第33話





 直樹の顔つきが変わった。

 命懸けの戦いを行う戦士の雰囲気へガラリと様変わりした。

 その覚悟に鳥人は口角を上げる。


「フォゥッ!」


 まるで直樹の変化を歓迎せんとばかりに、口笛を鳴らすように歓声を上げた。

 これでちょっとは楽しめる、そんなことを思っているのだろうか。

 直樹はそんな鳥人に対して、そして、いいようにやられてきた自分自身に対して、憤る。

(ふざけるな。俺は、もう、エサじゃない……!)


 

 先に動いたのは鳥人であった。

 投げ飛ばしで出来た彼我の差を利用した、風のヤイバでの威嚇射撃だ。

 それに対し、直樹はこれまで以上にギリギリで躱し、暴風に煽られながらも前へ駆ける。

(この距離は……いらない!)

 直樹はすぐに間合いを詰め、接近戦に移る。

 接近戦、直樹は手始めに——

【ツノ弾丸】!

 鳥人の顔を、目を狙った。


「パァン」


 やはり、ツノ弾丸はガードされる。腕を顔の位置まであげてのガードだ。そして、鳥人はそのままガードであげた腕を胸の前の位置に置いた。

 鳥人は、ボクシングのような構えをとる。独特のステップを踏んで、リズムを刻む。

 この戦いである意味、初めての地に足ついた格闘戦。

 これが鳥人のメインとする戦い方なのだろうか。

 鳥人は至近距離の直樹へ左腕でジャブを繰り出す。


「シュッ」


(超速ぇ……。だが、初動は見えやすい!)

 パンチそのものはライフルの如く鋭いものの、その予備動作は荒く見えやすい。

 直樹は横に避けて躱す。

 躱した直樹へ、鳥人は素早い動き直しでもう一発ジャブを打ち込む。

 直樹は躱しきれず、力を受け流すように腕でガードした。


「バシィッ!」


 重い打撃音が響き渡る。

(この重さで、ジャブかよ……ッツ⁉︎)

 直樹の腕は痺れていた。ジャブでさえ力を逃せなかったら骨が折れてしまいそうな威力だ。

 痛みに顔を顰め、動きを止める直樹へ鳥人の追撃が襲う。

 ジャブに隠した、右のフック。鳥人の本命の攻撃だ。

 直樹は引いて距離とって躱す。

 だが——

(思ったよりリーチ長ぇ⁉︎ やばいっ⁉︎)

 

「ジュッッ」


 ギリギリ。

 直樹はギリギリで鳥人の右の拳を避けきった。 

 規格外のスピード、パワー、そして翼の、腕の長さからくるリーチ。それらを十全に生かしたボクシングスタイル。厄介極まりない。

 迂闊に、距離を詰めるのは危険だ。あの拳の餌食になってしまう。

 だが、そのデッドゾーンの先にしか活路はない。

 

「ふっ……」


 直樹は一呼吸入れる。

 鳥人のフックの回避に全力で飛び退いた結果、直樹と鳥人の間には七メートルほどの距離ができた。

 今までは猪突猛進、馬鹿の一つ覚えに距離を詰め続けた。

 だが、今度はこの間を使って、攻撃を組み立てる。

 まずは鳥人の目へと一発——

【ツノ弾丸】!


「パァン」


 鳥人はもちろん腕をガードに回す。

 この一撃は鳥人にとって痛くも痒くもないないだろう。

 だが、奴自身の腕で視界を制限した。

 それと同時に、直樹は脚へともう一発見舞う。

【ツノ弾丸】!


「ドッッ」


 軽快なステップワークでもって横に避けられる。

 直樹は鳥人の向かう少し先にもう一発。

【ツノ弾丸】!

 

「パァン」


 当たらない。

 だが、鳥人の余計なまでによく動く脚を止める。

 最後にもう一発、上だ。

【ツノ弾丸】!


