第28話 Another side






 〜自由と狩人のアカネ、都外れ〜




「はぁ……、やっぱり緊張するなぁ……。日本にいた時も外国の人とか一切縁がなかったし」

 

 少々もっさりした感じの黒髪の少女、江本舞は不安げに呟く。

 生まれてから今まで外国人と関わる機会のなかった舞は、これから始まる任務で上手くやっていけるのか不安で仕方がない。

 すると、横から憂鬱げな舞を笑い飛ばす声が聞こえてくる。


「ひゃっはっはっは! 何言ってんだよ舞、もうここ一年近くずっと外国にいるようなもんだろ」

「大……でも、やっぱり外国は外国だし……」

「なんじゃそら。まぁ、僕は外国人のアーティストとかよく家に来てたから慣れてるしな……。純はどうよ、不安とかあるか?」

「俺は、緊張はするけど、不安はないかな。うちも家柄、海外と関わりあったから」

「あはは……なんか、ありがとう。でも、別に大丈夫だよ? 二人に共感してもらえるとは思ってないから」


 舞は、割と失礼な礼を述べながらも、ちょっとだけ気分が軽くなった。

 ポッチャリな笑い屋の御手洗大はさらに舞の気分を軽くさせようと笑顔で場を温める。一方、渡部純はあまり力になれないことをちょっと申し訳なさそうに、それでもちょっと表情が明るくなった舞を見てホッとしていた。

 ちょっとした会話だが、転移者三人の関係性とその良好さが伺えてくる。

 おどおどしているが、最も冷静な舞。

 明るいムードメーカーの大。

 気配りのできるリーダー、純。

 バランスのとれた三人はこれまで異国の地で、異世界で互いに支え合い、生きてきた。

 様々な面で苦労は絶えなかったし、心が折れそうになることもあったが各々の特性を生かして上手く乗り越えてきた。

 ちなみにだが、転移前は告白しただのされただのあった純と舞であったが、その件は今では有耶無耶に、友人としての関係へとなっていた。有耶無耶にせざるを得ない、転移後はそれだけの激動っぷりであった。

 そんな三人は同行するユナ・ミズクサ、モトハル・カノコ、それにマサ・カモノとともに《アカネ》の狩人との落ち合い場所へと向かっていた。

 場所は今回の任務の場となるダンジョンの入り口。

 そのダンジョンは大変悪名高い場所であった。

 実際の話、舞や純の緊張は外国であること以上に任務地の方が影響している。

 都からすぐに位置するにも関わらず、探索難度はSオーバー。下層は未だに殆ど手付かずだ。

 数百年、人類の侵略を受けなかった洞窟の奥底では数多のバケモノが跋扈し、互いを食らい、食らわれ合い、独自の進化をとげ、世界最強クラスの地獄と化しているとまでいわれる。


 そう、純たちの今回の任務の場は世界最恐といわれるダンジョンの一つ。


《死の洞窟》






 舞たちは召喚後、石畳の広場をラクダで駆け出ながらゲボゲボしたり、オロオロしたりして以降、ユナとモトハルに連れられて騎士国家キキュウに身を寄せていた。そして、そのままご好意に甘え、この世界で生き抜くため騎士団に所属し鍛えてもらっていた。彼らの事情もあるのだろうが、職能もない高校生三人にとって見知らぬ土地で住む場所に加えて職場まで紹介してもらったのだ。感謝を禁じ得ない。

 舞たち三人は現在、キキュウの平和に身を捧げる騎士である。それが今回、なぜ他国に、アカネにいるのか。

 都市間交流というものが存在する。

 騎士国家キキュウと自由と狩人のアカネ。友好関係を結ぶこの両都市国家間の交流を目的としたものだ。両国は互いに情報共有や貿易などを通じて積極的に交流を行っており、その一環で人材交流も行っている。

 この度は、その人材交流の一つ、共同任務を行うため、アカネの都外れまでやってきた次第だ。

 この共同任務には、両国が今後重要な人材に育つと見込む者を拠出し、技術の共有を行うとともに親交を深めさせることで両国の関係を盤石にしようという理念がある。

 キキュウ側が有望株である転移者三人に加え、最年少左官のユナをよこしたのはその理念通りだろう。前述の四人とともに、将軍補佐へと昇進したモトハルを監督役として、マサ・カモノ下等左官をモトハルの補佐として加えた六人が此度の任務のキキュウ側のメンバーだ。

 マサ・カモノ下等左官も若く、メガネがチャーミングで真面目さが売りの青年である。キキュウ内では貴重な感知系の騎士として彼も将来を嘱望されている。純たちとは何度かともに仕事をしており、荒事に従事する者としては珍しく物腰柔らかで親切なことや、二十代前半と年齢が近いこともあって良好な関係を築いていた。





