第34話





 これは直樹が展開した《鳥かご》。

 欠陥品の鳥かごの中で行われるは、直樹が仕掛けた《チキンレース》。



 鳥人は嗤う。思いがけず訪れたクールな状況に身を震わせて叫ぶ。


「フォゥッイェァァッッ!!」


 鳥人は興奮が収まらんとばかりに、滾らせ、それを剥き出しにする。

 楽しくて、早く遊びたくて、我慢できなくて仕方ない、そんな風に見える。

 その叫びをBGMに、直樹は集中を深めていく。

 彼我の距離は七メートルほど。一秒と経たずに全ては終わる。

 だから、冷静に、冷静に。


「グググッ」


 直樹は、鳥かごを狭めていく。

 徐々に、徐々に、首を絞めるように。

 鳥人はさらに口を歪ませる。目の獰猛さを強める。その闘争本能を強めていく。

 やがて、鳥かごを成すツノが鳥人に触れようか、というところで鳥人は直樹へと向かって勢いよく駆け出した。

 舞台は整った。

 同じ土俵に立てた。

 鳥人も同じ土俵に立つことを望んだ。

 あとは決めるだけだ。

 直樹はツノ・スパイクを撃ち込むだけ。

 鳥人はそれを掻い潜って攻撃をぶち込むだけ。

 どちらが臆さず、掴みとるか。

 《チキンレース》スタート。





「ダッッ!」


 ——残り五メートル、鳥人が勢いよく駆け出した。

 ビビるな、戦え、見極めろ。


 ——残り三メートル、鳥人の表情がよく見える。

 愉悦に歪んでいる。

 まだだ、まだ待て。

 

 ——二メートル、もうすぐそこ。

 鳥人の大きな体躯はその全貌を直樹の視界に納められなくなった。

 だが、まだだ。

 まだだ。


 ——一メートル、もはや目と鼻の先。

 ギリギリだ。

 ギリギリまで待て。

 もっと。

 もっと。

 鳥人はその太く長い腕を横に広げ、ラリアットを繰り出す。

 速い。怖い。だが——

(臆すなァッ!) 


 ——ゼロ、ラリアット——空振りっ。鳥かご、解除。

(いけぇぇぇぇ!!)

 直樹はラリアットから少し下へ体を潜り込ませ、鳥人の腹へとカチあげるように頭突きを繰り出す。

 ツノを差し込む。


「ドッッ!」


(入ったっ! 今度こそっっ!)

【ツノ・インパクト】!!


「うおォォォォ!」


 直樹の決死の叫びとともに頭突きは、ついに鳥人の腹を破った。

 そして、ツノは鳥人の体を抉り、侵食していき——


「ドゴォォォン!!」


 直樹の顔に鳥人の膝が突き刺さった。

 鳥人はラリアットを囮に、駆ける勢いそのまま飛び膝蹴りを見舞ってきたのだ。

 直樹のツノは鳥人の腹を抉りながらも、命は削れず、空中へと放り出されていく。

 そして、そのまま直樹は、吹っ飛ばされる。

 直樹は、スパイクを、鳥人の体内に棘を撃ち込めなかった。


「かはっ」


 負けた。

 完敗だ。

 鳥人は直樹のヘッドバッドを受けながら、ツノが体内でスパイクとして機能する前に、飛び膝蹴りでぶっ飛ばしてのけた。

 直樹にとって《チキンレース》はツノが入るまで勝負だった。当たれば勝ちだと思っていた。

 だが、鳥人にとってはツノが入ってからの勝負だった。当たってから、お互いどこまで耐えられるかで勝負してきた。

 直樹は腹を括り命を賭けていた。それは間違いない。

 けれども、鳥人の方が恐れず腹をむき出しにかかってきた。結局、奴の方が何枚も上手だったということだ。

(あぁっ……)

