鬼人の王〜ボッチな高校生は鬼となり、迷宮のドン底から這い上がる〜

第36話

「「ドドドドドッッ」」

　無数のバケモノが直樹の眼前を駆けていく。

　悔し涙に身を埋めていたい直樹であったが、状況はそれを許さない。

　身体が殆ど言うことを聞かなかいが、それでも、直樹は、地を這って壁際にある窪みに身を隠した。

　パレード。

　バケモノの大行進。

　敵いようのない格上がわんさか押し寄せる悪夢。

　前回、女神様と一緒にパレードに遭遇した時、バケモノどもの傷痕を見ると、擦過痕や打撲、炎症が多かった。おそらくパレードの元凶による仕業であろう。

　だが、今回は傷跡が違う。パレードの面々に多く見られる傷には陥没や欠損が目立った。砲弾の雨でも降ったのだろうか。

　傷跡が違うということは、つまり、とても良くない事実が推察される。それは、今回のパレードと女神様が一掃したパレードと、元凶がそれぞれ別であるということだ。つまり、大規模なパレードを起こせる個体が二体も存在しているということである。

（勘弁してくれよ……）

　直樹がどうしようもない事実に頭を抱えていると、それは聞こえてきた。

「ドシィン、ドシィン」

　衝撃音が聞こえる。

　パレードの向こう側から、パレードにかき消されずに響いてくる爆音だ。

「ドシィン、ドシィン」

　やがて、直樹は気づいた。

　これは、足音だ。巨大な何かが地を踏みしめる音だ。

「ドシィンッ、ドシィィンッ」

　やがて、岩壁の窪みに身を潜める直樹からも確認できるところに、ソイツは姿を現した。

　一目見てわかった。

　コイツがパレードの主人だ。

「ドシィィンッ、ドシィィンンッ！」

　ソイツの第一印象は、でかすぎる亀であった。

　重く、固く、地を踏み鳴らす硬質な四本の脚。

　胴体は背も、腹も、脚以上にさらに強固な装甲で覆われている。

　頭はその装甲の中に隠れているのか、存在しないのか、姿が見えない。

　見た目は、百歩くらい譲れば黒っぽいがメタリックな首なしの亀のようであった。

　メタリックな首なし亀という表現でさえ、既に色々と酷いのだが……だが、それでも、目の前の存在は亀っぽいが、ただの亀ではなかった。

　まず、でかい。甲羅の半径が二十メートル以上はある。脚の一本一本は樹齢千年を超えた巨木をも簡単に踏み潰せるだろう。

　だが、それではただのでかい亀だ。それだけではない。

　背には、いくつもの砲身が生えていた。

（そう、砲身……あれ？）

　直樹が疑問を浮かべた瞬間、それは起こった。

「「ドォォォォン！」」

　一斉砲撃。

　数多の砲身から轟音が響き渡る。

　すると、轟音の直後、突然、パレードの最後尾が吹っ飛んだ。

「「ギャバガダジャラァァァッッ！！」」

　聞き取れないほど多くのバケモノの悲鳴が響き、入り混じる。

　砲撃された数十体のバケモノたちは一瞬で手を、脚を、頭を、体の様々なところを失い地に這いつくばる。

　運よく砲撃から逃れたバケモノたちは今まで以上にスピードを上げて逃げ出した。

　それを追い立てるようにか、砲台を背負った亀、砲台亀はパレードへ悠然と迫っていく。

　阿鼻叫喚の嵐が巻き起こる。

「ドシィィンッ、ドシィンッッ」

　やがて、砲台亀は、自らが仕留め死骸となったバケモノの真上まで歩を進めると、ようやく足を止めた。

　そして、仕留めたバケモノの中で一番強そうであったモノの上に自身の位置を調整すると、覆いかぶさった。

　砲台亀は静かに死骸を自身の腹の下へ隠し、じっとしている。

　数秒か数十秒か。

　しばらくして、砲台亀が胴体を宙へ持ち上げる。すると、地面には何も残っていなかった。これが砲台亀流の食事なのだろうか。

　砲台亀は同様にして数体ほど摘むと、また、歩き出した。

「ふぅっ」

　爆音を響かせる足音が隣町の花火大会程度の大きさになった頃。

　直樹は冷や汗を流し、ため息をつく。やっとまともに息をできた。

　女神様以来の圧倒的バケモノ。

　女神様以上の圧倒的バケモノ。

　これがパレードを起こす怪物。

　間近で一度、確認できて良かった。

　目をつけられたらどうしようもないことがわかった。

　だが、女神様はこのレベルの、下手したらこれ以上の奴を相手にしているのだろう。

（……大丈夫だろうか）

　直樹は女神様の身を案じ、不安に苛まれた。

　嫌な予感が貫くが、直樹が考えたところで無駄でしかない。

　今は、彼女のこと以上に自分をどうにかしないといけない。

　直樹の体は、鳥人戦の傷でボロボロだ。

　そして、近くには大量の死体がある。

「ズルッ、ズルッ……」

　直樹は窪みを出て、体を地面に引きずりながら、進む。

　食べなきゃ。

　直さなきゃ。

　強くならなきゃ。

　パレード。

　バケモノの大行進。

　敵いようのない格上がわんさか押し寄せる悪夢。

　ただし、仕留めてしまえば極上のバイキング。

