第42話
直樹はずっと、おかしいと思っていた。
彼女にまつわるおかしな事はたくさんあったが、それでも、それらは際立って、奇妙であった。
一つ目は、パレード遭遇後の別れのタイミングだ。
彼女はパレードを抹殺し、大量の核を直樹の口内に注ぎ込んで去っていった。
核を大量に注ぎ込むことで直樹のツノの増加を、進化を促した。そして、進化が確認された直後、激痛で直樹の意識が飛ぶ寸前のことだ。
なぜ彼女は、もう一度、その不自然なタイミングで直樹の口内へ粒状のものを投与したのだろうか。
核を大量に投与することと、進化中に粒状のものを投与すること、この二つの行動を不自然に分けて行った理由は何であろうか。
この出来事に関する疑問はまだある。
進化中に投与されたもの。それは間違いなく核に似たものであった。
核を摂取すると暴力的なまでのエネルギーに満たされる。だが、進化中に流し込まれた粒状のものからはエネルギーの奔流を一切感じなかった。
二つ目は彼女を看取ったタイミングでのことだ。
死の直前、彼女はパレード後の別れの時と同じように直樹の口内へ核を流し込んできた。全部で七つであった。状況からして、おそらく彼女の核だと思われた。
核の七つ持ちと考えたらとんでもないバケモノ、途轍もないエネルギーの持ち主だろう。直樹にとって遥か格上だ。
つまり、核を摂取して、直樹が進化をしないはずがない。
直樹のツノは依然として四本であった。
それどころか、彼女の七つの核からは不自然に全くエネルギーの奔流を感じられなかった。
結局のところ、今の段階では何もわからない。
だが、推測ならできる。
もしかしたら、パレード後の別れの時、彼女が直樹にタイミングを遅らせて投与したものは彼女の核やそれに相当するものであったのではないのだろうか。
進化は激痛を伴って、体構造に劇的な変化をもたらす。ツノが増えたことや身長が伸びたことが好例だ。進化中の特殊な環境は、もしかすると、彼女の何かを核とともに直樹の体内に潜り込ませる絶好のチャンスであったのかもしれない。
そして、下準備を終えた彼女は直樹の体内へ所持する八つの核を全て移すことで、なんらかの方法でもって意識を、魂を移すことに成功したのかもしれない。
あまりにも話が飛躍しすぎだろうか。
原理などさっぱり知らない。
だが、直樹は似たような事象を知っていた。
とある異世界の高校生の話。
気がついたら小鬼に魂が乗り移っていた話。
転生の話。
自分にありえて彼女にありえないなんてことはあるのだろうか。
もし自分が乗っ取ったとしたならば、自分が乗っ取られないなんてことはありえるのだろうか。
体の制御権は今、彼女の下にある。
直樹は自分の目で、他人の動かす自分を只々見ているしかなかった。
助けるために、助かるために、直樹はそれを望んだ。
それでも直樹は思う。
自分はこのままどうなってしまうのだろうか。
***
砲撃を深紅の帯でもって防いだ『直樹』は、足かせとなっていた岩もコウという呼び名の帯に命令して砕かせた。
そして、立ち上がる。岩に下敷きとなりぐちゃぐちゃになっていた脚を即座に治して、二足でしっかりと立ち上がる。
砲撃により吹き飛ばされた左腕も瞬時に再生させる。
それから、様子を伺う戦車を尻目に、体を試すように動かし始めた。
後ろでは舞とサクが一変した『直樹』の様子を呆けながら観ていた。二人には『直樹』の雰囲気が、動きが、先ほどまでと何もかも違って見えて、まるで別人のように感じられた。
一方、戦車は変化に気づいているのか。気づいていたとして、どのように感じているのか。そもそも何かを感じているのか。ただ、砲身を向けたまま、一切動かない。
「やっぱり扱いづらいわね、鬼は」
『直樹』はそう口にすると自身の能力の確認作業をある程度終えたのか、佇まいを変えた。
女性的で艶めかしい印象を抱かせていた雰囲気や笑みが引っ込められ、眼に映るものを支配せんばかりの危ない雰囲気を漂わせる。
臨戦態勢といえる空気感は周囲を一気に緊張させる。
最初に動いたのは、『直樹』であった。
『直樹』はただ直線的に、まっすぐ戦車へ向かって走り出す。
やはり小鬼にとって遠距離戦はあまり好ましくないのであろう。それに、相手取る戦車は超巨体であり、見た目も硬質的だ。生半可な攻撃をつきつけてもただ消耗するだけである。
『直樹』の前進に対し、戦車も反応する。向けていた数多の砲身による一斉射撃。
ドドドと連続して爆発音が鳴り響く。
砲撃の嵐。元々更地ではあったが、一寸先はさらに整備されていることだろう。
そんな中を『直樹』は走り続けた。針の穴を通すように、砲撃の嵐を避けて着実に戦車との距離を縮めていく。
まるで砲弾の嵐がどう吹き付けてくるか見えているみたいに。
まるで未来がわかるかのように。
やがて、距離を詰め、戦車の足元までたどり着いた『直樹』は淡々と命令する。
「コウ、弾幕」
『直樹』の命令に従い、深紅の帯は形状を変える。
今まで、コウは着物の帯のまま何重にも重ね折られた分厚さを保っていた。だが、コウは自身の表面積を最大に見せられるように、薄く大きな一枚の布となる。
