第41話





 ドォンと砲撃音が洞窟を震わせる。

 何度となく止まずに鳴り響く轟音。

 すぐそばの声さえ拾いづらい。


「どうなってるんだこれ?」

「わ、わかんないわよ」


 直樹の怒鳴り声に舞がこれまた声を張り上げて返す。

 直樹のアイディアは単純明快、自身が伝ってきた小径を再び遡っていこうというものであった。戦車は全長四十メートルを超える超巨体。入り組んだ小径の奥底まで気づかれずに逃げ込めれば、ひとまず、戦わずとも済む。勝算はゼロではない。まぁ、なりふり構わず洞窟を崩落させてきたら、勝ち目は一切なくなるのだが。

 また、ドォンと砲撃音が鳴り響く。

 窪みの外から、広場の方から鳴り響く。

 砲撃とともに地面が砕ける音も聞こえてくる。

 直樹たちは戦車によるランダムな砲撃の嵐に遭遇していた。

 そして、それにより小径への無事な移動経路を取れていないことから、未だに脱出が叶わないでいた。さほど遠くないとはいえ、窪みから離れた距離にある小径の入り口。重傷者を抱えている以上できる限り安全に行動をしたかった。

 砲撃の嵐が止むのを待つ直樹たち。

 だが、最初にそれに気がついたのはサクであった。


「……なぁ、お前ら。気づいたか? 戦車の砲撃の法則性」


 直樹はサクの言葉の示す意味が何のことだかさっぱりわからない。

 だが、舞にはピンとくるものがあったようだ。


「やっぱり……これ、適当じゃなくて、埋めてきてますよね」


 舞の言葉で直樹もハッと気づかされる。

 戦車の砲撃は一見デタラメであったが、その実、確実に舞たちを追い詰めるように放たれていた。一発一発、計算して、逃げ場を制限していくように。

 次の瞬間、ドガァァンッと直樹たちのすぐ近くで大きな着弾音が響く。砲撃の余波が揺れとなってダイレクトに直樹たちを揺さぶる。

 現状に一同、顔をさっと青ざめさせる。

 窪みに隠れていようが、もはや関係ない。完全に追い詰められてしまった。

 今度放たれる砲撃は自分たちを捉えてしまうかもしれない。

 絶望的な状況に動揺する一同。だが、次の行動は早かった。 

 最も早く、最も切羽詰まった様子でサクが声を張り上げた。


「お前ら、強行突破だァ! 走れェッ!」


 最も経験のあるサクが小径への強行突破を選択し、指示する。

 これ以上安全を待ち続けたところで木っ端微塵になるだけだ。もう穏便に逃げることも叶わない。

 サクの指示に従って、一同は動き出す。直樹がサクを多少乱暴ではあったが担ぎ上げ、舞も直樹に続いて走り出す。

 だが、遅かった。

 一発。

 その一発は他の大量に放たれている砲撃の嵐と同じものであるにも関わらず、直樹たちにはやけに鮮明に聞こえてきた。

 射出される爆発音。

 風を切り裂いていく音。

 岩の壁に直撃する音。

 そして、岩の壁を、窪みを、粉砕する音。


「うぉぉっっ」

「きゃぁぁっっ」


 直樹たちは崩れ落ちてきた岩から精一杯逃れる。

 だが、崩落により起きた石つぶてや風圧が直樹たちを逃さない。

 直樹たちは無防備に広場へと投げ出された。

 窪みが壊れた際に巻き上がった粉塵で咳き込む。


「コホッ……っ痛ったぁ」


 舞が咳き込む声が聞こえる。そのすぐそばで、直樹とサクも倒れこんでいた。

 サクは直樹が投げ出したことで何とか命を取り止めていた。

 ただ、直樹は、間に合わなかった。


「か、河田っ……脚が⁉︎」


 舞の言葉の通り、直樹の脚は押しつぶされていた。窪みが崩落した際に飛び散った大きな岩に下敷きにされていた。

 いくらヒトより硬くて頑丈な鬼の体とはいえ、巨大な岩が降ってきたら防ぎようもない。

 圧倒的格上相手に脚を失い、足枷すらつけられるという絶望的な状況。

 しかし、直樹は反射的に叫んでいた。


「江本! おっさんを担いで行け!」

「でも、河田が!」

「俺はいいから早く!」


 直樹は舞へと向かって指示を飛ばす。

 深く考えた言葉ではなかった。でも、自然と、彼女たちには生きて欲しいと思い、文字通り口を衝いて出ていた。

 舞は泣きそうな顔で、いや、泣き出しながらもサクを担ぐ。

 非力な彼女では引きずるような形となってしまったがそれでも、必死に動き出す。

 目指すは小径。巨体が入り込めない天然の迷路。

 だが、現実は無常であった。

 戦車より一発、ドォォォンと砲撃音が発せられる。

 すると、舞の進行方向から岩が崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 崩落だ。

 頼みの綱、小径への繋がりが一瞬にして断たれてしまった。


「そ、そんな……」


 舞は肩から支えているサクと一緒に力なくへたり込んでしまう。

 唯一の逃げ場を奪われてしまった。

 直樹は脚が潰れた強烈な痛みに意識を朦朧とさせながらも、すべての元凶、戦車を睨みつける。

 すると、戦車もこちらを向いていた。

 顔や頭が見えないから奴の体の向きは一切わからない。

 それでも、無数の砲身はすべてこちらを向いていた。

 まずは一発、威嚇射撃。砲撃音が響き渡る。

 戦車にとっては小手調べのつもりだろう。

 だが、直樹たちにとっては一発一発が即死級だ。


「うおォォォッ!」


 【ツノ盾】!

