第19話 Another side





「えぇっと……それじゃぁ、私たちが元に戻る方法はわからないのですか?」

「すまないが……存じ上げない」


 舞の縋るような質問に対し、モトハルはきっぱりと事実を口にした。

 その残酷な返事は、純、大、舞の三人をパニックに陥れるのに、十分であった。

 先ほどは冗談で、異世界転移などと言っていたが、実際に異世界に飛ばされ、さらに帰還の手段が皆目見当もつかないとなると冗談でも笑えない。

 今、この瞬間、見知らぬ土地に放り出され、帰る家がなくなる恐怖を想像できるだろうか。

 知らない土地、それも文化も治安も何一つわからない場所に突然放り出された時の不安は計り知れない。

 もしかしたら、今日の飯にたどり着けないかもしれない。もしかしたら、周りにいる人全員が敵なのかもしれない。もしかしたら、目の前の親切で人情味のある人に拉致られ解体されるのかもしれない。予備知識の一切ない土地というのは想像だにしない危険を多分に孕んでいる。

 それだけでは飽き足らず、純たちには帰る家すらなくなったのだ。

 家というのは安定の象徴だ。どれだけ愛着があろうとなかろうと、帰る場所、寝る場所への安全性、安心感というのは精神へ途轍もない安定をもたらす。家のない根無し草としての生活。生まれてからずっと家があった人間にとっては、生きる上で大事な、大事な屋台骨を抜かれたグラグラで不安定な状態となる可能性が高い。

 つまるところ、純たちはついさっきまで保証されていた安心というのを、物理的にも精神的にも失ってしまったのだ。

 この世界で目を覚ました時と同様に、いや、それ以上にショックを受けた純たちはしばらくの間座り込んで呆けてしまっていた。



 しばらくして、最初に意識を再起動させたのは大であった。

 転移前、家庭でも、学校でも、間違えなく一番問題を抱えていた大だからこそ、最も元の世界に執着が薄かったのだろうか。

 大はモトハルへ謝罪を口にしながらも話を進める。


「話を放り出してしまいすみません。早速ですが、今後の事について話せませんか?」

「あぁ。俺も突然異世界に飛ばされたらどんな反応するかわからん。気にするな。あと、口調ももっと砕けさせて構わんぞ」

「えっ⁉︎モトさん、その仏頂面取り外せるの⁉︎私、見てみたい!異世界行こっ……あだっっ」

「ミズクサ黙ってろ。で、今後についてだ。とりあえずここは、《ミチョウ遺跡》というのだが、《トウ》という今は亡き国に存在しているのだ。これより、この東に位置する亡国から北へ、我々の仕えるキキュウという国へ向かう。ここからだいぶ離れた場所にある。そのため、まずは、我々が中継地点として用意してある場所まで行き、そこで仲間と合流しよう」

 

 東西南北に存在する、いや、存在していた四カ国の都市国家トウ、《キキュウ》、《アカネ》、《ケン》。

 亡国トウより向かうは騎士国家キキュウ

 人類最強の騎士団によって護られてきた騎士の国だ。

 

「さて、ジュン、ダイ、マイ、準備はいいか?いつまでもこんな所にいては仕方ない。移動するぞ」

「あ、あの〜、モトハルさん。一つだけ質問いいっすか?」

「ジュン、どうした?」

「も、もしかして中継地点への移動手段って、遠くに見えているあの四足歩行の生物だったりしないですかね?」

「そうだが、どうかしたのか?」

「すご〜くラクダっぽく見えるんですが……。コブが立派で大変素晴らしいのですが……」

「いかにも、あれはアシナガラクダだ。人懐っこくて、へたらなくて、いい脚だぞ」

「え、えぇ……」

「もしかしてだけど、ジュンちゃんってラクダ、苦手?」


 キキュウは一部、砂漠を有する国だ。そのため、移動手段としてラクダが多用されていた。

 霧の向こう側にうっすらと見える、コブが立派なその生物を見て、顔を引きつらせる純。

 そんな純を見て、ユナは意地の悪そうな笑みを浮かべ、問いかけた。

 純はすごく罰の悪そうな顔をしながら目を逸らした。

 ユナはさらに笑みを深めた。

 面白いおもちゃを捕まえた。そんな無邪気さを隠しもせず、純にけしかける。


「ラクダは二頭しか連れてないから、誰かは私のラクダに一緒に乗らなきゃいけないわけだ。誰か私と二人乗りデートしてくれる人はいないかな〜?」

「だ、大とか乗り物酔いしなさそうだしいいんじゃないか?」

「私と二人乗りデートしてくれるジュンちゃんはいないかな〜?」

「え、江本さんとさっ、ほらっ、女の子同士水入らずで……」

「私、昔から興味あったんだぁ。正統派王子様なイケメンの表情を苦悶で歪ませた後、木の枝でつついたりして遊ぶの」

「な、なんか、イケメンとう◯こ勘違いしてない⁉︎」

「面倒くさいな……ジュンちゃんはいないかな〜?」

「え……ヒ、ヒィヤァァァァ!」



 純の黒いサラサラ髪がラクダの歩行とともにゆさゆさ揺れる。そして、同時に胃からブツがせり上がってくる。ラクダの乗り心地は実によろしくない。無駄に揺れるし、尻は痛む。