そして、広がったコウに『直樹』の右手が触れられた。
すると、『直樹』の右手首に腕輪のような模様が浮かび上がり、赤く輝き始める。
そして、その輝きに呼応するようにコウの表面から無数の、形を持たない弾丸が射出された。
ドドドと戦車に着弾する音が無数に鳴り響く。
だが、音に反して軽い。戦車の巨体に積もった土埃を巻き上げただけで傷は一切見受けられない。
しかし、その攻撃の行く末を見届けることなく、『直樹』は跳び上がった。
「コウ、槍」
再度コウへ向けて指示を飛ばした『直樹』は、高層ビルより太く大きな戦車の脚に飛びつく。
そして、槍状に変化したコウをピッケルのように引っ掛けながら器用に駆け上がっていく。
その様を見て煩わしさを覚えたのか、戦車が動いた。気がつくと砲塔の一部が再び『直樹』に向けられていた。
そして、戦車はそれを『直樹』へ向けて放つ。自らの足諸共に。
轟音とともに放たれた砲弾、だが、その狙いはまたも阻まれる。
『直樹』はピッケルとなっていたコウを瞬時に引き戻し、再び盾状にした。
そして、戦車の砲撃に対して盾状のコウを前にだし、触れている右手首を赤く光らせる。
それから、なんとも不思議な現象が起こった。
コウを襲う砲撃の数々。それらが着弾したと思ったら、その瞬間消えていった。衝撃音も何もなく急に消失した。
この吸収とでもいえる防御によって『直樹』は無傷で砲撃を免れた。
だが、これで一安心ともいかない。
砲撃に効果がないと知った戦車が別の手を打ってきた。
突然、浮遊感が『直樹』を襲う。
「あら? 浮いてるわね」
やがて気がつく。浮いたのは『直樹』だけではない。
浮いたのは、跳んでいたのは戦車だ。
全長四十メートル以上の巨大龜の跳躍と落下。とんでもないエネルギーが動く。
ほんの少しの時を経て、ようやく、戦車の運動が跳躍から落下へと変わっていった。
徐々に、急速に落ち始めた戦車の体。
曖昧な浮遊感が重力に引っ張られる強烈な落下感へと変貌していく。
その光景を見て、感じて、『直樹』はさらにアクセルを踏み込むようにペースをあげて戦車の脚を登り続けた。
ドシィィィン、と豪快な着地音とともに、震度七を超える大地震が起きていると錯覚させる揺れが発生する。あまりに強烈な振動は地面はおろか空間そのものを揺らし、犯しているようでさえあった。
戦車から距離を置いていた舞とサクでさえ揺れと衝撃で跳んできた岩に四苦八苦させられている。
それでも『直樹』は変わらず、登り続けていた。
その様子を感じてか、戦車は着地したばかりの脚で休む間もなく、再度跳ぶ。
超巨体でのジャンプは自身への負担も相当だろう。それでも、迷いなく決行したのはそれだけの得体の知れない恐怖を『直樹』から感じているからだろうか。
戦車の動きを見ても尚、『直樹』はコウを上手く用いながら登り続ける。
だが、戦車の動きは先ほどと同じではなかった。
戦車は跳ぶ。ここまでは同じだ。
だが、跳んだ後、空中で、膝を、脚の関節を折り曲げたのだ。
「チッ……」
『直樹』はそのダイナミックな嫌がらせに舌打ちを漏らす。
脚の関節、その折れ曲がりの頂点にはちょうど、『直樹』がいた。
戦車は『直樹』をその圧倒的質量をもって圧殺しようとしていた。
戦車のニードロップはより角度を深め、やがて、地に向けて速度を増していく。
おそらくどんな生物も簡単に圧殺してしまうであろう、局地的に大きすぎるエネルギーを持った一撃。
だから、『直樹』は当然、避けさせられる。登り続けることなど不可能だ。
『直樹』は戦車のニードロップから空中に飛び出して逃げる。
だが、それも戦車には予測済みであったのだろう。無数の砲台が空中の『直樹』を捉えている。
しかし、『直樹』もただ無策で空中へ飛び出したわけではなかった。
「コウ、鎖鎌」
命令を受け、コウが鎖鎌のように、先端が鎌状になったムチへと形状を変化させる。
そして、『直樹』は戦車の砲撃をその碧眼で見切り、届く位置にまで落ちてきていた戦車の甲羅の端にコウを引っ掛けた。
落下速度の差と敵の動きを利用した行動、『直樹』の目指していた戦車の背への登頂が果たされる。
『直樹』は淡々と目的を為すための最善手として空中に身を投げ出し、そして目的を成したのであった。
まんまと出し抜いた『直樹』が戦車の甲羅に当たる砲台の草原へと降り立つと同時に、大きな大きな振動が身を襲う。
その振動も収まらないうちに、『直樹』は迷わず目的地へ向かって走り出した。
自身を狙い撃ちしてくる数多の砲撃を躱しながら、駆ける。
やがて、辿り着いたのは、戦車の四本脚のなかでも二本の前脚にあたると思われる脚の付け根のちょうど中間点。地球の亀の構造と同様であれば、頭があると推測される場所であった。
『直樹』はその場で立ち止まると、口を開く。
「久しぶりね」
『直樹』は地面に向かって声をかける。
既知の存在へかけられる言葉。
まるで、親しい存在と親睦を深めているかのような空気感さえ伴っていた。
いつの間にか、戦車の砲撃は止まっていた。
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