第20話 Another side





 ナリモノ。

 成り上がりし者。

 かつて、ヒトはこの世を思うがままに制したという。同じ星に生きるモノの生殺与奪権まで握り、ヒトの設計した思想の下、生物、環境の保護がなされていたそうな。

 だが、モトハルたちの生きるこの世では違った。

 ヒトは最上位に君臨できなかった。

 畑を耕し、獲物を狩り、街を作り、国を治める。それができるくらいにはヒトは力を得られた。

 兵を挙げ、他国を攻め滅ぼし、この世を制する。それができないくらいに外は危なかった。

 ヒトはその想像力を、技術力を、科学力を何千年、何億年とかけて昇華させてきた。

 だが、モトハルたちの時代には、まだ、時間が足りなかった。

 ヒトをこの世を混沌へと引きずり込み、そして這い上がってきたモノたちは、いつしかナリモノと呼ばれるようになった。

 ヒトが制してきた動植物、モノたちがバケモノへと成り、そして成り上がった。

 ヒトより早くを重ね、成り上がった。 

 ナリモノ。

 それはヒトに支配される屈辱から抜け出し、支配者に成り得たモノ。





「ナリモノは自分たちヒトと違ってを持っているんだ」

「核?」

「あぁ、簡単にいうとエネルギーの塊みたいなものだ。ヒトが通常、五臓六腑を機能させて全身へエネルギー供給を行うように、ナリモノたちは臓器だけでなく、核と神通力を用いてでも、生命を維持できるのだ」

「核と神通力?」

「神通力はエネルギーのようなものだと思ってくれて構わない。核は、米粒大の小さな粒だ。だが、大量の神通力の塊であり、特殊な変換装置でもある」

「そ、そうなんですね……」

「む、いきなりで少し混乱させたか」


 おそらくこれから生きていく上で最低限の必要な情報だろう。

 純は頭の中でモトハルの言葉を整理していく。

 どうやら、この世にはナリモノというバケモノがいるらしい。

 そして、ナリモノがヒトを凌駕する理由の一つに”核”というものがあるみたいだ。

 核はこの世界特有のエネルギー、”神通力”というものの塊であり、エネルギーを必要に応じて生命活動や攻撃などに変換させる機能もあるらしい。


「ねぇねぇ、モトさん」

「なんだ?ミズクサ」

「話ばっかりじゃ、眠くなっちゃうよ。実物見せてあげたら?」

「確かに、そうだな……では折角だから、《ドウ》の説明も含め、実践といくか。ミズクサ、霧を晴らせ」

「え、私が? ぶ〜ぶ〜、横暴だ〜。クソ上司〜。バカ〜。アホ〜。自分ではたらけ〜」

「……」

「……はい。……見とけお前ら! ユナさんのかわいい、かわいい分身、《金ピカくん》のお披露目だ!!」

「はぁ……、まぁ、三人ともよく見ておけ。これからお前らも手にすることになる、我々ヒトに与えられた武器。成り上がり者どもを地に引きずり落とす武器……、だ。」


 モトハルの上司命令に折れたユナは渋々頷いた。

 ユナは、開き直り、そして、おもむろに何もない中空へと右手をかざし出す。

 右手首にある腕輪の様な模様……刺青だろうか、それが赤く輝き出す。

 すると、突然、何もない空中に剣の柄が現れた。

 ユナはニッと口角を上げると、柄を引き抜き、その刀身を空中へと誇示した。


「どうだ、これが、《金ピカくん》だっっ!!」

「「へっ……」」


 ユナは無い胸を張りながら誇らしげに剣を掲げる。

 空中から取り出されたソレは、複雑な機構を携えていて、素直に剣と呼ぶには憚られる。剣といって頷けるのは先の方の刀身のみ。鐔の方はなんか大砲のようなものが取りつけられていたりと、ごちゃごちゃっとしている。