 やがて、限界が近いのか、ユナが正統派王子様なイケメンと評した表情を、整った眉も鼻も口も一様に歪ませていた。白めで綺麗な肌も真っ青だ。その大きく、キリッとした目には涙さえ浮かべている。

 そして、純はついに限界を迎え…… 


「うっ……ヤバい」

「アヒャヒャヒャッ!」

「おいコラ、ミズクサ!笑ってないでなんとかしてやれェ!」

「〜〜っっはははは!」


 ……舞と大はガチで純をいじめ抜くユナにドン引きしている。モトハルはかろうじてユナを止めにかかっている。

 だが、そこは完全にユナの独壇場だった。

 純の顔を見てはサイコパスにツボって笑うユナを止められるものは誰もいなかった。





***





 石畳の広場を出た一行はいまだ濃霧が視界を遮る中、草原を進む。

 いろいろ出して、途中途中休憩を挟みながら進むことになったため、せっかくの機会、休憩する間に、純たちはこの世界に関する疑問を解消していくことになった。

 まずは、ある意味最も気になるこの話。

 これまでずっと接してきた彼らの話だ。


「そういえば、モトさんとユナちゃんってどういうご関係なんですか?」

「……モトさん、昨日は激しかったね?」

「急行軍でな。国境を出るのが遅かったからな」

「……」


 話が進まない。

 純たちはモトハルの異世界講座を受けていくことになった。


「モトハルさん、そのロングコートってもしかして何か所属とかが関係しているんですか?」

「あぁ我々は北部に位置する騎士国家”キキュウ”の騎士団に所属している。その騎士の中でも、左官に与えられているのがこの白コートでな」

「左官……?」

「階級だ。九つある。下から順に述べていくと、


五等士官

四等士官

三等士官

二等士官

一等士官

下等左官

上等左官

将軍補佐

将軍


といった様相になっている」


 キキュウの騎士団は強さ、貢献度等に応じて階級が与えられている。

 左官以上を出した家は大変、誉高いものとして高い名誉と待遇を与えられ、将軍級に至っては国を牛耳る大貴族レベルの権限が手に入る。


「へ〜、将軍とかいるんですね」

「将軍は大部隊を束ねるトップだ。キキュウに数人しかいない」

「そうなんですね。ちなみに、モトハルさんとユナちゃんの階級はどうなんですか?というか、ユナちゃん騎士なの?」

「ぶ〜。私だって騎士ですよ〜。私は下等左官、通称下左《かさ》だけど、モトさんは上等左官、《上左じょうさ》なんだよ。しかも、モトさんは次の将軍会議で将軍補佐、《将補》への昇進ががほぼ確定してる超お偉いさんなんだよ」

「お偉いさんならもう少し敬意を持て、クソガキ」

「上から二つ目……とんでもない人と喋っているんですね……」

「まぁ、そう気にするな。そんなこと言ったら、そこのクソガキの方がよっぽどとんでもない。なんせ最年少、十四歳で左官まで登ってきた神童様だ」

「えっへん」

「そういえば下左も上から四番目で結構上ですよね。……信じたくないんですけど、ユナちゃんってやっぱりすごいんですか?」

「そうだな……精一杯、長年の努力を怠らず研鑽を積んだ熟練の騎士たちの中でも、その生涯で左官へと至れるのはせいぜい一割だと言われている」

「ついでに言うと、将補以上は余裕で一パーセント以下だね」


 スポーツで言ったらユナとモトハルはプロ級と世界ランク上位と言ったところだろうか。

 人は見かけによらないものである。

 だが、ユナのような少女がそのような立場に置かれているというのは一体どういうことなのだろうか。

 これまでに気になる話を聞いていた。人類は勝てていない。国が滅んだ。破壊神にでも頼らねばどうにもならん。

 純は核心に触れる質問を問う。


「騎士団は……ヒトは何と戦い、打ち負かされたのですか?」


 純のストレートな、その問いに対するモトハルの答えは淡々と答える。


「ナリモノ、だ」






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