メイドのユキ

箱の中から現れる、布面積の広い大きなスカートに、白いリボンタイに白いエプロンに白いカチューシャ、白い首輪、水色のメイド服。

他には化粧品や、女性が身に着けるアダルティな下着。

髪型だけ違うようで、千と同じく茶髪にする為の茶色のカツラなのかと思っていたら、俺に合わせた黒髪のウィッグである。

こんなの付けた事ない。

それに首輪を見た瞬間、光の惨劇が蘇った。


「なぁ、この首輪」

「当然ですね、ニカッ」


まだ全てを言い切る前にばっさり死刑判決が下された。

『ニカッ』って態度、男なら問答無用で蹴りの10発は当然ですね、ニカッってなっていたであろう。


「ふっふっふ~、まずは服を脱がせます」

「俺がそう簡単に脱がせるとでも思うのか」

「私がこの場で自分の服を脱いで裸になりますよ?」

「……脱ぎます」


変態に屈し簡単に脱がされてしまった俺。

異性の、同級生目の前、しかも初対面の彼女でもない女の前で何やってんだと心の中で責められていた。


「覚悟してくださいね」

「お、お手柔らかに……」


怪しい笑みを浮かべる千に俺は引きつった顔しか見せられなかった。

天国のお父さん、お母さんへ。

そしてどこかに居るかはわからない妹へ。

俺は今日、女になります……。



以下、割愛。


「やばっ、可愛い~」


カシャカシャと千のスマホで写メられる俺。

鏡には理想を通り越した、輝きの女神が映っていた。

俺じゃなければ口説いていたかもしれない。


「やっぱり達裄さんってカッコイイけど可愛さもあるよね。少し不機嫌そうな顔が素敵~。その辺に居る女より乙女じゃん」

「ぶっ殺しますわよ千様」


本当に人生で見てきた女のランクでも飛び抜けて好みなのは自惚れではなく本音。

口調は丁寧語、声も俺に合った声を合成させ、PC上で検索して導き出された20種類が選別され、それを俺と千で1つに絞るという手の込んだ遊びである。

急にコスプレ大会をすると言われてやるクオリティが高すぎる。


「あぁ、この胸がパッドだなんて……。ねぇお姉さま」

「貧乳の姉という設定はわたくしは認めません」


俺の声ではないので気持ち悪くないが、マイクが切られてこんな事を口走ったら2度と千の前には立てないだろう。


「名前はタッツーかな?」

「ユキ」

「ユッキーでいい?」

「ユキ」

「……」

「わたくしはユキでございます」

「ユキちゃーん」

「はぁーい」


こうしてメイドのユキがこの世に誕生したのであった。




「ユキちゃん!」


いきなり俺の手を握ってキャキャと喜びながらとても何か伝えたい言葉があるらしい。


「私とメイド界の頂点を目指しましょう!」

「それはとても魅力的なご相談ですわね。勿論却下ですね」

「なんか変な英文を翻訳したみたいな言い方だね」


丁寧語から程々にメイドっぽい口調の吹き替えに変更されるのであった。

この半端なマイク変更はなんなのか?


「ここにユキちゃん含め音ちゃん、山田君、海谷君、光さんの服があるよね?」

「ありますね」


丁寧に畳まれた私服がズラッと並べられていた。


「誰の私服の匂いをかぎたいですか?」

「そんな趣味ありません」


ところでこれって、影太は音の。

星丸は音、影太の。

光は音、影太、星丸の私服をいじるチャンスがあったわけだよな。

当然変態的行動に使えたわけだ。

1人、年下好きの変態が居るんだが……。

……そっとしておこう。

千が俺の私服を手に持った。


「あぁん。男の香り~。目の前の女の子の私服はなんで男物なの~」

「ユキちゃんキック!」


頭目がけて手刀を痛くなく、小突く程度の威力で匂いフェチの地味のくせに変態なメイドに叩きつけた。

しかもリズミカルな曲に乗せて、本当に鼻に私服を当てていた。


「パンチじゃないっすか」

「いや、チョップよ」


痛くない筈なのに叩かれたところを右手で抑える千。

しかし左手には私服がまだしっかり握られている。

こいつ、キャラに一貫性がない!


