第27話
右腕と左脚を犠牲にした。動かない。
筋肉ゴリラ、許すまじ。
だが……
(ボディがガラ空きだっ!)
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
狙うはカマキリもどきを沈めた一撃。突き刺し、体内で枝のように伸び分かれる必殺の技。
直樹は雄叫びとともに、ツノの槍を繰り出す。
【ツノやり】!
(いけぇぇぇぇっ!!)
ツノの槍は一直線にデカゴリラの胸へ向かって勢いよく伸びる。
四本ヅノを手に入れた直樹の新たな切り札。だが、これも、直樹の予想外の事態へと晒される。
ツノの槍がデカゴリラの胸に着弾し——ドッとか弱い音が小さく、虚しく響いた。
(……通らないっ⁉︎ )
筋肉だ。
分厚い筋肉がツノの槍を体内に侵入させずに防いだ。
大抵の生物にとって硬さがなく防ぎようのない体内からの針地獄も、体内へと通らなければ何の意味もない。
無理な体勢で一撃にかけた直樹は千載一遇のチャンスを逸した。逸してしまった。
次に待っていたのは完全に立場の逆転したシチュエーションであった。
無防備な直樹をデカゴリラの拳が狙う。
デカゴリラの口はニヤリと弧を描き——直樹は壁まで吹き飛ばされた。
「カハッ」
血や涙とともに辛うじて息を吐き出す。
骨も内臓もボロボログチャグチャ。ヒトであればもうすでに息はないなだろう。
小鬼の直樹も瀕死……いや、もうほぼ死んでいる。今の一撃で下半身の感覚は全く感じられなくなったし、上半身もろくに動かない。
直樹はボヤけながらも奇跡的に繋がれている意識でもって目の前を見やる。
すると、ヤツがこちらへと歩みを進めていた。
怖い。
逃げられるものなら、今すぐ逃げたい。先ほどの羽ばたこうとしたカマキリもどきもこんな感覚だったのだろうか。
逃げてしまいたい。だが、脚の感覚が一切ない。
近接型で超パワータイプ、おまけに高防御力。進化した自分が何一つ通用しなかった。
何が、四本ヅノの性能を確かめるいい実験と経験の場だ。
何が、こんなところで負ける様では女神様を追ってもただ死ぬだけだ、だ。
何が、俺くらいは俺の行動を、気持ちを、存在していることを肯定してやる、だ。
相手を舐めて、見下して。
こんなボロボロになって、情けない有様で。
ざまあない。
何が、楽しんでやろうじゃないか、だ。
何が、死にもの狂いで、だ。
……まだだ。
(……まだ、死んでも、狂ってもいないじゃねぇか!!)
こんなところで逃げて、誰が俺のこの洞窟での数ヶ月を認めてやれるんだ。
こんなところで負けて、誰が俺のこの洞窟での苦しみを認めてやれるんだ。
こんなところで諦めて、誰が俺のこの洞窟での決意を認めてやれるんだ。
デカゴリラはついに直樹の目の前へと至った。
直樹に息があるとも、意識があるとも思ってもいないだろう。それほどまでに直樹はピクリとも動いていない。
デカゴリラは無慈悲に直樹を食べようと、身を屈め、手を伸ばそうとし——頭突きを食らった。
直樹は力を振り絞ってツノを振り上げるように頭突きをした。
非力な、勢いのない頭突き。
小鬼の小さな、小さな抵抗。
そんな頭突きは、デカゴリラの身を屈める動作と綺麗に合致して……貫いた。
ツノ攻撃の弱点は軽さ。とにかく攻撃に重みがない。
だが、敵の重さを使えば、関係ない。
(入った……いけぇぇぇっっ!!)
「うぉぉぉぉっ!」
どちらの叫びかはもはやわからない。
体内で枝状に分かれ伸び行くツノはデカゴリラの筋肉で包まれたその内側を蹂躙し……砕いた。
ツノを、己の存在そのものを、相手に叩き込み、抉り込み、そして掴んで離させない。
【ツノ・スパイク】!