「パァンッ」


 これも空砲。

 だが、完成した。

 ツノ製の《鳥かご》だ。


「ワァォ……」


 鳥人も驚いたような表情を見せる。

 それもそのはず、辺りを見渡せば、上、左、右、後ろ、四方向がツノでカバーされていた。

 抜け出そうとすれば、ツノが棘のように枝分かれしてくる。

 直樹は、鳥人のフックの後より放ったツノ弾丸四発を全て伸ばしたままで維持していた。

 まさに鳥を閉じ込める小さな箱。《鳥かご》がそこにはあった。

 しかし、この鳥かご、欠陥が二つ存在する。

 まず一つ目。鳥かごの中の囚われの鳥人がすこぶる強い。

 貧弱なツノ製の檻など、タックルをしてぶち破ってしまえる。棘で体が少し傷つくだろうが、それだけだ。それに奴の変態機動を活かせば無傷で切り抜けてしまうかもしれない。

 だが、鳥人はそんな無粋な結末は選ばないだろう。

 それが、二つ目の欠陥。この鳥かごの真の仕掛けであった。


「フォォォゥッ!」


 鳥かごに囚われた奴は笑い、昂り、そして吠えた。

 奴は直樹の狙いをすぐさま理解したのか、闘争本能をむき出しにしている。

 ここまでくれば流石にわかるだろう。奴は他のバケモノとは違う。

 おそらく知能がある。それもヒトに相当するレベルの。

 その上で、奴は戦闘狂のキチガイだ。自身が滾る場を追い求めている。何よりも、自分の強さを証明したがっている。

 だからこそ、直樹の狙いは見事にハマった。

 鳥人は、昂ぶる様子とは裏腹に、冷静に、金色の鋭い瞳で直樹を捉えて離さない。

 真っ正面の、直樹を捉えて離さない。

(こりゃぁ、上手くいったな……上手くいっちゃったなぁ)

 直樹は元々鳥人相手に格闘戦で真っ正面から戦いを挑むつもりなどなかった。

 おそらく鳥人は核の《六つ持ち》だ。四つ持ちの直樹とは格が数段違う。

 しかも逃げられず、闇討ちもできない。であれば、格下の直樹ができるのは相手に制限をつけてできる限りハンデを減らすことだけだ。

 この鳥かごは上、左、右、後ろの四方をツノで囲んで作られている。つまり、一方向だけ檻の存在しない欠陥品だ。

 その欠陥は、前方、ツノの根本。つまり、直樹自身である。。

 直樹は、同時に四本しかツノを展開できない。だからこそ生まれた欠陥。

 生み出された、この鳥かごの二つ目の致命的な欠陥。真の狙い。


 これから《鳥かご》の中で始まるのは、命を賭けた《チキンレース》だ。


 これからこのツノ製の鳥かごは、どんどんその大きさを狭めていき、鳥人を正面と地面を除いた全方位からツノの棘が襲う。

 鳥人が鳥かごから逃れるには、棘のないドアを、直樹を狙うしかない。

 別に鳥人は鳥かごを破壊することなどいくらでも可能だ。だが、鳥人は闘争本能に支配された戦闘狂。ここまでお膳立てされて勝負に乗らないはずがない。事実、鳥人は昂り、吠えた。

 これより、直樹のとる行動は一つ。ツノ・スパイクを撃ち込むことだ。

 自身をぶちのめしにくる鳥人に対して、いかに、ギリギリのタイミングまで鳥かごを解かずに耐え、鳥人の行動を制限できるか。

 タイミングをギリギリで見極め、展開した鳥かごを解き、ツノ制御の余裕を作った上で、ツノ・スパイクを鳥人へと撃ち込めれば、直樹の勝ちだ。

 タイミングを見極められなければ、千載一遇のチャンスを逃すか、鳥人にぶちのめされるか……要は、死ぬ可能性が上がるだけだ。

 対して、鳥人は、いかに直樹を出し抜きぶちのめすか。

 もし、直樹がビビって鳥かごを早く解いてしまったなら、奴が取れる手段はいくらでもあるだろう。状況を振り出しに戻すこともできるし、想定外の方向から奇襲を仕掛けても良い。十中八九、奴にとって優位にはたらくだろう。


 これは鳥人が狂人であることを前提にしたゲームだ。前提からして無理がある。

 これまでの戦闘から、鳥人に、直樹のフィニッシュがヘッドバッドからの派生技であることは確実にバレているし、ツノの展開に限界があることも気づかれている。

 勝率は五分からは程遠い。そもそも、ゲームとして成り立つかわからない。

 だが、やるしかない。もうこれ以上、鳥人相手にツノ・スパイクを繰り出せるタイミングを作り出せるとは思えない。


 直樹は引きつりながらも笑みを浮かべ、片腕を鳥人へ向けて持ち上げる。人差し指で奴を指し示す。そして、その腕を、親指を、己へと向け、首の手前の宙空を搔き切った。

 これは挑発であり、背水の陣をとる己を鼓舞する行いだ。

 鳥人に直樹のジェスチャーの意図が伝わったのかはわからない。だが、確かに反応を示した。目を血走らせ、青筋を立て、口元をさらに歪めた。


 これは直樹が展開した《鳥かご》

 欠陥品の鳥かごの中で行われるは、直樹が仕掛けた《チキンレース》




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