第5話 誰かに見つけてほしかった
「あれ、バルバラお姉ちゃん。ゆうべはお外にお泊りだったの?」
実家から
年の頃は十歳か、ちょいと贔屓目に見ても十二歳くらい。
しかも美佐緒の『推し』ときている。だからイケメンの名前は極力覚えない主義のオレでも、こいつの名前は言える。
「よーお、ファビアンの小僧。何ちょっくら用事でアビアーティ家にな」
ファビアン・フォンセカ。『澪底のアスタリア』では攻略対象外ではあるもののメインキャラの一人。異例の若さ、というより幼さで『
写真や動画、特に白くて細いあんよの映像を送ってくれと美佐緒に懇願されているのだが、オレ的に人権のないイケメンならともかく、この年頃のガキ相手にそれはさすがに犯罪すぎる。『機会がないんだよなぁ~』と適当に流し続けるのもそろそろ辛くなってきた。
「てめーは何だ、日なたぼっこか? 日光浴びたらショックでぶっ倒れそうな見た目のくせに、まるで隠居爺さんだな」
「この時間はここが一番日当たりよくて気持ちいいんだよ。バルバラお姉ちゃんもジーナお姉ちゃんのお尻ばっか追っかけてないでたまには一緒にどう?」
「ゴメンだね、誰がてめーみてぇなクソガキと。で、そうそうジーナお姉ちゃん、そのジーナお姉ちゃんだよ」
顔の前でぱんっと手を打ち、オレはファビアンの面を覗き込んだ。
「ジーナちゃん今どこにいるか知ってるか? 渡したいモンがあんだよ」
「ジーナお姉ちゃんなら半時間くらい前にそこの花壇でお花に水あげてたよ。ってことは、たぶん今は寮の西側の三つ目の花壇あたりじゃないかな? 途中でお腹痛くなってお休みとかしてたら別だけど」
経過時間とジーナちゃんの水やりスピードを踏まえて瞬時に(たぶん)的確な回答。これだから天才少年ってやつは。今はまだガキだからいいが、あと三歳年が上だったら絞め殺したくなってたに違いない。
「ありがとよ小僧」
「いいよ別に。ちょうど本のキリのいいとこだったし。あっそうだ、ジーナお姉ちゃんのとこ行く前にお菓子いっしょに食べる?」
「いや、いい……」
このガキ、会うたび菓子を勧めてくるんだが、チョイスが大体ジジむさいんだよな。黒飴っぽいのとか酢昆布っぽいのとか、やたら薄いオブラートに包まれたゼリー菓子(しかも梅味)とか。そんな訳で、美佐緒に『兄貴は何にも分かってない』とか呪詛を吐かれつつ、毎度丁重にお断りしているオレである。
「おかえりなさい、バルバラ!」
「ただいま、ジーナちゃん!」
ファビアンの言った通りの場所に行くと、確かにいた。花壇のオレンジの花に水をやっていたオレの天使が、植わった花よりキレイな笑顔で出迎えた。可愛い。ああー抱きしめたい。
『萌葱の記憶』を渡すとそりゃーもう喜んでくれた。お礼に今度クッキーを焼いてくれるそうだ。マジで? ジーナちゃんの指先がコネコネした粉の塊を摂取できる? もしかしてオレそろそろ死ぬ?