 だが、その剣もどきは黄金に輝き、きらびやか。転移者三人を驚かせるには十分であった。

 三人は唖然として言葉も出ない。なんせ何も無いところから明らかにヤバそうな剣もどきを取り出して見せたのだ。

 だが、そんな三人の反応が気に食わなかったのか、もっと褒め称えて欲しかったのか、ユナは舌打ちとともに、次の行動を開始した。


「ちっ、目をかっぽじって、よ〜く見なされ!これが、私の、《金ピカくん》の本領だっ!!」


 そういって金ピカくんを振り下ろす。

 向かう先は何も無い霧の中。

 その斬撃は空を切り、霧へと吸い込まれていくかと思われ——次の瞬間、豪風が巻き起こる。

 十メートル先も見えない霧が、瞬く間に晴れていっていった。

 純たちは暴風でラクダから振り落とされないように必死にしがみついた。

 やがて、風が収まり、顔を上げると、そこには道が広がっていた。

 斬撃で抉られたのか、地面に一本の線が入り、その先の大きな木を見事に両断していた。


「ニヒヒッ、神通力とドウを操れればこんなこともできるのだっ!」

「うわっっ!!」

「うぉぉっ!!」


 今度は歓声ともドン引きとも取れる、どよめきが上がる。

 空想の世界でしかあり得ない、霧を晴らし、地面をえぐり、木を一刀両断してみせた斬撃。

 そんな現実離れしたショーに興奮した純たちは、ユナに賛辞を送ろうとしたところで——ガサガサっと両断した木の影から、物音がした。

 全員が注目を向けると、そこにはみすぼらしい少年のような、ナリモノがいた。

 まるでヒトの子どものような見た目だが、肌が赤黒く、フィジカルが強そうで、八重歯が特徴的なナリモノがいた。

 いてはいけない空想上の存在に戸惑いながら、純は口を開く。


「鬼……だと?」


 そこには、額にねじれ曲がった立派な”ツノ”を三本生やした、小鬼がいた。

 地球では存在しない空想上のモノ。

 純はその姿を見て呆けながらも、尋ねる。


「な、なんだよあれ……」

「ナリモノ……小鬼だよ」


 答えたのはユナだ。

 おそらく目の前のアレは、ナリモノという人類の敵の一種なのだろう。 

 だが、ユナの小鬼へと向ける視線は、ただの敵に対して送るものというにはいささか複雑さが過ぎる。鬼という種族とは何か曰くがあるのだろうか。

 だが、そんなことも気にならなくなるほどの怒気、殺気が側から発せられた。

 モトハルだ。

 モトハルはユナへラクダの手綱を任せると、地面へ降りた。

 そして、小鬼の元へと歩み始めた。

 その様子を確認して、ユナは、純たちへと言った。


「ちょうどいい、ナリモノ……君たちがこの世界に召喚された要因の一つ。見たかっただろう?三人とも、一瞬だけどよく見ておきなよ。キキュウが誇る《鬼喰らい》様の戦いだ」

「《鬼喰らい》?」


 聞きなれない言い回しに、純はユナへと尋ねる。


「モトさんの二つ名だよ。十四年前、百鬼夜行で全てを失った男の怒りと呪いの叫びの末路、なぁんて言われてるよ」

「……復讐ですか」

「いっぱい死んだよ。ヒトも、鬼も。まぁ、私はまだお腹の中だったんだけどね」


 キキュウ。

 騎士団、要は軍隊が力を発揮している場所だ。しかも少女でさえ活躍を求められる状況。

 日本は地球でもだいぶ特殊な地域だった。そこで育った純たちにはピンときづらいことではあった。

 ただ、それでもキキュウのヒトにとって、モトハルとユナにとって百鬼夜行と鬼が特別な意味を持っていることは感じられた。

 モトハルはさらに鬼へと近づいていた。それを見ながら、少しテンションを上げて、ユナが解説を入れる。


「ねぇ、見て見て!小鬼の額、ツノは三本あるでしょ?鬼って特殊な種族で、四つまではツノの数で核の数を測れるんだ」

「じゃぁ、アレは三つ?」

「そう!たぶん!」

「……たぶん?ていうか、四つまで?」

「そう。五本持ち以上になるとあいつらツノを体の中に隠せるようになるんだ。だから、ツノの数じゃ強さが図れなくなるんだよ」

「なんで五本以降だとそんなことができるようになるんだ?」

「単純な話だよ。鬼は四本目までは体が強くてツノが伸びるただのバケモノ。でも、五本目以降は……本当のバケモノになるんだ」

「本当の……?」


 純がユナの表現に疑問を感じたのも束の間、モトハルの方で動きがあった。というか、あったようだった。

 一瞬だった。一瞬で小鬼が爆散した。

 モトハルが何をしたのかも一切わからないまま小鬼は砕け散りあさっての方向へと飛んで行った。

 あまりにもの凄惨な光景に純たちは口元を抑える。胃からせり上がってくる。

 そんな純たちを気遣ってか、ユナはフォローを入れようとする。

 

「これがキキュウが誇る《鬼喰らい》の特技、鬼花火! 暗い夜空も真っ赤に染め上げますっ! グロいわ! キショいわ! アホ! 地味男!」

「悪かったな……ジュンとマイ、ダイ」

「あれ……私は?」

「だが、鬼は早いうちに消しておくに限る。もう、あんなバケモノを生み出さないためにっ!!」


 モトハルの本日唯一の、感情のこもった、怒りのこもった言葉が響く。

 その怨嗟は、吐き気に顔を青ざめさせていた純たちに、吐き気の代わりに怯えをもたらした。

 生死が絡んだ恨みは、戦争を経験していない純たちにとって、今まで無縁のものであった。理解し得ない怒りに、狂気に、腹の底から寒気を覚える。

 少しの間固まっていた純であったが、ふと、自分のすぐ側を見た。

 今までにぎやかしてくれていたユナがこの固くなった場で沈黙を保っていたからだ。

 純はユナの顔を覗く。

 すると、そこには寂しさとも悲しさとも、なんとも形容しがたい複雑な表情が並んでいた。

 怒りとも憎しみとも違う、それでも何かを噛みしめる複雑な顔。

 モトハルも関係しているらしい、百鬼夜行という、おそらく鬼とヒトが関わったとみられる戦い。

 だが、モトハルと違い、ユナは百鬼夜行の時は生まれ出でていなかったらしい。

 もしかしたら、彼女が見ていたのは鬼ではなく、モトハルの憎しみや怒り、復讐心だったのだろうか。

 彼女が考えていたのは、彼女をこんな表情にさせたのは一体なんなのだろうか。

 彼女に一体何があったのだろうか。

 今の、出会ったばかりの純には知る由もなかった。

 



 

 こうして純たち三人の異世界譚は幕を開けた。

 純は高揚していた。

 親友と好きな子と、異世界を救う冒険へ。

 どこか楽観していた。

 自分たちは特別だと。危険な世界でも、自分たちならどうにかなると。


 甘かった。

 




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