第30話 Another side





 この任務は元々、戦車の探索でも共同任務でもなかった。

 一人の女性の足取りの調査であった。

【傾国の魔女】と呼ばれる一人のナリモノがいる。一人という呼び方は不適切なのかもしれないが……彼女は元人間だ。

 その呼び名は、国が傾くほど人を虜にしてしまうの如き美貌と、文字通り国を傾けさせた罪からついたものだ。

 彼女はキキュウから数多の罪をもって長年その足取りを追われている。中でも名高い大罪が二つある。

 一つは二十年ほど前、当時の将軍を手にかけ国を大混乱に陥れたという国家反逆罪。彼女はこの件で世間に悪名を轟かせた。

 そして、もう一つは、百鬼夜行関与の疑い。

 それだけでなく、現在、危険な知恵のあるナリモノの組織に属しているという情報まである。

 キキュウはここしばらく彼女の消息を見失っていた。だが、先日、死の洞窟でそれらしきモノを見かけたと言う情報が上がった。そして、それを元に足取りの調査を開始、モトハル達が派遣されることになった。

 今回の共同任務は、そこに、偶然アカネの情勢も重なって、サクとの戦車捜索という任務がドッキングされることになってできた。


 この任務は死の洞窟の異変の調査、だが、それは建前でしかない。

 その建前の裏は、戦車の捜索。

 だが、その更に裏、この任務のモトハル達にとっての本命は【傾国の魔女】の捜索及び、追跡、そして、可能なら接触をもつことであった。





 舞はモトハルたちの表情の変化、緊張を見ながら考える。

 自分たち転移者三人が知り得ない機密情報を元に動いていて、それが順調に達成されたと思われる以上、ここで自分たちは先に退却となるのだろうか。

【傾国の魔女】、彼女は国の指名手配から二十年以上逃げ果せてる強者だ。

 舞の知る情報は多くないが、相手は将軍殺しを成すようなSSランクの猛者だ。

 だから、自分たちでは足手まといだろう。

 それにおそらく、洞窟内まで自分たちを連れてきた目的であるカモフラージュの役目も果たされたに違いない。もう、用済みだ。

 これ以上の深入りはおそらく左官以上にしか許されていまい。

 モトハルやユナの表情の変化は気になるが、仕方ないだろう。

 舞はおとなしく、モトハルの次の指示を待と……ん?


「あれ……地響き?」


 舞は思わず口に出す。

 洞窟内で、それも虚無を感じさせる大空洞のそばで地響き。

 違和感を、嫌な予感を覚えた舞はどういうことかとサクを見る。

 この洞窟に関しては彼以上の知恵を持つ者はこの場にいない。彼に聞けばわかるだろう。これは自然現象として頻繁に起こりうるものなのだろうか。

 だが、視線の先のサクは、これまでにない緊張感に満ちた表情を浮かべていた。

(もしかして……異常事態?)


「舞、どうした? 何かあったのか?」


 舞の様子が気になったのか、純が声をかけてくる。

 サク以外の皆にはおかしい様子が見られない。

 もしかすると、他の人は気づいていないのだろうか。

 舞は純に自身の感じた違和感について、地響きについて伝えようとして——できなかった。

 おぞましいほど大量の熱気が、狂気が、殺気が地の底から舞に食らいつき、犯していた。舞は気圧され、口を開くことさえ止めさせられていた。

 昇ってきている。

 大空洞から何かが来る。

(多すぎるっ……なに、これ)

 なんなんだこれは。

 舞が違和感に悲鳴を、緊急事態を叫ぼうとする。

 だが、その声は直ぐに、サクの叫び声にかき消された。

 いち早く事態を察したサクは大慌てで、それでも的確に指示を叫ぶ。


「みん……」

「お前ら、《パレード》だぁっ⁉︎ 全員、逃げろっっ! そこの淵の岩陰まで、急げぇぇぇぇ!」


(((!!!)))

 サクの叫びに反応して、戸惑いながら全員が大空洞の淵付近の岩壁にある窪みへと走り出す。

 それと、同時だった。

 

 ——ドドドッ。


 最初は小さな揺れであった。


 ——ドドドドッ。


 それは次第に巨大地震と見紛うほど大きな揺れへと変化していった。


 ——ドドドドドッ!