「今宵はこの程度にしておこう。次の満月が空にある時貴様の私服は私がきっちり着込んでいるでだろう」

「貴方は一体何者なのですか!?」

「メイド服を着た男のあなたにその言葉返させてもらいます」

「こんな時だけ男扱いなんて卑怯であります!」


掛け時計に目をやると既に居間を出て1時間。

既に3時間ぐらい消費したものかと思っていた。

そのくらい濃い1時間だったなと思う。


「そろそろわたくしは居間に行きますわ……」

「ちょっと~釣れないな~」


千を着替え部屋に残し1人部屋から出た。

2人で向こうに行くよりかまだ1人で出た方が気が楽の様な気がする。


「はぁ……」


居間への扉が鉄が材質の如く重かった。

人生で初めて居間に行きたくない瞬間であった。


『では初登場、私のお友達メイドのユキちゃんでーす』


扉を開けた瞬間部屋に残してきた筈のメイドの司会が聞こえて、扉が開いた瞬間クラッカーが鳴らされて、俺に飛ばされるのであった。




これは一体なんだ?

何故千がここに居るのか、1番嘘を言わないであろう恋に説明を求めた。


「彼女ですか?平手千さんと言います。私のお兄ちゃんと一緒に部屋を出て行って少し前に戻ってきて友達を歓迎するからとクラッカーを全員に配っていました。あ、自己紹介が遅れました私は遠野恋です、よろしくお願いします」


余所余所しい説明の後に頭を下げられた。

完全に俺を千の友達のユキちゃんだと思い込んでいる。

というか千を部屋に置いてきたはずなのだが……。


『さぁユキちゃん、自己紹介してみんなを驚かせちゃってよ』


千がアイコンタクトで『驚かせるチャンスだよっやれやれ!』って顔である。

なるほど、これで俺の名前で全員を驚愕させろって事だな。

全員が俺の正体に気付いていなかった。

俺が居ない事に不審がって欲しいものだが、ウィッグにカラコンも付いているし、弱いながら化粧の香り正直別人に仕上がっているのは事実。

この顔を驚きに変えてやりたい、そんな好奇心も無きにしあらず。


「み、みなさん。はじめまして……、桜祭ユキって言います。え?……えっと、どうかよろ、よろしくお願いしますぅ」


なんだこの自己紹介?

「みんな、俺遠野達裄だよー」と口走りこれがメイドっぽい口調に変換されるはずが、何故か揚がり症の萌えっ子みたいな口調になっていた。

それに桜祭ユキって誰だ!?

千は満面の笑顔で、右手には水色のスマホが握られてある。

特殊マイクってアプリで操作出来るんかいと筋違いな突っ込みが思い浮かぶ。


「え?……え、どういう事なのぉ……」


誰も俺の名前に驚愕しなかったものの、俺1人驚愕してしまった。

全部メイドの掌で踊らされていただけであり、悔しさが込み上げてきた。


「あーん。この子メッチャ可愛い~」

「あ!?……んっ」


語尾がニャン設定がいつの間に解除された光が俺に抱き着いてきた。

当然なりは猫耳スク水の羞恥心溢れるであろうもの。

薄い布越しに光の体温や感触が伝わる。


「ユキちゃんなら俺年上でもありかも」

「……」


ロリコンの不気味な声はこの際聞かなかった事にしてスルーした。

そしてチラッチラと見てくる着ぐるみ、怖い。


「身長は意外とあるね。ここには居ないけど達裄っていう子ぐらいあるね。ところで達裄1時間以上居ないけど何してんのかな?」


当然同一人物である。

約175から180センチ近くあるのだが女でこの身長は高過ぎるのではないだろうか?

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