 やがて、一行はアカネ側とあらかじめて取り決めていた場所に到着した。

 そこは大きな、大きな洞窟の入り口であった。

 洞窟の入り口であるが、まるで一つの山を見上げているかと錯覚するような、そんな場所を前にして、一同は呆気にとられる。

 やがて、舞は横に立つモトハルへ向けて口を開いた。


「……大きいですね」

「……あぁ、デカいな」


 感想はそのままだ。舞もモトハルもロクな言葉が出てこない。

 それほどまでにその存在は圧倒的であった。

 一同アホみたいに呆けていると、洞窟の入り口付近から一人の長身の男が、歩み寄り、声をかけてきた。


「は〜あ、デカすぎて嫌になっちゃうよね。こんなのが住まいの近くにあるなんて正気じゃないよ」

 

 渋く深みのある声が聞こえてくる。その声音とは裏腹に、軽く、どこか投げやりな口調だ。

 声の出どころへ、一同は視線を向ける。

 すると、モトハルが声の主人を見て、驚愕を隠せない様子で慌てて反応した。

 

「本当に驚きました。さすが、世界最恐と名高い死の洞窟です。私などでは見ただけで圧倒されてしまいましたよ……。それにしても、まさか貴方とご一緒出来るとは。そちらの方の驚きが強い気もしますが」


 死の洞窟、それが今回の任務地だ。

 世界最恐のダンジョンの一つと言われる魔窟。ここが世界最強と謳われるのは、多くの人が住まう都のすぐそばという立地故か、それとも、その中身の魔窟っぷり故か。

 この死の洞窟の入り口の一つが純たちキキュウ側の一行とアカネ側の彼の合流地点となっていた。

 アカネ側の派遣人員とみられるその男は自己紹介とともにモトハルへと握手を求める。


「サクで構わない。名前で呼んでくれ。口調も楽にしてくれると助かるよ。短い間だがよろしく頼む」


 渋く深みのある声で自らをサクと名乗った男。歳の頃は四十付近だろうか。見た目も声に負けないほどの渋みを感じさせる。灰色の外套に隠れているが、二メートル近い長身に細マッチョと途轍もないプロポーションを持ち合わせた男性は、ツーブロックでオシャレな坊主頭に、短く綺麗に整えられた髭が面長な顔にマッチしていてとてもダンディーだ。キリッとした一重まぶたや余裕のある口調も相まって、色気たっぷり。ワイルドな大人の男の魅力をこれでもかと詰め込んだ男である。どこぞのむさ苦しいクソゴリラにかっこよさとは何かを教え込んでやって欲しい。

 簡潔だが人相もあってフレンドリーに感じさせるサクの挨拶。

 対して、恐縮しながらも、キキュウ側を代表してモトハルも挨拶する。

 

「モトハル・カノコと申します。肩書きは将軍補佐です。案内人が一人だけと聞いていたのですが……まさか、あの【ハヤブサ】殿がいらっしゃるとは。ご一緒できて誠に光栄です。お噂は伺っております。今回はよろしくお願いします」

「こちらもまさか、かの【鬼喰らい】殿にお力添え願えるとは思ってもいなかった。おかげで、クソほども興味のない任務だったけど、楽しみになってきたよ」


 それから、挨拶もそこそこにモトハルとサクは向き合って任務について話し始める。

 モトハルも身長百九十センチはあり、地味な大男で通ってきた。二メートルクラスのサクと並び立つと威圧感がすごい。

 そんな今回の合同調査の両国のリーダー同士での話し合い、情報交換から下がるところ数歩。そこには困惑の目を寄せ合う少年少女とお目付役の青年がいた。

 舞たちと行動を共にすることが多かったモトハル。だからこそ、彼の実績と凄さと地位を身に沁みて理解していた。

 少年少女の一人、大はおもむろにお目付役のマサへと問いかける。


「ねぇねぇ、マサ? あの坊主のおっさんってそんなにすごい人なの? モトさんがあんだけビビってるの殆ど見たことないんだけど」

「アカネの誇る戦士たち……《狩人》の中で十指に入るのではと言われている実力者ですね」

「それって……すごいの?」

「キキュウの戦力に例えるならモトハルさんと同じ将補かそれ以上、将軍クラスに相当する評価を与えられてるとみていいかと」


 キキュウより南西に位置する、狩人と自由の国アカネ。

 このアカネでは連携さえ取れればキキュウの騎士にも並びうると称される、狩人が主戦力となっている。

 《自由》を冠するお国柄、連携があまり得意ではないというところが狩人とアカネの軍事力の評価を下げる一因となっている。されども、このご時世、実力者が共通して人類の宝であることに変わりない。それに、どれほどのナリモノを討伐せしめたかという成果ベースであれば国が違えど、ダイレクトにその者の実力を知らしめることが可能だ。