頭突きとツノの連携技はデカゴリラの核に、命に、直樹の魂を叩き込んだ。
「グォォ……」
威勢の良いデカゴリラ。とはいえ、断末魔はあっけない。
さすがに、核を潰されてはなす術もない。
デカゴリラは力なく倒れ逝く。
砕いた核はツノを通じて直樹へエネルギーを与えていった。もはや死に体といっても過言でもない、ボロボロの体はみるみるうちに回復していく。
やがて、激闘を終え、昂ぶった直樹は、吠えた。
「うぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
直樹は柄にもなく、勝ち名乗りを、雄叫びをあげる。
生き残った。
今度こそは死ぬかと思った。
今、死ぬほど滾っている。
俺は、生きてる。
直樹はそのまま力なく倒れるデカゴリラを食べる。
足りないエネルギーを、戦闘で消耗した肉体を補うために。
デカゴリラそのものを糧とするために。
骨まで食い尽くす。
ごちそうさまでした。
それから、直樹はパレードの痕跡をさかのぼった。
女神様を追いかけるためだ。
デカゴリラ戦から半日以上は経っているだろう。女神様がいないから時間感覚もわからない。
直樹の追跡の宛てはいつしかパレードの痕跡から、次第に何者かの、ものすごく巨大な何者かの足跡へと変わっていった。信じがたいが、足跡から考えると体長は五十メートルを超えているかもしれない。
おそらく、コイツがパレードの元凶だ。
この足跡の主人が何者かはわからない。
ただ、今まで目にしてきた《道》のどれよりも格段に大きかった。
女神様の《道》よりも。
おそらく、女神様の追うモノもコイツだ。
しばらくして、《道》を追うと、ひときわ大きな広間に出た。ドーム級のはじまりの大広間より不恰好で自然でデカい。
直樹はその中心へと歩を進める。
道はまだ先へと続いている。
だが、直樹の歩みを遮るモノがいた。
そこには、アイツがいた。
はじまりの大広間でのはなし。
まだ、直樹が小鬼だと自覚する前の、最初の最初のはなし。
ソイツは地球で見たことのある、とある動物の特徴をもっていた。
鳥、だ。鮮やかな赤で染まった翼や猛禽類特有の鋭い眼は凛々しく印象的だ。
だが、ソイツは、鳥が持ち得ない筈の筋骨隆々の肉体を、殴ることに特化したかのような豪腕と拳を持っていた。
そして、ソイツの圧倒的な威圧感は直樹に生物としての格が二段も三段も違うと教え込んできた。生まれて初めて直樹に、お前は死を待つだけのエサでしかないというショッキングな事実を叩き込んできた。
直樹にとって最初の恐怖の象徴。
翼と拳をもって、直樹にとっての強さの象徴、四本ヅノの鬼と渡り合ったそのバケモノ。
忘れはしない。
忘れられやしない。
そこには、《鳥人》がいた。
ヤツは直樹の姿を捉え、そして、はじまりと同じく強烈な威圧感と殺気でもって圧しつける。
逃げることもできない。戦うしかない。
もう、彼に狙いを定められてしまった。
その金色に輝く鋭い眼は確かに、直樹へと語りかけてくる。
『また、会ったな……今度は、逃がさねぇぞ』
【小鬼VS鳥人】
小鬼の恐怖を乗り越える戦いが、始まる。
鳥人の鬼への屈辱を塗り替える戦いが、始まる。
***
「あの若造め……小癪な」
血に塗れた巨大な紅の龍は怒り散らす。
その血は全て返り血だ。理不尽に、無慈悲に踏み潰されていったモノの返り血だ。
「こんな手負いの小娘ごときに注意しろだと? 舐めおって。あんなの我が止めを刺すまでもない」
自身の半分も生きていない傍観者の諫言の的外れぶりに。腹をたてる。
小娘ごときに注意を払わねばならないとなれば、それは侮辱に値する、と。
だが、苛立つと同時に心の底では理解していた。彼はそこまで無意味な発言をするほど阿呆ではないと。
ただ、それはそれで苛立つ。先ほどの小娘以外にも歯向かう者が存在するということだからだ。
「まぁ、良い。何も支障はない」
思えば、狩人どもの開拓村も大きくなりすぎた。
この苛立ちも少しは紛れるだろうか。
全長五十メートルは下らないだろう。
もはや山といっても差し支えない巨大な龍は地を踏み鳴らす。
向かうは自由と狩人の国”アカネ”。
目的は、自由を愛するかの国の尊厳を踏みにじること。
龍神は進む。
数多の異形のモノを全方位に押しのけながら。
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