正体不メイド

パチパチパチと千の拍手から周りに伝染し、居間に居る俺以外の全員が拍手をしていた。

どうでもいいが星丸は着ぐるみ、光は手袋をしているのでまともな拍手音は出ていないと思われる。


『おめでとう!』

「おめでとう」

「おめでと~」

「おめでと……」

「おめでとう!」

「おめでとうニャン!」

「おめでとさん」

「……」


「ありがとう」


友にありがとう。

ボッチにさようなら。

そして全てのシスターズにおめでとう。








「え、どういう事?」


思わず乗ってしまった。

まるで打ち合わせでもしたかのような手際の良さで鳥肌が立ってしまっていた。


『すいま千』

「お前謝る気ゼロだろ」

『コホン、……申し訳ありま千』

「変わってないから」

『ごめんなさい』


金色のカラーボールにもう一度目を通してみても平手千の文字。

当然平手千なる謎の箱は見当たらない。

千の顔はとても嬉しそうな笑顔であった。

もしこんな状況じゃなかったらコロッと騙されていたであろうというぐらい輝いていた。


「お兄ちゃん大当たりですね」

「多分大外れだと思うよ」

「でも光ってますよ?」

「そうだね」


恋はこれが大当たりだと信じて疑ってないらしい。

周りのみんなはご愁傷様といった目線で俺を見ていた。

誰かは引くと思ってたさ、それが俺ではないと信じていただけで。


『すごいですね男性チーム、みんなネタ枠を引いてしまいました。みんなネタみたいな人達ですもんね。アハッ』


ネタみたいなメイドにネタとか言われてしまい少し心が傷つく17歳の若造。


『ではでは~、遠野達裄さんをお連れしますね~。司会の変わりは海谷さんにお任せしますので~』

「ま、まじか……」


音と千以外みんな変な衣装に着替えているだけに嫌だとも言えずのそのまま千に無理矢理引っ張られていき、おそらくみんなが着替えた場所であろうすぐ近くの部屋の着替え部屋へと連れられるのであった。

この着替え部屋とは、俺の制服やコートなどがハンガーに掛かっていたり、色々な私服をしまってあるタンスや、その他色々をしまうクローゼットなどが入った狭い部屋である。

部屋の端にはきちんと前4人が着替えた服が並べられているのであった。











『…………』

「なんか喋れよ海谷先輩」


部屋では無言の司会の元、俺の着替えが終わるのを待つみんなの姿があるのであった。







部屋に連れられた俺は怪しい笑みをこぼす千を目の前に立っていた。


「やっと2人きりですね」


逃げようとしていたのだが何故か部屋の隅に俺が追いつめられていて後ろに逃げ場がない。


「ふっふっふ~」

「何者なんだお前?」

「正体不メイドですよ。いや達裄さんすごく可愛くて、ちょっとイタズラしちゃおうかな~、なんて」

「ごめん、怖いです」


そう言って千を押す形で手を伸ばしたのだが、手の位置がちょうど千の膨らみにフィットしていた。

なんでこんなラブコメみたいな展開になってんだろうな?


「あぁ~ん。ドMなわたくしに引き寄せられる達裄さんのドSなお手。これが磁石って事ですね~」

「違うよ、全然違うよ!後くねくねするな!」


磁石の喩えはすごく上手いなと冷静に考える自分と、この状況をどうしようか慌てている自分が居るのであった。

くねくねしている千であったが、近くにクローゼットに当たりそうな位置にいたのだがそれにまだ気付かない千。

普通に当たると痛いのである。


「動くな千!」


くねくねしている千の動きを力で無理矢理押さえつけて、障害物のないところへと千を押して移動させるのであった。

狭い部屋なのに大きい障害物が多い為、俺も着替えで腕を伸ばす時どこかに当たる経験を散々しているので当たらない絶妙なポイントへ運ぶのであった。


「た、達裄さん……、本気ですか?」

「は?」

「ははは。みんなが近くに居るってのに動くななんて言って強引な力で……。力に自信あったのに簡単に抑えるし……。でも誘ったの私だし……」

「何言ってんの君?」


変な事を起こすのではないかと少し怯えて疑う千に困ったものの事情を説明するとなんだと安心した表情になる。


「怖いと思うんならやめろよ……。ったくお前が演技でもお前地味可愛いんだから変な男だったら制御出来なくなるんだから」

「ご、ごめんなさい……」

「……良かった」


溜め息を付く。

流石にここでは真剣に話を聞く千に俺は安心するのであった。


「良かったってなんでですか?」

「……いや、またふざけでもするんなら全力で家から追い出して、今度から恋と光に二度と近づくなって脅してやるつもりだったから。2人はお前を気に入っているみたいだからそうならなくて良かった」

「すいません……」

「別にふざけんのをやめろってわけじゃない。お前のふざけ好きだし」


千に度に入ったおふざけを禁止と強く釘を刺すのであった。


釘を刺した後で非常に言いにくい事が残っていた事に気付く。

頭に血が昇ると制御出来なくなる悪い癖である。


「さっき怒ったばかりで格好悪いけどさ、ごめんな千」

「な、何を謝るんですか!?」


態度が小さくなっていたのだが、謝られた瞬間そんな事無かったかのように慌てふためく千。

説教した30秒後に頭を下げている俺も相当変であろう。


「事故とはいえ胸触ってしまったり、怒っちまったり……。恋や光に近付くなって思ったならそう言って欲しい……」

「……面白いね達裄さんも。全然怒ってないよ。それに恋ちゃんも光さんも自分から達裄さんのところに行きますし念押したところで意味ないですよね?逆に私に対して脅すって言っても2人共私のところにところに来たら意味ないしね」

「そうだな」


全部千は気付いていたんだな。

恋が今日千を自分で誘ったという事でどれくらいお互いが友情を育んでいるかわかっていた。

ただ千に釘刺して少し懲らしめてやりたかっただけだからな。

意図が全部相手に知られているって恥ずかしいな……。


「そろそろお着替えの時間といきますよ達裄さん」

「んで、何に着替えるんだよ?」

「あなたは『平手千』を引いたのですよ。決まっているではないですか!」


全然わからない。

千はニヤッと笑いながらとんでもない事を言うのであった。


「私と同じ恰好をします」

「え?」

「まずは下からいきます?」


いきなりスカートを捲りだす千に俺は反射で目を手で覆うのであった。

黒いアダルティな下着がちらっと見え体温が上がった気がする。


「では脱ぎたてを履きましょう」

「ざけんなぁ!」


千も「冗談です」と言い、続いて「スカート下ろします」という声が聞こえて安心して覆っていた手を下ろす。


「さっきの言葉こそ冗談、フェイントでした」

「オオゥ!」


変な奇声を出しながら千の履いたままのものを直視してしまった……。

この記憶を忘れないよう保存しておこう。

この反応に満足したのか千はクスクス笑いながらスカートを戻すのであった。

この人物は心臓に悪いとアラームが脳内にビンビンと流れていた。


「私の着ているものを着させようとしていたのですがNGみたいですのでさっき準備したこの箱の衣装に着替えてください。当然中身は私と同じメイド服に同じ下着に同じ化粧品が入っていますので」

「……」


お揃いって事かー……。

理想のメイドと褒めた姿に俺も変身かー……。

逃げたい。

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