第29話 Another side
「油断してるわけじゃないんだけど……なんか、思ったよりって感じね」
舞は死の洞窟の内部についての感想を口に出す。
本当に気を抜いているというわけではない。
ただ、悪名の割には、という印象が強いのは事実であった。
舞の言葉に純も同意する。
「あれだけ悪名高いのに、Dランク以下のナリモノにしか遭遇してないもんなぁ。数が多いのはきになるけど」
Dランクとは一般に核の数が三つのナリモノを指す。一般にというのは核の数が強さの全てではないからだ。知恵や技量によりいくらでも、ランクは変動する。
要は、Dランク以下、あまり強いとはいえないナリモノしか、舞達の前に出現していなかった。
大も能天気に続いた。
「確かに、あれだけ噂でビビらされた後にコレだもんねぇ〜。あっ、光……ホタルだ!」
「わっ……綺麗」
思わず、舞も感動が口を突いて出た。
一同の目線の先、天井には光が多数確認された。
都会では、あまり見ることのできなくなった多数のホタルの光によるイルミネーション。その壮麗さに大ははしゃぎ、舞はうっとりする。
感動でダンジョン内であることを忘れてしまいそうな二人。
だが、そんな彼女たちに待ったをかけた人物がいた。
この場で誰よりも死の洞窟に詳しい男、サクであった。
「……オネェちゃん達、あの光の主人、何かわかるかい?」
「えっ……光る虫だし、ホタルかな?」
サクの一層トーンの低い声に少し驚きながらも、舞は答える。
ここは地球ではない。だから、もしかしたら光る虫、イコール、ホタルという結びづけは正しくないのかもしれない。でも、地球のものと近い造形を取っていることも多い。だから、ホタルかもしれない。
だが、舞の希望に対して、真実は残酷であった。
「……ウジ虫だよ、あれ」
「……へっ?」
「だから、大量のウジ虫が光ってるんだよ、あれ」
「へっ?」
大量のウジ虫が光っている。
そんなわけない。
だってあんなに綺麗じゃないの。
あまりの衝撃に舞と大は受け入れられず、その場で固まる。
ちなみに転移者三人組の片割れ、純はずっと無言を貫いている。会話に入ることさえ避けているといった感じだ。
そんな純を見つけて、銀髪お転婆娘が黙っているはずもなかった。
「ねぇ、ジュンちゃん。落ちてたから、コレ、あげるねっ」
「ひぃっ」
「グジュグジュでウニョウニョだよっ」
「ひぃっ、あぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
虫を片手に満面の笑顔で遊ぶ少女。
悲鳴をあげて逃げる虫嫌いの少年。
いきなりのでかい悲鳴にビビる面々。
カオス。
サクは呟く。
「バカじゃねぇの……おい」
「いい加減にしろ、アホども」
事態はモトハルの折檻をもって終了した。
身内の恥は身内でそそぐ。
ユナはしばらく頭を押さえている羽目になった。
ここはダンジョン内。各々で警戒を続けながらも、それでもモトハルの説教は続いた。
「おい、ずっと気を張り詰めとけとは言わんが、わきまえろ。ここはダンジョン。それも、死の洞窟だ」
そんなモトハルの説教を見かねてか、サクが死の洞窟に関する知識でもってフォローする。
「あ〜、お前ら。さっきは噂ほどのヤバいナリモノが出てこないとか言ってたが、安心しろ。基本的に、強いナリモノは上層には出てこない」
一同、ホッとするように息を吐く。
しかし、続く言葉は違った。
「だが、死の洞窟はアカネでも指折りで死者の多いダンジョンだ。最も立地がいいから探索者が多くて、その分死者が出るというのもあるんだが、さっきのウジ虫みたいな弱いくせに下手打つとすぐ殺しにくるナリモノが多くいる油断ならない場所だ。だから中層以降は危険度もあって探索禁止にしているくらいだ」
ウジ虫は成虫のハエと共に弱った獲物や屍肉を糸で雁字搦めにして食らっていく。泣きっ面にウジ虫、泣きっ面に蜂よりもある意味恐ろしい。
探索者にとって嫌がらせの宝庫であるこの洞窟の上層。それは中層以下がエグい分だけ弱者も進化しないと生きていけなかったが故。
サクの話は続く。
「それに、今回の任務の内容を忘れたか? 普段、上層では出現しない中層のナリモノや下層のモノまで遭遇する可能性があるだろ」
今回の合同任務、その目的は死の洞窟に起きたとある異変の調査だ。
最近、死の洞窟の上層に、中層のナリモノが多く確認されてるという。さらには、中層だけでなく下層のモノの目撃情報まで出たとか。通常下層のナリモノは上層まで上がってこない。せいぜい中層までだ。だから、緊急調査が行われることとなった。
だが、現在、都市内にはめぼしい人材が残っていなかった。
理由は、《四神》が一柱、《戦車》の存在だ。
四神とはこの世に四体しか存在しないとされるSSSランクのナリモノだ。ヒトが未だに到達し得ていない領域に住まうモノ達。四神の存在が人類を劣勢に追いやり、そして、人類を頂点から蹴落とし続ける。
この四神、戦車。かのナリモノの存在がアカネの郊外にて確認された。戦車は現れれば大規模な損害をもたらすが、対処法も確立されているという、一種の天災のような認識をされている特殊なナリモノだ。だから、真っ当な対処さえすればいい。