 直樹は雄叫びをあげて己を奮い立たせ、ツノを盾のように変形し、少しでも弾道を変えようと試みる。

 本当は砲撃を受けずに躱してしまいたい。

 しかし、直樹は岩が足かせとなって一切移動できない。それに、直樹の背後の射線上には舞とサクがいた。

(通して、たまるかっ!!)

 砲弾がツノ盾と激突する。

 直樹の必死の迎撃。

 決意を込めた甲斐あって、それは目的を成した。

 ツノ盾でもってなんとか砲弾の軌道を逸らした直樹。背後の舞とサクを守ることは叶った。

 だが、ツノの絶望的な軽さは重厚な砲撃に対してほんの少ししか意味をなせなかった。


「がァァッッ」

「河田っっ」


 直樹の叫びが響き渡る。

 舞の悲鳴がこだまする。

 今の一発で直樹は左腕を簡単に吹き飛ばされてしまった。

 だが、その悲鳴さえもすぐさま掻き消されていってしまう。

 戦車は非情であった。

 追撃を表す砲撃音がさらに何発も、鳴り響く。

 その様子を見て、直樹は思った。

(あぁ、せっかくヒトと、同級生と再会できたというのに……こんなにすぐに終わってしまうのか)

 久しぶりに、いや、生まれて初めてかもしれない。思い出話を共有できて、ちょっとの間だけだったけれどすごく楽しかった。

 できることなら、もっと話をしてみたかった。

 それに、洞窟の外に出てみたかった。

(とはいえ、こりゃぁ、無理だなぁ……)

 相手は戦車。聞くところ外の世界で最強クラスのバケモノらしい。

 しかも一番相性の悪い、遠距離特化タイプ。

 直樹がこれまで向き合ってきた危機の中でも、最悪にどうしようもない類の危機。

(もうダメか……)

 直樹は意気消沈し、項垂れる。

 今まで散々、絶望的な状況に逆らってきた。

 なんとか折れずに踏みとどまってきた。

 そうやって、ここまで生き抜いてきた。

 でも、ここまでだった。

 だが、そんな絶望に暮れて走馬灯でも流れだそうかという時であった。


 ——『力が欲しい?』


 突然、直樹の頭の中に声が鳴り響いた。

 最初は幻だと思った。

 耳にしただけでとろけてしまいそうな、蠱惑な声が聞こえてきた。


 ——『助けが欲しい?』


 これは、彼女の声だ。

 何度かしか聞いたことがない。

 でも、忘れようがない。

 女神様の声だ。


 ——『助けたい?』


 女神様の声は直樹の脳内に響き渡る。

 まるで直樹の胸中を見透かしたような言葉。

 直樹は自分など脇に置いてでも、舞とサクを助けたかった。

 せっかくできた繋がりを切りたくなかった。


 ——『なら、ワタシに、全てを委ねなさい』


 直感的にわかった。

 これは女神の啓示なんかじゃない。

 悪魔との契約だ。


 ——『そうすれば、貸してあげるわ。チカラを』


 契約の代償はいかほどか……だが、それでも。

 直樹は意識を手放していく。

 自分が自分でなくなっていくのがわかる。

 それは、まるで三途の川を渡るかのような不思議な感覚であった。


『おやすみなさい……バイバイ』


 安心させるような……嘲笑うような声を最後に、直樹の意識は完全に主導権を失った。





 ***





「コウ、ガード」


 戦車による追撃が襲う。

 そんな切羽詰まった状況に反して『直樹』から発せられた声は異様に冷静であった。

 コウと呼びかけられて、小鬼の腹に巻きついていた深紅の帯がひとりでに動き出す。

 深紅の帯はまるで、『直樹』たちを守るかのように盾となる。

 間も無く、砲撃が帯に着弾したのであろう、着弾音が聞こえる。だが、その衝撃音は今までのものとは比べ物にならないほど小さかった。


「ウフフッ」


『直樹』の口から笑みが妖しくこぼれ落ちる。

 その艶めかしい笑みは『直樹』の男らしい筋肉質な外見と酷く不釣り合いであった。

 その様子に恐ろしさを感じた舞が『直樹』に向かって呼びかける。


「か、河田?」


 だが、その言葉への返答は一切なかった。

『直樹』の妖しい、女性らしい笑みは止まらない。


「ウフフフッ……バカねぇ、本当に」


 バカねという言葉は一体何を指して揶揄しているのだろうか。

 ガードを解いた『直樹』は笑みを携えて、砲撃の主人を静かに見据える。

 その目はアクアマリンのように蒼く輝いていた。

 ほんのりと昏さを帯びていた。




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