「グチャッ、ガリッ、ガキッ」

　大きな広場に肉を抉る音と食べる音が響く。

　核を取り出し、食べ、トドメを刺して、食べ。

　女神様の時ほどではないが、たくさん核がある。

　いただきます。

　＊＊＊

　それから食べ尽くして傷を治し、体力を回復させた直樹は、女神様の《道》を追い続けた。

　鳥人と戦い、でっかい砲台亀を目撃した大きな広場を出て、小径へと入っていった。最初はそこに女神様の仕留めたバケモノの死体の道が続いていた。

　だが、その小径は非常に入り組んでいた。天然の迷路といってもいいだろう。

　そんな場所でだいぶ前に通った彼女の道など追い続けられるはずもなく、次第にあやふやになり……気がつくと、直樹は女神様の道を見失っていた。

　迷子が一匹。洞窟のどこかに。保護者様、お迎えにきてはいただけませんでしょうか。デパートの迷子アナウンスってすごいなと直樹は思った。日本に戻ることがあったら、迷子アナウンスをされてみたいなと思った。

　それはともかく、直樹は女神様を見失った。そして、迷った。

　迷子にジョブチェンジして、どれくらいが経っただろうか。けれども、それでも、直樹は女神様を追いかける。

　宛などもうない。それでも、追いかけ続けるとなると、これはもう執念に近いのかもしれない。この戦いと恐怖ばかりの洞窟で、女神様の存在が生きる支えになってしまっていたのだ。

　知性あるモノは今まで確認できた中で二個体のみ。

　女神様と鳥人。

　鳥人、アレは別だ。最後はなんか共鳴しちゃったけどアレはキチガイ。……自分にあんなスイッチがあるとは想像だにしなかった。誠に遺憾だ。一回ボコボコにしてやりたい。

　まぁ、女神様もだいぶキてる感じはするが気のせいだ。人生、何かに酔ってないとやってられない。

　この洞窟に来てもう数ヶ月……一年経っているのかもしれない。この鬼生活で面白い事実がわかった。

　直樹は、高校生をやっていた時、ぼっちだった。学校で、人と会話した回数が両手の指で数えきれない日があったら、今日はよく頑張ったと、ご褒美にアイスを買って帰っていた。

　だけど、会話がキツいというのは、他人が一切必要ないということではなかったらしい。直樹の現況は会話どころか、他人と意思疎通さえ存在しなかった。今思えば、インターネットって本当にコミュ障にとってちょうどいいツールだったなと直樹は思う。ちょうどよく人間関係という娯楽を消費できるシステム。

　あぁ、何度、洞窟の壁に石を擦ってインターネットって書いたことか。動画、娯楽、人って書いたことか。人ってなんか書きやすいからたくさん書いちゃうんだよね。ついでに凝った棒人間もたくさん生み出してきた。我、棒人間クリエイター也。話題になってるんじゃないかな……一億年後くらいに。

『先月、調査隊が洞窟の奥底にて、謎の人間を模した壁画を発見しました』

『えぇ〜、うぉっほん、これは宇宙人が書いたものですね』

『あたしゃぁ、ウジ虫が残したんだと思う〜』

『じゃぁ、おいらはゴキブリにするっ！』

（……なにやってんだ俺）

　まぁ、とにかく、多かれ少なかれ、ボッチでも人間成分というのは適量は必要なのではないかということだ。じゃないと狂う。

　もし今度、ヒトと出会えることがあったら優しくしよう。戦闘狂のキチガイじゃないといいな。

「はぁっ……」

　直樹は思わず、ため息を漏らす。

　なぜこれだけ久しぶりに、どうでもいいことを考えているかというと、それだけ現実逃避がしたくなったからだ。

　迷って女神様を見失った現状を嘆いているというのもある。だが、この程度の苦難なら今まで乗り越えてきた。

　……嫌な予感がした。

　はじまりの大広間で女神様と初めて会った時と同じ感じ。

　だが、進まねばならない。

　一寸先は奈落の底かもしれない。

　それでも、女神様と会えるかもしれない。

「コツッ、コツッ」　

　直樹は進む。

　極力、足音を抑えて一本道を進む。

　やがて、小径は開けた。

　小さな、十畳もないかもしれない、そんな小さなほら穴があった。

　神聖な、護られていることを感じる空気感。自然とここが、特別な場所だとわかった。

「なっっっ⁉︎」

　直樹は絶句する。

　この特別な場に対してではない。

　その奥に、見えてしまったからだ。

　神聖な、護られているような感覚。どこか墓場のような空気感。

　そんな特別な場所で、眠るように、身を寄せるように彼女が横たわっていた。

　女神様が横たわっていた。

　深緑の着物を地面に投げ出した、無残な姿は傷跡でいっぱいであった。

　はじまりの大広間の四本ヅノの鬼やパレードのバケモノたちのように擦過痕や打撲、炎症でボロボロであった。

　直樹は、圧倒的に強い彼女しか知らなかった。

　だが、美しい肌や髪はボロボロで、アクアマリンのような綺麗な瞳も閉じた目蓋に隠されている。

　直樹の目の前で、女神様の命は、風前の灯火と化していた。