たと仮定しよう。

俺と会話を交わすビジョンが全く浮かばなかった。


「昔の達裄ってどんな感じだったのー?性格変わっているらしいって事聞きたいなー」


なんと俺への過去暴露な話題であり、千に続いて大体の者が聞きたいと反応を示した。


「優しくて素直だったかな。家族で出かけた時にどこかの名城に連れて行ってもらった時に私高いところが怖くて震えていたらタツ兄が『落ちないように見ててやるし、落ちない様に落ちたとしてもぼくが引っ張ってやる』って手を差し出してくれた事があったね」

「……本当にそれ達裄?私の知ってる奴と別人なんだけど」

「今思えば優しいけど女泣かせになりそうな雰囲気だね」


このエピソードは顔から、いや体中から火というかマグマでも溢れるくらい聞いてられない話だ。

つーか女泣かせって失礼な、んなわけないだろ。

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