いやー嬉しいね。図書館で行方不明になった同じ本がまだ出てこないとか、これに比べたら心底どうでもいい話だね。
天国のような空気を満喫していると、テロンと胸元でスマホが鳴った。
取り出して、美佐緒からのLINEメッセージを読む。
『バルバラの日記、一晩考えたけどやっぱ読んだ方がいいと思う。兄貴、ゲームのバルバラじゃありえない行動取りまくってるし、それが原因で予想できない展開になるかもだし。自己防衛、緊急避難だと思えばいいんだよ』
眉間に皺が寄るのを感じた。
そうだ日記だ。結局、読むか読まないかゆうべは決めきれなかった。ついでに翌朝屋敷を出る段階でも決まらず、『萌葱の記憶』と一緒に荷物に押し込んで帰省から戻ってきたのだ。
状況を考えれば、読まないのは馬鹿だろう。自分でも分かっている。美佐緒という助力があるとはいえ、自分にとって完全に未知な世界にただ一人いる状況は変わらない。ゲームのエンドにはバルバラの死や不幸につながるものもあるというし、やれることなら何でもやって自衛するのが最適解だ。
分かっている。
それでもやっぱり、革張りの表紙を開くのがためらわれた。
ゆうべのルーカとの会話で再確認できた。この世界の人物一人一人は、やっぱりただの『ゲームのキャラクター』ではありえない。決められた設定をなぞるばかりじゃなく、自分の頭で考え、心で感じ、体で行動する。オレが生まれて育った世界の住人と変わらない一個の人間だ。
そう考えていくと、今までまともに考えたことのなかった――いや、極力考えないようにしていた一つの現実に突き当たる。
バルバラ・アビアーティもまた一個の人間であるということ。
で、あるなら。
秘めた思いをしたためた文章を、本人の意思を無視し暴いて踏みにじる。そんな行為は絶対に許されちゃいけないと思った。まして自分の手でなんて絶対にやりたくなかった。
まぶたの裏によみがえる情景がある。誰かが封筒を手にしている。中から取り出した便箋に書かれた文章、あまりに稚拙でそれでいて真剣な愛の言葉を読み上げ、周りの大勢と一緒に、どっと笑う。
奥歯がきしむ。許しちゃいけない、許したくない。どんな理由があったって。
「バルバラ?」
スマホを胸元に戻したところで、ジーナちゃんの声に我に返った。
「どうしたの? 怖い顔して」
「そう? 寝不足かな。ゆうべお母様と喧嘩してさー、はらわた煮えくりかえって寝つけなかったんだよねー」
ジーナは怪訝そうに小首をかしげ、『そう、ならいいの』と言った。『でも何かあったらきっと相談してね』とも。
なんて気遣いのできる子なんだ!
ひとしきりヘラヘラ笑ってごまかした後、ふと思いついたふりをして、聞いてみた。
「ねえ、ジーナちゃん。ジーナちゃんから見たバルバラ・アビアーティ……記憶を失う前のオレってどんな感じだった? 何度か話してくれたけど、今度はもうちょっと具体的に。毎回さらっとだったから」
ぱちり、と、亜麻色の睫毛がまたたいた。
「どうしたの、いきなり。今までそんなこと自分から聞いてきたことなかったのに」
「気まぐれだよ。気まぐれだと思ってよ」
いつかこの娘に、オレの置かれた状況を打ち明け協力を求める日が来るかもしれない。だとしても、この胸の中のモヤモヤした気持ちだけは知られたくない。オレの中の暗くてドロドロした部分を、天使のような彼女に見せるのは我慢ならなかった。
ジーナちゃんはしばらく考え、やがて口を開いた。
「前のバルバラのことは、ずっと走ってる人だ、って思ってたわ」
オレがピンと来てない様子なのを見て取って、補足する。
「立ち止まっていても座っていても、窓辺で日の光を浴びて本を読んでいても、美味しいお茶を飲みながら優雅にお話していても、心のどこかでずっと走り続けているの。どこかを目指しているのかな、と最初は思ってた。でもそのうち」
何かから逃げている、と感じるようになった――
ぽつりと、ジーナちゃんはそう言った。
「『何か』の正体に、心当たりはないんだ?」