 立っているのも困難なほどに大きい揺れが舞達の戸惑いの声さえかき消していった。

 最初に大空洞の淵から姿を現したのは、小柄ですばしっこいナリモノだった。


 ——ドドドドドッッ!!


 次第に、大型のナリモノも、飛行系のナリモノも。

 多種多様のナリモノが大空洞から這い上がってきた。

 大空洞を埋め尽くさんとばかりのナリモノの大群。

 叫びが、地響きが大空洞の虚無を喰らい尽くす。


「「「グォォォォォッッ!!!」」」


 一同は、岩陰に身を隠す。

 その、すぐそこを、目の前を、数多のナリモノが駆けゆく。

 舞は、この世の終わりと言わんばかりのおぞましい光景にへたり込みそうになる。

 異形のモノたちによるお祭り騒ぎ。


《パレード》


 パレードはまるで大空洞から逃げることしか、大空洞の底にいるモノから逃げることしか考えていないといわんばかりに駆け行く。猛烈に。

 サクはこの光景に焦りを滲ませながら呟く。


「どうなってやがる……このパレード、中層だけじゃねぇ、下層のナリモノも巻き込んでやがる」


 そんなサクの呟きも搔き消されてしまうほどの、無数のナリモノによる大行進、パレード。そのナリモノたちの中には上、中層では確認されていないモノまで存在していた。

 パレードとは弱者が揃って一斉に、突然現れた場違いな強者から逃げ惑うことで起こる現象。

 つまり、このパレードの主人は下層にしか存在しない強いナリモノをも追い立てられるほどの強者ということだ。


「こんなパレード巻き起こせるモノなんて四神くらいしか……おいおい、まさか……」


 ドシン、ドシン——とさらに大きな地響きが地の底から段々とその破砕音を大きくしていく。

 まるで一発一発大砲を打ち上げているかのような音量。

 間違いない。パレードの元凶だ。

 この狂ったパレードの元凶が地の底から昇ってきている。

(ひぃっ……)

 舞は、パレードが昇ってきた時とは比べ物にならない程、底知れない恐怖に、威圧感に、初めて感じる理不尽な絶望に身を震わせる。


 ——ドンッ、ドンッ、ドンッ!


 大空洞の壁面をしっかりグリップさせながら昇ってきているのだろう。

 一発一発が、いや、一歩一歩の音が力強い。

 舞に遅れて周りも大空洞のその先、昇ってくるモノに気づき顔を青ざめさせる。

 巨大な地鳴りはどんどん近づいてくる。

 どんどん、昇ってくる。

 

 ——ドンッ、ドォンッ、ドォォンッ、ドォォォン!!


 最初に姿を見せたのは頭であった。

 巨大で、生物いうよりは岩石のような印象を抱かせるその赤黒の頭は、額に生えた一本の大角もあって、刺々しい。

 岩陰に隠れている舞達を貫く眼光は鋭く、睨みだけでヒトを殺してしまいそうだ。

 長い首は、鱗がその先を無数の棘のように尖らせている。鞭のように使われたら破壊力もエグさも抜群だろう。

 そして、鋭い鉤爪を備えた前脚が大空洞の縁を、地面を掴む。


 ——ドォォォン、ドォォォォン、ドォォォォォン、ドォォォォォォン!!!


 巨体が、生物としてあってはならないほどの巨大な体が姿を現す。

 全容が見えてくればくるほど、その全容を見渡せない。

 それほど大きい。

 やがて、刺々しい全身を、血に塗れた赤黒のおどろおどろしい巨体の全てを、虚無の大穴から引き上げた。

 鋭い眼光が、太く長く刺々しい尾が、五十メートルはくだらない巨体が、その圧倒的な存在を主張する。

 

「グォォォォォッッ!!!」


 咆哮がこだまする。

 それだけで舞達、転移者三人組は腰を抜かして戦意を根こそぎ削り取られてしまう。

 横でサクが現実逃避するようにボヤく。


「なんでかなぁ……俺らが追ってたのこっちじゃないんだけどなぁ……」


 この任務のアカネ側の狙いは四神、戦車の足取りを掴むことであった。

 だが、目の前にいるのは龍。

 この世で最強といわれる深紅の巨大な龍。


「なんで、あんたがここにいるんだよ……《龍神》」


 横からうっすらと聞こえたサクの言葉に、舞はギョッと目を見開く。

《龍神》……四神の中でも最強と称される正真正銘の化け物。

 世界の頂点。

(な、なんで……)