 鳥人の膝が頰にめり込み、脳を揺らし、直樹を吹き飛ばす。

 ゴキッ……首の骨が折れ、意識が飛んでいき……。


『プツッッン——』

 直樹の中で何かがキレた音が聞こえた。





 ゆらり、と。

 十五メートルほど吹き飛ばされた直樹は地面から立ち上がる。

 全身が痛んでいた。

 今、意識があることが、立てていることが奇跡、そんな具合だ。

 直樹は顔を上げ、鳥人を見やる。

 そして、ニタァッと嗤った。

 目が昏く据わっている。

 歪んだ笑みを浮かべながら、軽く舌舐めずりする。

 鳥人を捉える目に、静かに、怒りが乗せられる。


「ワァゥゥ⁉︎」


 鳥人は思わず驚きの声を漏らす。

 直樹の放つ殺気に、思わず身の毛をよだて、ゾッとさせられていた。

 先ほどまでと同一人物だとは信じ難い、そんな人の変わりようであった。

 鳥人は目の前の小鬼の豹変へ、喜びと昂りで歓声をあげる。


「フォォォゥッッッ!」


 だが、鳥人の昂りなど直樹には知ったことではなかった。

 いや、今までの行動からその愉快な心境を推し量れる分、余計にイラついていた。

 全身が痛い。奴にやられた傷が回復途中で痛む。

 ムカつく。楽しそうに謳歌している目の前の存在がムカつく。

 苛立たしい。全ての者が、全ての物が、全てのモノが、イラつく。


「ダダッ」


 直樹は鳥人へと向かって駆け出した。

 ここは鳥人の風のヤイバの間合い。うまく、予測して間合いを外して一歩一歩進むしかない。

 鳥人は直樹に向けて風のヤイバを放つ。


「キィィィンッ」


 放たれた風のヤイバに対し、直樹は、ギリギリで、スレスレで避ける。

 いや、もはやこれでは避けたとはいえないかもしれない。

 ヤイバに対し、皮一枚、スレスレの場所を通ったことで、余波を受けて直樹の体はところどころ傷ついていく。

 だが、傷には一切取り合わず、前へ進む。

(痛いなァ……でも、関係ない。食べれば治る)

 直樹は瞬く間に、鳥人の目の前まで至る。

 直樹は自身を顧みない、その異様ともいえる距離の詰め方で以って、接近戦へと展開を迅速に進めた。

 距離を詰めてきた勢いそのままに懐へと潜り込もうとする直樹。

 そんな直樹に、鳥人がジャブから右ストレートと繋ぎ、迎撃する。

 直樹はその鋭いワンツーを察知し、避けようとした。

 しかし、鋭すぎるそのコンボ。躱しきれず、ガードする間もなく当たってしまう。

 でも、それでいい。


「ドゴッッ」


 直樹は首をそらすことで頰に叩き込まれたストレートの衝撃を最大限そらす。

 全ては駆けてきた勢いを消さないために。

(肉を切らせて骨を断つ……つい先ほど、目の前の鳥人様から手厳しく教わったことだ)

 直樹はストレートくらったまま、相打ちと言わんばかりに飛び膝蹴りを食らわせる。

 直樹の膝は鳥人の顔面へと吸い込まれていった。


「ドゴッッ、ドッッ、ドッッンッ!」


 ここまで直樹は散々ツノ・スパイクありきの組み立てを行ってきた。だから、頭突きを警戒したのだろう。綺麗に膝を食らった鳥人は後方へと派手に吹っ飛んでいった。

 やがて、勢いが止まり、吹き飛ばされ地に這いつくばらされた鳥人はそれでも、力強く立ち上がる。

 あのような浅い飛び膝蹴りなど効くはずもない、とアピールせんばかりの鳥人の壮健な立ち姿。

 顔を上げ余裕の笑みを浮かべた鳥人であったが、その余裕は眼前の直樹によって一瞬にして崩された。


「ふふふっ……」


 直樹は満面の笑みを浮かべていた。

 嘲るような笑い声を漏らしていた。

 そして直樹は、自身の体を順番に指で指し示していく。

 最初は膝を人差し指でコツコッと。そして同様に頭を指差す。

 次に、同じ要領で鳥人と直樹自身とを指し示した。

 まるで、飛び膝蹴り、全く一緒、お揃いだな、と言わんばかりに。


「ふっっ」


 そして、最後に、丁寧に、鼻で嘲り笑うところまで付け加えてみせた。

 ——ブチィッッ。

 鳥人は目を血走らせ、見開く。

 殺気がほとばしる。

 声にならない叫びをぶちまける。


「ギィィヤアァァァァ!」


 

 直樹の怒りは続く。

 やっと一発入れてやれた。

 いつまでも、見下しやがって。ムカつく。

 降りてこい、同じ目線まで。

 そしたら、撃ち落としてやる。

 今の一発は意趣返し。

 だが、もっとだ。首をへし折ってやる。

 そこまできてやっと、お揃い、だ。


 小鬼の歪んだ嗤いは舌舐めずりをもって消えゆく。

 このどうしようもない怒りをぶちまけんがために。

 歪んでいるのは自分か。それとも、世界か。




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