「ごめんなさい、具体的には分からない。大きなお家のお嬢様だから、色々重圧があるのかな程度に思ってた。でも、確証があるのかって聞かれたら……」
鳶色の瞳が静かに揺れた。
「根拠は何もないの。本当に、わたしの印象だけの話」
「いいよ、それが聞きたかったんだ」
ジーナちゃんは、王国南部の片田舎の、平凡な、いやむしろ貧困寄りの家庭出身だ。大工だった父親は工事中の事故で働けなくなり、夫を支えようとした母親も無理がたたって体を壊した。弟妹はまだ小さく、現状貯えはあるもののもう何年も保たない。ジーナは高位公職につき家族に楽をさせるため、魔力と成績の要件さえ満たせば学費無償の『
蝶よ花よと育てられたバルバラとは、何から何まで百八十度真逆。
でも、そんな彼女にしか見えないものがきっとあると思った。
「あのね、バルバラ。わたしね、前のバルバラについて、忘れられない記憶があるの」
ぽつり、とジーナちゃんが言った。オレはうなずいて先をうながした。
「バルバラがバルコニーから落ちた事故の、二、三週くらい前だったと思う。普段は立ち入り禁止の時計塔、あるでしょう。あそこのホールで魔術の研究成果発表会があって。そのとき、わたし、先生に呼び出し受けていたせいで入場が遅れたの。そのせいで、いつも入るのとは別の扉からホールに入れっていわれて」
指定の扉に向かったところ迷ってしまったのだという。
「それで、あちこちぐるぐるしてたら、ほら、あの、大きな
ステンドグラスで飾られた円形の窓だ。外からは目立つが、中から見た経験のある生徒は多分ほとんどいない。
「そこに、バルバラがいた。驚いたわ。だってバルバラ、発表会の発表者の一人だったのよ。本当なら控え室で発表の準備をしていたはずなの」
しかし、現実にバルバラはいた。
顔を覆って、声を殺して。
静かに、それでいて確かに。
「泣いて、いたの」
息を吐くように言ったジーナちゃんの眉根はきゅっと寄せられていた。
「わたし、道を聞こうと思っていたのだけど。誰だってそんな状況で、同級生に一人でひっそり泣いてるところなんて見られたくないでしょう。だから、気づかれないようにそっと引き返そうとした。でも、それより早くバルバラがわたしに気づいて、わたしを見て」
怒りの声を上げると思ったという。
当時のジーナちゃんにとってバルバラは、何かにつけて自分を目の敵にしてくる存在だった。見た目同様心根もエンジェルなジーナちゃんであるから恨みとか憎しみとかはなかったと信じるが、まあ普通に考えて気持ちのいい展開は予想できない。よくて面倒な流れ、悪くて修羅場になると覚悟した。
だが。
「バルバラね、笑ったのよ」
目の端から溢れてくる涙も拭かず。
唇を小さくほころばせて。
「安心した、って顔だった。まるで、お母さんからはぐれた迷子の子どもがようやく見つけてもらえたみたいに。すごく、きれいな笑顔。……わたし、なんであのとき立ち止まらないで行ってしまったのかって、今でもたまに思い出して、後悔する」
足を止め、駆け寄り、尋ねればよかった。どうして泣いているのか、泣かなければならないのかと。
そうジーナちゃんは言った。
「そのときは、そこまで考えられなかったけど。後になって思った。バルバラは見つけてほしかったのかもしれない。ずっとずっと背負っていて、逃げていた――あるいは逃げ出したかったものがあって、誰かに聞いてほしくて、でも言えずにいたのかも、って」
「ジーナちゃん……」
「バルバラがバルコニーから落ちたって聞いて、後悔はますます強くなった。まず頭を打って生死の境をさまよってるって聞いて、次に記憶をなくして全然違う人みたいになってるって聞いて」
後半については苦笑いするしかないが、それはともかく。
「ねえ、ジーナちゃん。記憶喪失になって周りにドン引かれてるオレに、それでもかまわず話しかけてきてくれたのは、もしかして、その後悔のせい?」
――おはよう、バルバラさん!
――怪我の調子はどう? まだ痛い?
――困ったことがあったら何でも言ってね!