 あまりにもの不測の事態に、舞達は誰もが行動を起こせないでいた。

 茫然自失となっていた。

 龍神に勝てるはずもない。それは人類の歴史を覆すのと同義だ。

 だから、真っ先に取るべきは逃げの一手であった。

 だが、初動が遅れた。

 遅れてしまった。

 龍神はグググッ、と後方へ絞るように身を屈める。

 視線は舞達を貫いたまま。

 まるで、山のような巨体であるにも関わらず、獲物に飛びかかるような、そんな姿勢で……


「飛ぶぞォォ、避けろォォォ!!」


 サクの決死の叫び。

 それと同時に巨体が宙を舞う。

 単純なボディープレス。だが、文字通り山が降ってきたらどうしようもない。

 サクの声に、一同必死に逃げようとする。

 しかし、普段は裏方な感知型のマサと経験の浅い舞たち転移者は反応できなかった。

 恐怖に身が竦み、体が言うことを聞かない。

 龍神の刺すような睨みに腰が抜けてピクリとも動かない。

 だが、経験という意味では舞達の中には飛び抜けて持ち合わせている者もいた。

 

「捕まれェェェ!」


 サクが右手首を発光させながら、その手を差し出す。

 即座に具現化したのはグリーブ。長い脚全体を覆う鎧靴だ。【ハヤブサ】と称される彼の真骨頂、《アカネ最速》とまでいわれるスピード系のドウをもって、とり残された者たちを救い出す——だが、全員は間に合わなかった。

 龍神が、舞達が身を寄せていた岩壁を粉々にして着地する。

 轟音とともに巻き上がった砂塵でその惨状は確認できない。だが、ろくな想像はできない。

 そんな惨状にて、咄嗟に救出に動いたサクの手元には純と舞のみ——大とマサは宙に巻き上げられていた。


「アァァァァァッッ⁉︎」


 上空から聞こえてくるのは悲鳴。

 マサの機転でなんとかボディプレスの直撃からは免れたが、その山のような巨体による攻撃の余波を受けて二人は宙に打ち上げられていた。

 必死に落下する巨龍から逃れた二人。

 だが、もう、マサと大は手遅れであった。

 二人の直下では龍神が、その大きな口を広げ、鋭く強い牙を見せていた。

 

「やめろぉぉぉぉ!」


 純の叫びが聞こえる。地球にいた時からの親友とキキュウにきてできた友達、こんな別れはいやだ。

 だが、純も舞も、サクも、モトハルもユナも間に合わない。

 とっさの回避から次の行動をとるには時間がなさすぎた。

 絶体絶命。

 大とマサの体は赤黒の大きな口に包まれていく。

 そして——トンっと、大が蹴り出された。

 マサが蹴り出した。

 大を口の外へと蹴り出した。


「へっ」


 大の顔にはなんで、と困惑の表情が広がる。

 事態を一切飲み込みきれない。

 そんな大を見てマサは微笑み——次の瞬間、鮮血に染められ、グチャグチャになった。

 あっけなく、噛み砕かれた。


「マサぁぁぁぁっ⁉︎」


 大の声か、純の声か、他の誰かか、はたまたその全員か。

 マサの結末を嘆く声が虚しく木霊する。

 それを尻目に、マサに救われ宙へと踊り出された大は、暗く深い大空洞の闇へと吸い込まれていった。

 龍神は、血の滴る牙を、口を、大きく広げ咆哮する。


「グォォォォォッッッ!!!」


 龍神は咆哮と眼光をもって告げる。

 次はお前らの番だ、と。





 ある日突然、死の洞窟を昇り出た深紅の巨龍は大量のナリモノを引き連れ、アカネを襲撃した。

 多くの命が失われ、未曾有の大損害を被り、アカネは国としての存続が危ぶまれる状況にまで追い込まれた。

この出来事は後にこう呼ばれることになる。

 龍は昇り、ヒトは沈む。

 悪夢の始まり。



『ドラゴンライズ』




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