にも関わらず、現在、アカネはその真っ当な対処をできないでいた。
なぜなら、戦車の存在をロストしてしまったのだ。
かの存在に予想外の場所で暴れられたら未曾有の大災害をも巻き起こす。アカネは国中の戦力をかき集めて捜索に当たらせていた。
しかし、大規模捜索を敢行すれども、戦車の影は一切見当たらない。そんな中、アカネの上層部ではとある仮説に興味が集まっていた。
それは、今回の死の洞窟でのナリモノの大量階層移動の原因が、洞窟下層において戦車が引き起こしたパレードなのではというものだ。奇しくも大量階層移動の開始と戦車のロストはほぼ同時期に起こっている。噂で、死の洞窟は地中を伝い国の外まで伸びていて、地上と繋がる出入り口が存在している、というものがある。戦車の侵入がそこからのものであるならば、此度の調査で何か消息が得られるかもしれない。
だから、アカネ上層部はサクを派遣した。国内でも指折りの戦力をここに配置したのは万が一の事態に最も対応が期待できるのが彼だからだ。それに交換条件込みで、キキュウの【鬼喰らい】と【神童】の助力まで取り付けた。
この任務の表の顔は異変の調査だが、裏は戦車の侵入可能性の確認、国家存亡の一大事が関わっていたのであった。
「にしても、数が多いな……。普段の数倍だぞ」
サクが呟く。
今日はかなりの頻度で、おかしいくらいのペースでの交戦があった。
モトハルも自分の感覚は正しかったとばかりに相づちを打つ。
「やっぱり、そうですよね……」
「あぁ、流石にこんなに多かったら探索なんてできずに息切れしちまう。商売にならねぇよ。それにこの量だと地上に溢れ出る」
明らかに異常な状況。
これに、まだ遭遇していないが、中層や下層のナリモノが絡んでいる。
その辺一帯のナリモノに加えて明らかに力の強すぎるナリモノが現れた時に起こる現象、《パレード》。弱者達が強者からいっせいに逃げ惑うことで起きる阿鼻叫喚の大行進。
ここまで見えたナリモノどもは一様に興奮と恐怖を抱いていた。
サクは、上層部のジジイどもの仮説の信ぴょう性を上書きする。
戦車によるパレード。
最初はあり得ないと鼻で笑ったが、段々と笑えなくなってきた。
サクは周りへ注意を呼びかける。
「おい、気を締め直せ。もうすぐ目的の大空洞だ。あそこは中層の敵も頻出する」
任務ではまず、大空洞に向かうことになっている。
大空洞とは上層で唯一、下層とも繋がっているとされている大きく深い穴だ。
アカネから最短で死の洞窟の下層へと向かうにはここを使うしかない。あとは中層を経由する必要がある。
一行はいささか多いナリモノとの交戦もなんとか退け、ついに目的の大空洞へとたどり着いた。
「「なぁっっっ……⁉︎」」
大空洞。
文字通り、空洞だ。世界でそこだけがぽっかり空いてしまったような虚無。
淵に立てど、底が見えず、大空洞の向こう岸も見えない。どれだけ大きいのか、どれだけ深いのか、一切わからない。
大空洞を初めて目にするキキュウの一同は呆気にとられる。感情があまり表にでないモトハルでさえ驚き呆けている。
そんな一行を見て、唯一この大空洞を知るアカネの人間、サクは共感の声をあげる。
「確かに……とんでもない光景だよなぁ。俺も初めて来た時はそんな風に小一時間呆けてたなぁ。この世にこんな場所があるだなんてって」
舞にはサクが懐かしんでいるようにも見えた。
それだけ、この光景は人生観に影響をもたらすような光景だろう。
どこまでも吸い込まれてしまいそうな、飲み込まれてしまいそうな。
ちなみにだが、この大空洞、全貌はいまだに確認できていないらしい。だが、こんな噂があった。
「実はだが、この大空洞、口こそこんなに広いが、中身は意外と違ってて、うねったり、分岐したり、なかなか複雑な構造になっているらしいぞ」
少なくとも目に見える範囲では底なしの穴だ。
けれども、目に見えるものや印象が全てではない。大空洞の直感的な印象は虚無、すなわち死を連想させるものだ。だが、死後も意外と生前よりも複雑で入り組んでいるのかも知れない。
天然の絶景であるにも関わらず、なんとも教示的な構成。観光地化できたら大人気だろう。
しばらくして、自我を取り戻したのか、仕事に入っていたマサから報告が上がった。
「モトハルさん、反応ありです。サクさんの、アカネの狙いの方はここではハズレみたいですが……ウチのは反応がありました。ここを通過していったようです」
マサの報告が上がったその瞬間、モトハルとユナの顔に緊張が走る。サクも警戒レベルが一段階引き上げられた印象だ。
舞達もあたふたしながらも緊張に身を引き締める。
事前に、この共同任務には洞窟の調査と戦車の足取り以外に目的があるとモトハルから仄めかされていた。守秘義務によりほんの少し概要を伝えられただけだが。
だが、対象の通過した痕跡を、その存在を確認しただけで、一様に、滅多に見せない緊張を見せるような相手だ。
そこまでの大物が絡んでいるとは舞達も想定していなかった。
モトハルは告げる。
「【傾国の魔女】の足跡が確認された。よって当時刻をもって任務内容を変更とする」
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