この時もう美佐緒の助けがあったとはいえ、まだ分からないことが多すぎた。右も左も未知、未知、未知。周りは遠巻きに見てヒソヒソ囁き合うばかり。
そんなとき出会ったジーナちゃんの微笑みは、太陽よりも輝いて見えたのだ。
泣いていた『前のバルバラ』に手を差し伸べなかったのを悔いていたから、今のオレに声をかけてくれたのか。オレの問いに、ジーナちゃんはほんの少しだけ目を細めた。
「そうかもしれない。うん、きっかけはきっと、そう。後悔」
そして、白い手を差し伸ばしてくる。オレの手をゆっくりと包みこみ、握りしめた。
「でも今バルバラとこうして一緒にいるのは、バルバラが大好きだから。それだけよ。そこは後悔も何も関係ないわ」
胸元でピロン、とスマホが鳴った。
美佐緒からだ。また日記を読めとの催促だろう。
ピロン、ピロンと鳴り続けるスマホに、オレは反応しなかった。ジーナちゃんの柔らかい手を、何も言わずにそっと握り返した。
寮の裏の花壇にも水をやるというジーナちゃんと別れ、オレはしばらく図書館で時間を潰した。まっすぐ自室に戻る気になれなかったからだった。
だが適当に選んだ本を三分の一も読まないうちに、さっぱり内容が頭に入ってこないことに気がついた。
ジーナちゃんに手を握ってもらえて浮かれているからか。いや違う。バルバラの日記の件が、こびりついたように頭から離れないのだ。
オレは読書を諦め、出会うタイミングの悪かった本を書架に戻した。そして、自室に戻ろうと女子
男子
この大玄関に一歩でも踏み込めば、たとえ男性教師であれ男は簡単には踏み込めない『女の園』が広がっている、はず、なのだが。
「おい何やってんだそこの変態」
「変態?」
大玄関入り口のど真ん中に腹ばいに寝転がっていたそいつは、跳び上がるように上半身を起こした。
「変態! おお、この神聖な学び舎に変態とは! これは一大事このウィリディス主人様をお守りせねば!」
「おめーだよ、おめー」
自販機サイズの長身。風を受けてふわりと流れる灰緑色の巻き毛。深山幽谷ってやつを連想させる深いグリーンの瞳。
ウィリディス・キケーロ。容姿端麗にして文武両道、どこをどう見ても非の打ちどころのないイケメンにして、オリハルコン製筋金入りのドM野郎。
「ははは異な事を、僕はただ今日もご主人様がご健勝と確認し、ついでにその美しいおみ足で踏みにじっていただこうというだけです。下着ドロや風呂覗きのような品性を欠くケダモノどもや、子供じみた執着の権化のアレクシオスと一緒にしないでいただきたい」
「お前が変態じゃねえってんなら、この世から変態が絶滅しちまうんだが?」
今のこいつの体勢ならちょいと目線を上げるだけで、スカートやドレスの中身も実に良い位置から拝めるはずである。並の男が同じことをするなら間違いなくそっち目当てだ。
だがこの被虐趣味野郎にはそういう発想はなさそうだった。純粋に心の底から熱烈に、オレに思いっきり踏みつけてほしいだけだ。うん、正直そっちの方がキモいけどな。
しっしっと犬に対するようなしぐさで追い払いにかかったが、ウィリディスの野郎めげた様子もなく、
「『萌葱の記憶』をジーナ嬢にお渡しくださったそうで」
「え? ん、ああ」
そういや元はこいつの紹介だったな。おかげで合法的にジーナちゃんの手作りクッキーを食す権利を得られたわけだし、まあ今日くらいは邪険にしないでおいてやるか。
「正直申し上げて僕はその本、それほど面白いとは思いませんが。一人の書を愛する者として、読みたい本を読みたいときに手に取れない切なさは痛いほど理解できるのでジーナ嬢にご紹介した次第です。しかしこれほど早くお渡しいただけるとは、さすがは友情に篤いご主人様」
「ははは……」
「その美しき友情に感じ入りましたので、もうこれは踏んでいただくしかなかろうと」
な・ん・で・そ・う・な・る。
前言撤回、やっぱ今日も全身全霊で邪険にする。
ウィリディスの奴、そこで『はっ』と電撃に撃たれたような顔をした。