 そのような成果ベースではモトハルやサクは特徴的なものを持っていたため、名前と立ち振る舞いで、互いの素性と凄みを理解できた。

 だが、それは知識量と眼力あっての話だ。新米にパッとわかるものではない。

 マサはなるべく失礼のないように気遣いながら、サクに関する情報を少年少女へ受け渡していく。

 ここでの失礼、無礼は出るところまで出たら国際問題になってしまう。シャレにならない。

 だが、そんなマサの気遣いを無下にするとびっきりのアホが、ここにはいた。

 ユナだ。


「ねぇねぇマサ! あそこのハゲさん、すんごいオシャレで色気あってかっこいいんだけど、モトさんとトレードできないか聞いてきていいかなっ?」

「ダメに決まってるじゃないですか。今、『死の洞窟合同調査』の最終事前確認をリーダー同士で行なっているんですよ⁉︎」

「へー」

「へー、じゃありません! 大事なことなんですよっ。あと、ハゲさんはやめて下さいっ。坊主ですよ」


 苦労がにじみ出るマサの必死の静止もあり、アホ神童の愚行は止められた。

 一瞬だけ。

 銀髪の少女の暴走は止まるはずもない。

 へーと口をついて出た心ない返事は、既にマサと喋る気が無かったから。

 マサの制止をかけらも聞き入れず、あっという間に大男二人の間にちょこんと入ってのけたユナ。

 彼女はサクへ無邪気を装い質問した。


「ねぇ、おじさん、何歳? ちなみに私は十五歳!」

「三十九歳だ」

「そっか……。私、もう少し若い人が来ると思ってたからびっくりしたよ」

「こちらの国の都合で、いろいろあってね。おじさんだけどよろしく頼むよ」


 無礼としか取れないクソガキの突然の乱入をサクは紳士に、にこやかに受け入れる。

 さすが不惑を控えたおじさま、物腰も柔らかく大人な対応だ。

 横で額に青筋を立てるおっさん顔の青年とは年季が違う。

 お転婆少女の蛮行も大事なく、なんとか無事に終わって良かった。相手がサクさんで良かった。

 そんな風にモトハルやマサ達が思ったのも束の間、次のユナの発言には場が凍りついた。


「アカネの狩人さんも自由なりに色々大変なんだね〜。おじさんっ、今度墨汁プレゼントしてあげるねっ!」

 

 意味がわからない。

 だが嫌な予感だけはした。

 モトハルは少女の口を塞ごうと行動を開始するが、それよりも事情を知らないサクの疑問の声の方が早かった。


「ありがたいが……なぜ、墨汁?」


 もっともな疑問だ。

 だが、それに対するユナの回答もある意味もっともであった。


「ストレスでハゲが薄くなっても、真っ黒にごまかせるかなっと思って……あだっ」


 モトハルのげんこつ。

 ユナは可愛く、超可愛くのたまったが、内容は失礼極まりない。

 だが、隣の坊主頭から聞こえてきたのは笑い声であった。


「ぷっあっはっはっは! それはいいね! うちの国のジジイどもにも是非プレゼントしたいよ」

「でしょっ! 白髪染めにも使えるんだよっ……あだっ」


 より強いげんこつが炸裂する。

 サクは冗談で返してくれたものの、状況が状況ならこのジョークは切腹ものだ。

 モトハルは連れの無礼を詫びようと頭を下げた。同時に、げんこつをした手をそのまま用いてユナの頭を下げさせようとする。

 だが、反省した様子の一切ないユナはモトハルの手を払いのけ、屈託のない笑顔を浮かべた。

 そして、サクへ向けて両手を差し出し握手を要求する。


「サクさん、よろしくお願いしますっ。私のことは宜しければユナとお呼びくださいっ。是非仲良くさせてくださいねっ! ……お力添え、期待してますよ」

「……お手柔らかに、ね。お嬢さん。」


 サクは片手で握手に応じる。

 表面上はにこやかにフレンドリーに応じた。だが、思わず間を置いてしまうほど、その笑顔の裏に有無を言わせぬ薄ら寒いものを感じた。

 サクは何事もなかったかのように装い、言葉を続ける。


「そんな大したもんでもないがよろしく頼むよ。史上最高傑作と名高い神童殿にご助力いただけるのは、こちらとしても願ったり叶ったりだ。それに、何やら面白そうな若者達もいるし、ね。楽しみだよ」



 やがて、顔合わせもそこそこに、一同は洞窟の中に、死の迷宮に入っていく。

 そこで絶望が待ち受けているとは知らずに。






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