「そのお顔……もしやご主人様妬いてらっしゃる? この体勢では僕がご自身以外の方にも踏まれるかもと? ああ何とお可愛らしいご主人様! ですがどうぞご心配なくこのウィリディスは骨の髄までご主人様の物! 今日まで鍛えぬいてきたこの体、他の者には指一本と触れさせませんとも! 更に、更にです、ご主人様のご命令とあらば、それが何であれこのウィリディス命に替えても――」
「そうかオレの言うこと何でも聞くってか。じゃー帰れ。寮の自分の部屋に帰って布団ひっかぶって寝ろ」
「ご主人様ぁ!?」
変態が悲痛な声を上げた。
「じゃかぁしい何でも聞くんだろガタガタ言うな。大体なんでそんなに踏まれたい、しかもよりにもよってオ・レ・に!」
「痛みは人が最も生の実感を得られる崇高な感覚なのですよ!? それが親愛なる方、敬愛する方のおみ足による痛みなら尚のこと! お分かりになりませんか!?」
「分かるか馬鹿」
再び犬を追い払うしぐさ。シッシッシッ。
「あいにくとオレぁ日記のことで頭いっぱいでな、イケメンと変態の二重苦野郎に時間割く余裕はねーんだよ。さあ帰った帰った」
「せ、せめて、別れのご挨拶がわりにヒールの底にキス……ああ……!」
腕が伸びてくるのを無視し、オレは大玄関に踏み込んだ。
そうだ日記。気にかけるべきは何をおいても、日記だ。
等間隔でドアの並んだ廊下を進み、自室のドアを開け中に入る。
実家の華麗な調度品には程遠いものの、置いてあるものはやっぱりいちいち豪華である。壁には手のかかったタペストリー(アスタリアと思われる女神が泉に身を浸している様)。ワードローブの表板にはキラキラ輝く切った石? 貝? が貼りまくられ、置時計の文字盤にもきらめく透き通った石が敷き詰められている。あの、まさかとは思うけどこれ、ダイヤじゃないよな? この世界の文明レベルでこんな高度なカットできないよな? それとも魔術による加工か? 土系の。
ドアを閉めて、スマホを取り出す。予想に反して、日記を読むことへの催促ではなかった。
『兄貴、妹様は明日数Iの小テストです。LINE見る頻度落とすからそのつもりで、不用意な行動はつつしむように』
どっちが上のきょうだいかわかったもんじゃない。
オレは部屋のカーテンを開けスマホを窓辺に置いた。LINE連絡の頻度が落ちるなら、その間に充電しておくのがいいだろう。電気なんざ通っちゃいないこの世界だが、どういう理屈か日光か月光に当てておけばスマホの充電は回復する。理屈はさっぱり分からないがおかげで助かっている。
さて。
オレは視線を動かす。実家から持って帰ってきた荷物に手を伸ばし、中から革張りの日記帳を取り出す。
中には、バルバラという一個の人間の思考が凝縮されているはずだった。
表紙に手をかけようとして、指が止まる。脳裏に焼きついた忌まわしい光景が行動のブレーキを踏む。取り上げられる封筒、引きずり出される便箋、読み上げられる文面、愛だの大切だの一生だのずっと一緒にだの青臭い単語の群れ、残酷な笑い声。
きつく唇を噛んだとき、陽の射すような声が頭に割って入った。
――バルバラは見つけてほしかったのかもしれない。
分からなかった。ここで日記帳を前にどれだけ考えても、答えはきっと出ないに違いなかった。
選ぶのはオレだ。選んだ道が間違っていたとき報いを受けるのもオレだ。一人の女の子が隠し通したかった真実を暴きたて、かつてオレを踏みにじった存在と同等のクズに堕ちるのもオレなら、重要な鍵を秘めているかもしれない手がかりをあえて放置し、虚しく死を迎えて妹やジーナちゃんを悲しませるのもオレだ。
ただ、オレは。
「ありがとう、ジーナちゃん」
呪文のように、この場にいない彼女への感謝を口にした。
そして、高い技術でなめされた革表紙を開いた。
腐敗したヘドロが香る苦汁の記憶と、オレに陽だまりのような笑顔をくれる彼女からもらった助言。
後者を信じようと心に決めたのだ。
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